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ガラスの向こうのエンドレスワルツ 2



 教室で見る御神楽コヨリは、いつもと変わりなかった。窓際の一番前の席で背筋を正し、号令に声を張り、その行動によどみがあるようには見えなかった。

 けれど――

 休み時間になれば、違った。

 誰ひとりとして彼女に近づこうとしなければ、話しかけようともしない。いや、それだけでなく、まるでお通夜のように静まり返り、痛い程の静けさが教室に充満するのだ。

 そしてそれがどうしてなのかを彼女はわかっているように――

 必ず教室から姿を消した。

 しかしそれで晴れる霧ではない。

 いや――

 そこからはもう、耳を塞ぎたくなる。

 ひそひそと、誰かが口を開くのだ。それを皮切りに、たぶんコヨリに向けてであろう陰口が笑いを生み出す。

「また資料を取りに職員室? ホント偽善者」

「そんなに先生へ媚び売って、なに狙ってんのって感じ」

「聞いた話によれば、内申点狙いで委員長を引き受けたって」

「あー、やっぱり」

「あれ? そうなの? わたし別のとこで数学の倉田先生クラセンに会いに行く口実だって聞いた」

「え? なんで倉田先生に?」

「あー、そういや仲いいもんねぇ。この前もこっそりふたりで話してるとこ見た」

「それだけじゃなくて……、ここだけの話、誘惑しちゃってるんだって」

「もうヤッたっても聞いた」

「嘘っ、マジで?」

「他にも、三股とかかけてるらしいよ」

「大学生とホテル入って行ったって」

「オヤジ相手に援助交際してるとかも聞いた」

「ははっ、真面目な顔してとっかえひっかえとか、笑える」

「それより、それ学校にチクっちゃえば、退学じゃない?」

「あるある。退学」

「早く辞めちゃえばいいのにね。あんなクソビッチ」

「このまま無視しつづけたら勝手に辞めるんじゃない」

「それより、死んじゃうかもね」

「花瓶、用意しとく?」

「せめて最後は、飾ってあげなきゃ」

「なにそれ、やっさしー」

 教室の中心でゲラゲラと笑う六人のクラスメイトたち。それが――

 気持悪い。

 込み上げてくる吐き気に、ヒトミは何度も立ち上がろうとした。立ち上がって、バカ笑いするクラスメイトに、怒鳴りつけてやろうかと思った。

 けれど、それを隣の席に座るショウコが制したのだった。

「やめなよヒトミ。ここで行ったら次はあんたが的になるよ」

「でも……」

「わたしたちは耳を塞いでいればいいの。目をつぶっていればいいんだって。他のみんなもそうしてる」

 言われ見回せば、バカ笑いをしているクラスメイト以外の学生は、教科書や参考書をブラインドにしているように見えた。

 それはやはり、ショウコの言う自己防衛なのだろう。けれどそれが、コヨリを別の空間へ隔離するような、無言の壁を生み出している。

 だから、誰が加害者とか、そんな簡単なものじゃない。これは、自分やショウコを含めての皆が、コヨリを蔑視して暗緑色をした曇りガラスの向こう側へ追いやっているのと同じだ。それは――彼女の輝きを遮光板で偏向しているようで――

 それってやっぱり、おかしいよ。

「ショコたん……、やっぱりあたし、こんなの気持悪い」

「我慢しなって、委員長はもっと我慢してるんだから」

 苦虫を噛み潰したような表情でショウコにそう言われると、言葉が返せなかった。

 ショウコもまた、同じ気持ちを我慢しているのだろう。

 けれど、どうしてコヨリやショウコや自分が、こんな思いをしなければいけない?

 悪いのは陰口を叩いて空気を淀ませている数人じゃないのか?

 自分なら――あたしなら……。

 例えそのあとどうなったって構わない。

 でも……。

 自分本位に委員長の事へ割って入って、果たしてそれは、彼女の為になるのだろうか?

