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テガミ ──The short tales of LETTERs──   作者: 蒼原悠
Ⅱ ぶつけたい、この感情。
18/25

夢があるから ──リスナー→パーソナリティ──

【letter-17 with the dream】




「──さあ、今週もやってまいりました! あなたの恋の話題を、歌に載せてお届け! リクエスト番組『SGM・loverステーション』のお時間です! 司会は僕、スマッシュグラフィーの赤塚(あかつか)吾郎(ごろう)と!」

舟渡(ふなど)貴明(たかあき)ですー。まあぼちぼち、宜しくお願いしますねー」

「さあて、さっそくお葉書の時間と行きたいと思います。実はですね、普段ならここで何枚かお手紙をご紹介させていただくのがいつもの流れなんですけど」

「どうした? お手紙が少ないのか?」

「ちょっとですね、かなり長いお手紙が一通届いていましてね。僕ちょっと中身が気になっちゃったもんで、今回は予定を変更して、それを全文読み上げちゃおうと思うんですよ」

「そいつは楽しみだ。どんな中身なんだろう」

「実は僕も読むのは初めてなんだけどねー。さあ、じゃあ行ってみよう! 差出人はR.N.(ラジオネーム)『恋する団地少女』さん!」





 






 初めまして。



 「恋する団地少女」といいます。


 もちろん本名ではないのですが、何だか面白いラジオネームも浮かばなくって……。私、名前の通り団地に住んでいるんです。


 こういう手紙を出すのは初めてなので、何て書き出したらいいのか分かりません。この文章、そのままラジオで読まれちゃったら恥ずかしいなあ。




 今日こうして、スマッシュグラフィーさんにお手紙を書いたのは、相談があっての事なんです。


 ラジオに取り上げて頂かなくてもいいんです。ちらっと目を通してくれるだけでいいんです。あ、でも取り上げてもらえなかったら、見てもらう事も叶わないのかなぁ……。





 中学生の私には今、片想いしている人がいます。



 それは一つ前の席に座っている、Sくんです。


 最初に出会ったのは一年前、彼が転校してきて私の隣の席に座った時でした。背が高くて顔立ちも髪もかっこよくて、一目見たときから虜になっていました。隣の席が眩しくて、授業中も教科書に顔を隠してちらちらとよそ見していたくらいなんです。


 彼は性格もすごくいい人でした。クラスの人とはあっという間に打ち解けて、まるで最初からそこにいたみたいに自然と教室に溶け込んでいきました。すごく優しくて、困っている人がいればすぐに飛んで行って手伝ったり手を貸すんです。それにすごく活発な人で、遊ぶときはいつもみんなの先頭に立っていて…………。



 ……すみません、ここにこんな話書くのはダメですよね。


 でも、私、最初に出会った時から好きだったんです。彼の横顔も背中も、何もかもが……。





 出会って半年くらい、経った時でした。


 私と彼だけで、普段あまり使わない教室の掃除をしていた時でした。


 私、足がもつれて転んじゃったんです。水の入った大きなバケツを、持ったままでした。全身びしょ濡れになって、水も冷たくて、何より彼の前で恥ずかしい姿を晒しちゃった事で自己嫌悪に陥って、涙がいくつも溢れました。いっそこのまま、死んじゃいたいとさえ思いました。


 そんなバカな私を、彼は優しく助けてくれました。着替えを借りてきてくれたのも床を拭いてくれたのもタオルを貸してくれたのも、全て彼でした。


 かえって、情けなかったです。私は彼と同学年なのに、どうして私はこんなに大人じゃないんだろうって……。



 スマッシュグラフィーさん、教えてください。


 こんな私が彼を好きになるなんて、図々しいですか?


 思い上がりでしょうか?


 身の程知らずなんでしょうか……?





