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瞳に映るプレリュード  3



「あのー、ちょっと外出してきまーす」

 ナースステーションまで戻り、一応とヒトミは看護師たちに声をかけたのち、エレベーターに乗った。

 三十階建てなのだろう、エレベーターのボタンがそれだけ並ぶ中で、ヒトミは一階を選択すると、エレベーターが唸り、動き出した。ヒトミは壁にもたれかかり、くいと視線を上げる。

 扉の上部に表示されるオレンジ色の階数表示。エレベーターはとてもスムーズにそれを減らしていき――どこかの階でとまるでなく、真っ直ぐ一階にたどり着いた。

 チンと鳴り、扉が開く。と、エントランスホールのような場所に出た。外来の振り分けや、処方箋を発布するカウンターのある場所。普通ならばここが一番にぎわう場所であるはずなのに、しんと静まり返っている。

 おかしい。やっぱり、この病院おかしいよ。

 身震いする体を自ら抱きとめ、ヒトミはエレベーターから降りた。

 すると、静けさの理由がわかった。まあるいエントランスホールに設けられたまあるいソファ。そこで横になったり、座ったまま眠る人たちの姿。ヒトミからは見る事ができない受付カウンターの向こう側には、突っ伏したままの職員たちもいた。

 皆、眠っている。息はしていて、吐息の音が微かに耳へ届く。

 けれど、誰も起きて動こうとはしなかった。

 ざわ、と寒気立つ。不気味な光景だ。あり得ない光景だ。職員だけなら職務怠慢かと思う。けれど、来院患者たちもそろって寝ているとなると、これは、異常だ。

 横目で出口を目指していたヒトミは無意識に駆けだした。出口の自動ドアがゆっくり開くのが待てないと、こじ開けるように両手を添え、二枚のドアを抜ける。きっと外には生活音がある。そう思って。

 瞳孔がすぼみ、見えた病院の外にはタクシーやバスが乗りつけるロータリーがあった。客待ちのタクシーも何台か止まっている。けれど……、外もまた、沈黙の世界だった。

 タクシー運転手も運転席を倒し寝ている。バスは来ていない。出歩く人の姿もなかった。

 いくら春眠暁を覚えずだとしても、それは朝の話だし、コンビニへ買い物に行った時は少なからず出歩く人たちはいた。それなのに、今はいない。

 見上げた日差しは高く、ギラついている。それであるのに、これではまるでゴーストタウンだ。もしくは誰もいない異世界へ来てしまったように――街が、全てが、静まり返っていた。道路に並ぶ車を見つけ、中を覗き込んでもタクシーと同じ状態。ガラス張りのカフェレストランを覗いても、机に突っ伏して寝ている人たちばかり。

 それらに息を呑んでヒトミは、桜ケ丘――ショウコの家を目指す。

 午前中に牛乳を買ったコンビニの前を通り、桜ケ丘へと伸びる道を進んでいく。と、地獄階段が見えた。入口には一本の黄色いテープ。[立ち入り禁止、keep out]とエンドレスに書かれた立ち入り禁止のテープが張られていた。姉の話を思い出せば、警察が張ったのかと思う。

 ヒトミはその前で立ち止り、口元をへの字に曲げた。

 ここで自分は事故にあったのだろうか?

 まじまじと地獄階段を見据え、疑問を浮かべる。と、記憶にノイズが走った。

 ジジ――

 牛乳の入ったコンビニ袋を手に持って地獄階段を駆けのぼるヒトミ。

 ジジ――

 階段を踏み外し、転げ落ちそうになる。

 ジジ――

 けれど、魔法少女に助けられた。

「落ちて、ないじゃん。あたし……」

 魔法少女が夢じゃないなら、と一応補足をするが、自分に何も怪我がない事を考えれば、それが事実なのではないかと思う。

 そして、そのあとと思えば、やっぱりショウコの家に行っている。漫画を書いていたショウコの邪魔をして、魔法少女の話をした。そこで牛乳をどこかに忘れたとなって、地獄階段に戻った。

 ジジジジ――一際大きなノイズが走り、ブラックアウトした世界が見えた。その中で――

 何かの傍らで血を舐める、白い犬の姿。

 そこでハッと現実に戻る。まるで悪夢から目覚めたようにヒトミの動悸が激しかった。額に汗も浮かんでいる。掌が、ぬるっとした。

 なに、今の?