 それが、わからない。

 自分ならこうするのにと、模索が先行するだけで、正解は見えてこなかった。

 それがまた、辛い。できない事に思いを巡らす事が、とても辛い。

 もう、いっその事――面毒犀を吹き飛ばしたように、無類の力を持って教室ごと破壊できたらどれほど楽だろうか――

 でもそれは――

 極論だ。

 そう頭を振ったヒトミが教壇へ目を向ければ、英語リーダー担当の女性教諭が、黒板へ綴った英文を口にしていた。

 いったいどんな和約なのか、耳に入って来るはずもない。

 ただ……。

 授業の終了を告げたチャイムだけは、処刑台の鐘の音のように、ヒトミの胸へ響いた。



       ☆



 コヨリの号令のあと、教諭が教壇を降りクラスから出て行くと、案の定、あの沈黙が広がって行く。

 誰も笑みを浮かべる事のない時間――ただただ時間割に従い、次の授業で使う教科書と問題集を取り出して、チャイムを待つだけ……。

 この空気感に堪えられないと、何人かはトイレに立つ。

 コヨリは、と見ればじっと座ったまま、ぼんやり窓の外を眺めているように見えた。

 別に、何かが見える訳ではないのだろう。けれどその先――窓に阻まれた空はどこまでも青く。日差しは温かくグラウンドを照らしている。

 そんな景色をコヨリはどんな思いで眺めているのだろう……。ただそこにある物理的な風景として達観視しているのだろうか? それとも、心の内にひそんだ感情を混ぜ込み、全く違う風景に変えてしまっているのかもしれない。

 ただ――、彼女の霞みがかった目が、その向こう側をクリアに望みたいと、睨むように細くなり、微かに揺れる。

 そしてコヨリは目をつぶると、静かに立ち上がり、いつものように教室を出て行った。

 ヒトミは問題集へ目を落としたショウコを一瞥すると、音を立てないようそっと席を立ち、コヨリの後を追いかけ廊下に出る。

 と、コヨリが階段へと姿を消すのが見えた。

 ぎゅっと唇を結び、追いかける。そして階段を見下ろせば、俯いたコヨリが踊り場を曲がる所だった。

「委員長」

 呼ぶとコヨリは、手すりに手を添えたまま、ゆっくりその顔を上げた。

「なに?」

 か細い声。こんな声だっただろうか。号令をかけていた時とは、全然違う。

「どこ行くの? 授業の準備だったらさ、あたしも手伝うよ?」

 貧弱な力瘤ちからこぶを作って見せるヒトミ。けれどコヨリは表情を変えず――

「プリントを取りに行くだけだから……」

 そうとだけ言い残し、階段を下ろうとする。それに思わずヒトミも階段を下り、もう一度呼びとめる。

「ねえ、御神楽さん」

 今度は振り返りもしなかった。コヨリは背中を向けたまま、「まだなにか?」と、俯く。

「あのさ……、もし、もしだよ。もしよかったらあたし、相談に乗るよ。悩み事とかさ、苦しんでる事があるなら、ひとりで抱え込まないほうがいいと思う」

 コヨリの顔が肩越しに向いた。けれどその表情は、鉄仮面をかけているように、無表情だった。けれど若干、その頬に赤味がさしたと思うと、コヨリは瞬き、影のある微笑を見せた。

「ありがと。でも、あなたには関係のない事だと思うわ。――それに、私に係われば、あなたも狙われるわよ」

「それって、クラスでのイジメ……?」

 聞いても、コヨリは答えなかった。けれど、答えないと言う事は、そう言う事なのだろう。生まれた沈黙へ、ヒトミは手を差し伸べる。

「イヤな事は、イヤって言わなきゃ誰もやめないよ。御神楽さんが言えないなら、あたしが代わりに――」

 と、言いかけた言葉へ、コヨリは声を重ね遮った。

「私が耐えれば、全て丸く収まるの。根も葉もないうわさ話に、あえて噛みついて争いの火種を散らしたくはないのよ――だからもう、私に干渉しないでくれる」

 視線を流し、階段を下るコヨリ。けれど、その言動は――

 たまらずヒトミはコヨリを追い抜き、睨み上げて言った。

「カッコつけっ」

「は?」

 面と喰らったコヨリが、立ち止りヒトミを見下ろす。

「カッコつけすぎだって言ってんの。もしかしてさ、自分を悲劇のヒロインとか思ってんじゃないの?」

「なに、それ?」

 少し声のトーンが下がる。いや、初めてコヨリの声に感情が込もったのだろう。苛立ちに似た感情が、彼女の目に映っていた。そこへ、ヒトミは言葉を向ける。

「強がって、ひとりで抱え込もうとして、傷付く自分が綺麗だとか、華麗だとか思いたいわけ? わかったふりして、孤高を気取って、そんなに自分を美化したいわけ?」

「そんな事っ!」

「あるわけないよねっ!」

 むき出しにした否定を荒びた声で肯定された? 訳がわからず、コヨリの思考が停止した。

 ヒトミを見ても、くっと見上げてくる彼女は、唇を噛むように結び、両手を握り締めて、じっとコヨリを見返している。

 肩で息をするヒトミからは、荒々しい鼻息が聞こえてきそうだ。

 どうして……、そこまで?

