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一階に降りた時、ちょうど朝食を持ったリベリオが食堂から出てきた所だった。


「リベリオさん」

「ティノ様…何かわかりましたか?」

「う…それが何も、あんまりわからなかったです」


 ティノが正直に話すと、そうですか、と言ってリベリオは瞳を伏せた。


「ではます、お食事にしましょう。食事を取らなければ頭も働きません」


 そう言ってほほ笑むリベリオの目は、昨日と同じく優しいものだった。美味しそうな料理を見ていると、途端に空腹を思い出す。疲れもとれていない中で、衝撃と緊張が続いて心が折れそうになっていた。


「あ、有難うございます。あのリベリオさんは…?」


 彼が自動人形かどうか確認するためにも聞いてみた。自動人形の動力は、霊水と呼ばれる水のはずだ。


「私は既に頂きました」

「そ、そうですか…」


 やはりそうくるか、とティノは思った。しかも自動人形の中には、普通に人間と同じ食事を摂る者もいるのだった。意味のない質問をしてしまったと少し後悔。


「あの、じゃあ聞きたい事もあるので、食事に付き合ってもらうことはできませんか…?」

「ええ、構いませんよ」


 その返事を聞いて、ティノの部屋に一同は向かった。

 ティノの部屋のベッドの上にメイベル、小さな机の上には朝ごはん。その机を挟んで向かい合わせでティノとリベリオは座った。

 配膳されるとティノはすぐに料理を口に運んだ。やっぱりおいしい。


「それでお話とは…?」


 リベリオに問われて、ティノははっと我に返った。


「あ、す、すいません。あの…リベリオさん、もう怒ってないんですか…?」


 リベリオは大切なお嬢様を壊された犯人がティノであると思っていはずだ。先ほどまでティノを見る目は疑惑と苦渋で満ちていた。しかし今は、昨日のような優しい色の瞳に戻っている。


「…先ほどは取り乱してしまい、申し訳ありません」

「いえ…大切なご主人があんな風になってしまったら当然ですよね…」


 しかも彼女はただの人形ではない。元人間だというのだ。それがあんな風に破壊されたとなれば、殺されたも同然と感じるだろう。


「正直、今でもどうして良いのかわからないのです。ティノ様を疑う気持ちが無くなったといえば嘘になります。…しかし、貴方はお嬢様のために泣いてくださいました。お嬢様の事情を知り、そして涙を流す貴方が本当にあんな惨い事をしたのかと…そう思ったのです。ですから、私も私が納得するまで、貴方を信じていようと思いました。疑ったままでは、きっと事態は膠着したままでしたでしょうから…」

「リベリオさん…」


 疑いと信用の間でせめぎあっているのは、ティノも同じ事だ。これ以上疑いたくないから、できるだけ信じていよう、と。


「貴方も私を疑っている事でしょう」

「あ、ぼ、僕はそんな…」


 メイベルは疑っているけれど、と心のうちに言葉を飲み込んだ。誤魔化すために、スープを口にかきこんだ。


「…お嬢様は…死んでしまったのでしょうか」

「え?」

「ティノ様は人形の声が聞こえるのですよね。あの時…お嬢様の声は、聞こえたのでしょうか」


 問われてティノは、ゆっくりとスプーンを皿に置いた。コルネリアは、ティノの問いかけに何も反応を返さなかった。


「…わからないです。けれど、コルネリア様は何も話してくれませんでした」

「それは…話せなくなったのですか?それともティノ様がお嬢様の声を聞けなくなったのですか?」

「わからないです。ただ、昨日は話してくださったコルネリア様の声を、今日は一度も聞いていない、としか…」


 自分でも人形の死の定義などわからない。ただあんな無残な姿になった人形を見て、ティノは真っ先に死を連想した。リベリオもそうなのだろう。だからコルネリアは話さなくなってしまったのだろうか。

 そうですか、とだけ短く答えてリベリオはそれから黙り込んでしまった。


「…あ、あの、リベリオさん。コルネリア様の話は、本当なんですか?」


 沈黙に耐え切れなくなって、ティノがそう聞いた。


「お嬢様が元々人間だったという話ですか?」

「そうです」


 コルネリア自身は真実かわからないと言っていたが、リベリオからはまだ聞いていない。彼が本当に長年仕える自動人形なのかどうかを測るためにも、聞いてみる事にした。


「本当の話です…と、私は信じていますが」


 てっきり、断定されると思っていたティノは少し驚いた。歯切れ悪くそう答えたリベリオは、どこか遠くを見るように目を眇めた。


「じゃあ、リベリオさんがこの屋敷とコルネリア様にどうかかわっているのか、聞いても良いですか…?」

「つまらない話ですが、それでも良ければ」


 柔らかく微笑むリベリオに、ティノはうなずきを返した。



 身体の弱いお嬢様の、養生のために作られたのがこの屋敷です。私はそのお嬢様専用の自動人形として作られました。お嬢様と初めて会ったのは、まだ彼女が十にも満たない時でした。そんな頃に彼女はすでに余命の宣告をされ、それでも毎日精一杯生きておられました。そのころは、私以外の使用人たちも皆人間で、優しくて明るいお嬢様のおかげで、私たちは幸せに暮らしていました。使用人たちは貧困や、天涯孤独など、苦しい状況の者が多かったのですが、お嬢様はそんな使用人たちに精一杯の愛と笑顔を与えてくださいました。自らが過酷な運命を背負われているのもかかわらず、絶えず使用人たちを気遣い、励ましてくださいました。私たちはとても恵まれた主人を持つ事ができ、幸せだったのです。

