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テガミ ──The short tales of LETTERs──   作者: 蒼原悠
Ⅰ 伝われ、この気持ち。
9/25

いつかぜったいに ──息子→家族──




【letter-09 no matter what】




 陸上自衛隊員として訓練に励む青年、中村(なかむら)大希(だいき)

 高校時代に色々と問題を起こし、挙句に勘当されてしまってから、彼は一度も家に戻らない日々が続いていました。

 大希自身も、連絡していいものか悩んでいたのです。


 とある命令が下る、その日までは。













 父さん、母さん。


 それに由香(ゆか)




 突然、こんな手紙を書いてごめん。



 俺です。中村大希です。



 別に、メールで伝えればいい用件しかないのですが、


 何だか急に手紙を書きたくなって、筆を取りました。






 最近、どう?


 俺が進学のために家を出てから、もう八年が経つけど、思えば家にも帰らなかったし電話もほとんどしなかったよな。



 父さんはもう定年だったね。


 仕事がなくなった暮らしは、やっぱり暇? それとも新しい趣味でも見つけて、余暇を楽しんでる? まだまだ長生きするんだから、二つ三つくらい見つけておくといいよ。生涯懸けて打ち込めそうな何かをさ。



 母さんは昔から腰痛持ちだったけど、怪我とかしてない? もう父さんもいるんだから、あんまり無茶はしないで任せるものは任せなよ。でないと、身体がほんとに壊れちゃうよ?



 由香はまだ就職、決まりそうにないか?


 最悪──最悪だけど、適当に決めちゃって望みの道に転職する手だってあるからさ、まだ諦めんなよ。住めば都って言うし、最初は嫌でもいつかその仕事が好きになることだってあり得るしな。



 余計なお世話だって思ったら、ごめん。






 聞くだけ聞いたんだから、俺も近況報告をしなきゃね。



 いま俺は、陸上自衛隊の練馬駐屯地で訓練に明け暮れています。


 そう、練馬。うちの割とすぐ近くだろ。そこの普通科っていう所に、俺は所属してるんだ。


 防衛大学校を出て正式に自衛官になってから、もう三年目になるのかな。今じゃちょっと階級も上がって、陸士長っていうのになった。


 後輩も部下も出来て、そういう人間関係も気にしなきゃいけないから疲れることも多いけど、でも何とかやれてるんだ。




 まあ、報告がそれだけならこんな手紙なんか書かないんだけどな。







 一年前から、西アジアの国境争いが大規模紛争に発展してきてるのは知ってるだろ。


 噂じゃ、大量破壊兵器が持ち込まれてるらしい。そんで半年くらい前、国連軍が派遣されて現地で大規模な作戦が展開された。


 その後始末で自衛隊が出動することになったんだけど、その参加メンバーに、俺も抜擢されたんだ。



 俺たちの使命は、辺り一体に大量に埋められた地雷とか危険物の処理と、インフラの復旧活動。


 政府開発援助とか、災害復興支援活動とはまるで違う。地雷処理はリアルに命に関わるからさ、一応、連絡しようと思ったんだ。


 嫌だろ? 突然呼び出しがかかって、何かと思えば「息子さんが亡くなりました」だなんて。



 本来なら、地雷処理は施設科っていう部署がやらなきゃいけないんだけど、東南アジアの方にも出動していて人員が不足しているらしい。だから、普通科連隊から補填要員を出すことになったんだそうだ。


 俺、こう見えても地雷処理得意なんだよね。訓練の成果はいつも班で一番よかったし、選ばれたこと自体は嬉しいんだ。実力を認められて何かに就けるなんて、初めてだからさ。




 だけど、そんな悠長なことを言ってられる現場でもないみたいなんだ。


 現地に埋まってるのは地雷だけじゃない。争いの火種が、まだそこかしこに埋ってる。通信科の奴の話じゃ、また今日もゲリラが現地残留軍に攻撃を仕掛けて死者が出たらしい。俺たち自衛隊にだって、命の保証は一切ないような状況なんだ。


