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 リベリオは昼食前と変わらず、厨房にいた。すでに晩餐の支度を始めているらしい。ティノは容疑者なのに、客人扱いなのは変わらないようだった。それはありがたかったが、同時に何故か後ろめたくもあった。…決して犯人ではないけれど。


「食器持ってきてくださったんですか。ありがとうございます」

「はい。あの、食事ってリベリオさんも摂られるんですか?」

「ええ。霊水は貴重なので、自動人形は、人と同じ食物でもある程度の動力となるよう作られているんです」

「なるほど…それで、自動人形ってご飯も食べるんですね」


 街中で、たまに自動人形が人と同じように食事をとっているのを見かけた事がある。初めて見た時は、人形がものを食べるが衝撃だった記憶があった。


「そういえば…具体的に、霊水ってどんなものなんですか?どうやってそれで自動人形は動いているんですか?」


 リベリオが飲んで見せた霊水について、そもそもどんなものかティノは知らない。どうして水で人形が動くのかわからなかった。リベリオは少しだけ目を見開いて、微笑んだ。


「自動人形に興味がおありですか?」

「は、はい、少し…」


 まさか、メイベルがリベリオを疑っているから気になっているとは言えない。それに自分で動くといっても人形は人形。興味があるのは事実である。


「うまく説明できるかはわかりませんが、僭越ながらご説明申し上げますね。まず、自動人形が、生命の錬金術師によって作られたという事はご存知ですか?」

「あ、はい。それは知ってます」


 先ほど話していた事だ。それぐらいならさすがにティノでも知っている。


「生命の錬金術師がなぜそう呼ばれているか、それは命の(エリクシール)と呼ばれるものを発見し、可視化、物質化させる事に成功したからです」

「い、命のエリクシール…?」


 聞きなれない単語に、ティノは戸惑った。


「精とは、この世界の空気中…いや、空間中といった方が正しいのでしょうか。そこに漂う全てのモノの源…そういうものらしいです。私にも詳しくはわかりません。生命の錬金術師は、これを扱う事に成功しました。彼は霊石と呼ばれる石…大きさ的には岩ぐらいあるそうですが、それを作りました。この霊石に一定純度の水を透過させると、霊水…エリクサーができるそうです」

「は、はあ…」


 またティノにはわからない壮大な話だと思った。必死に理解しようとしても、想像すらつかない。


「この霊水を自動人形に使う事により、彼は無機物であった人形を動かす事に成功したのです」

「つ、つまり…空気中に漂う…命の素みたいなものを、水に溶かして作ったのが、霊水で…その霊水で自動人形は動いてるってことですか?」

「おっしゃる通りです」


 多分、頭の悪い解釈をしただろうに、リベリオは少しも嫌な顔せず微笑んでくれた。


「ただ、この霊水は一定量の酸素に触れると気化してしまうという特徴があります。自動人形は体内から霊水が完全に失われると、行動不能になります。そのため、霊水を取り続ける必要があるのです。…しかし、生命の錬金術師は、霊石から霊水を作る手段は伝えても、霊石を作る方法は伝えませんでした。霊石を作る術はいまだ誰も知らないのです。なので世界には僅かな霊石しかなく、生産される霊水も限られるために、貴重なのです」

「な、なるほど…」


 だから自動人形は高価なのだろうか。遠い世界の話だな、とティノは思った。アトリエ・コルティで作られる古式人形も、一体一体が手作りなために高価ではあったが。しかしそれだけ貴重なら、確かに壊れた自動人形に使うのは勿体ないという発想になっても仕方ないのかもしれない。


「ところで少し話は変わりますが、生命の錬金術師がそう呼ばれるのは、何も自動人形を作ったからだけではありません」

「え、そうなんですか?」


 何やらよくわからない理屈で、動く人形を作り出しただけでも充分すごいと思うのだが、それだけではないのか、とティノは感嘆した。


「自動人形は、彼の最初の“失敗作”であったといいます」

「し、失敗作…?」

「ええ。彼はほかにふたつの“失敗作”を作りました。それは今では人造人間(ホムンクルス)と精霊と呼ばれています。この自動人形、人造人間、精霊…これはどれも彼が作った失敗作の人形だと言われています」

「人形…」

「自動人形は先ほど話した通りですが、人造人間は自動人形と違い、体内に霊石を有しているそうです。それゆえに霊水を摂取する必要がありません。人間と同じように水を取ればいいのですから。精霊は…精そのものに意識…命とも言われていますが、それが宿ったものだそうです。精霊は水も石も必要ありません。自分自身が命の源であるのですから」


 そうなってくると、それはもうほとんど人間と同じなのではないだろうかとティノは思った。それなのに失敗作の人形、とはどういう意味だろうか。


「それらと人間には大きな違いがあります」

「違い?」


 リベリオはティノの問いに、軽く頷きを返した。


「人形たちは、血も涙も流さないのです」


 ああ、そうか、とティノは思った。血や涙…それは人間が生きているといえるもののひとつだ。古式人形も…メイベルも、コルネリアも、どれだけ話ができても、血も涙も流す事はないのだ。


