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テガミ ──The short tales of LETTERs──   作者: 蒼原悠
Ⅰ 伝われ、この気持ち。
7/25

わかった気がしたよ ──現在→未来──




【letter-07 feel like I understand】




 卒業してしまった。


 感動の式から数日が過ぎ、小松川(こまつがわ)桐乃(きりの)は今日も静かな空を見上げています。

 実は彼女は、耳が聞こえません。新しい高校生活を前に、不安でいっぱいなのです。

 

 誰に聞いたら、答えてくれるだろう。


 悩んだ末、桐乃は決めます。

 未来の自分に宛てて、手紙を書いてみようと。












 十年後の、

 小松川 桐乃様







 これを読んでいるあなたは、二十五歳なんだよね。


 私は、十五歳のあなたです。桜も芽吹き始めた三月の終わりの日、外を眺めながらこの手紙を書いています。


 覚えてるかな。いま私が住んでいるのは、葛西臨海公園のすぐそばの南葛西住宅です。ほら、海がすっごく綺麗に見えて、天気がいいとディズニーランドの花火も見えたよね。学校の帰りにみんなして親水公園で水遊びしたり、都心の方まで行くのにわざわざシーバスに乗ったりしたよね。緑もいっぱいあるし、住み心地はすっごくよかったな。お店はちょっと少なかったけど。


 ……って、さすがに十年も経ってたらもう江戸川区には住んでいないのかな。



 そうだといいな。





 ねえ、一つ質問していい?



 私は超能力者じゃないから、この手紙の返信を見ることは出来ないけど、でもどうしても聞かずにはいられないの。



 十年後、


 私の耳は、治っているの?



 忘れられないよね。


 五年前、私は交通事故に遭って、聴覚を失った。


 いま、私の耳は大きな音を辛うじて聞き取るくらいの能力しかありません。それも補聴器をつけてやっと。


 普段の生活に不便はそんなに感じてないんだけどね。


 十歳まではちゃんと聞こえてたから、それである程度は補完できるんだ。がんばって手話も読唇術も覚えたから、知らない人とでもそれなりの意志疎通は出来てるしね。



 だけど、やっぱり音が聞きたいんだ。



 いちばんつらいのは、音楽が聞けないことかな。


 ピアノ習ってたから、楽譜さえ見ればどんな曲でも音は思い浮かべられるんだけど、それだけ。どう頑張っても歌は聞こえないし、テレビで歌番組とか流れると思わず泣きたくなっちゃう。何だか私に現実を突きつけてくるみたいで、さ。





 寂しいんだ。


 周りのみんなは音を楽しんでるのに、私だけ仲間はずれ。





 でも、私は諦めないよ。


 信じてるよ。


 十年後、いまより進歩した医学が私の耳をきっと治してくれてるって。



 この前、ニュースで言ってたんだ。


 何にでも化ける「万能細胞」がカンタンに作れるようになったって。これから先、どんどん医療分野への応用が期待されてるんだって。


 十年後、順調に行ってれば私は社会人。それまでにきっと、私はまた聴覚を取り戻して“みんなの輪の中”に入れてるはず。


 そうやって自分を元気付けながら、


 あるいは誤魔化しながら、


 私はいまを生きてるんだ。




 二週間前、無事に区立臨海中を卒業しました。


 私、頑張ったんだよ。卒業式の巣立ちのコーラス。今年はGreenPeaceってグループの歌だったんだけど、ちょっと古い歌だからまだ耳が覚えてたんだ。で、先生にすっごい驚かれた。「耳が聞こえないのに、ちゃんと歌えてる」って!



 でね、その時に校長先生が言ってたんだ。

「この三年間を乗り切った君たちは、間違いなく少しでもオトナに近づいたはずだ」って。


 そうなのかな。


 「オトナになる」ってことが、私にはよく分かんない。でも誉められて悪い気なんてしなかったし、その時はそれでいいかなーって思ったんだ。


 でも、やっぱり知りたいよ。



 十年後、あなたは「オトナ」になってる?


 「オトナ」って、どんな人のことなのか分かる?



