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テガミ ──The short tales of LETTERs──   作者: 蒼原悠
Ⅰ 伝われ、この気持ち。
6/25

ただそれだけで ──少年→少女──





【letter-06 only that】




 ……密かに胸に秘めた恋心を、言葉に出来ないでいる小学生の少年・増戸(ますこ)孝治(こうじ)

 バレンタインの前日、彼はある決心をしました。それは、片想いの相手・引田(ひきた)奈帆(なほ)からチョコを貰えたら、お返しに告白をしよう。というもの。


 でもどうしても、勇気が出なくて。


 迷った挙句、孝治は思い付くのです。

 テガミにして渡そうと。


 かくして、夜を徹しての恋文執筆が始まりました。









引田 奈帆さん






 僕は、あなたに伝えたい事があります。


 頑張って書いたこの手紙、どうか最後までよんでください。




 てか、わざわざ敬語にする必要ないね。




 ああ…………。


 正直に気持ちを書くって、言うのより大変なんだな……。


 思いきれないよ。書いてる間、指が震えて仕方ないよ。




 去年一年間、僕たち色んな事したね。


 特にほら、夏休みに学校のすぐ近くの川原でバーベキューやった時とかさ。僕が思いっきり肉を焦がして、それ笑ってたら奈帆は飯盒のご飯焦がして。隣のグループに超笑われたのを覚えてるよ。


 知ってた? 秋川渓谷って、都内でもすごく有名なバーベキュー場なんだって。だからあんなに客がいっぱいいたんだよ。この前なんか、テレビに映ってたって母さんが言ってた。


 夏休みといえば、サマーキングダムもよかったよね。僕、どうしても絶叫系が好きになれなくてさ、ウォータースライダーさえギブアップするくらいに。あんなの怖くないって奈帆は平気な顔で滑ってたけど、ほんと羨ましいよ。どうしてそんなに恐怖を克服出来るの?





 思えば、あの日からこの気持ちは始まったのかもしれないや。


 奈帆の全開の笑顔を、目に焼き付けたあの日から。







 ああもう、もどかしいよ。


 先に結論言っちゃおう。




 奈帆さん。



 僕は、君の事が好きです。



 君のその自由な笑顔が、明るくて天真爛漫な一挙手一投足が、大好きです。


 目の前の全てを全力で楽ししむその後ろ姿が、大好きです。




 とにかく、大好きなんです。





 本当は、言いたい気持ちはもっともっとたくさんあるんだ。


 だけど、どう言葉にしていいのか分からないよ。文字にしてしまったら、何だか薄っぺらな中身になっちゃうような気がする。




 実は、初恋は五年も前だったんだ。


 南五日市小に入学して以来、僕と奈帆はこれまでずっと同じクラスだったよね。


 あの晴れた日、最初に奈帆の顔を見た瞬間は、今でもはっきりと記憶に残ってる。


 未だに僕の「好きなタイプ」っていうのはよく分からない。ただ断言できるのは、奈帆みたいなタイプの子だって事だけ。奈帆の顔立ち、奈帆の目、奈帆の物言い。


 そのくらい、奈帆は僕の心にストライクしたんだ。




 あれから、五年。



 まさかずっと一緒だとは思わなかった。どんな奇跡だろう、やっぱり運命の糸ってあるのかな。そんなことを思ったりもしたけど、よく考えたら他にも同じクラスのやつってけっこういるんだよね。


 僕と奈帆の間に、今のところ友達以上の関係は存在しない。奈帆にとって、僕は頼りないただの友達。告白なんかしたら、逆に嫌われちゃうかもしれない。今のままでも、近くにはいられる。だったらその方がいいんじゃないかとも思った。


 でも、それは何だか違う気がしたんだ。毎日毎日、奈帆の事を夢に見てはいいところで打ち切られる日々が、つらかった。すごくつらかったんだ。胸の奥に日に日にたまっていく気持ちを、どうしても伝えたかったんだ。