 私と彼、同じ団地の中に家があるんです。


 板橋の高島平団地って言ったら、きっと知っている人は多いだろうなって思います。大きな壁みたいな灰色の建物が立ち並ぶ、あの団地です。私と彼とは棟は違うけれど、学校からの帰り道がほぼ同じなんです。帰る時間帯も頻繁に被るので、そういう時は一緒に帰っています。


 一緒に帰ると言っても、私が彼の数歩後ろをこっそりついて歩くだけなんですけど……。一度、一緒に歩こうって誘われたんですけど、恥ずかしくてそんなの出来ませんでした……。


 Sくんは見かけも性格もいいので、クラスの女子に大人気なんです。私なんかが一緒に歩いてるのを誰かに見られたら、村八分にされちゃいます。友達もみんな同じ団地に住んでるので、そんなことになったら私、文字通り友達がいなくなります……。そうでなくても席が近くて羨ましがられてるのに……。






 もう。いっそ、好きじゃなくなってしまいたいです。


 彼も私のことは、ただの友達としか思っていてくれてないみたいで。私の気持ちにも、もちろん気づいてなんてくれなくて。


 なのにそう思えば思うほど、彼のことが気になってしまいます。目を引き離せば耳で、他の部分でどうしても彼の存在を感じようとしてしまうんです。


 夢だとは、分かってるつもりです。Sくんと付き合えたら、好きって言ってもらえたら。それこそ夢みたいな、幸せな事だと思います。


 だけど、夢があるから、夢なんて抱いてしまうから、私はこんなに苦しまなければいけないんでしょうか?


 頑張って告白して、OKをもらって付き合えている友達が心底羨ましいです。私には、そんな勇気はありません。それに、こんな情けなくてヘタレな私、きっと拒否されちゃいます。そしたら私もう、立ち直れる自信がありません……。


 今でさえ、彼を見ると泣きたくなるのに。こんなに近いのに、こんなに遠いんだ。そう思って、悲しくなってしまうのに。


 どっちにどう進んでも、ダメなんです。



 もう、何も分かりません……。


 私、どうしたらいいんでしょうか……?








 答えなんて、出なくていいんです。



 ただ、話を聞いてもらうだけでいいんです。



 来年、私たちは受験して、みんなばらばらの高校に通うことになります。私もきっと近所の駅から都営三田線に乗って、ここ板橋を出てよその町まで通学することになると思います。この団地に続く帰り道もきっと違うものになって、一緒に帰ることはなくなるんです。


 そうしたら、彼と私の縁も自然と切れるでしょう。それを待っていれば、解決はするんです。



 幸せなんて、私は望みません。夢見る気持ちだけで、もう十分すぎるくらいに重たいから……。





 長い手紙になってしまって、ごめんなさい。


 そして、ここまで読んでくれてありがとうございます。



 お返事、いただけたら……すっごく嬉しいです。








「恋する団地少女」












──「みんな、盛り上がってるか──ぃ!?」


 アンプから高らかに響き渡る声に、場内の観客が一斉に沸いた。

 東京都板橋区、高島平団地の少し北に位置する荒川戸田橋緑地に設けられた特設ステージには、数千数万もの観客が詰めかけていた。二人組の歌手「スマッシュグラフィー」による、『二〇周年おありがとう!というわけで地元に帰って来たよ特別ライブ!』の真っ最中なのである。

 地元と言っても、スマッシュグラフィーのメンバーが板橋区内出身なのではない。彼らは別の区で育ち、出会い、活動を重ねてきた。だから、他の歌手なら見向きもしないような高島平という地でライブが開催されるという事態は、本来ならば多くのファンから疑問を持たれても仕方のない出来事であった。しかしそんな事情とは縁のない多くの団地の住人たちは、大物歌手がやって来たと聞きつけて大挙して会場に押し寄せてきている。