 見た事がある。けれど思い出したくない。そう心が言っているようだった。もうそれ以上、思い出せない。

 足元を見下ろせば、浮かんだ記憶と重なる。

「やっぱり、ここでなにかあったんだ……」

 と、視線を上げ、今度は地獄階段を見上げていく。すると、階段の中腹――それに至らない場所で揺れる白いふさふさの尻尾を見た。釘づけになり、ごくりと息を呑む。その音が届いたのか……、尻尾の持ち主である犬は尖った耳をピクリと反応させると、白くシャープな顔を上げ、階段下のヒトミを青い目で見据えた。

 あの犬って……。

 警鐘を早鐘で鳴らす心臓に、深呼吸。


 ――対処法を心得ているようですね――


 ふと声が聞こえたような気がした。耳からではなく、記憶から。

「シュバルツ!」

 思わず声が出た。それがあの白い犬の名前だと、言ってから思い出す。けれど白い犬は眉間をギュッと寄せ、吸い込まれるような青い目で睨み、ヒトミを見下ろした。

 しかしヒトミは構わず、立ち入り禁止テープに手をかけると身をくぐらせ、地獄階段を登り始める。手すりに手を添えながら――それでもできるだけ早く階段を登った。込み上げてくる思いが、犬と出会った時の記憶が、頭の中で跳ねまわり、遂にはそれが口を突く。

「ねぇシュバルツ。あたしどうしちゃったんだろ? あなたと出会ってから、世界が変なの。これって夢なの? それとも現実? ねえ、答えて」

 それでも白い犬は答えなかった。ただじっと、ヒトミの姿を観察するだけで、歩み寄りも、退きもしない。表情も、鋭いままだ。そしてヒトミと犬の視線が水平になった時、犬は一度瞑目し、見開くと、牙をむくように表情を曲げた。そして――

「なにトチ狂った事言ってやがる。何者なにもんだ、オメェ?」

 喋った。やっぱり。間違いない。けど……。

「え? 覚えてないの? あたしよ、あたし。寺沢ヒトミ」

 ほら会った事あるでしょ? と言うように、自分を指差すヒトミ。だが犬は首を振った。

「悪いが初耳だ。それに初見しょけんだろうが」

「嘘よ。だって、あたしあなたに合った事ある」

「なら犬違いだ。俺はシュバルツなんて名前じゃねェ」

「ううん。記憶はあいまいだけど、あなたの事は覚えてる。白い毛並みに青い目。間違いないよ」

 なにを言って……、と犬の顔に困惑が広がる。けれど……、しかし……と首を振り、犬はヒトミを見据えた。

「だとして、俺に何を求めてんだオメェは? 今オメェが感じている事が夢か現実かなんて俺に関係あるのかよ。誰かに示されなきゃ、夢と現実の区別もつかねェのか、ああ?」

「違う。わからないの。頭が混乱してて――魔法少女だとか、シュバルツとか、みんなが寝ちゃってる事とか……なにを信じていいのか、わからないの」

 切に言うヒトミの表情は必死だった。嘘はない。それに……、と巡らせた思考の結論に白い犬は前足をゆらりと前に挙げた。そして――

「わかった。――なら、手ェ出しな」

 触れるの? と疑問符を浮かべながら手を指し伸ばした時、一瞬、犬の前足から鋭い爪がきらめく。

「痛っ!」

 手の甲に走った痛みを抱えるように引き寄せ、見ると、三本走った傷跡から血が滲みだす。なにするのよ? と白い犬を睨むヒトミ。けれど、前足を地面に戻した白い犬は、すんと鼻を鳴らした。

