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テガミ ──The short tales of LETTERs──   作者: 蒼原悠
Ⅱ ぶつけたい、この感情。
19/25

会いたくて、会えなくて ──男子→女子──

【letter-18 want and can't】




──「ねー、キスってどうやってするんだろうね」


 大学の同級生・本多(ほんだ)綾香(あやか)から唐突に届いたそんなメールに、戸惑いを隠せなかった戸倉(とくら)(じん)は思わずつっけんどんな返信を認めてしまいました。

 以来、綾香はまともに返事を送って来てくれません。

 このまま気不味いままではいたくない。けれどメールをいくら送っても、見てもらえないリスクが大きい……。迷った末に選んだのは、手紙。

 不安になった迅の書く手紙はしかし、少しずつ本音を曝け出す場へと変わっていきます。










 本多 綾香様





 えっと、その。


 迅です。


 戸倉迅です。


 あなたの同期生の。



 突然、こんな手紙が送られてきたことに、きっと驚いてるだろうなって思います。


 というか、怪しまれてるかもなって思います。俺が綾香に手紙を書いたことなんて、長い付き合いの中で一度も無かったから。


 でも、メールじゃ駄目だったんです。メールは綾香に見てもらえないだろうって思ったし、……それにケータイを前にすると、どうしても躊躇ってしまうんです。


 破り捨てる前に、ちょっとだけ、ちょっとだけ時間をください。突然の俺の思いつきの理由を、ちゃんと説明します。







 ────あー、もう。


 やっぱ敬語やめた。


 こんな堅苦しい言葉を使う続柄じゃないよ、俺たち。もう嫌ってほど相手のこと知ってるのに、こんなの意味ないや。




 ぶっちゃけて言おうと思う。


 不安だったんだ。


 綾香からのメールの返信が来なくなってから、もう一週間も経つだろ。それどころか大学のゼミでもサークルでも姿を見かけないし……。俺のことを避けてるのかと思ったけど、そういうわけでもないみたいだし。


 綾香、大丈夫か? 身体とか壊してるんじゃないだろうな?


 事情もなしにこんなに連絡が途絶えることってこれまで無かったから、すごく不安って言うか……心配なんだよ。手紙だったら返事返ってくるかなって思ってるわけじゃ、ないけどさ。




 って言うか。


 俺が謝るのが先だったな。




 綾香、ごめん。

 この前のこと、本当にごめん。


 俺、綾香の気持ちなんて考えずにメール送っちゃった。何て言うか……考えられなかったんだ。


 綾香が機嫌悪くしても、仕方ないと思う。今、マジで後悔してるんだ……。



 その上で、ちょっと反論させてくれないか。


 確かに俺は綾香に嫌味なメールを送っちゃったけど、それって全部俺のせいじゃないと思うんだよ。


 だってさ、考えても見ろよ。唐突に「キスってどうやってするんだろう」なんてメール来たら、頭混乱するに決まってるだろ? なにそれ、ってなるじゃん? 綾香いつから彼氏が出来たんだ、って慌てたくなるじゃん? だって俺、そんな話まだ何も聞いてないし!




 ……分からない、か。






 心配とか、そういうんじゃないんだよな。


 ただ、ここ十何年かの月日の中で、俺も綾香も別にモテたりした時期ってなかったじゃん。その綾香がキスがどうのこうのなんて話を突然話し出したから、びっくりして……。


 後から聞いたよ。綾香あの時、友達に相談受けてたんだな。それであのメールを送ったら、俺が勝手に機嫌を悪くして変なメールを返しちゃって、そこから(こじ)れちゃったんだな。


 まあ、どんな聞かれ方したって俺だって知らないものは知らないけどさ。経験したこともない、キスの仕方なんて……。













 実はあの時、


 一瞬だけ期待しちゃってた自分がいてさ。



 その相手が自分だったら……なんて。









 ごめん、今の見なかったことにしてくれ。


 とにかく。最近ぜんぜん綾香の顔見てなくて、心配なんだよ。


 ただ単に会いたくないのか、それとも本当に体調を崩してるのかは俺には分からないけど。もし前者なら、意地張ってないで授業に来いよ。直接謝れっていうなら謝るから、また出てきてくれよ。


 暇なんだよ。坂の上の大学の門まで上る道、話し相手がいないと長くて長くて仕方ないんだよ。駅からの下り坂、綾香がいないと何か妙に早足になっちゃうんだよ。つか、そもそもこの町坂道多すぎるんだよ。


 普段見てる顔がないと、ゼミも何だか気合いが入らないしさ……。


 家の場所でも知ってれば、俺の方から出向くのに。会いたくて、会えなくて、おかしくなりそうなんだ。






 小学校で初めて会ってから、今年でもう十五年か。


 早いもんだなー。国分寺公園の芝生で走り回ってたガキの頃も、近所の有名私立高に入ろうって躍起になって点数競ってた中学の頃も、まだついこの間のような気がするよ。


 思えば不思議な縁だよな。ここまで馬が合って、目指す道も近くって、同じ私立大の同じ学部の、しかも同じ研究室になるなんて。まあ、意図した結果ではあるけどさ。



 だからこそ、なのかな。


 ちょっとした切欠で何かを期待しちまう俺が、どっかにいるんだよ。


 日常的に送るメールの中で、何気なく交わす会話の中で、ぶっちゃけそれとなしに探りを入れてみたりしたことだってあったりしてさ。目が離せないっていうか、離したくないっていうか……。