 そんないわゆる『地元住民グループ』の、さらに隅の方。

「すげー! やっぱ生で見るのは全然違うよ!! 俺、こういうのに来たの初めてなんだ!」

 鼻息を荒げながら大興奮で話す少年の横で、少女──成増(なります)知里(ちさと)は独り、ため息をついていた。


 あの日、『恋する団地少女』として手紙を書いた中学生。

 それが、知里であった。

 どくんどくんと高鳴る胸を押さえながら、知里は隣をちらりと見た。ちょっと手を伸ばせば触れられそうなくらいの距離で、サイリウムを振り回しながら曲に乗っている男子の名前は、志村(しむら)(とおる)。Sくんとは、彼のことである。


──どうしよう。こんなに徹くんと近いなんて、もう……それだけで幸せすぎる……。

 そんなことばかり考えていたから、知里の頭の中はさっきから、沸騰しそうなくらいに熱くなっていた。




 ラジオが放送されたあの日。手紙を読み終えると、赤塚の声はこう続けた。

「分かります。よーく分かります。僕も昔、こんな淡い恋心を抱いたことがあったよ。踏み出したい一歩を踏み出せない苦しみ、あるよね」

 受けるように舟渡の声。

「うーん、俺はそういう経験はあんまりないな。けど恋ってそういうもんなんじゃないか? 苦しさを乗り越えた先に、天国が待ってる。大好きな人と、相互の関係になれる。そう思えるから、人は恋に一生懸命になれるんじゃないかなぁ」

「しかし現実問題、一生懸命になれば何とかなるってわけでもないからねぇ。恋には時として手を差し伸べることも、後ろから背中を押してあげることも必要だ。『恋する団地少女』ちゃんは自分に自信を持てないあまり、臆病になりすぎているような気がするんだ。チャンスを作るのもためらっているように思えてしまうんだよ」

 リアルタイムでラジオを視聴していた知里は、胸を衝かれたようにどきりとした。

 確かに、自分は恋に対してはいつだって卑屈だった。

 ──だけどそれは、徹くんが完璧すぎるから。自分が、駄目だから。

 言い訳のようにそう思った時、イヤホンの向こうで船渡が口を開いた。

「じゃあ赤塚、こういうのはどうだ。再来週の日曜日、回帰ライブで都内のコンサート会場を回るだろ。その候補地に板橋区内の施設をこっそり組み込んでさ、そこに彼女を無料招待してデートのチャンスを作ってあげるっていうのは」

 一瞬、知里が耳を疑ったことは言うまでもない。

「ナイスアイディア! 僕らでお膳立てをしてあげるっていうことだな、ついでにちょいと背中も押してあげればいい! 船渡、お前たまにはいいこと言うなー!!」

「おい、たまにって何だ撤回しろ」

「『恋する団地少女』さん。そういう訳で、我々は君の恋路を応援します。だから安心して、当たっておいで。砕けそうだったらその時は、僕たちが支えてあげるから」

「あっこの野郎、きれいに締めくくりやがったなっ!!」


 あまりに唐突な申し出。

 にわかには信じられなかった。

 イヤホンを外した耳に、いつまでも声がこびりついて離れない。手紙を取り上げてもらえたばかりか、厚待遇の上にこんなことまで。信じられる道理がなかった。

 翌日、回帰ライブの一日延長と荒川戸田橋緑地での追加開催決定のニュースが流れ、そして本当にチケットが二枚届いたのを見て、ようやくそれは知里の中で現実味を帯びてきたのであった。