「これでひとつわかっただろう。これは現実だ」

「じゃあ、みんなが寝てるのも?」

 ヒトミの問いに一拍置いた白い犬は表情を曲げ、もう一度前足を挙げる。

「なら、もう一回いっぺんひっかいてやろうか?」

 意地悪に上げられた語尾。その言葉に唇をとがらせながらヒトミは首を横に振った。

「いらないわよ」

 眉間を寄せたヒトミの顔を見て、白い犬は少し表情を緩めた。そして腰を上げると、くるり尻尾を揺らし、階段をぴょんと一段登る。

「ちょ、ちょっとどこ行くつもり? まだ聞きたい事がたくさん――」

「あるんだったら、ついてきな」

 振り返らずに言葉を被せた犬は、もう一段登った。

「教えてくれるの?」

「説明はしてやる」

「どういう事?」

 傾げ言ったヒトミに白い犬は一度振りかえり、含み笑うように口元を緩めたと思えば、すんと目を逸らし、地獄階段を一段飛ばし、二段飛ばしで登って行く。そして――

「俺を信じるってなら……、ついてきな」

 一瞥を残し、身軽に階段を登って行く白い犬の態度に呆けてしまったヒトミも、きゅっと口元を結び、手すりを掴み直す。

「ちょ、待ちなさいよ!」



       ☆



「待ってって……、言ってるのに……」

 さすが地獄階段。その名前は伊達じゃない。息まいて登ったヒトミの体力を気力と共にガッツリ奪い取った。けれども、なんとか犬の尻尾を見失わないようにと必死に登りきったそこには、区画整理がしっかりとされた碁盤目の道路を持つ住宅地――桜ケ丘が広がっている。未だ新しい家々と、中心を十字に走る桜並木が代名詞の場所で、昼間であっても、犬を連れて散歩する奥様たちの姿がちらほらあった場所なのに――下で見たゴーストタウンと変わらない。

 跳ねる心臓と、上下に動く肩。膝に手をあて屈みながら上目遣いに見た景色の中で、ヒトミは動くものを探す。と、桜並木を桜ケ丘の中心へ向かう白い犬が見えた。

「こんにゃろ」切れる息を無理矢理整え、ヒトミは乳酸のたまった足に鞭打ち走り出す。「めーっ!」

 木漏れ日の入る桜並木を抜けると、そこには中心に大きな桜の木を持つロータリー。円を描く道路の縁を腰高の茂みで囲う――例えるなら黒いアスファルトの海に浮かぶ小島のような場所に、白い犬は跳び込んで行く。

 ヒトミも負けじと、大地を踏みきった。

「待ちなさいってのっ――」

 予定では華麗に跳び越えるはずだった。が、ガサリと足が茂みに引っかかる。バランスを崩し、ぐるりと回る視界。「ひやぁ」と声を上げたヒトミとは反対に、白い尻尾を翻し、しなやかに振り返った犬は、どったんばったん着地する少女へ、半眼と溜め息を向けた。

「器用に転びやがって。どういう運動神経してんだ」

「うるさいわね……。あたしは体育会系じゃないんだから」

 ジャージについた芝生を払いながらよっこいしょと体を起こしたヒトミは、ペタンと座り直し、乱れた髪の毛を手櫛で直しながら、ゆっくり視線を上げて行く。と、そこでヒトミは息を呑んだ。ロータリーの主人である桜の木の下にいたのは白い犬だけではない。犬の左わきには黄金の目を持つ黒猫。そして、右わきには――ネコ科の中で、黒い縦縞と黄色い毛並みを持つ大型の動物。

「って、トラあ!?」

 驚きのあまり手櫛が止まる。そんなヒトミに集まっていた視線。僅かに時が止まった気がした。けれど、そんな事などお構いなしに、草食動物のようにつぶらな瞳をした虎が、首を傾げると、白い犬に顔を向けた。そして――

