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テガミ ──The short tales of LETTERs──   作者: 蒼原悠
Ⅰ 伝われ、この気持ち。
3/25

そばにいてくれた ──兄→妹──




【letter-03 be close by】




 ……高校のない島を離れ、東京で生活する事になった少年、多幸(たこう)(けい)

 その前の日、彼は妹の佑奈(ゆうな)と"お別れ会"を開きます。

 両親の仕事が忙しいために、何をするにもいつも二人だけだった兄妹。しかし、胸がいっぱいになってしまって、圭は感謝の言葉すらも言えず終いになってしまいました。

 どうしても、この気持ちを伝えたい。

 その気持ちのままに、旅立ちの朝に彼は書き置きを残そうと思い立ちます。










多幸 佑奈様



 ……って、宛名なんか書く必要もなかったか。


 どうせこれ、ただの書き置きだし。


 いや、正直さ、手紙の形式にして渡す必要なんてないとは思ったんだ。メールで送りゃいい話だもんな。


 だけど、手書きがよかったんだ。




 圭です。今日、ここを発つ、佑奈の兄です。


 急いで書いたから字が汚いや。でも、最後まで読んでほしい。昨日の夜、お別れ会の時には胸が一杯で伝えられなかった、でも伝えたかった事が、あったんだ。





 まずは、ありがとう。


 何だかんだ、荷造りまで手伝ってもらっちゃったな。試験、近いんだろ。大事なときに時間を取っちゃって、ごめん。そして、ありがとう。お陰で忘れ物もなく、無事に島を出られそうだよ。


 ほんと、俺って基本的な生活能力もなかったんだって実感するよ……。


 父さんも母さんも役場の仕事で忙しくて、毎日毎日俺たちは家に二人ぼっちで。つか、息子が住み慣れた島を離れて高校に行くなんて大事な日くらい、仕事休んでほしかったな。


 そんなとき、いっつも飯を作ってくれたのは佑奈だったよな。洗濯も食器洗いも何もかも、家事はみんな佑奈がやってくれてた。


 佑奈の助けがなかったら、俺は今ごろどんな奴になってたんだろう。そう想像すると、ゾッとする。





 お前がいなきゃ、今の俺は多分成り立ってないと思う。



 情けない話だよな。中3卒業生が中2の面倒見るなら分かるけどさ、逆だもんな。俺たち。


 実はすごく、後ろめたかった。佑奈にかかる負担が多すぎはしないか、って。その疲れで、佑奈が笑えなくなったらどうしようって。


 それでも懲りずに迷惑かけ続けてたけどな。本当、ごめんな。




 俺、大好きだったから。


 佑奈が。


 あ、いや性的な意味じゃなくてだぞ? 何て言うかな、安心するんだ。そばにいてくれるだけで。ああ、佑奈がいるから大丈夫だ、って思えるんだ。




 覚えてるか?


 去年の秋の半ばくらいに、佑奈が東京の方に出た事があっただろ。そしたら台風が来て、ここ神津島行きの飛行機も船も出せなくなって。例の如く父さんも母さんも帰ってこないし。あの日はマジで大変だったよ。


 この島を出るって事は、佑奈の援助がなくなるって事とイコールなんだよな。だから本当は、出発の前までに生活の知恵とか色々聞いておきたかったんだけど、実際俺たちは二人とも忙しくて時間も取れなくて、教わらず終いだったな。





 正直、不安だよ。



 島の生活に慣れてる俺が、佑奈のいる生活に慣れてる俺が、新たな土地で自立した生活を送れるのか。


 友達もいるし、多分いけるとは思うんだけどな。





 「ま、心配しないでいいよ。」

 「俺はきっと、大丈夫だから。」







 って、素直に思えたらよかったのに。









 やっぱり、寂しいよ。





 口では何とでも言えるよ。でも、寂しさをまぎらわす手段にはやっぱりならないんだよな。



 あの台風の日。初めて俺、自炊してみようかと思ったんだよ。食材はあったからさ。佑奈の姿は見てたから、俺だってやれば出来ると思ったんだ。


 だけど、いざ立ってみると独りぼっちのキッチンは怖いくらい広くって、どこに何があるのかすら分からなくて。

 