 お嬢様は年を経るにつれ、とても美しくなられましたが、同時にできる事も少なくなっていきました。どんな名医でもお嬢様の病気を治す事はできず、零れ落ちる命を拾い上げる事はできませんでした。使用人たちは皆、どうしてお嬢様がこんな過酷な運命を背負わなければならないのかと、悲しみました。 

 ついにお嬢様は足も動かせなくなり、ベッドに寝た切りになった頃、旦那様が屋敷に来られたのです。旦那様はお嬢様を溺愛しており、お嬢様の命を救うための研究をなさっていました。旦那様はお嬢様を死なせない方法があると、そうおっしゃられました。

 しかしお嬢様の容体は日増しに悪化していきました。毎日、痛みと苦しに喘がれて、あの頃のお嬢様は見ているだけで胸が張り裂けそうでした。私が代わる事ができたなら、どんなに良いだろう、と。

 お嬢様の痩せ細った小さな手を取ると、弱々しく握り返してくださいました。そして、使用人たちひとりひとりに瞳をめぐら、笑顔でこう、おっしゃられました。


 「いままで、ほんとうにありがとう。貴方たちのおかげで、わたくしはとっても幸せでした」


 彼女のお声を聞いたのは、それが最後でした。

お嬢様の表情が凍りついたようになったのは、それから数日の事です。

相変わらず床に伏せっておられましたが、お嬢様は起きている間でも、表情を変える事はありませんでした。虚ろな瞳に輝きは無く、睫毛はぴくりとも動かない。たまにぼそぼそと何かを話す唇は、僅かに動いていましたが、それ以外は手も身体も動くことはありませんでした。彼女の命を蝕む病のせいだと思っていましたが、お嬢様はついに食事も摂らなくなってしまいました。なんとか食べるようにと説得しても、お嬢様は一切食事に手をつけようとはしませんでした。そしてついに、口を聞く事も無くなってしまったのです。

 まるで人形のように、お嬢様はずっと、虚ろに天井を見つめておられました。

 傍目には、生きているのか、死んでいるのかもわかりませんでした。ゆっくりと上下する胸の動きと、唇から僅かに漏れる息だけが、彼女の生を示していました。しかし、食事を摂らなくなってしばらくたっても、お嬢様の見た目は変わりませんでした。普通ならば、痩せこけて頬が削げてもおかしくはない…いや、とっくに餓死していてもおかしくないぐらいであったはずなのに。それなのにお嬢様は、逆にどんどんと美しくなっていったのです。瞳は相変わらず虚空を覗いていましたが、銀色の美しい髪には不思議な艶が宿り、白い頬には僅かに朱が差し、唇は薔薇ように紅い。元気であった頃の面影がそのまま蘇ったようでした。

 もしかすると、お嬢様は元気になっているのではないか。今は病と戦っているのではないか…。私は淡い期待を胸に抱きましたが、お嬢様のそのご様子が少し恐ろしくもありました。

 私の恐怖が現実のものとなったのは、それからまた日が経った頃。

 ある日私がいつものようにお嬢様の様子を見に来ると、お嬢様の目はいつもの様に、虚ろに天井を覗いていました。生きている時と変わり無い容姿は相変わらずであったのに、生きている者の意思を感じない違和感を覚え、私はお嬢様をよく観ました。


「…こ、これは…!」


 お嬢様には、首や手、関節という間接に、見慣れぬ切れ目と球体がついていました。肌は堅く、人の温度ではありえない程冷たい。髪も作りもののような冷たさで、紅い頬と唇に触れても、堅い感触が指を押し返すばかり。まるで、石にでも触れているかのような感覚。


 嗚呼、お嬢様が人形に為られてしまわれた。


 そこにいたのは“人間”ではなく、人の手で作られたような“人形”だったのです。



「お嬢様を人形に変えたのは、お父上…旦那様の望みであったそうです」

「そ、そんな…父親が娘を人形に変えたんですか?」


 戸惑うティノに、リベリオは軽い頷きを返した。


「旦那様の望みは、お嬢様が死なず美しい姿のままであり続ける事…苦しみから解放される事。その願いは叶ったのです」

「人間が人形になる事が…望み?」

「結果的にそうなった、というだけです」


 ティノには理解できない望みだ。ティノは人形師見習いで、人形が大好きだったが、だからといって人形になりたいかと言われれば、素直に頷く事はできない。自分の意思ならまだしも、他人の…それも親の意思でそうなってしまったコルネリアがなんだか少し可哀想に思えた。


「私には人形の声は聞けませんので、お嬢様の本心はわかりません。しかし、お嬢様は結果として苦しみから解放され、長い時を存在し続けています」

「…それは…」


 昨晩話をしたコルネリアは、やはりとても幸せそうだったように思える。彼女は人形に成らなければ、どのみち苦しみながら死ぬ運命だったのだ。


「リベリオさんは、本当にコルネリア様が人形になったと…?」


 リベリオの話の中では、コルネリアの死は誰も看取っていない。そして彼女が人形に代わる瞬間も。リベリオは、困ったように微笑んだ。


「私には真実はわかりません」

「え」

「意外でしょうか…。しかし私は、どちらでも良いと思っています。彼女がお嬢様であり、私が使用人として仕え、お嬢様の記憶を有している限り…そこにおられるのはお嬢様なのですから」


 少し俯く彼の瞳は、まっすぐとどこかを見つめている。人形への、絶対の忠誠と信頼。彼がコルネリアに仕える使用人である限り、其処にいるのは例え人形であっても、彼のお嬢様なのだ。

 それが、自動人形の彼に与えられた意思。


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