表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
テガミ ──The short tales of LETTERs──   作者: 蒼原悠
Ⅱ ぶつけたい、この感情。
16/25

また会う日まで ──先生→子供たち──

【letter-15 someday】




 三宅島の独立峰・雄山が火を噴いてから、丸一日が経過しました。


 島全域に避難命令が発令され、たくさんの村民を載せて本土へと避難する船のデッキで。

 独り、遠くなる火の山を眺めながらペンを動かしている人がいました。


 彼女──伊ヶ谷(いがや)琴音(ことね)は、島の小学校の先生でした。








 三宅村立三宅中央小学校六年生の、みんなへ。



 担任の、伊ヶ谷琴音です。





 私は毎週、みんなに向けてお手紙を書いて渡していました。


 この手紙が、最後の手紙になると思います。寂しいけれど、仕方ないんです。今乗っているこの船を降りてしまえば、みんな違う場所へ別れていってしまうのかもしれないから。


 先生の最後の手紙、読んでください。






 ──昨日の夜、雄山が噴火した事は、もうみんな知っているよね。


 ずっと前、授業で私たちの島のことを勉強した時に、ちらりとだけ説明したのを覚えているかしら。私たちの三宅島は、中央にある雄山から流れ出た灰とか岩で出来ているの。その雄山が噴火したということは、島が出来たときと同じように溶岩が流れて、町が飲み込まれてしまうっていうことなの。


 悲しいけれど、それが私たち三宅島に住む人々に与えられた運命なのよ。永遠に安全に暮らしていくことは、出来ないの。


 噴火する直前に避難警報が発令されたお陰で、今のところ亡くなった人はいないそうよ。でも私たちは、もうしばらくあの島には戻れない。危険な火山性ガスが流出している可能性が高いからね。


 校長先生の話では、本土の方に東京都が避難所を設けてくれるみたい。ただ、そこに入るかどうかは、みんなのご両親次第よ。先生にが決めていいことでは、ないから。




 もしかしたら、みんな全然違う町に行ってしまって、会えなくなってしまうかもしれないんだ。


 だからせめて、みんなに一言ずつ残してあげたいと思います。




 ──早苗(さなえ)ちゃんは、いつも一番しっかり者だったよね。誰にでも優しくて、誰とでも仲良くできたよね。

 その心、絶対に落としては駄目だよ。それさえあれば、どこへ行っても孤独になることは決してないわ。


 ──陽平(ようへい)くんはいつもひょうきんで、クラスのムードメーカーだったね。

 君のお陰でケンカが収まることも、一度や二度ではなかったわ。その明るい性格、大切にしてね。


 ──奈子(なこ)ちゃんは元気なところが一番の魅力だったね。

 それに、困っている人がいたら一番に駆けつけて助けてあげるのも奈子ちゃんだった。先生、誇らしかったよ。


 ──(らく)くんの物識りは、みんないつも感心していたよね。

 しかも樂くんはいつも、得た知識をみんなに丁寧に教えてあげる親切さも兼ね備えていたわ。幾つになっても、それって大切なことよ。


 ──道大(みちひろ)くんは本当に悪戯っ子だったね。でも、君のイタズラは楽しかったし、場の雰囲気も和らげてくれたわ。

 その豊かな遊び心、いつまでも忘れないでほしいな。


 ──弥生(やよい)ちゃんと恵介(けいすけ)くんは、周りが羨むくらいにラブラブだったね。

 相手を大事に想う心を何より教えてくれるのは、恋愛なんだよ。離ればなれになっても挫けないで、お互いのことを思いやってあげてね。


 ──新しいことに先陣を切って飛び込んでいくのは、いつも冒険家の将大(しょうた)くんだったね。

 君の勇気と行動力は、先生も見習わなきゃと思ってるよ。どんな町でも、君ならきっと大丈夫だよ。


 ──舞彩(まや)ちゃんは普段は物静かに本を読んでる姿が多かったけど、そのぶん考えていることはすっごく深かったね。

 思考力がついたっていうのは、オトナになれたことの証拠なんだよ。






 つらいことを言うみたいだけど。


 みんなはこれから、一人でも生きていける強さを確かなモノにしていかなければならないわ。


 その強さが、誰かを守る力になる。壁にぶつかった時、みんなを助ける杖になり、楯になり、立ち向かう武器になるの。


 離ればなれは寂しいけど、いつかは誰もが経験することだから。優しい傘の下から飛び出して遥かな空へ飛び立つ日は、嫌でも必ずやってくるの。


 その時、みんなを導いてくれるのは、自分の強い気持ちよ。夢よ。希望よ。


 目標があるから、誰しもみんな頑張れるの。そうすれば、何だって出来るようになるわ。自分を見失っては、絶対にダメよ。


 そして、どんなに距離が開いてしまっても、お互いに思う心があれば関係が途絶えることは決してないの。だから、諦めないで。再会したいって願う気持ちがあれば、いつかそれは必ず叶うから。




