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ある程度の話を聞いたのち、リベリオは仕事に戻ると、空の食器と共にティノの部屋を去って行った。お嬢様もこのままにしておくことはできないと言っていたので、彼女の部屋に行ったのかもしれない。

お腹が満たされたおかげで頭の中は、先ほどよりは晴れている。しかし、ますますわからなくなってしまった。重い頭に耐えられず、ティノはベッドに横になった。そのままメイベルを自分の横へと寝かせた。


「やっぱりリベリオさんは自動人形じゃないかなあ。だってあんなに昔の記憶を鮮明に覚えているんだもの。それに、こんな人形だらけの屋敷で、人形のお嬢様に仕えてるなんてちょっとふつうじゃないと思わない?」

「だいぶ変だと思うわよ」


 人形が嫌いな人が来れば、一日で頭がおかしくなるだろうな、とティノは思った。その点。この屋敷にやって来たのがティノだったのは、正解だったかもしれない。ティノは人形の声が、人間のそれと変わらなく聞こえるのだから。しかしリベリオには聞こえないのだという。人の形をした、物言わぬモノと共に、彼は暮らしているのだ。こんな森の中なら、生きた人間との交流も滅多にない事だろう。それに彼は、屋敷中の使用人人形たちを、その役割通りに動かしていくのだ。


「昨日、男性の使用人の人形たちを、家の出入り口の前に配置していってたよね」

「扉は内開きだから、扉の前の人形たちが邪魔になるわね。強引に開けようものなら人形は倒れてしまうでしょうね」

「じゃあ、外から誰か入って来たっていう可能性は無いのか…」

「それはわからないけれど。窓だってたくさんあるし」


 屋敷の扉にも、コルネリアの部屋の扉にも鍵がかかっていたので、その可能性は低いと思ったが、外部からの侵入者はどうやらなさそうだ。そもそも外部からやって来た人が誰にも知られずに人形を壊していく動機が無い。コルネリアは高価な石を持っていたが、それはきちんと彼女の両目に収まっていたのだ。

 ティノはぐいっと上半身を勢いよく起こした。


「部屋の中は真っ暗で何も見えなかったんだよね。じゃあ部屋の外はどうかな」

「同じように真っ暗だと思うけれど」

「でもさ、誰かがあれをやったんなら真っ暗な状態じゃこんな広いお屋敷の中を探れないと思うんだよね」

「ティノの言いたい事はわかったわ。明かりを持ってうろつく者はいなかったかっていう事ね」


 うん、とティノは軽くメイベルに答えた。


「門番とか、ほかにも廊下なんかにいた人形たちにもそれを聞いてみれば…あ、でも不審者だったら人形たちの目を気にするかな」

「ティノ、あきれた事を言わないで頂戴」


 メイベルのため息に、ティノは首を傾げた。


「人形の声が聞こえるなんて、貴方以外にはいないし、考えもしない事よ。私たち人形はそこの箪笥や椅子とかわらないの。箪笥や椅子に目があって動きを見られてるだなんて、ふつう思わないでしょう?」

「ああ、そっか…」


 ティノが人形の声を聞くことができるという話も、リベリオには今朝したばかりだ。だとしたらもしかして、人形たちは何かを目撃している可能性がある。


「よおし、じゃあ屋敷中の人形たちに聞き込みだ!」


 ティノは勢いよく立ち上がり、メイベルを抱きかかえて部屋を飛び出した。


 そして意気消沈。屋敷内にいた調理夫、門番、ベッドメイクをするメイドや、壁を直す使用人の人形たちに聞いてみても、誰も不審なものは何も見ていないと言った。数えてみたところ、屋敷内の人形は十体余り。その誰もが、何も変わった事はなく、廊下は真っ暗だったと証言した。


「う~…何もわからないよぉ…」

「まったく…ここの人形たちみんなで、ティノを嵌めようとしてるんじゃないでしょうね」


 メイベルの声は呆れと苛つきを含んでいた。もしそうなら、ティノにはたぶん、逃げ場がない。


「そんな事ってあるのかなぁ…」

「私だってティノを想っているもの。彼らが使用人のためを想って協力する事だってあり得るわ」

「そういわれればそうだけど…でも、みんなお嬢様が壊されたつて聞いて悲しんでたよ」


 人形たちは皆悲嘆に暮れ、中には涙声の人形までいた。彼女はよっぽど愛されていたのだろう。考えてみれば、自分が人形になっても、他も人形ならば良いのかもしれない。


「演技よ、演技」


 メイベルが身も蓋もないことをぞんざいに言い放った。


「人形が演技って…」


 この大きな屋敷を舞台にした盛大な人形劇。ティノはなんとなくそんな事を思った。


「観客は僕だけだけど」

「よかったわね」


 全然よくない、とティノは思った。

 メイベルと話ながら一階を巡っていると、窓の外、庭に二体の人形がいる事に気づいた。麦わら帽子を被った少女と、老年の庭師の人形が作業している風に見える。彼らにも話を聞こうと思ったが、出入り口には鍵がかかっている事を思い出して、ティノはまわりを見渡した。すると庭に続く小さな扉があり、傍でリベリオが作業をしているのを見つける事ができた。


