ねえ、どうして ──彼女→彼氏──
【letter-11 tell me the reason】
高校生の少女・初台千尋は、不安でいっぱいでした。
それは、彼氏である広尾李仁からの気持ちが、段々弱くなってきているような気がしたから。
メールもあまり返ってこない。返ってきても、雑な返答ばかり。
彼女は、李仁を責めてその理由を聞こうとします。
しかし、書いていくうちに手が震えてくるのです……。
広尾李仁くん
突然、こんな手紙が届いてびっくりしたかな。
私だよ。初台千尋。
手書きの文章なんて渡すの、どれくらいぶりかな。出会って最初の頃は私たち、よくやってたよね。こういうこと。お互いの文を見比べては、字、汚いねって笑ってたよね。
きっと、君は覚えていないだろうけど。
君と最後に会ったの、いつだったっけ。
あれだね。二ヶ月くらい前に原宿に行った時だったよね。もうずいぶん間が空いてしまったような気がするけど、きっと君はそうは思ってないんだろうな。つい、この間みたいに思ってるのかな。
甘い言葉を期待してたかもしれないけど、この手紙にはそんなこと書く気はないからね。
私、本気で怒ってるんだから。
ねえ、君っていつからそんなに素っ気なくなったの。
LINEの既読無視くらいは許せるよ。だけど、メールもなかなか返してくれない、電話にも出てくれないってどういうわけ!?
自慢じゃないけど私、一度だって李仁からのメールとか電話を無視したことなんてないからね! なのに李仁は最近、自分勝手に振る舞ってばっかりじゃん! そんなに忙しいなら、早く言ってよ! 私だって我慢するよ!
文面だってそう! あー、とかうん、とか適当な相づち打たれたって、私は何も嬉しくないよ! 真面目に答える気、ないんでしょ!?
あんなの送ってこられるなら、私もうメール送りたくなくなるよ。メッセージに一言、残すだけにしたくなるよ。
ねえ、李仁。受け取った人の気持ちを考えるなんて簡単なコト、君はどうしてしてくれないの?
前は、考えていてくれたのに。
いつだって、私に優しくしてくれたのに。
いつから変わってしまったの? 誰が変えてしまったの?
以前の私たちに、戻りたいよ……。
ごめん。
言いたいこと、ぶつけすぎた。
分かってるよ。
こうなったのは、元はと言えば私のせいなんだって。
私が文化祭の実行委員なんか引き受けたから、やることが増えて時間が無くなったから、会えなくなったんだって。
きっと、それが発端だったんだよね。
でも。文化祭が終わってもう、一ヶ月なんだよ。
それなのに私たち、ほとんどメールのやり取りもないまんま。しかも、会ってもいないもん。これで恋仲とか、笑っちゃうよね……。
ねえ、
私たち、もうダメなの?