「と、いっても普及しているのは自動人形だけ。それどころか人造人間や精霊は、実際にその存在を確認されてすらいないそうです。一部では伝説だとも言われています」

「そうなんですか…。でも、どうしてそれらは“失敗作”だったんですか?生命の錬金術師の目的ってなんだったんですか?」


 自動人形も、人造人間も、精霊も、実在するならそれは大きな成果である気がする。もしかすると、生命の錬金術師は、本物の人間を作り出そうとしていのだろうか。それに、何の意味があるのだろうか


「生命の錬金術師について知りたいのでしたら、書庫に興味深い本がありますよ。やや子供向けですが、偉大なる錬金術師たちの伝説を記述した本です。ご覧になられますか?」

「み、みます、みます!」


 ふたつ返事でティノは本の閲覧を望んだ。正直、錬金術師について調べる事が、コルネリアを壊し犯人につながるかはよくわからなかった。しかし八方塞がりで何もわからない今、少しでも何かの手がかりになる可能性があるものは調べておきたかった。

 それ以上に、“失敗作の人形”という言葉がティノは気になっていたのかもしれない。


「…ティノ、本当に調べるの…?」

「うん、何か気になっちゃって…どうしたのメイベル?」


 いつもと違ってどこか不安げなメイベルの声に、ティノは違和感を覚えた。


「別になにもないけれど」


 しかしすぐにいつもの調子に戻ったので、ティノはリベリオの後を追って書庫へと向かった。



 ティノを書庫に案内し、書棚から一冊の本を取り出したあと、リベリオはまた通常業務に戻って行った。ティノは一人…と人形一体だけ残されて、なんだか心細い心地になっていた。


「うう…なんか此処、不安になる…」


 何せ書庫の広さはコルネリアの部屋ほどあり、その中にぎっちりと本棚が詰まっているのだ。本棚と本棚の間は人が一人入れるぐらいで、もちろんその本棚の中にもぎっちりと本が詰まっている。やや埃っぽいものの、ずっと放置されていたというほどではない。独特の紙のにおいと、おそらくインクのにおいが鼻をつく。部屋は窓もないため、日中でも薄暗い。部屋の端には大きな灯りと、小さな机がぽつんとあった。ティノは机に本とメイベルを置いて、椅子に腰かけた。


「早く読もう」


 本というものは、人形と同じくなぜだかそれ自体が意思を持っているような気がティノにはしていた。人形はティノと意思疎通が図れたが、本とは図れそうもない。中身の文字を見ない限りは。

 リベリオが持ってきた本の表題はそのまま「偉大なる錬金術師の伝承」とあった。ティノは早速表紙を開いて、文字に目を滑らせた。まず最初に書かれていたのは、もっとも偉大で、もっとも後世に影響を与えた錬金術師、生命の錬金術師に関する記述であった。


「何が書いてあるの?」


 メイベルが問うので、ティノは書いてある内容を音読する事にした。



 生命の錬金術師の伝承


昔、男がいた。男は、人形に恋をしていた

 口も開けぬ人形に恋をするなどと、人々は男を笑った。

 しかし彼の友人だけは笑わなかった。友人は男にひっそりと伝えた。


 ぼくは、人形の言葉がわかるんです。


 男は、友人がひどく羨ましくなった。自分も知りたい。人形の言葉を、彼女の本心を。

 そしてこの想いを伝えたいと思った。


 男は“いのち”を造ることにした。

話せる言葉が無いのなら、人形に話せる“いのち”を与えればいいのだと。男はそう考えた。


 最初に男が作ったものは、彼女によく似た人形だった。しかしそれは、ただ動いて喋るだけの人形で、無機質で、無感動だった。

 次に男が作ったものは、彼女によく似た人間だった。しかしそれは、ただの人間で、人形である彼女自身には成り得なかった。

 最後に男が作ったものは、よく似た何かだった。それは人間でもなければ、人形でも無く、ただそこに存在する人形のような人間のような形をしたもので、結局彼女では無かった。


 自分は彼女によく似た、別のものを造っていただけだ。彼は絶望した。造った“にんぎょう”達は誰ひとり愛せなかった。ただ、愛するのは、あの人形の彼女だけ。あの人形の想いはあの子にしか宿らない。しかし男は終ぞ純粋な“いのち”を造り出すことは出来なかった。


 後の世に男は、誰もの口に上る伝承となり、こう呼ばれた。

 偉大なる創造者、生命(いのち)の錬金術士、と。



「人形の言葉がわかる、だって!」


 ティノはその記述にまず驚いた。自分以外でもそんな人がいたなんて。しかも生命の錬金術師の友人で、彼に影響を与えた人物らしい。そして生命の錬金術師の目的とは、人形に命を与える事だったなんて。

 後半に記述されている男が作ったものというのが、自動人形、人造人間、精霊のことだろう。確かに、人形に命を与えるという彼の目的には適合していない。別の人形を作ったところで、それは別物だという事を、彼は気づけなかったのだろうか。しかし人形に恋して、人形に命を与えるのが目的だったなんて、なんとなく他人事ではない気もした。