 揺れるコヨリの目。

 そこへ「だから――」とヒトミが口を開いた時、先ほど反響したふたりの声に呼び寄せられて、他のクラスの生徒が顔を覗かせ始めた。好奇のざわめきが、ふたりを取り巻いていく――

 どこを見ても誰かの目――

 コヨリはハッとすると、声のトーンを元に戻し、作った微笑をヒトミへ向けた。

「寺沢さん。あなたの気持ちはよくわかった。けど……。今すぐに答えは出せない……。ごめんなさい」

 言って、ヒトミの脇をすっと通り抜ける。

 それを止めずヒトミは、コヨリへ届くだけの小声で言った。

「あたしは味方だからね。絶対……」



       ☆



 学園の昇降口に入ったヴィクターとタンゴ。静まり返ったこの空間は、どこか肌寒く、それでいて仄暗い。それは先程まで日溜まりに居たからなのかもしれないが――ここは何か違うと、ヴィクターは表情を曲げた。

「くせェ……。なんだこの臭いは?」

 立ち止ったヴィクターに振り返るタンゴ。怪訝に鼻をひくつかせる。が――

「あ? ワシには全くせーへんけどな」

「いや、確かに臭う」スンスンと嗅ぎ直せば、微量に混じる悪臭。「こりゃあ、リマの言った事もあながち間違いじゃねェかもな……」

 聞いて、タンゴの目が鋭くなった。

「まさかホンマに災悪、か?」

「たぶんな。僅かにだが、魔力の混じった臭いだ。鼻の奥で弾けるような感じからして……、放出魔力を圧縮してやがんな」キッと目を細めるヴィクター。「それが閉鎖的なこの建物内で、不規則に流れては、あちこちで渦を作ってやがる……。空間剥離じゃねェが、これだと外へは漏れ出さねェはずだ」

 自然にとは考えにくい状況――隠匿に長けた結界が仕掛けられているか……、それとも、この場所の気質が利用されているのか――そのどちらにしろ、気を引き締めなければいけない相手がこの場所には居る。

「見当は? つくんか?」

「無理だな。この手の結界は何かの副産物って考えんのが妥当だ。相手を絞り込むにも憶測を超えねェ……」

魔力筋まりょくすじはどうや?」

 タンゴの言う魔力筋は魔力の流れ。

 だがそれは……。とヴィクターは首を振った。

「リマなら見えっかもしれねェが……。魔力がそれぞれ分断されて、そのうえ散らされてたんじゃ、臭いを追うには厳しいぜ」

「やったら、決まりやな。さっさとリマを――」

 とタンゴが昇降口から外へ目をやった瞬間、両開きだった外への扉がひとりでに音を立て閉じた。

「なんやと!?」

「感づかれたか?」

「はっ、関係あるかっ! ぶち破ったるわっ!」

 叫び、魔力を紡ぐタンゴ。

「我が言葉は、彼の言葉。紡がれし魂の呪い――」

 扉に向け、淡いブルーの六芒星魔法陣が展開される。それを見据え、タンゴは前足を振りかぶり、跳躍した。

「――刮目せぇ。我が掲げし鉤爪かぎづめに、割けぬモノなどありはなしっ!」

 言霊によって組み上げられた術式をタンゴが中空で潜り抜ける。と、振り上げた前足から突き出す幾本の爪――それは、青白い焔のように揺らめきながらも、研ぎ澄まされた刃を映す。

「喰らえやっ!」

 振り下ろされる爪。だが、漂っていた魔力の臭いが流れ、集まり、扉の前の空間を歪めると、鏡面のように迫るタンゴを映しだした。

 これが結界の本質か――!?