……覚えてるかな。
覚えてないよね。
私たちが、初めて出逢った時のこと。
出逢いの場は、Twitterだったよね。
返信を繰り返すうちにだんだん仲良くなって、リアルでも会うようになって。今まで何回、デートを重ねて来たっけ。
初デート、懐かしいなぁ。確か恵比寿ガーデンパークのベンチが最初だったんだよね。二人して何もしゃべれなくって、ただ黙って俯いてるだけだった。
あれから、半年も経つんだなぁ。渋谷ヒカリアにコンサートも聴きに行ったし、レコードタワーでCDの変なパッケージ見ながら二人でこっそり笑ったり、表参道スクエアの大混雑に巻き込まれて抜け出そうってもがいたり。
どれも、すっごく下らなくて、すっごく儚くて、でもすっごく大切な思い出だったよ。
だけど、前々回のデートぐらいから思ってたんだ。
李仁の心が、私から離れそうになってるんじゃないかって……さ。
考えてみれば私たち、あんなに会っていたのに、恋仲なのに、未だにキスさえもしたことがないよね。
多分、そんな話題から始まったんじゃなかったかな。どういう話の運びだったのか、気づいたら私が一方的に怒鳴り散らしてる展開になってたんだ。
その時、李仁は、私がどれだけひどいことを言っても、ずっと笑ってるだけだったよね。
今思えば、戸惑って浮かべた苦笑いだったのかもしれない。だけど、その時の私は馬鹿だった。余計に腹が立って、そのまま帰っちゃったんだよね。
だって、分からなかったんだもん。疑っちゃうんだもん。その笑みの裏にはもしかしたら、もっともっと別の感情が潜んでいるんじゃないかって……。
李仁も、嫌だよね。
私みたいなのが彼女で。
私なんて。嫉妬深いし、大人ぶってるし、強がってばっかりだし、嫌味だし、ひどいこと平気で口走るし、可愛くないし、うまく甘えられないし。
私もなんだ。自分の全てが、嫌いになりそうだよ。君に向けてる顔も声も態度も、その奥でこんなことを考えてるこの私も……。
ねえ。
正直に言ってくれても、いいんだからね。
『千尋じゃダメなんだ』ってさ。
そしたら私も、割り切るから。
そうでないと、このまんまだと、身体がおかしくなっちゃうよ。壊れちゃうよ。宙ぶらりんの関係のままだなんて、イヤだよ。
李仁も、無理して見せ掛けの笑顔も優しさも、見せてくれなくていいよ。ううん、見たくない。かえって私が、辛くなるから。
思えば私たち、弛い関係だったよね。学校どころか住んでる県さえも違って、同じところって言ったら学年だけ。一週間のうちのほんの数時間、渋谷の街で時間を共有してるだけだった。
路線の都合で選んでいただけだったけど、今の私たちには、この街は賑やかすぎるよ。それに、華やかすぎるよ……。
もう、疲れちゃったよ。
なかなか来ない君からの返信を待つのも。
無理して作った笑顔で、街を歩くのも。
わざと孤独になれる場所を選んで、独りで泣いているのも……。
素直になりたい。
コドモになりたい。
大好きなままでいたい。
君の前で私が望むのは、たったそれだけなのに。
それだけだったはずなのに。
もう、何も分からないよ……。
返事、待ってるよ。
いつまでだって、待ってるから。
初台千尋
「……突然呼び出して、どうする気?」
はぁはぁと息を荒げた様子の李仁に、千尋は訝しげに訊ねた。ぐったりとしながら、李仁はすぐそばのベンチを指さす。
「ごめん、駅から走ってきたからちょっと疲れて……。座ろう……」
[今すぐ、会いたい]
そんな李仁からのメールが来たのは、つい一時間前のことだった。
あの手紙を送ってから、もうきっかり一日が経っている。まさか見ていないなんてことはあるまい。だとすれば、話の内容は決まっているようなものだ。
いつもよりも時間をかけて、千尋は一番お気に入りのコーディネートを決めてきていた。どうせ振られるなら、最後くらい……。そんな、精一杯の嫌がらせのつもりだった。
「……何だったんだよ、あの手紙」
開口一番、李仁はそう言った。
「突然でびっくりしたかな、だって? 当たり前だろ! つーかあの内容は何だよ! 何が伝えたいのか、俺にはさっぱり分からないよ!」
「分からないでいいよ」
興奮を高める李仁とは対照的に、千尋の心は早くも冷め切っていた。いや、無理やり抑え込んでいた。行きの電車の中から、ずっと覚悟は決めていたことなのだ。
「分からないでいいわけないだろ!」