 約束しましょう。


 いつかどこかでまた、再会するって。


 三宅島に住んでいたんだ、って誇りを忘れないで、これからも頑張ることを。


 サヨナラは、怖くない。私たちの今と未来を繋げてくれる、強い力を持った言葉なんだよ。




 みんなならきっと、大丈夫。


 たとえ離ればなれになったとしても、やっていける。その背中に生えた力強い翼で、どこへだって羽ばたいていけるわ。先生が、保証する。


 だから、みんなも頑張って。三宅島にまた戻れるようになる、いつかの日まで。


 2003年に雄山が噴火した時は、四年後には島に戻れるようになったわ。今のみんなは六年生だから、四年が経つ頃には高校一年生になるのかな。


 それまでの間、三宅島は丸ごと本土の東京都多摩市に引っ越すことになります。小学校も、市内の校舎を借りて授業を再開する予定になっているわ。


 多摩市は良いところだって、向こうに住んでいる知り合いから聞いたわ。市の大半が大きな大きなニュータウンだから、これまでより何倍も便利な生活が送れるはず。三宅島のように綺麗な海はないけれど、多摩丘陵の山々にはたくさんの自然も残ってる。島にはない遊園地や、映画館だってあるのよ。


 私は先生だから、小学校と一緒に多摩市に行きます。そして許可が出たら、島に戻るつもり。


 みんなも一度くらいは、島に顔を見せに来てほしいな。成長したみんなの姿が、私も見てみたいんだ。





 みんなと違う世界に行って、もしも淋しくて泣きたくなったりしたら。



 ねぇ。その時はどうか、この手紙を読んでみて。









 さよなら。



 また会う日まで、さよなら。




 私はいつだって、みんなの先生だよ。







伊ヶ谷琴音












 強い日差しに照らされて、じりじりと焦げた臭いを放つ夏の三宅島空港。

 飛行機から降り立った琴音は、ぽつりとつぶやいた。

「……思ったより、遅くなっちゃったな……」


 三宅島の全島避難と立ち入り制限が全面解除になったのは、つい一か月前のことであった。

 迅速な避難命令が功を奏して人的被害は免れたものの、多数の人家が破壊され、島の主要産業である水産業にも甚大な被害が発生した。悪夢のようなあの大噴火から、実に五年が経過していた。

 学校側は三宅村役場と相談の上、速やかに島に戻ることを決定。実は大半の教員は既に島に渡り、学校も再開している。琴音が遅くなってしまったのは、後始末の業務に忙殺されていたからであった。

 あれから、五年。あの時一年生だった子が今は最高学年になり、学校を引っ張っているのだろう。感慨深いような寂しいような不思議な気持ちで、琴音は島へとやって来た。




 ──結局、誰とも連絡取れなかったな……。

 琴音の吐いたため息は、滑走路の放つ熱気に紛れて消えていく。

 ──あの時渡した私の手紙、みんなは読んでくれたのかな。多摩市の臨時校舎では、誰ひとり顔を見かけなかったし、やっぱり散り散りになっちゃったんだろうな……。

 駄目だ、このままではどんどん気が滅入るばかりだ。これからまた、新たな――いや、あの懐かしい三宅島生活が始まるというのに、こんな気分ではいけない。

 琴音は首をぶんぶんと振ると、カバンを手に空港のドアをくぐって外に出た。


 そんな有様だったから、そこにあの九人が立っているだなんて、全く想像もしていなかった。


「久しぶりだね、先生(センセ)

 先頭でにっこりと笑っているのは、紛れもない自分の教え子。永山早苗であった。名前を呼ばれるその瞬間まで、琴音はそこに人が立っていたことにも気づかなかった。

「早苗ちゃん……!?」

 声が出ない琴音に、九人の高校生たちは優しく笑いかける。夏の日差しがまた、一段と厳しくなった。

「俺たち、実はこっそり連絡取り合ってたんだ。先生には内緒でさ」

 少しばつの悪そうな顔で諏訪陽平が言うと、その後を豊ヶ丘道大が続ける。「そーそー。で、島が開かれたら真っ先に行って先生に会おうって決めてたんだよ。なっ、みんな?」

「先生、来るの遅いよー。おかげで二度も来ることになっちゃったじゃん。私たち、全員が島に戻って来てるわけじゃないんだからねー?」

 そう言って口を尖らせる関戸奈子の顔も、それを聞いて笑うみんなの顔も。何もかもが、変わっていなかった。……いや、その立ち姿は前よりも大人びているか。

 みんな、琴音の言う通り――それどころかそれ以上に、成長してくれていたのだ。


「先生。ありがとね、あの手紙」

 早苗が一歩進み出ると、今にも倒れそうな琴音に手を伸ばす。


「私たち、何度もあの手紙に助けられたんだよ。新しいことばっかりの引っ越し先で、自分の居場所が見えなくなって淋しくなっても、この手紙の中に逃げ込めば先生がいた。みんながいた。……本当に、本当に、嬉しかったんだよ」




 真っすぐな瞳で、真っすぐな言葉で届けられたその感謝を、琴音は素のままに受け取ることができなかった。

「みん……な……っ」

 涙をこらえることなんて、出来なかった。

 取り落としたバッグを拾うことも叶わず、ただそこに立って泣きじゃくることしか出来なかった。

 お礼を言いたいのはむしろよほど、琴音の方だった。淋しかったのは子供たちだけではない、琴音だってそうだったのだ。あの手紙を書いたのは他でもない自分だったのに、その自分自身は一番、手紙の内容に自信を持てなかったのだ。

 ありがとう、信じてくれて。覚えていてくれて。──言葉が浮かんでは胸に詰まり、出ていこうとしなかった。




 以前より少し形を変え、ちょっとだけ大きくなった雄山の影が、

 眩しいくらいの日差しの中に佇む十人の後姿を、今は穏やかな目つきで眺めていた。




--------------------




letter-15 someday

公開日 2014/08/22 07:00

舞台 東京都三宅村




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