ずっとずっと ──少女→少年──
【letter-01 forever and a day】
……大好きだった赤坂颯大に想いを伝えられないまま、引越しで離れ離れになってしまった中学生の少女・青山莉那。
募る想いを抑えきれず、ついにある日彼女は決心します。
住所を調べあげ、テガミを書こうと。
そこで、想いの丈を吐露しようと。
『第一のテガミ』は、そんな彼女の心の叫びです。
赤坂 颯大様
拝啓
って書いちゃったけど、何て続けたらいいのか分かんないや……。
ごめんね。一行目から面食らうような文章で。
私です。青山莉那です。
覚えてますか?
突然の手紙に驚いたよね。颯大が今、鹿児島に住んでいると聞きました。番地まで住所を教えてもらいましたが、もう三年前だから変わっているかも分かりません。届いたらいいな、と願いながら書いています。
もうすぐ、年の瀬です。
ここ六本木は、相変わらずの賑やかさでいっぱい。東京ミッドタウンのイルミネーション、覚えてますか? 今年も東京の中心を、きれいな光で照らしてくれてます。写真を添えたかったけど、撮り忘れちゃった。
そっか。
もう、離れてから二年も経つんだね。
私と颯大が出会ったの、いつだったっけ。
多分、幼稚園の年中だったと思うんだけど。正直よく覚えてないや。あの頃から変わらなかったのは、住んでるマンションだけだったもんね。
私が二十九階、颯大がその上の三十階。
これからもずっと、変わらないとばかり思ってたのに。永遠なんて、この世にはないのかな。
私たち、よく二人で遊んでたね。
ほら、小学校の校庭があんまり広くなかったじゃない。遊び場がないなりに、六本木タイムズスクエアのフロアの中を駆けずり回ったり、首都高の高架の柱でかくれんぼしたり。日が暮れても東京の街は明るくて、調子に乗って八時まで遊んですっごい怒られた事もあったね。懐かしいな。
でも、一番大変だったのはやっぱりあれだったね。
気がついたら国会議事堂の辺りまで行っちゃってた時だよ。
なんであんなに遠くまで行っちゃったんだろうね。はっとしたら周りは知らない風景で、真っ黒な服着た背の高い大人ばっかりで。怖くて怖くて、でも颯大は絶対に泣かなかった。私も意地張って、泣かなかった。はぐれないように二人手を繋いで、なんとか六本木を目指して歩いたんだよね。
ちょうど、このくらいの時期だったかな。珍しく東京は雪景色で、寒くて暗くて、人も多くて。冷たい風が吹き荒れる首都高の下の道を歩きながら、握った颯大の手の温かさだけが私の意識を保ってた。
あんなに、人って温かいんだって思えたのは、初めてだった。
今思うと、やっぱりあの日の私は幼かったんだね。
それが、私の颯大への気持ちの表れだった事が、分からなかったんだもん。
最近また、東京では雪が降る日が多くなってきた気がするの。
そんな時、いつも私は颯大の事を思い出すんだ。
後悔するんだ。
ああ、あの時ああすればよかった、って。
結局、私は一度も颯大に伝えられなかった。
だから、いまこの場を借りて言おうと思うの。
あなたが、大好きだった。
間違いなく、私は颯大に恋してた。
勉強で落ちこぼれたりイジメを受けたりして、私がつらい思いをしてた時、いつも颯大は私に寄り添っていてくれた。いつも笑って、前を向いてた。いつも、私の味方だった。
私の心の中で、颯大の存在はどんどん強くなっていっていたんだよ。
あの頃、伝えたかったな。この気持ち。
そしたら、離れずに済んだのかな。
雪が降る時、私はいつも空を見上げながら、そう思っています。
小六の時、だったよね。
颯大が引っ越すって話が持ち上がったの。
あの日、何の話をしてたっけ。
確か、学校の授業で夢について発表するとかいう課題が出てて、二人して夢の話をしていたんじゃなかったかな。
私がキャビンアテンダントで、颯大が新幹線の運転士だった。微妙に違う夢だったけど、思い描く未来には自然とお互いの姿があったと思う。だからこそ、颯大が引っ越すって聞いた時の絶望感は大きくて。すっごく大きくて。
どこ、とまで颯大は教えてくれなかった。その代わり、うんと遠いところって言ってた。
ショックで、私あの時泣いちゃったよね。言葉に出来ない寂しさと不安と虚無感に襲われて、颯大の隣で泣き崩れちゃった。
