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テガミ ──The short tales of LETTERs──   作者: 蒼原悠
Ⅰ 伝われ、この気持ち。
2/25

今なら言えること ──娘→母──




【letter-02 if it is now】




 ……大学卒業後、単身で上京し就職した砂川(すながわ)美紗(みさ)

 しかし、事故でケータイが壊れてしまったことで里との連絡が途切れ、仕方なく彼女は年賀状での現状報告を試みようとします。

 久しく会っていない家族へ手向ける、近況報告と、気づいたこと、思ったこと。一文字一文字書いているうちに、伝えたいことや想いが溢れてきて……。 











砂川晶子(あきこ)




 明けまして、おめでとう。



 こんな文字ばっかりの年賀状でごめんなさい。


 伝えたいことが多すぎて、こんなになってしまいました。




 東京に出てきてから、もう一年になるんだね。


 ここでの生活は、何だか早いような長いような時間の連続でした。最近一度も連絡を取ってないのは、ケータイが壊れちゃったからです。私は無事です。心配しないでください。



 お母さん、どう?


 調子とか崩したりしてない?


 しょっちゅう寝込んでたよね。実はちょっと心配しています。私がいなくなった分、ゆっくりしていてほしいな。お母さんが病気になったりしたら、私だっておろおろすると思うから。



 真人(まひと)はどう? ちゃんと勉強、頑張ってる? 今年は大学受験だよね。東京の大学を受ける予定はなかったような気がするけど、受けることになったら教えてください。下宿用の安アパート、斡旋してあげるからね(笑)


 まあ、きっと大丈夫だよね。私がいなくなって、お母さんとかとホントにちゃんとやってけてるのかなって思ってたけど、もう高3だもんね。ケンカとかしないで、仲良く出来てるといいな。


 あ、もしかして彼女とか出来ちゃってたりしてー。可愛い子だったら嫉妬しちゃうかも?








 ……懐かしいな。


 帰りたいな、そっち。



 東京は故郷のある群馬より南だから、冬の寒さとかダンゼンましだろうって期待してたんだけど、甘かったみたい。


 ビル街から吹き下ろす風の冷たさは、北関東よりよっぽど厳しいと思う。毎日毎日、凍えながら出社する生活なんだ。


 出てくる時にお母さんがくれたあの手袋とマフラーがなかったらな。今ごろ私、この手紙を書けなくなってたかもしれないよ。大袈裟かも……だけど。




 寂しいよ。


 変わらないみんなの顔が、早く見たい。お父さんのお墓にも、報告しに行ってあげたい。


 私は元気です、って。




 そう言えば、まだ私の住んでるトコロの紹介してなかったね。


 東京は東京でも西の方で、立川ってところなんだ。前に一度、死んじゃったひいおじいちゃんのお葬式の帰りに、昭和記念公園って大きな公園に寄った事があったの、覚えてるかな? あの公園のすぐそばが、私の住まうアパートの建ってる場所なんだよ。


 ここ、すっごく面白い。駅前には大きなデパートがいっぱい建ち並んでるし、モノレールが頭上を駆け抜けてくんだよ。うちの辺りからじゃ考えられないくらい大都会で、何もかもが新鮮で、新しい世界なんだよ。



 だけどね。それだけみんな新しいと、何だか逆に息が詰まっちゃいそうになるんだよね。


 私にとって新しくないのは、昭和記念公園くらい。だから私、することなくて一人ぼっちの時はよく公園に行くんだ。


 なんでか分からないんだけど、妙に記憶がはっきりしてるの。


 行ったの、春だったよね。風がすごく暖かくて、私たち芝生を転がっておおはしゃぎしてて。きっと、お葬式の暗い雰囲気に押し潰されそうになってたんだと思うの。


 あの時にお父さんの浮かべた笑顔、今でもよく覚えてる。


 ぜったいに、生涯忘れないと思うんだ。





 ……なんか、年賀状に書く中身じゃなくなってきちゃったね。


 本当は年賀状って、新しい年を祝わなきゃいけないのに。聞きたいこととか知りたいことが次から次に頭に浮かんでくるの。何から書いたらいいのか分かんないくらいに。ごめんね、もうちょっと付き合ってください。