 物事に真剣になれる人はオトナなのかな。


 じゃあ私、なれてないや。勉強キライだし。趣味もないし。


 かっこよかったり可愛かったら、オトナなのかな。


 それもダメだ、私可愛くなんてないし。


 親切だったらオトナなのかな。


 微妙だよ。親切はしたことあるけど、無意識になんか出来ないもん。


 頭がよかったり知的だったらオトナなのかな。


 ますます自信ない…………。



 って考えると、先生の言ってた「オトナ」って言葉の意味が分かんなくなっちゃうんだ。





 でも、


 真面目で可愛くて頭がいい私なんて、想像出来ないな……。



 なんか、そういうのってイヤだな。


 真面目になんかなりたくないよ。私、堅苦しい人とか好きじゃない。


 頭がいいって良いことなのかな。勉強にばっかりかまけてる人って、なんかつまんないよ。


 可愛くなんて、なれないよ。クラスでモテる子と違って、私は上手いことなんか言えないし。そもそもあんまり喋れないし。


 それに、聴覚障害がある子なんてきっと誰にも振り向いてもらえないだろうし……。



 もしかして、十年後も耳が元に戻らなかったら、私はずっと独身なんじゃないよね!?


 すごく、心配です……。





 って話を、この前お母さんにしてみたんだ。


 そしたら、言われた。


 「あんたはオトナだけど、まだまだコドモなんだね」

ってね。


 それってどっちなんだろう。





 でも、ちょっと分かるかもしれない。


 お母さん、悪いけどそんなに美人さんじゃないもん。学業がすごかった訳じゃないし、真面目かって聞かれたら首をたてに振れる自信もないもん。


 それでも、お母さんはオトナなんだ。もっと別の何かを確かに持ってるから、そう見えるんだと思うんだ。



 お母さんがもう既に持ってて、私もカケラくらいは掴めてるもの。


 それって何だろう?





 もしも、


 もしもだよ。



 こんな風にあれこれ悩むことが、オトナになるってこと?


 肩にしがみついてるコドモをどけて、ちょっと背伸びしてみるのがオトナ?



 そうだったらいいな。


 たとえ耳が聞こえなくたって、今の日常が私は大好き。


 いままで通りに無邪気なままで、イタズラっぽくて、勉強はまぁキライだけどそこそこ出来て、意識してても他人に優しくできたら、そんなキラキラした日々のまま「オトナ」になれるなら、それでもいいのなら、どんなにかラクだし楽しいかな。


 叶うなら、いつもいつまでも今のまんまがいいな。





 あああ、これもあなたに質問するつもりだったのに。


 聞く前に自分で答え出しちゃったよ(笑)



 十年後、あなたがこの手紙を見て、「この頃の私ってこんな幼稚だったんだ」って思っても、許してあげてね。


 あなたにとって十年前の私は、きっといつまでもバカで先読みの出来ない女の子だと思うから。


 そしてあなたがどこに住んでいたって、この江戸川に戻ってくればきっと思い出すと思うから。中学を卒業して高校の準備をしている頃の私が、どんなことを考えていたのか。



 初心、忘れるべからずだよ。






 未来のあなたが、無事に音を取り戻した日常を幸せに送っていることを、祈っています。






小松川桐乃











「………………ふぁ…………」


 目をこすりこすり、桐乃は顔を上げた。

 寝落ちしていたみたいだ。頭が重い。口の端から滴ったよだれを拭うと、桐乃は窓の外を見遣る。葛西臨海公園の観覧車に点った煌びやかな電飾が、今の時間を何より分かりやすく教えてくれている。


──やっぱり、答えなんて来るわけないか。


 一言も変化していない文面に、当たり前だと分かってはいても桐乃は何だかがっかりした。

 そう、分かっている。

 こんなの自己満足でしかない。そんなことは分かり切っている。

 ただ、こうでもしたら、もしかしたら、自分の内面に潜んでいる別の自分が、何かしらの答えを与えてくれるんじゃないか──そんな、淡い期待のために。


 ふう、と嘆息して、消しかすを払おうと手をかざした時だった。




「…………あっ」


 桐乃は小さく声を上げた。


 ひらり、便箋の間に、桜の花びらが舞ったのだ。


 桐乃は思わず窓から下を覗き込んだ。

 ありえない。ここは高層マンションの十四階だ。桜の花びらなんて、どこからも入ってくるわけが無いのに。

 じゃあ、なぜ。



──“叶うなら、いつもいつまでも今のまんまがいいな”──

 その一文の上で、花びらは風に舞い踊っている。



 そっか。

 そう、自然と口から声が漏れた。

 それがあなたの答えなんだね、と。



 桐乃は、高い高い空を見上げた。

 遥か高み目指して暗闇の中へと消えてゆく飛行機が、眩しかった。




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letter-07 feel like I understand

公開日 2014/03/31 19:00

舞台 東京都江戸川区






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