「やめろタンゴっ!」

「《ジャック・ザ・リッパーッ》!」

 タンゴのトリガーが引かれるのと同時、歪んだ空間に映ったタンゴの爪が鏡面から跳び出し、タンゴへ迫る。

「なんとぉ!?」

 なんとか身をよじり、交わす爪。だが、まるで自分の動きを模写する相手にもタンゴの爪は届かない。

 中空で睨みあうタンゴとタンゴ。だが、動きは同じ――慣性に従い互いの体をぶつけあうと、くるり身を翻し、弾かれるように間合いを取った。

「なにもんや! 貴様っ!」

 威嚇にタンゴが牙を剥く。だが、その横のヴィクターは至って冷静だった。

「映し鏡の結界……、だな」

「あん? なんやそれは?」

 自分の姿とそっくり左右が反転した相手を睨み据えたままタンゴが口を曲げると、ヴィクターはふわりと尻尾を一度振った。

「さっき見た通りさ。壊そうと振りかざした力と同じだけの力で反撃してくる自立型包囲結界――たいてい、自縛型の災悪が狩りに使う罠だ。襲ってはこねェが、相撃ち覚悟の攻撃じゃねェと、ぶち破れねェ」

「ちぃ」タンゴは舌打つと、魔法の術式含め、空間へ放棄する。霧散する魔法陣と爪。すると鏡の中のタンゴは、奥の闇へ溶けるように姿を消した。「クソが……。ほんならどないせぇっちゅうんじゃ……」

「結界の魔力を担っている存在――まあ、この場合……、元凶の災悪を討てば、結界も消えんだろうが……」

 零すように言ったヴィクターに、タンゴは鼻を鳴らす。

「わかり易いっちゅうことはええ事や。つまりはその災悪をワシらで討てば済む話やちゅう事やの。リマには頼れんが、こんな校舎の中やったら、虱潰しも楽な部類。手間はかかるが、町単位よか幾分ましや」

「そう言いたいとこだが、思い通りにさせてくれそうはねェな」振り返るヴィクター。「空間が曲がりやがった」

 ヴィクターが見つめる先――本来なら二階へと続く階段と左右に分かれる廊下“だった”景色が、ゲルニカの絵を見ているかのようにグニャリと曲がり、エッシャーか、それともダリが描くような錯視絵画のように書き換えられていた――階段なんぞ、途中で幾重にも分岐している。ありもしなかった地下への階段まである始末だ。

「こりゃあ、迷宮にしやがったな……」臭いも均等に分かれ、どれが正解なのか判然としない。災悪を手繰るにしても、ヒトミを見つけるにしても――「骨が折れんぜ」

「つまりワシらは、なんやかんやで見事に敵さんの罠にかかったっちゅう事か?」ははっと肩を揺らしカラ笑うと、怒りに体を震わせた。「ワシをコケにしくさってからに……、絶対ゆるさんぞアホンダラがっ!」

 吐き捨て、突然タンゴが走り出す。

「オイ、コラ、タンゴ! 闇雲に突っ込むんじゃねェ!」

 だが、怒りで耳を塞いだにタンゴは、曲がった階段を三段飛ばしに駆け昇っていく。

 これほど強力な結界を扱う周到な相手だ。その先に何が待ち受けているのか、皆目見当もつかないというのに。

「ひとりじゃ危険だってのがわかんねェのかっ!?」

 遅れてヴィクターも階段を駆け昇る。が、分岐の部分で見失った。数本に別れた階段のどれを見上げてもタンゴの後ろ姿はない。

 立ち止り、悔しげに牙を覗かせた。

「ったく、アホンダラはどっちだってんだ……」



       ☆



 ヒトミが教室へ戻ろうと階段を上れば、踊り場に立つショウコの姿。胸を押しこむように腕組みしたショウコは、仁王立ちにヒトミを見下ろし言った。

「あんた、まさか委員長に……?」

「うん。言ったよ。助けになるって……。けど、断られた」

「そう……」とショウコの表情が寂しげに曇った。「だったらもう……」

 係わらない方がいい。

 そう動きかけたショウコの先を取って、ヒトミが言い切る。

「でもね。あたし、やっぱり見て見ぬふりはできないよ。御神楽さんは笑ってたけど……、きっと心じゃ泣いてる。それをわかってて、見過ごす事なんてできないよ」

 見上げてくるヒトミの真っ直ぐな目。逸らしてしまいそうになる。けれど、ショウコは、逸らさず言った。

「言いたい事は、凄くわかるよ……。でも、委員長は係わってほしくないって言ったんでしょ? イジメの問題ってさ、その時だけの事で考えちゃダメなんだよ……。例えわたしたちが、先生に報告したり、陰口叩いてるクラスメイトに詰め寄ったりして今のイジメが鎮静化したとしてもだよ――大事おおごとになればなるほど、彼女の居場所がなくなってしまうかもしれない。それって今と全く変わらないよね」