「うん、でもそっかぁ、人形の声が聞こえるっていうのも、罪なことだねぇ…」


 余人に変な期待を与えてしまえば、生命の錬金術師のような悲劇を辿る事になりかねない。いや、彼の発明は後世の人々に役立つものだったから、悲劇ではないのかもしれないが。


「それで、何かわかったかしら?」


 メイベルに言われて、目的が別になっていた事にティノは気づいた。何かわかったといえばわかったが、事件に関しては特になにもわからない。コルネリアの人形化についても関係あるのかどうか、わからなかった。


「なにもわからない、という事がわかった」

「あなたそればっかりね…。まあ、いいわ。他の記述を見てはどう?」


 メイベルに促されて、ティノは貢をめくった。次に書かれていたのは、喪失の錬金術師に関する記述だった。ティノはメイベルのために、それも音読する事にした。



 喪失の錬金術師の伝承


昔、女がいた。女は、とても賢かった。

女はさまざまなものを生み出し、誰からも尊敬されていた。


女はその技術で以て、不治と呼ばれていた病を治す薬をいくつも生み出し、人々の暮らしを楽にする道具をたくさん作り出した。

女は誰からも感謝され、誰からも愛され、誰からも敬われた。


 ある日女は、唐突に飽きてしまった。


 感謝されることに、愛されることに、敬われることに。…生み出すことに。

 この世は、無限のものを毎日生み出している。

その中で、自分が作れるものなど僅かしかなく、それよりも早い速度で“何か”は生まれ出ている。

 どんなに感謝されようが、どんなに愛されようが、どんなに尊敬されようが、他人との距離は消すことができないのだと。


 本当にそうだろうか。女は思った。


 ならば自分は、生み出すのではなく、消していこう。この世の消せない真実を、消していこう。消すことを生み出そう。

 それから女は研究に没頭し、いつしか誰からも感謝されなくなり、愛されなくなり、敬われなくなった。

 そうしているうちに、彼女の周囲から人々は消えてしまっていた。

 彼女は気付いたのだ。彼女の周りにいた人々は、みな消せない寿命で消えてしまったのだ、と。

そして彼女自身は、いつの間にか“死”を失っていたことを。


 後の世に女は、誰もの口に上る伝承となり、こう呼ばれた。

 深淵なる魔女、喪失の錬金術士、と。



「どうしよう、さっき以上にまったく全然わからないよ、メイベル」


 言葉は読めても、文章が読めないなんて事あるんだな、とティノは的外れな感想を抱いた。ティノは文字の読み書きや簡単な学問は、姉たちに教えてもらっていたが、こと人形意外の専門分野には疎い。“研究”という言葉を“けんきゅー”と言いかえられ程度には馴染みもない。


「じゃあ気にせず、次を読めばいいじゃない」

「えっ。完全に流し読み…?まあ、いいけど…」


 メイベルがそう言うなら。正直、この話を深く掘り下げて解釈するのもティノは避けたかったので、メイベルが次と言ってくれた事に安心していた。


「じゃあ次は、不死の錬金術師の話だね」


 内容はよくわからなくとも。不思議なお話として読む分には少し面白いとティノは感じていた。



 不死の錬金術師の伝承


昔、少年がいた。少年の寿命はとても短いものだった。

どうしてこの世に生を受けたのだろうと、少年の周りの大人は皆そう嘆いた。


 どうせみんな死んでしまうのに?

少年はいつもそう答えた。人はいつ死ぬかわからないのに、どうして自分だけが憐れに思われなくてはならないのだろう。

きっと、人々は自分が死ぬのだとは露ほども思っていないのだろう。

少年にとって“死”はいつも傍にあった。優しい眠り、安堵の時、救いの光。

彼にとって“死”は最高の友だちで、最大の理解者でもあった。少年は日がな一日、“死”と遊んだ。


死は喪失ではない、死は終焉ではない、死は残酷ではない。


次に目覚めた時、彼は少年だった。

また君に巡り合うことができたね。

彼はそう、笑った。少年は“生”ともわかりあえるようになっていた。


“生”と“死”ふたりの友だちは、少年にとってかけがえのないものだった。

何度もめぐりあい、何度も別れ、何度も語らう。そんな友だちだった。


次に目覚めた時、彼はやはり少年だった。


何年、何十年、何百年。彼は何度朝を迎えても、少年だった。

 その姿を見た者、永い時の叡智に触れた者は皆驚いた。


 後の世に少年は、誰もの口に上る伝承となり、こう呼ばれた。

 永遠なる少年、不死の錬金術士、と。



「うーん、とっても不思議な話だね」

「ティノ、完全に主旨が変わっているわよ」


 それはメイベルに言われずとも、理解していた。しかしやはり、この話を現実のものとして理解しろというのは、ティノには無理な話だった。


「わかんない。結局何もわからない…ひとつだけわかったのは、自分が予想してる以上に、僕は頭が悪いって事かな…」


 最初から犯人捜しなんて、自分にできるはずがなかった。今はそう、ティノは思っていた。このまま、犯人が見つからなかったらどうなるのだろうか。ずっとこの屋敷に閉じ込められるのだろうか。この屋敷の人形たちと、同じように。


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