 だから、還ってこない可能性もある。そこはわかっておいてほしい。



 ま、勘当された身で言うことじゃないけどな……。






 今でも時々、怖くなる。



 対人地雷を思いきり踏みつけて、バラバラに吹っ飛ぶ自分の姿が瞼に浮かぶんだ。



 最近の地雷は探知機の電波で爆発したりもする。何が起こるか、まるで予測がつかない。


 自衛隊に入って以来、こんなに緊張の夜が続くなんてことはなかった。それだけ きっとまだ、俺は恐怖心を捨てられていないんだ。




 今に比べれば、小さい頃の「怖い」なんてまだまだ甘かったんだろうな。


 それだけじゃない。こうして大人になってみると、子供の頃は本当に幼かったんだなって思う。


 嫌いなものは何もかも遠ざけて、怖いものからは目を背けて、それでこの年まで生きてきた。ろくに勉強もしないで防衛大学校なんかに入れたのは、まさに奇跡だったよ。もっと努力してりゃそれなりの大学には入れたろうし、もっと豊かな選択が広がってたんだろうな。


 みんなには、心配以上に迷惑をかけ続けた。今さら遅いとは分かってるけど、謝らせてくれないか。


 ごめん。



 でも、自衛官として国防の任に就いたこの人生の選択が間違いだったとは、俺は思わないんだ。


 無理矢理でも自立させられて、無理矢理でも広い世界を見渡させられた。おかげで、少し未来への見通しがよくなってきたような気がする。家っていう名前の、あるいは日本って名前の壁の中で生きていたら、きっといつまでも気づけなかったと思う。


 うちにいれば、父さんがいる。母さんが、みんながいる。旨い飯もあれば、雨風から守ってくれる屋根だってある。どんなに寒くても、身体を温める術だってある。


 だけど、それに頼って安寧の中に浸かっていてはいけないんだ。俺はもう、みんなを守る立場に立っているんだから……さ。


 だからこそ俺は、俺たち日本人はもっと、自分で自分のことが分かるようにならなきゃいけない。そう思うようになってから、もっと色んなことが知りたくなった。


 どんな国に出向いたって、学べることはきっとたくさんあると思うんだ。せっかくのチャンスを、怖いからなんて理由で遠ざけたくなかった。




 壁──もとい、国境の向こうにはきっと、まだ見ない世界が広がってる。


 教科書には載ってない、本当の世界が広がってるんだ。





 だから、心配しないでくれ。


 俺は、望んで現地に赴くんだ。後悔なんてしていない。


 たとえ死ぬような事があっても……、







 ……ごめん、何でもない。



 出発まで、あと一週間だ。


 元気で行ってくるよ。だから父さんも母さんも由香も、元気でいてくれよ。







 いつか必ず、還ってくる。


 顔を見せに、きっと還ってくるから。



 ……そしたらもう一度、仲間に入れてくれないかな。










中村大希











「──次のニュースです」

 アナウンサーの声とともに、西アジアの国らしき映像が入った。

「あなた、あれ……」

 妻の中村雅子(まさこ)に呼ばれ、新聞を読んでいた俊信(としのぶ)はテレビに目を向けた。その顔が少し、歪む。

 テロップに映し出された「ゲリラ襲撃 自衛官一名殉職」の文字が、目に入ったからだった。


「昨夜遅く、西アジア地域の国境紛争により壊滅したインフラ整備のために派遣されていた自衛隊の駐屯地にゲリラが襲来し、応戦した現地部隊との間で銃撃戦に発展。死者を含む被害が出たとの事です。

なお、亡くなったのは高野(たかの)研二(けんじ)一等陸士。哨戒任務に当たっていた所、銃撃を受けたと見られています」


「なんだ…………」

 俊信の目つきが、少し穏やかになった。見知った名前ではなかった。

「死者、ねぇ。向こうの安全は本当に守られていないのね……」

 湯呑を握りしめながら雅子が呟くと、俊信はふんと鼻を鳴らす。「そんなに気にせんでもいいだろう、母さん。あいつは望んで行ったんだから」

「それはそうでしょうけど……」

 雅子の表情から翳りは消えない。

 二人が想像しているのは、同じ人物で間違いなかった。今頃、何をしているのか。自衛官の家族に、その活動は大抵の場合、知らされることはない。不安は時間と共に、募ってゆくばかりだった。

 雅子は、カウンターの上に置いてあった手書きの手紙を、そっと手に取った。ふん、と俊信がもう一度、鼻を鳴らした。

 少し音色は変わっていただろうか。


「なに。生きて帰らなきゃ、あいつじゃない。俺の自慢の銅鑼息子じゃねえさ」


 そう言うと、俊信は眩しそうに窓の外の空を見上げたのだった。




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letter-09 no matter what

公開日 2014/05/08 12:00

舞台 東京都練馬区






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