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二、遭遇


午前六時三十分。けたたましく鳴る目覚ましを止め、起き上る。カーテンの隙間から射す光からして、今日は晴れのようだった。隣の声はよく通す癖に雨の音は通さない壁のせいで何度階段を余計に上り下りさせられたことかわからない。長い髪を手櫛で梳きながら、洗面台へ向かい、顔と歯を磨く。昨日焚いた米は三十分前にきっちり炊き上がっている。テレビをつけて朝のニュースを見ると、ちょうど重たいニュースの時間に当たってしまった。この時間以外はどうでもいいことばかりやっているのに、今日は運が悪いようだ。誰が誰を殺しただとか、どこかで誰かが死んだとかそんな悲しいニュースばかりだった。せっかくそこに居たのに。どうしてわざわざ一人になろうとするのだろう。分かりたいような、分かりたくないような不思議な気分になる。どことなく味が薄く感じたご飯の後、薄く化粧をして着替える。講義の準備を始めるころには、テレビはすでに明るいニュースを流し始めていた。オリーブオイルで彩られた美味しそうな料理を映し始めるころにはもう出かける時間になっていた。


大学には一駅分しか距離がない。だから講義が最後までない日は自転車で行く。講義が最後まである日は今の時期は暗くなるので電車で登下校していた。いくら自転車といえども事故を起こす可能性はゼロではない。それに、学校前の坂を思うとどうしても気が重くなる。運動があまり得意でない私はどうしても途中で息が切れ、自転車を押すことになってしまう。今日もまた坂を半分まで登ったところでリタイアした。決して暑いとは言えないこの季節ですら汗だくになってしまう自分の体力に肩を落とすしかない。どうにか登り切り、駐輪場に自転車を止め、鍵を掛ける。肩にかけた鞄には昨日買った本が入っている。昨日の夜のうちには読み切れなくて、それでも続きが気になって持ってきてしまった。読んでいる途中の本が恨めしそうだった気もするけれどしかたない。教室に入れば、いつものメンバーがいつもの席についていた。私もまたおはよう、と声をかけいつもの席につく。今日は大半の生徒がとっている授業のテストがあるらしく、みんな必死になって復習をしていた。隣の林さんは後ろの杉山さんと問題を出し合っている。私はその授業をとっていなかったので、軽く疎外感を感じながら昨日の本を取り出した。決して厚いとは言えない本だったけれど、これでも2000円近くしたのだ。大事にめくりながら読み始める。天文学の下りから始まった文章に早くも耐えられなくなり、ぺらぺらと数ページめくると、昨日駅で見たさそり座の項目を見つけることができた。改めて見てもやはりさそりには見えない。足も少ないし、鋏もなんだか頼りない。星座になる間に足を神様に捥がれてしまったのだろうか。そう思うと可哀そうになって、勝手に同情していると、頭上から声を掛けられた。


「おはよう」

「あ、おはよう」

時計を見れば講義が始まるまでもう五分を切っていた。彼女、中山さんが来るのはいつもぎりぎりなのだ。満員に近い電車を毎朝乗って学校に通っているらしい。穏やかな性格の彼女は来る時間はいつもぎりぎりでもまじめで、染められていない真っ黒な髪が動くたびにサラサラ揺れて、いかにも男の人が好みそうな女性だった。


「それ、星座の本?」

「うん、昨日思い立って買ってきた」


へぇ、と相槌を打ちながらノートや筆箱を出していく彼女と同じように、私も本をしまい、講義の準備を始める。決して狭いとは言えない講義室が満員になったころ、チャイムが鳴った。教授が入ってくると前の席が静かになり、ちょうど中腹にある私たちの席も釣られるようにして静かになる。それでも後ろの席はまだガヤガヤしていた。


「同じ研究室の田中君さ」

「え?」

「彼も星座好きみたいだよ」


小声で掛けられた声に反応し、耳を寄せる。彼女は斜め前の方を指さした。真っ黒い頭が暇そうに俯いている。友人に声を掛けられて横を向いた顔はメガネと長い前髪で半分見えなかった。もったいない、と思っていると中山さんも同じことを思っていたのか、悪戯っ子みたいに瞳を輝かせていた。


「せっかくカッコいいのに、もったいないよね」

「確かに」


ふふ、と小さく笑い合っていると、パワーポイントのセットを終えた教授がマイクを持って話し始めたので、そこで会話は終わってしまった。彼の掌でくるくると回っているペンを見て、真似して回して見たら虚しくぽとりと落ちた。


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