「変わらなくない」

「変わらないのっ」

 断言したショウコ。揺れるヒトミ。

「なんで、なんでショコたんは、そうやって係わろうとしないの?」

「経験則」

「え?」

 思わずヒトミは息を呑んだ。その姿にショウコは瞑目すると、噛み締めるように口を曲げる。

「ヒトミが引っ越してくる前、小学校の終わりころかな……。わたしはイジメられてたし、イジメてた」

 ぽつりと出てきたショウコの過去に、ヒトミは動けなくなった。

 おもむろに瞼を開け、ショウコは続ける。

「ホント、今と似たような感じで、クラスメイトのひとりが陰口叩かれて、無視されて……。それが我慢できなくて、先生にこっそり告げ口した。これでイジメがなくなるだろうって……。でも、学校全部を巻きこむくらいの大事おおごとになって、学校みんなが知ることになって――イジメられてた子の居場所がなくなった……」

 ぎゅっとショウコの両手が、自らの体を締めつける。まるで――いや、苦しんでいるのは確かだろう。それでも続く言葉。

「それで、学校に来なくなって、誰にも言わず引っ越して……、今はどこで何をしてるのかもわからない。大事おおごとにさえしなければ、まだ、一緒にいれたかもしれないのに」

 くっとショウコの潤んだ目がヒトミを見た。

「だから……」

 押し殺すような声に、ヒトミは首を振る。

「だからって、ショコたん。それは違うと思う」

「どうして?」

「一緒にって意味が、もう、違うから」

「なにそれ……」

「もし、あたしがひとりだったら、イジメられてたら――全部滅茶苦茶にして、終わるだけだと思うけど。今はショコたんが居るだけで、乗り切れる気がする」

 その先の言葉に詰まった。それは、ショウコも同じ。返せない。

 僅かな沈黙。

 それをヒトミは首を振って押し流す。

「やっぱりひとりって辛いと思う。ただ、一緒の世界に居るだけじゃなくて、ホントに一緒に居るって思える友達が学校に居れば、御神楽さんの苦しみだって、軽減されるんじゃないかな? 形だけじゃなくて、一緒に笑えるだけで……」

 救われる。

 ドクン――ショウコの心臓が跳ねた。

 脳裏によぎる思い出――夕暮れの公園で野良犬に襲われた時の事だ。

 野良犬に追い回され、泣き出しそうになった自分を――当時まだ名も知らないヒトミが、野良犬ととっくみあいまでして助けてくれた時の事。

 野良犬がしっぽを巻いて公園から出て行った途端、確かヒトミは顔をぐしゃぐしゃにして泣き出し、ショウコに抱きついた。

『ごわがっだよぉー』

 そのせいもあって、隣に引っ越してきた時にすごく驚いたことを覚えている。

 そしてその後――

『ねえ、ヒトミちゃん見て。これ、わたしの宝物なんだけど』

『うわー、キレー。これって黒雲母?』

『黒曜石って言うらしいよ』

『へー』

『あげる。この前助けてくれたから、そのお礼』

『ええぇ、くれるの? でも、別にいいよ。だって、そんなつもりじゃなかったし、あたしたちはスイミーだから』

『スイミー? 魚の?』

『うん、スイミー。――国語の先生が言ってたんだけど、どんなに苦しいことでも、たくさんの友達がいれば乗り切れるんだって――だからさ、ショウコちゃんが困ってたら、絶対あたしが助けるから、もしあたしが困ってたら、ショウコちゃんも助けてね』

『うん。約束する。わたしたちはスイミーだもんね』

 過去を笑い、ショウコは穏やかに息を吐いた。

「まさか、ヒトミがそこまで考えてたなんて……、ね。――思ってもみなかった」

「なにそれ?」

 怪訝に口元を尖らせるヒトミへ、ショウコはおどけ、首を傾げた。

「でも、それなら賛成。味方が居るって見せれば、日和見してるクラスメイトも、それをやめるかもしれないし……。わたしたちでどこまでできるかわからないけどさ、やってみようか? 何が正解かってのはわかんないけど、動かないより、動くべきかもね」

「ショコたん……」

「まっ、もし、わたしたちふたりに矛先が向いたって、一緒なら……、痛くもかゆくもないわけだし――わたしたちは、スイミーだもんね」

「ショコたーん」

 ぶわっと込み上げる気持ち。それが堪え切れずヒトミはショウコへ抱きついた。

 そしてグリグリ頭を振る。

「うわっ、コラ、どさくさにまぎれて谷間に顔をうずめるなっ!」


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