 しかし、支えてあげるとはなんだろう。分からないまま知里は徹をライブに誘い、こうして今に至るのである。声をかけるだけでもう、一苦労だというのに。





「……成増さん」

 喧騒の中に徹の声を聞き、はっと知里は現実に引き戻された。

 あと一曲、と彼方で舟渡が叫んでいるのが耳に入る。こちらを向いていた徹に向き直った知里は、その顔立ちのいい顔を見上げた。

 もう、終わりなのだ。幸せだったこの時間も、徹のこの笑顔も。あと一曲が過ぎてしまえば、全て……。

 ライブの最中なのに、悲しくて切なくて。そんな知里に、徹は笑いかける。

「今日は、誘ってくれてありがとう。前と比べても最近はあんまり喋れなかったし、実はちょっと寂しかったんだ」

 またも知里は耳を疑いたくなった。寂しかった、だなんて。

「え、えと、あの……」

 ダメだ。声が掠れて出ない。何を言いたいのかも、もはや分からない。

「俺、こういうのすごく好きなんだ。成増さんもスマッシュグラフィーのファンだったなんて知らなかったよ。思えば俺たち、隣の席だっていうのに、お互いの趣味の話一つもしたことなかったよね。……また、誘ってもらえたら、嬉しいな」

 畳み掛けるように徹は言った。その全ては焦りと言う名の槍となって、知里に突き刺さった。



 スマッシュグラフィーの面々には感謝している。

 でももう、これでいい。

 焦りに締めつけられるような感覚の中。知里の胸の奥で、そんな思いがぼうと灯った。

 ──そうだよ。こんなに近くで、徹くんと話ができた。歌が聞けた。それでいいじゃない。妥協しようよ。どうせ私には、最後の一歩を踏み出す勇気は持てないんだ……。

 スマッシュグラフィーの二人が指摘した知里の心の構造は、しょせん、真実でしかなかった。いくら怖がりだと分かっていたところで、それは解決への勇気に直結するわけではないのだ。

 情けないけれど。悔しいけれど。結局それが、知里のすべてなのだ……。



 背後から一際大きな声が飛んできたのは、その時だった。

──「ところで、僕たちがこの前の番組で招待した子たちはどうしたのかなー?」

 びくっと肩が跳ねた。赤塚の声だった。

──「特別招待券、って書かれたカードを持ってる子はどこにいるかなー?」

 さては最初から違和感を覚えていたのか。その声にはっと気づいたように、徹が自分のチケットを見つめた。隅っこにはまぎれもなく、特別招待券の文字があった。

 まさか、あの子たちが……。周りのそんなざわめきが、だんだんと輪を広げていく。

 知里は思わず、ステージを見上げた。どこにいるのか向こうは知らないはずなのに、二人と目があった気がした。


 “安心して、当たっておいで。砕けそうだったらその時は、僕たちが支えてあげるから”


 いつかこの耳で確かに聞いた声が、唐突にリフレインして。そこに本物の二人の声が重なった。

──「最後の曲が間もなく入ります! もしもまだ一歩を踏み出せていないのなら、今しかないよ!」

「勇気を出して言っちまえ!」

 叫び声に、少しずつ観客の声援が混じり始めた。ステージ上の二人の合図で、手拍子まで始まった。

 荒川の河川敷は今や、顔を真っ赤に染めた知里と呆然としている徹を中心に、凄まじい音の渦を作り出していた。

 スマッシュグラフィーの二人は、最初からこれを狙っていたのだ。自分たちという存在を起爆剤に使うことで、ライブ会場に集まる数万人の観客に背中を押させることを。四面楚歌ならぬ、四面応援となることを。




 ごくり。

 つばを飲み込む喉が、痛い。


──言うしかない。言うしかないんだ。ここにいて、応援してくれる人たちのためにも。

 知里は覚悟を決め、前を見つめる。決めたばかりの覚悟が焼失する前に、どうしても口を開かなければ──。燃え上がった危機感は、立ちはだかる恐怖を簡単に弾き飛ばした。

 正面には徹の姿。かつてあんなに憧れた、天上の人のようだった存在が今、目の前にいる。一歩、知里は近づいた。

「成増さん……」

 徹の言葉に、小さくうなずいて見せた。


「私、っ」



 わずかに引っかかったその言葉を、

 知里は全力で絞り出す。

 もう後には引けない。引けない……。引けないんだ…………!



「私、志村くんのことが……ずっと、ずっと────────





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letter-17 with the dream

公開日 2014/09/17 07:00

舞台 東京都板橋区




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