 本当、何なんだろうな。最近の俺って。







 とにかく。


 綾香、早く戻ってきてくれよ。


 頼むから。


 ゼミでもサークルでも心配されてるんだぞ。俺と綾香の仲が悪くなってるみたいって、後輩が不安そうに言ってるのも聞いたんだ。


 綾香が望むなら、謝罪も土下座もする。つーか何でもする。


 だから、さ。





 顔が、見たいんだよ。



 不機嫌な仏頂面じゃなくて。


 いつも通りの、えくぼがかわいい綾香の笑顔が。








 気が向いたらで構わない。


 返事、送ってほしいな。








 戸倉迅












「ごめんね、長いこと顔見せてなくてさ」


 ちょろちょろ、と涼しげな音を立てて足元を流れる小川のせせらぎ。

 映る空を眺めながら、本多綾香はちょっと首を傾げて言った。

「まさか迅くんが手紙まで送りつけてくるなんて思わなかったからさー」

「俺もちょっとびっくりした。自分で言うのもなんだけど」

下を向きながら小石を蹴った迅に、綾香は笑いかける。「心配しないでよー、あたしがそんなヤワな身体してないことは迅くんだって知ってるでしょ?」

「そりゃ、そうだけど……」

 続けようとした言葉を、迅は飲み込んだ。静かな流れの中に浮かぶ綾香のえくぼに、声が吸い取られてしまったようだった。


 ここは、「お鷹の道」。

 多摩東部を横断する国分寺崖線から流れ出した水が、細やかな流れを作っている場所。二人の住むこの市内の観光名所だ。もっとも、早朝なので人影など全く見かけないのだが。

 綺麗に整えられた遊歩道に、露店や弁財天が並ぶどこか長閑な光景。ここに迅を呼んだのは誰あろう、綾香だった。

 カップルはみんな賑やかな駅の北口とか駅ビルに出かけちゃうから、ここだったらカップルだなんて思われないよ──それが綾香の言い分だ。


「あたし実際、そんなに気にしてないんだけどね」

 そう言うと綾香は、ポーチから迅の送ったあの手紙を取り出して見せる。

「あたしも実はちょっと、思ってたんだ。長い付き合いになるのに、そういえばお互いこういうこと一度も意識したことなかったなぁって」

「俺たち、友達って言うかライバルだったしな。出会ってから今に至るまで、ずっと」

「うん。あたしは正直、それでもいいと思ってるけど」

 やっぱりか。ちょっと肩を落としながら、迅は考えた。


 言われてみれば確かに、この気持ちが恋心であるようには思えない。恋心だったら『ただの嫉妬』と一蹴できるのに。いや、その方がどれだけ楽か知れない。

 とどのつまり、この気持ちは何だろうか。保護者意識? 幼馴染によくある世話焼きか?

 どちらも答えにはならない。それは、分かった。




「……今まで通りを望んでたのかもな、俺は」


 ふとこぼしたその言葉に、綾香は振り向いた。綾香にまっすぐに見つめられているのを、嫌でも意識してしまった。

「その……綾香に恋人なんて出来ちゃったら、俺、これから綾香とどう付き合えばいいのか分からないんだよ。逆もきっと、そうなんじゃないかって思う」

「…………」

「今までみたいに、愚痴も惚気も相談もぶつけ合いながらのんびりやってくのが一番だって思ったんじゃないかなって。うん、それが俺には一番だよ。やっぱり」

 そうは思わないか、綾香。

 最後の一言だけは口に出さずに、迅は空を見上げた。久々に晴れ渡った秋の空は、ずっとずっと高かった。


「──あの時、あたしね。答えを求めてたわけじゃなかったの」

 綾香はまた、笑った。

「迅くん、どんな反応を返してくれるかなーって。ちょっと興味があったの。ああいう書き方をしたのも、実は確信犯だったんだ。ごめん、ね?」

「……マジか?」

「うん、マジ」

 ぽちょん、と小石が川面で跳ねる。

「でもね、いざああいう答えが返ってくると、やっぱり戸惑っちゃうね。迅くんは、あたしをそんな風に見てるのかな。あたしは恋愛対象に“なれてる”のかなって。不安だったし怖かった。迅くんがじゃなくて、迷ったり悩んじゃう自分が、さ。

だからこそ、答えが出るまでは迅くんには会いたくないって思ってた。でも、急かされちゃったら仕方ないよね」


 ……迅はその場で、固まった。

 受け取った言葉の意味を完全に咀嚼し終える前に、唇に何かが触れた。

 綾香の、人差し指だった。



「"まだ”、唇はあげないけどね♪」


 爽やかに笑うと、肩掛けカバンを担いだ綾香は駆け出した。

「ほら急ぎなよ! もうすぐ授業、始まっちゃうよー!」

 一歩遅れた迅は、時計を見る。何と言うことだ、隣駅の大学のキャンパスまで全力ダッシュしないと間に合わないではないか!

「ちょっと待てよ! そんなに急ぐと転ぶぞっ!!」

「転ばないもーん!」






 秋空色に輝く、お鷹の道。


 二人の走り去った小川の水底を、二匹の錦鯉がゆるゆると通過していった。

 元通り──否、ちょっとだけ変わった二人の関係を、確かめるように。




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letter-18 want and can't

公開日 2014/09/23 07:00

舞台 東京都国分寺市




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