 だから、その関係を少しでもグレードアップさせたくて、持たせてもらったケータイのアドレスと番号を交換して、よく電話したりメールしたりしてたよね。


 それでも君が気づいてくれる気配は一切無かったけど、僕はそれでも構わないと思う。


 簡単だよ。どうしてもなら、僕から伝えに行けばいいんだから。




 その簡単な事を実行に移すのが、こんなに大変だと思わなかった。




 今も、恥ずかしくて顔が発火でもしそうだよ。机に座って書いているのに、心拍数が増えてくのを感じるよ。


 ホントなら、口頭できちんと言うべきなのに。面と向かって、自分の口で言わなきゃいけないのに。


 きっと、緊張で何も言えなくなる。向かい合っただけで、並べたセリフが頭からぜんぶ吹っ飛んでしまう。


 それが怖くて、ひたすら怖くて。





 不器用な僕で、ごめん。



 僕は奈帆に、情けない姿しか見せられてない。でもこれが、今の僕の限界だ。


 だけどヘタレはヘタレなりに、頑張ろうって決めたんだ。





 だから、約束するよ。



 もっと強くなるって。もっともっとしっかりした人間になるって。


 奈帆の未来を、きっと明るくしてみせる。夢を支える力になる。そばでいつも、見守ってるって。



 奈帆に好かれてると思えば、何だって頑張れる。そんな気がするんだ。




 そしたらまた、色んな場所に遊びに行こうよ。


 あきる野から東京の中心に出るまでなんか、たった一時間。僕らはやろうと思えば、望めば、なんでも手に入る場所に住んでるんだから。



 また、バーベキューも行きたいね。





 長くなってしまったけど、



 飾る必要なんかない。あんな長い前書きも、ホントは必要なかった。


 僕が伝えたいのは、一つだけなんだ。




 奈帆が、好きだ。




 何度だって言うよ。


 この気持ちに、嘘なんかないから。


 だからどうか分かってほしい。僕は、本気なんだって。





 もしよかったら、付き合ってください。




 返事、待っています。






 増戸 孝治










「コージ?」


 廊下で呼び止められて、孝治は思わず跳ね上がった。

 来ちゃった。やっぱり来ちゃった。そう思いながらおそるおそる振り向けば、チョコらしき袋を差し出す奈帆の姿。

「はい、あーげる。コージまたどうせ誰からも貰ってないんでしょ?」

「………………」

 お礼が言いたい。言いたいのに、言えない。口が開かない。

 結局、無言でチョコを受け取ってしまった孝治は、かわいらしい包装の表面に映った自分の顔を眺めた。ひどく真っ赤な顔だった。

 情けないな、僕……。

 改めてそう思った。だが、と孝治は気を引き締める。こうなった時のための最終兵器として、あれを用意したのだ。

 

 妙な様子の孝治を見て奈帆は一瞬不思議そうに眉を顰めたが、

「……ま、いっか」

 と、歩き出そうとした。

 その背中に、孝治の声がかかるまでは。


「………………待って!」


 孝治の声は、甲高く廊下にこだました。

 奈帆の肩を手にしてこちらを向かせると、孝治は突き出すように封筒を差し出した。なんだろう、とばかりに奈帆は首を傾げる。

「……こ、これ、受け取ってくださいっ!」

「なにこれ。プレゼント? ホワイトにはまだ早いよ?」

「い、いいからっ」

 言うが早いか孝治は封筒を強引に奈帆の手に押し付けた。そしてそのまま、廊下の彼方へ走り去ってしまった。

 これでいい、これでいいんだ。胸の中で、何度も頷いた。

 これで想いが伝わらなかったら、その時は、その時だ──。



 取り残された奈帆は、しばらく狐につままれたように立っていた。

 だが、ふと思い出したように封筒からゆっくりと紙を引き出して、読んでみた。








「………………孝治(あいつ)の口から、言って欲しかったな……」




 かくいう奈帆の横顔も。

 少し、……赤らんでいた。




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letter-06 only that

公開日 2014/02/14 07:00

舞台 東京都あきる野市







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