 適当に取り出した食材と料理本を前に、何から手を付けていいのか分からなくて、暫く途方に暮れてた。




 恥ずかしい話だけどさ。


 その時初めて、気がついたんだ。




 毎日こんな苦労しながら、佑奈は飯を作ってくれてたんだ。晴の日も雨の日も、変わらない笑顔を浮かべながらそこにいてくれたんだ。


 それを世界一間近な場所で見ていながら、俺は何も気づいてなかったんだ。そんなの当たり前の日常だ、決して無くならないサイクルなんだって、決めつけていたんだ。


 なんて馬鹿だったんだろう。心から、そう思い知ったんだ。


 悔しくて、恥ずかしくて、情けなくて、あの日食べた料理の塩っぱさは、多分もう生涯忘れない。








 ありがとう。




 伝わるかどうか、自信はないけど。俺、これまでお前に感謝の言葉なんか掛けたことがなかったから。だけど、伝えなきゃいけないんだ。それがなきゃ、なし崩しになってしまうんだ。


 すぐには信じてくれなくてもいい。だけどいつか、分かってくれ。俺がいつも、佑奈の存在に感謝して、救われて、頼りにしていたんだってことだけは。





 今まで何もあげられなくて、ごめんな。


 だからせめて、今度の試験の無事を祈らせてくれ。おととい教えた三角比の加法定理、忘れんなよ?



 そんで、いつか俺がもっと自立したら、きっとお返ししに行くよ。


 俺が佑奈にしてもらった事、全部覚えてる。お前も覚えとけよ、絶対に倍返ししてやるから。


 飯だって作ってやる。人前に出せるくらいのもの作れるように、練習するよ。


 それ以外だって、何だってしてやる。


 何だって…………。








 それじゃ、俺は行ってくるから。


 余裕が出来たら、きっと連絡する。


 きっとまた、この島に帰ってくる。






 心配すんな。



 たとえお前より頼りなくたって、生活能力がなくたって、馬鹿だって、


 それでも、兄貴なんだから。







多幸 圭











「──兄ちゃん!!」


 搭乗口のガラス戸を抜けた瞬間。降りかかったその声に、大きな鞄を抱えた圭は振り返った。

 早朝の靄にけぶる、神津島空港のフロントの向こう。まだ疎らな客の間を、ふらふらした足取りで歩いてくる佑奈の姿があった。


「よかった、間に合った……」

「お前……、どうしてここに!」

 駆け寄って尋ねると、佑奈はベンチにしゃがみ込む。荒い息だ、家からこの空港まで走ってきたのだろう。

「あの手紙を見たら、いてもたってもいられなくなっちゃって」

 泣きそうに顔を歪める圭に、佑奈は笑った。

「私も、言えなかった事があるから……さ」

 何だ、それは。

 圭は急いで想像力を働かせようとした。だが、飛行機がそれを許してくれない。

「調布空港行き便、間もなく出発いたしまーす!」

 その声に引かれるように、フロントの客たちは一斉に動き出す。圭も、動き出さねばならなかった。

 まずい、行っちゃう。後ろ髪を引かれるように佑奈から目を離さないまま、遠ざかる圭の姿を見て、妹はそう思ったのだろうか。


「兄ちゃん!」

佑奈は、叫んでいた。

「私だって、寂しいんだよ! でも頑張って我慢する! 我慢するから、兄ちゃんも頑張ってよ! せっかく名門高校に受かったんだから!」

 声が詰まっていた。それでも最後まで、言い切った。

「兄ちゃん、元気で……ね!」



 人の波に必死で逆らっていた圭は、しっかりと頷いた。

 泣かなかった。意地でも、泣くまいと思った。

 佑奈が涙を流しているのが分かっていたから。

 返事の代わりに笑いかけると、圭は重い荷物を抱えてドアの外へ消えてゆく。すぐそこの滑走路の上で、プロペラの音を轟かせながら飛行機が待っている。


 もう、迷わない。

 希望も夢も、このバッグに詰めてある。





「…………ばいばい」



 爆音を上げ、滑走路を離陸してゆく飛行機に、佑奈は消え入りそうな声で言った。

 銀翼が朝の光を翻し、その白いボディはあっという間に一路、東京の方角へとその姿を溶け込ませていった。




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letter-03 be close by

公開日 2014/01/15 00:48

舞台 東京都神津島村





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