ただそれだけで ──少年→少女──
【letter-06 only that】
……密かに胸に秘めた恋心を、言葉に出来ないでいる小学生の少年・増戸孝治。
バレンタインの前日、彼はある決心をしました。それは、片想いの相手・引田奈帆からチョコを貰えたら、お返しに告白をしよう。というもの。
でもどうしても、勇気が出なくて。
迷った挙句、孝治は思い付くのです。
テガミにして渡そうと。
かくして、夜を徹しての恋文執筆が始まりました。
引田 奈帆さん
僕は、あなたに伝えたい事があります。
頑張って書いたこの手紙、どうか最後までよんでください。
てか、わざわざ敬語にする必要ないね。
ああ…………。
正直に気持ちを書くって、言うのより大変なんだな……。
思いきれないよ。書いてる間、指が震えて仕方ないよ。
去年一年間、僕たち色んな事したね。
特にほら、夏休みに学校のすぐ近くの川原でバーベキューやった時とかさ。僕が思いっきり肉を焦がして、それ笑ってたら奈帆は飯盒のご飯焦がして。隣のグループに超笑われたのを覚えてるよ。
知ってた? 秋川渓谷って、都内でもすごく有名なバーベキュー場なんだって。だからあんなに客がいっぱいいたんだよ。この前なんか、テレビに映ってたって母さんが言ってた。
夏休みといえば、サマーキングダムもよかったよね。僕、どうしても絶叫系が好きになれなくてさ、ウォータースライダーさえギブアップするくらいに。あんなの怖くないって奈帆は平気な顔で滑ってたけど、ほんと羨ましいよ。どうしてそんなに恐怖を克服出来るの?
思えば、あの日からこの気持ちは始まったのかもしれないや。
奈帆の全開の笑顔を、目に焼き付けたあの日から。
ああもう、もどかしいよ。
先に結論言っちゃおう。
奈帆さん。
僕は、君の事が好きです。
君のその自由な笑顔が、明るくて天真爛漫な一挙手一投足が、大好きです。
目の前の全てを全力で楽ししむその後ろ姿が、大好きです。
とにかく、大好きなんです。
本当は、言いたい気持ちはもっともっとたくさんあるんだ。
だけど、どう言葉にしていいのか分からないよ。文字にしてしまったら、何だか薄っぺらな中身になっちゃうような気がする。
実は、初恋は五年も前だったんだ。
南五日市小に入学して以来、僕と奈帆はこれまでずっと同じクラスだったよね。
あの晴れた日、最初に奈帆の顔を見た瞬間は、今でもはっきりと記憶に残ってる。
未だに僕の「好きなタイプ」っていうのはよく分からない。ただ断言できるのは、奈帆みたいなタイプの子だって事だけ。奈帆の顔立ち、奈帆の目、奈帆の物言い。
そのくらい、奈帆は僕の心にストライクしたんだ。
あれから、五年。
まさかずっと一緒だとは思わなかった。どんな奇跡だろう、やっぱり運命の糸ってあるのかな。そんなことを思ったりもしたけど、よく考えたら他にも同じクラスのやつってけっこういるんだよね。
僕と奈帆の間に、今のところ友達以上の関係は存在しない。奈帆にとって、僕は頼りないただの友達。告白なんかしたら、逆に嫌われちゃうかもしれない。今のままでも、近くにはいられる。だったらその方がいいんじゃないかとも思った。
でも、それは何だか違う気がしたんだ。毎日毎日、奈帆の事を夢に見てはいいところで打ち切られる日々が、つらかった。すごくつらかったんだ。胸の奥に日に日にたまっていく気持ちを、どうしても伝えたかったんだ。
だから、その関係を少しでもグレードアップさせたくて、持たせてもらったケータイのアドレスと番号を交換して、よく電話したりメールしたりしてたよね。
それでも君が気づいてくれる気配は一切無かったけど、僕はそれでも構わないと思う。
簡単だよ。どうしてもなら、僕から伝えに行けばいいんだから。
その簡単な事を実行に移すのが、こんなに大変だと思わなかった。
今も、恥ずかしくて顔が発火でもしそうだよ。机に座って書いているのに、心拍数が増えてくのを感じるよ。
ホントなら、口頭できちんと言うべきなのに。面と向かって、自分の口で言わなきゃいけないのに。
きっと、緊張で何も言えなくなる。向かい合っただけで、並べたセリフが頭からぜんぶ吹っ飛んでしまう。
それが怖くて、ひたすら怖くて。
不器用な僕で、ごめん。
僕は奈帆に、情けない姿しか見せられてない。でもこれが、今の僕の限界だ。
だけどヘタレはヘタレなりに、頑張ろうって決めたんだ。
だから、約束するよ。
もっと強くなるって。もっともっとしっかりした人間になるって。
奈帆の未来を、きっと明るくしてみせる。夢を支える力になる。そばでいつも、見守ってるって。
奈帆に好かれてると思えば、何だって頑張れる。そんな気がするんだ。
そしたらまた、色んな場所に遊びに行こうよ。
あきる野から東京の中心に出るまでなんか、たった一時間。僕らはやろうと思えば、望めば、なんでも手に入る場所に住んでるんだから。
また、バーベキューも行きたいね。
長くなってしまったけど、
飾る必要なんかない。あんな長い前書きも、ホントは必要なかった。
僕が伝えたいのは、一つだけなんだ。
奈帆が、好きだ。
何度だって言うよ。
この気持ちに、嘘なんかないから。
だからどうか分かってほしい。僕は、本気なんだって。
もしよかったら、付き合ってください。
返事、待っています。
増戸 孝治
「コージ?」
廊下で呼び止められて、孝治は思わず跳ね上がった。
来ちゃった。やっぱり来ちゃった。そう思いながらおそるおそる振り向けば、チョコらしき袋を差し出す奈帆の姿。
「はい、あーげる。コージまたどうせ誰からも貰ってないんでしょ?」
「………………」
お礼が言いたい。言いたいのに、言えない。口が開かない。
結局、無言でチョコを受け取ってしまった孝治は、かわいらしい包装の表面に映った自分の顔を眺めた。ひどく真っ赤な顔だった。
情けないな、僕……。
改めてそう思った。だが、と孝治は気を引き締める。こうなった時のための最終兵器として、あれを用意したのだ。
妙な様子の孝治を見て奈帆は一瞬不思議そうに眉を顰めたが、
「……ま、いっか」
と、歩き出そうとした。
その背中に、孝治の声がかかるまでは。
「………………待って!」
孝治の声は、甲高く廊下にこだました。
奈帆の肩を手にしてこちらを向かせると、孝治は突き出すように封筒を差し出した。なんだろう、とばかりに奈帆は首を傾げる。
「……こ、これ、受け取ってくださいっ!」
「なにこれ。プレゼント? ホワイトにはまだ早いよ?」
「い、いいからっ」
言うが早いか孝治は封筒を強引に奈帆の手に押し付けた。そしてそのまま、廊下の彼方へ走り去ってしまった。
これでいい、これでいいんだ。胸の中で、何度も頷いた。
これで想いが伝わらなかったら、その時は、その時だ──。
取り残された奈帆は、しばらく狐につままれたように立っていた。
だが、ふと思い出したように封筒からゆっくりと紙を引き出して、読んでみた。
「………………孝治の口から、言って欲しかったな……」
かくいう奈帆の横顔も。
少し、……赤らんでいた。
--------------------
letter-06 only that
公開日 2014/02/14 07:00
舞台 東京都あきる野市