「リベリオさん」


 ティノは扉横の小さな窓を開けて、リベリオに声をかけた。跪いて作業していたリベリオは、首を巡らせてティノの方を見上げた。そういえば、実際此処で働いているのはリベリオだけなので、すべての作業を本当に行っているのは彼なのだろう。


「どうかなさいましたか?」

「あ、あの…外の…庭にいる人形たちにも話を聞きたいんですが」

「そこの扉が開いていますので、どうぞ出てきてお好きに聞いてください」

「い、いいんですか?」

「ええ…この裏庭には、背の高い石塀が巡らせてありますし、出るにはこの扉を通るしかありません。手が届きそうな木もありませんので。…それにティノ様を信用しています」


 少し意地悪な響きを持たせてリベリオはそう言った。そう言われれば、裏切るわけにはいかない…元より裏切る気など僅かもなかったが。ティノはリベリオに礼を言って、裏庭に出て、二体の人形の元へと向かった。


「あ、あの…少しお話しを聞かせてもらってもいいですか?」

「はい?」


 少女と老年の庭師人形たちは、同時に声を返してくれた。ティノが事情を説明すると、コルネリアが壊された件は既に知っているようだった。


「それで、僕はお嬢様を壊した犯人を捜しているんです。何かみませんでしたか?」

「何か…といってもなア…。おいら達は夜の間もここにいるが、真っ暗で何も見えやせん」

「私も何もみてないよ。なにも見えないからね」


 やはりそうか、とティノは落胆した。折角人形の話が聞けても、何も意味がない。本当に自分は無力だと、深いため息が口から出た。


「でもね、誰かあの部屋に入ってくるなら、此処を通る可能性も高いの。ほら、上見て」


 少女庭師の声につられて、ティノは上を見上げた。二階部分は、ちょうどコルネリアの部屋が見える。先ほど壁に一列に並べられていた人形が、作業しているかのような配置に変わっていた。窓から見えたのは年若い少女メイドと、老年の使用人人形だ。


「だけど誰も見てないの」

「そ、そうだよね…ありがとう」


 礼だけ述べて、ティノはとぼとぼと足取り重く屋敷入口へと戻って行った。


「何かわかりましたか?」


 腕まくりをして、如雨露で花壇に水やりをしていたリベリオが、ティノに声をかけた。


「何もわからないって事がわかりました」

「それは困りましたね…」


 苦々しく笑うリベリオ。冗談を言っている場合ではないが、事実そんな事しかわかっていない気がする。


「部屋の人形、動かしたんですね」

「ええ…お嬢様をあのままにしておくのは…痛まし過ぎたので」


 人形とはいえ、彼の大事なお嬢様。破壊されれば、その扱いは人間と同じになるのだろう。


「あの、屋敷中の人形を見てまわったんですけど、人形ってこれで全部ですか?閉まってある人形とか…観賞用の、使用人じゃない人形とかってあります?」

「使用人以外の人形も、休んでいる人形もありません。おそらくそれで全部です」

「そ、そうですか…つかぬ事をお聞きしますが、本当にぜんぶ古式人形なんですか?」


 もしかすると、リベリオと同じように、自分で動くものもあるんじゃないかと。その可能性が僅かでもあればいいのに、と半ば自棄になってティノは聞いた。


「いえ、中には自動人形もございますよ」

「ええっ。そうなんですか!?」


 意外な答えに驚いて、ティノの言葉は荒ぶった。だったらそれが犯人かもしれない。


「もう、動かない人形たちですけれど」

「あ、…そ、そうなんです…。ちなみ、ちょっとでも動かないですかね?」

「もしかしたら動くかもしれませんが、彼らは霊水(エリクサー)を取っていませんので」

「えりくさー…」

「これです」


 言いながらリベリオは、ポケットから細い瓶を取り出した。中にはきれいな色の、青い液体が入っている。これが自動人形の動力である、霊水。

 リベリオは瓶のふたを徐に開けると、それをいっきに飲み干した。その行動に、ティノは少し動揺した。


「丁度良い時間でしたので、失礼しました。ご覧のように、私たち自動人形は、適宜霊水を摂取しなければ動く事はできません」

「そうなんですか…。あの、どうしてほかの自動人形たちは霊水を取らないんですか?」

「自動人形は霊水があれば半永久的に稼働する事ができますが、故障する事もあります。特に時間がたつほど故障しやすくなります。仕事のできなくなった自動人形に、貴重な霊水を与える必要はありまんので、彼らは古式人形と同様のものとして、その役割を果たしてもらっています」

「なるほど…」


 壊れても人形として使ってもらえる事が幸せなのか、自動人形としては見捨てられた事を悲しむべきなのか。いずれにしても人間と同じように考えるのは間違っているかもしれないと、ティノは思い直した。彼らには彼らの感情があるのだ。


「あの、じゃあ自動人形だったっていう人形がどれか教えてもらえますか?」


 彼らが本当に動かなくなったのか確認しようと、ティノは考えた。

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