 思い返してみると、手紙なんて書いたの、久しぶりかもしれないや。


 年賀状自体、何年か前から書くのやめちゃってたし。なんか気恥ずかしかった。手書きの面倒臭さもあったけど、照れ臭さの方が理由としては大きかったのかも。


 前にそう言ったら、お母さんは笑ってたね。


 笑って、言ってたよね。



 「面倒で恥ずかしい方が、気持ちは伝わるんだよ」

 って。



 今なら何となく、分かるかもしれない。あの時、お母さんが言ってたことの意味。


 ゆっくりと一行一行、時間と手をかけて書いた分、年賀状の文句には心が入るのかな。いつの間にか私、時間と引き換えにゆとりを失ってたのかな。




 ……この年になって、やっと分かったんだ。


 私のこれまでの人生は、気づかない間に色んな人々に支えられてたんだって。独り暮らしになって初めて、身に染みて感じたよ。


 感謝しても、感謝しきれないんだね。




 まだまだ、伝えたい事はいっぱいあるのに。

 もう、スペースがないや。




 大丈夫だよ。


 みんなとどれだけ離れてたって、私はみんなの気持ちをちゃんと受け取ってる。


 心配しないで。


 独りでも、私はもうやっていけてるから。



 そりゃ、ときどきどうしようもなく寂しくて、泣いたり叫んだりもするよ。


 でも、ぜったいに負けたりしない。お父さんがきっとどこかから、笑って私を見守っていてくれてる。そう思うと、頑張れるんだ。


 もう私は、オトナだから。頼る場面は頼って、自分で出来ることはする。そう、誓ったんだ。




 だから、安心して。



 一段落したら、いつか帰るよ。




 明けまして、おめでとう。


 そして、ありがとう。


 今年も、よろしくお願いします!





砂川美紗













「あれ、それ誰の写真?」


 正月明け、最初の出勤日。背後から不意に尋ねられ、美紗は通りかかった上司を振り返った。彼の視線は、デスクの上に置かれた額縁の写真に注がれているようだった。

「ああ、これですか。私の家族ですよ」

 書類の束をトントンと整えながら、美沙は微笑んだ。

「右が母で、左が弟なんです。父は事情があって、いないんですけど」

 へえ、と上司は呟いて、写真を手に取る。興味が出てきたのだろうか。

 父のことに触れないでくれたことに、美沙は心の中でそっと感謝した。

「いいな。家族の写真をそこに飾るの。ふとした瞬間に癒されそうだ」

「部長もいかがですか?」

「恥ずかしいなぁ。マイホームパパみたいだ」

 そうは言いつつも、でも悪くないよなぁ、などとしきりに頷いていた上司は、……ふと尋ねてきた。

「と言うか、いつの間に置いたんだ? 確か正月前にはなかったよな」


 ふふ。

 すぐには答えられなくて、代わりに美紗は笑った。

 自分でも、少し寂しそうだなと感じた。


「……地元に帰れない私のために、母が送ってくれたんです。おかげで、お正月までちゃんと仕事が出来ました。

 先輩、家族って…………いいものですね」



 家族は、いいもの。

 ごく当たり前のことだ。

 それをしみじみと口にした美沙の姿に、上司は何を思ったのだろう。


「……ああ」


 そう思うよ、と続けることはしないで、上司はそっと額縁を置いた。

 言わなくても、美紗は分かっている。そんな気がしたからかもしれない。




──「負けるな。お前なら、大丈夫だ」




 そんな声が、今にもどこからか、聞こえてきそうだった。




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letter-02 if it is now

公開日 2014/01/01 12:00

舞台 東京都立川市





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