それでも、颯大はいつものように、私が泣き止むまで手を握っていてくれた。決して、離さないでいてくれた。
あの日も、東京は雪が降っていたね。
この手紙を書いている今も、外は雪が舞ってるんだ。
あの日、私たちが座っていた東京ミッドプレイスの公園のベンチも、走り回ったあちこちも、六年間を一緒に過ごした区立の小学校も、何もかもが雪に包まれてるんだなぁって思うと、ちょっと不思議な気分。
楽しかった颯大との日々が、頭のあちこちから沸き上がってくるから。
本当は、ずっと颯大の側にいたかった。
あの温かい手を、いつも握っていたかった。
颯大がいなくなって、私は中学に上がったけれど、正直初めの頃はすっごく情緒不安定だったんだ。ちょっとした事にも泣いて、怒って、凹んで。きっと、颯大がいなくなったって事がまだ理解しきれてなくて、戸惑ってたんだと思う。ううん、今だって戸惑ってる。
時々、どうしたらいいか分かんなくなるんだ。
いつも颯大は私の側に立ってくれて、私を助けてくれた。その強さに私はどこかで甘えてたんだ。その分、独りになってみると大変な事ばっかりで。
だから。どうしても辛くなった時、切なくて悲しくてやりきれない時、私はあのベンチに座るんだ。
そこから夜空を見上げれば、
「頑張れ」
って、颯大の声が聞こえるような気がするから。
ごめんね。手紙、長くなっちゃったね。そろそろ、締めないとだよね。
本当は、伝えたい事はまだまだたくさんあるんだけど。
颯大に、会いたいな。
会って直接、伝えたい。
颯大への、この想いを。
私の気持ちは今もこれからも、たとえ雪が二度と東京に降らなくても、絶対に褪せたりしないって事を。
会えなくても、私は忘れない。
あなたという人と出会えたこと。握った手の温かさ。かけられた言葉。もらった勇気の数。励ましの数。無限大のチカラ。ぜんぶ未来の自分の糧にして、私も夢に向かって頑張るよ。キャビンアテンダントに、きっとなってみせるよ。
だから、颯大も忘れないでほしいな。あの日誓った、夢の事を。私の事を。
なんか、泣けてきちゃった……。
紙が染みだらけになっちゃったな。字も汚いし、読みにくかったよね。ごめんね。
ありがとう。
颯大と出会えたことは、私の一生の宝物だよ。
最後に、
颯大、大好き。
颯大の事、ずっとず──────っと、愛してる。
敬具
青山 莉那
……今日で、一週間になる。
あの手紙を送ってから。
ため息をつきながら、エレベーターで一階まで下りてきた莉那は郵便受けを開けた。案の定、それらしきモノは入っていない。
そうだろうと心の中で、予想はしていたのだが。
──やっぱり私のことなんか、忘れちゃったのかな。
それとも、住所が間違ってたのかな。
暗い気持ちで見上げた空は、今日もなんだか悲しげで。今にも泣き出しそうに歪んでいて。
莉那だって泣きたかった。
勇気を振り搾った結果がこれなんて、ひどすぎる。むごすぎる。
──寂しいよ。
──悲しいよ……。
──応えてよ……!
「ソウタ…………!」
張り裂けそうな胸の中で、そう叫んだときだった。
莉那のケータイが突然、鳴動を始めたのだ。
「……?」
電話帳に登録されていない、謎の番号。怖いが、そのまま切るのもなんだと莉那は思い直した。出るだけ出てみよう、と。
……そう思えたのは、一瞬だけ胸の奥で煌めいた淡い希望を、逃したくないと直感的に考えたからかもしれなかった。
緊張の一瞬。
「もしもし、青山です」
「リナ!?」
頭の中が、奥から真っ白になってゆく。
「俺だよ! 赤坂だよ! その声、リナだよな!?」
耳元で叫ぶその声に、抑揚に、調子に、莉那の記憶は確かに反応した。
そうだ、忘れもしない。その声の主こそ、莉那の求めていた人だったのだ。
赤坂颯大。
もう二度と会うことはない。
一度はそう思った、その人だ。
莉那は、ケータイを持ったまま路上に立ち尽くした。
やがて、その頬をゆっくりと熱い何かが辿っていった。
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letter-01 forever and a day
公開日 2013/12/25 19:00
舞台 東京都港区・六本木