李仁は尚も怒鳴る。
「辛いことも嫌なことも、お互いで協力して乗り越えていこうって誓ったじゃんか!? どうしてそんなこと言うんだよ!」
「……先にひどいこと言ったのは李仁じゃない」
「ひどいことって……俺、変なこと答えて千尋の機嫌損ねたくなかったから……!」
「それがひどいって言ってるんじゃない!!」
ダメだ。
我慢しようとしていたけれど、やっぱり抑えられない。千尋は立ち上がり、李仁と睨みあう。
「ヘンな所で気を使わないでよ! 私、そんな子供に見えたの!?」
「そうじゃない!!」
「じゃあ何なのよ!」
「――お前は結局どっちなんだよ! 気を使ってほしいのか、ほしくないのか!!」
「どっちもに決まってるじゃん!! どうして片方しか出来ないの!?」
はあ。
二人は同時に、ため息を吐いた。
夕闇に光を放つガーデンパークの街並みは、今は千尋にも李仁にもあまりに眩しすぎた。
「……知らなかったくせに」
ぽつり、言葉が溢れる。
「私がこれまで、どんなに寂しかったか。知らないくせに。返信の来ないケータイを握りしめてる時間の長さなんて……」
そっぽを向いて吐き捨てると、李仁もすっと立ち上がった。
「……そう言いたいのは、俺だって同じだよ。前回のデートの時、しばらく会わないようにしようって提案したのは俺だよ。千尋が文化祭の準備で忙しいだろうって思ったから、だったら俺が我慢しようって思ったんだ。でも、終わった後も千尋は一度だって会いたいって言ってくれなかった。俺、てっきり千尋はもう冷めちゃったんだって思ってたよ……」
「こっちのセリフよ!!」
千尋は激昂した。
「私、最後に会った時から――ううん、その前からずっと、そう思ってた! 李仁はもう飽きちゃったんだなって!」
「しょうがないだろ! 前から千尋はずっと、忙しそうにしてたじゃんか!出会った時から俺は決めてたんだよ。千尋の邪魔はしない、千尋には精一杯やりたいことやってほしいって……!」
「嘘でしょ!!」
「嘘じゃねえよっ!! だから、俺から会いたいって言うのも控えてたのに! 寂しくってもずっと、我慢してきたのに……!!」
……千尋を睨む李仁の目は、真剣そのものだった。
嘘など、何もついていない。電飾に照らされて哀しげな光を放つその目に、そう千尋は直感的に感じた。
思えば李仁は前から、遠慮がちな性格だった。声をかけたのも千尋なら、デートの誘いも確かに千尋からだった。
とんでもない。甘えていたのはむしろ、千尋の方だったのだ。
だから李仁は遠ざかり気味になり、千尋は見えない寂しさを自分の心に閉じ込めた。その積み重ねが、今を生んでいるのだとしたら……。
「……私たち、お互いに遠慮しすぎてたんだね…………」
バカみたい。
どうして、こんなことになっちゃったんだろう……。
千尋は目尻を拭った。
どれだけ言っても、もうあの楽しかった頃の関係は戻ってこない。そう、分かっていたから。
あんな手紙を送ってしまった、あんなに文句をぶつけてしまった。辛うじて残っていた二人の関係を壊しに行ったのは、自分だと分かっていた。
それでも。
涙は見せないと、決めていたのに。
「……なんで、泣くんだよ」
頭上からの声に顔を上げた時には、千尋は李仁に抱き締められていた。
途端、どっと涙があふれ出した。
「だって……だって……!!」
ああ、伝えたいことはこんなにあるのに。涙に押し流されて、言葉が出ない。
「俺、千尋のことを嫌ったことなんて一度もないよ」
李仁の声も、震えていた。
「これからももっともっと、千尋と一緒に時間を過ごしていたい。二人してこの街で、色んなものを見たい。行きたいよ……」
自分が立っているのかも、もう千尋には分からない。
私もだよ。私もずっと、好きだったよ。そう伝えることが、今の千尋には叶わない。
李仁の頬をも、一筋の涙が流れ落ちてゆく。
「別れたくなんて、ないよ……!」
これまでの二か月の――いや、これまでの全てのブランクを埋めてしまいたいとばかりに、固く硬く抱き締めあう二人の影を。
立ち並ぶ巨木のようなビルたちが、静かに、されどそっと祝福するように見下ろしていた。
--------------------
letter-11 tell me the reason
公開日 2014/07/25 19:00
舞台 東京都渋谷区