「ねぇ、この子は何者?」

 発せられたのは言葉。シュバルツと同じ喋る動物だ。緊張の欠片もない虎の声に、白い犬は目を閉じ、はっきりと言い放つ。

「魔法少女だ」

「え?」

 虎とヒトミの声が重なり、脇で黒猫が「ほう」と金色の目を細めた。そして虎が「そうなの?」とヒトミを見たと思えば、その大きな顔がぬうと近づく。

「君が極東支部|《エリア25》の魔法少女?」

 緊張感のない顔と声だとしても、虎は、虎だ。ヒトミは唇をぎゅっと閉じ、ぶるぶると首を横に振る。その姿に虎は、頭を持ちあげ犬を見た。

「違うみたいだよ」

 くりっとした虎の目に白い犬が映り、その口がにいと動く。

「違わないさ、これからの事を言えばな」

「背に腹は代えられん――つまりは、この嬢ちゃんを……、っちゅうわけか」

 と、鼻で笑いつつ関西地方のイントネーションで割って入ってきたのは黒猫だった。細い足でしなしなと歩き、立てた尻尾を揺らしながら舐めるような視線でヒトミを見上げた。と思えば、あからさまに肩を落とし溜め息をつく。

「にしても、こんな鈍臭いのに仕えやなあかんとは……、先が思いやられるで。もっとマシなんおらんかったんか?」

 疑問符と共に犬へ向いた黒猫の目。それに犬は口元を曲げる。

「極東支部の魔法少女と連絡が取れねェんだ。早急の代役が必要だろうが」

「それは言われんでもわかっとる。言うたやないか、背に腹は代えられんなって……。せやけどなぁ、もう少し、もう少しだけでもええで、ちゃんとしたんを見つけられんかったんかいな。どう見ても荷が勝ちすぎるんちゃうか?」

