暇をもてあましている皿をかぶったあいつらの話
「よう、播磨」
昼休みに食堂に向かう途中、同僚の北野が声をかけてきた。
「おう、なんだお前か」
北野は俺の同僚で、見た目は今時の茶髪ヤンキーっぽい。一応、俺と同い年で今年三十路アンド独身である。
俺とこいつは高校からの腐れ縁だ。高一の四月、偶然同じクラスになり、いつの間にか一緒に出かけるくらいの中になっていた。
でも、まさか同じ動物園で働くことになるとは昔の俺は思ってはいなかっただろう。
何たる悲劇。どうせなら可愛い女の子とキャッキャッウフフできゅうり食べたかったよ馬鹿。
北野はそんな俺の思考を察したのか、やれやれとおなじみのしぐさをし、ポケットからこれまたおなじみの緑の物体をだした。
それは青々としていて、取れたての証拠であるとげがピンピンしていた。
――しかし、彼の其れは少し変わった形をしていた。
「――ハート型のきゅうりだと……」
「お、お前しらねーの? 今OO農園のハートのきゅうりが人気なんだよ。まあ、値は張るけどな」
といって勢いよくハートきゅうりをかじる北野。
頭の甲羅が太陽の光を浴びてきらめいている。
俺たち河童にとってきゅうりはステータスである。長さ、大きさはもちろん、産地や品質などが重要になる。特に産地直送やトレンドのきゅうりはかなり配点が高くなる。
「北野の癖に」
「ははは、残念だなあ、播磨。今この園で一番引っ張りだこなのは誰だと思ってやがる」
「いや、それはお前じゃなくて、お前の担当のアレが、だろ」
「ま、そうだけどな」
最近、こいつはある事業に成功した。それは世にも珍しいある動物の誘致である。
「――まさか、雪だるまがヒットするなんて思って無かったよ」
「最初は妄言かと思ってたけどな」
「前々から考えてはいたんだよ。雪国のひとは見慣れてるかも知れないけど、このあたりみたいな雪が降りにくい地方では珍しいからな」
俺も最初はばかばかしいと思っていたさ。だけど、こいつの雪だるま作戦は見事的中。
今じゃ入園者の七割が雪だるま目当てだ。
「ちゃんと、いろいろこだわったしな。製作は雪女さんにやってもらったし」
「ほんと妖怪国宝のあの方が出てきてくれるとは思ってなかった」
北野の人脈はこれほどのものとは誰が予想できただろうか。
「新潟の山奥から引きずり出してきたんだ」
北野は鼻を鳴らして自慢げにそういった。無理やりかよ。おい。
「そんな隠居の邪魔したら駄目だろうが。あの方は100年前の妖怪大戦争で全人類を氷漬けにした代償に200年の筋肉痛に悩まされてるんだから」
北野はにやにやと笑いを浮かべたと思うと。
何故か、ふと遠い目をした。
「100年か。長げえな」
「ホント、伝説だよな。あの人たちから見れば僕らなんてほんの子供なんだから」
俺らなんか世界のこれっぽちにもならないようなカスだ。俺の言葉に対し、北野はこう言った。
「でも、播磨も頑張ってるじゃん。パンダ」
「あいつら、結構大変なんだぞ」
「あの母パンダ、子供生んだんだってな。よかったな」
「三つ子だったよ」
「わああ」北野がバカみたいに大げさに驚く。
「なんだよ。ここは和歌山アド●ンチャーワー●ドかよ。今年入って六頭目になるんだぞ。チビがうじゃうじゃねずみみたいにうろうろ、うろうろ」
「でも、かわいいんだろ」
「まあな」
パンダは小さくても大きくても可愛らしい生き物だ。白黒のコントラストが河童の可愛いセンサーに引っかかりすぎて困る。
――風が吹いた。
頭の皿が乾きそうな空っ風が俺の体に当たる。
「――暇だな」
口からそんな言葉がもれた。
「実際は忙しいけどな」
北野がきゅうりをかじりながらそう言った。続けて北野は俺に同意するようにこういった。
「まあ、そうだよな。今日はカラス天狗のストライキとか、達磨の団体客とか居ないし……」
「そこじゃねえよ北野」
違う。そうじゃない。もっと根っこのところだ。根本的というかなんというか。
「そこじゃないならどこだよ」
北野がこっちを見てきた。顔を近づけてくる。緑色の鼻先が蛍光灯の光が反射して、黄色に見えた。
「さあ」
「さあって、播磨って時々変なこと言うよな」
「お前ほどじゃねえよ」
俺はため息をついた。
――息が白く濁った。
曇りの空に、冷たい空気。いつもなら、全てが重苦しく思えるのに。
ああ、俺は、ここにいる。
きゅうりの美味しい昼下がりに。
「――なあ、北野」
俺は続けてこう言った。
「今度、そのハートきゅうりの農園教えてくれよ」
――河童の動物園は、10時開園、5時閉園。
楽しい休日をあなたにお届けします。
――今度の終末は、特設会場でイベントも開催しております。是非お越し下さい。