 黒猫の流し目がヒトミに向くと、その脇でリマがまばたいた。

「でもタンゴ。この子普通じゃないかも」

「あん?」

 なにがや? と言いたげに、黒猫のタンゴがリマに視線を流す。

「極端に魔力が抑えられてる。たぶん、魔力結界プロテクトの類だと思うけど、かなり強力な魔力制御が施されてるみたい」

「色は?」

「赤から黒って感じかな。それが……、たくさん」

 更に見ようと目を細めたリマを横目に、犬が噛み締めるように言う。

「正確に言えば二十七。へたすりゃ俺らより硬ェ」

 その言葉にタンゴは一度目を丸くし、真顔でヒトミを見下ろした。

「抑制目的の、鉄壁……、か。せやけど、天然ものやないんやろ」

「天然じゃねェかも知んねェが、二十七個を無意識で維持してんだ。内包魔力はピカイチだろうさ。――それに、少なからず極東支部の魔法少女とも繋がりがあるらしい」

「なんやて?」とタンゴの目がギュッと細くなる。

 それなら魔力がプロテクトされている意味も理解できる。「候補者……、いや、ウチの関係者の関係者やったら、決まりか……。しゃーないけど、リマも、ええな?」

「うん。異議なし」

 リマの了承を合図にタンゴと白い犬が見あわせ頷き、ヒトミを見据えた。そして、しばらくほったらかしにしていた少女に向け、犬が一歩踏み出す。

「寺沢、ヒトミ……だったな」

「うん……」

「俺らの話を聞いていて、だいたいわかると思うが。この世界を救うため、魔法少女になってもらいたい」

 飛び交う会話を小耳に、薄々は感じていたが、まさかと思う。

「嘘でしょ? 冗談」

「嘘じゃねェ」

「冗談も言わんわ」

「つまり……」

 白い犬とタンゴのテンポよい否定にヒトミはリマの方を見た。けれど虎もまた、首を横に振る。

「ボクたちは本気だよ」

「けど、何が何だかあたしには……」

 わからない、と動物たちの目を見れば、白い犬が顎を上げた。

「この世界はな、一般人では見る事すらできない同列平行の二層空間で成り立ってる。オメェはもう、こっち側に来ちまってんだ。世界を救う事の出来るこの世界にな」

「せやけど、肝心の魔法少女が行方不明でな。嬢ちゃん。ワシらを助ける思て、一度だけでええ、一緒に戦ってくれ」

 タンゴが付け足した言葉――それに合わせ、リマが頭を垂れた。

「君の事は絶対にボクたちが守るから、お願い」

「戦うって言われても、ピンとこないし。誰と戦えば……」

「災悪だ」

 端的に言った犬。けれど耳慣れない単語にヒトミはそのまま返した。

「サイアク?」

「せや。嬢ちゃんも街を見たやろ? ここら辺りを中心に人間から活力を奪いしくさっとる。つまり、この街をこんな風にした張本人――ワシらの敵や」

「って事は、それを倒せば世界は元に戻るの?」

 とヒトミが聞けば、犬が「ああ、何もかもが元通りだ」と、補足した。

 けれど、魔法少女と聞いて、いまいちピンとこない。確かに、なれるのならばなってみたいと思わなくはない。けれど、なぜそれが自分なのだろう?

 もっと主役に向いた人間は世界にたくさんいると思う。

 人生が漫画や小説の物語だとした場合、ヒトミは女生徒Aでいたいというスタンスだった。誰かを主人公にした物語を、そとから好奇の目で眺めるだけで、誰かの物語に積極的に介入したいとは思わない。

 それが、ここにきて自分が主人公だと言う。

 世界を救う魔法少女だと言う。

 差し伸べられた手を取りたいと思う反面、鼻で笑う自分がいた。

 世界のために必死になって戦う自分が想像できない。

 あたしには、やっぱり向かない……

「悪いんだけど他を――」

 と、ヒトミが言いかけた時、不意に携帯が震え、流れ出す軽快なアニメソングが、緊迫した空気と話の腰をへし折った。

「ショコたん?」

 着信気付いて、かけ直してくれたんだ。

 ポケットから携帯を取り出すヒトミ。鼻歌でも漏れだしそうな少女の表情に、白い犬は口を曲げる。

「誰だそいつは?」

「友達。だからちょっと待って」あっさりと会話を打ち払ったヒトミは携帯を耳に当てる。「もしもしショコたん?」

 話し始めたヒトミに、タンゴの顔が険しくなった。

「友達? 今の状態で動けるもんちゅうたら……」

「エリアによるけど……、この感じ、近いよ。間違いなく影響内」

 リマが言った。その意味を汲み取った犬が、結論を出す。

「つまり、魔法少女か、災悪に魅入られた人間……」

 見合わせて頷く白い犬。目で語り合った言葉は「この電話の先に敵がいる」。そして、彼らにまで届いた受話器からの悲鳴――

〈たすけて、助けてヒトミ!〉

「ちょ、ショコたん。ショコたん。どうしたの? 助けてってどこにいるの?」

 聞き返してもショウコの言葉は「助けて」を繰り返すばかり。それも、突然途切れた。たまらずヒトミは立ち上がる。ギュッと携帯を握り締め、周囲を見回した。

「行かなきゃ」

「どこへ行くつもりや」

 タンゴが見上げた。確かにと唇をかむヒトミ。目に映る焦りが強くなる。

「わかんない。わかんないけど、友達を助けに」

 胸元で握り締められた携帯電話――通話不能を示す機械音が繰り返し漏れだしてきている。それを見上げ、白い犬が一歩前に。

「さっき聞こえた声の主か……、なら、臭いで追ってやる」

「できるの? 音だよ。鼻で?」

 向き直り見下ろしたヒトミに犬は、ニヤリと笑う。

「俺の鼻は特別製だ。音じゃねェ、魔力を嗅ぎわけてやるさ。だがな――」

 と区切った犬の顔が鋭く研ぎ澄まされた。

「その代わりオメェに協力してやるんだ。一回こっきり、俺たちにも手を貸せ」

 災悪と戦う――

「魔法少女の件?」

「ああ」

「うん。わかった」

 頷き差し出した携帯電話。それをスンと嗅いだ犬は、黒い鼻を高く突き上げ目を閉じた。そして――刮目する。

「なら行くぜ、こっちだ」


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