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ガラスの向こうのエンドレスワルツ 6


 わたしたちの視点から見れば、少し時を遡る。

 そう――それは、暗闇に包まれた少女ショウコが、悪魔の差し出す甘美なさそいへと手を伸ばした時――その時まで……。

「それだけで、あなたは救われるわ。もう、過去に怯える事なんてない。完璧な存在へと生まれ変わるの」

 赤い目をした少女の言葉が、ショウコの胸を握り込む。

 イヤな過去をなかった事にできるなら……。

 それに押され、思わず手を重ねてしまいそうになる。

 が、脳裏にヒトミの泣き顔が過り、その手が胸へと戻った。

「どうしたの? ほら、イヤな過去を変えてしまいましょうよ」

 更にずいと伸ばされる腕。それにショウコは後ずさる。

「過去を変えたら、今のわたしはどうなるの? 変えちゃったらさ、今までの経験全てが、消えてなくなるってことよね?」

「そんな事、“今”気にする事じゃないわ。全てを思い通りにできるのだから、些細なことよ」

 些細……?

 ドクン。胸が跳ねた。

 瞬間的に過る初めて声をかわした時のヒトミ。夕暮れの公園で土ぼこりに塗れ、泥だらけになったヒトミ。膝小僧に血をにじませ泣きだしそうになるのを必死でこらえながら――こちらへ手を指し伸ばしてくる。

「それは――」

「些細ちゃうわなぁ」

 思わぬところで、違う声が足された。

 どこから聞こえてきたのかとショウコが身をよじれば、闇に浮かぶ金色の双眸。その眼はまるで猫の――いや、猫そのもののようだ。

「ワシらの存在は、確定した過去によって構築され、今がある。百歩譲って、“魔法で過去が変えられる”としてもや。その事で“今”そのものを失うことになる」

 ショウコの傍らで止まった言葉の下に、ぼわりと六芒星の魔法陣が浮かび上がれば、その光に照らされ、周囲の闇から黒い猫の輪郭が切り離された。

「これが、彼の大魔法使いパールズの残した結論や――それすら忘れてしもたんか?」

 不適に顎をあげた黒猫を見下ろし、赤目はまぶたを閉じて、見開く。すると瞳の色が、エメラルドグリーンに変わっていた。

「まさかここまで来て、あなたが出て来るとはね……、ホント、興ざめ」

「はっ、ワシがここで割って入らんでも、お前の悪趣味な勧誘に、面毒犀すら退けた嬢ちゃんが堕ちるかよ。出魔の姿を借りてまで練った計画かどうか知らんが、骨折り損のくたびれ儲けやったの……、ミシェル」

 名を呼ばれ、少女は肩をすくめて見せる。

「報告書によれば、退けたのはあちらの子かと思っていたけど――あなたが言うなら、そうなのよね。ホント、道理で手ごわい訳だわ」

 と、緑色の目が細くなった。

「けど、よくわたしを見抜けたわね。出魔のスタイルを完璧にコピーしたつもりだったけど? やっぱり、わかっちゃうのかな? わたしたちは同じだから……」

「ちゃうな、対極やからや。ワシのやりとーない事を、お前は平気でする。最悪を想定すれば、結果は同じや」

「なら、あなたの描いた最悪は、もう、答えに至ってるのかしら?」

 聞いて、クッと黒猫の喉が鳴った。それを呑みこみ、緩やかに吐き出す。

「半信半疑の仮定でしかないがな……。感覚的には確信に至る。……思い返せば、それらしい事はぎょーさんあった。が、決め手は出魔やの……。“フォシオロゴス”つこてまで隠しとった正体を、わざわざあいつらに明させたんは失敗や――何も知らん他の奴ならまだしも、ワシに言うたら誰が黒幕か口にしとるんと同じ――さすがのワシも運命呪たで」

 視線を逸らした黒猫を、じっと見詰めた緑色の目。それを瞬かせ、少女がひとつ息を吐く。

「まさか、あなたの口から、そんな言葉が出て来るだなんて……、思ってもみなかった。少しは丸くなったのかしら……? ラプラス」

「悪いが今は、タンゴや」

「そう、タンゴ。あなたの思っている事は、概ね正解よ。わたしが、あなたに出魔を仕向けた。相手になるとは思っていなかったけど、情報操作と時間稼ぎくらいには、ってね」

「しかし、それが仇んなったわけや……、それがなければ、ここに至る事もなかった」

「みたいね。運命って怖いわ」

「こう言うのは、因縁ちゅうんじゃ」

「同じよ」

「ちゃうな」

 タンゴとミシェルの双眸が、互いに睨みを見せた。

「で、今回のこれは、誰の意思や? お前か? それとも――」

「マジックインダストリが絡んでいるとでも? ホント、そこは相変わらずね。違うわ。これは、わたし自身の意思よ」

「貴様……」

「いい加減飽き飽きしたのよ。どうしてわたしが、恩義もない人間に仕えなくちゃいけないのかってね――そこにこの任務でしょ? ちょうどいい具合に、すさんだ場所を見つけたから、この状況を最大限に利用しようとしたまでのこと――今までのわたしなら、この任務中に失踪したとしても、死亡と判断されるでしょう?」

 緑色の目が、すっとショウコへ流れた。

「手土産にその子が手に入れば、パーフェクトだったんだけど……」

「たかが出魔相手に、お前が負けると誰が信じる?」

「そうね。出魔だけなら、あなたは信じないでしょうけど」

「まさか……」

「言ったでしょ? “ちょうどいい具合に”って――でもまあ、こうなっちゃってたらそれももう意味ないけど」

「貴様とちゃうなら、鏡面結界ここの主は誰や?」

 タンゴの唸るような声――それをミシェルは待っていましたと言わんばかりの微笑をたたえ、天を仰ぐと、ある戯曲の一説を軽やかに口ずさむ。

「Verweile doch! du bist so schön!」

 それは――

 ゲーテの描いた劇中において、悪魔に魂を捧げる文言。

 タンゴの顔が険しくなった。

 つまり――

泥者でいもん――そんなヤツまで利用して貴様はっ……。他にも方法はいくらでもあったやろうに」

「今それを口にした所で、何も変わらない。運命だものね」

「クソが、いつまでお前は、過去を引きずっとんや。ワシらのマスターはもうおらん」

「だからよ……。だからわたしは、わたしの道を行くことにしたの」

「災悪と言われ、悪魔と呼ばれ、マスターに背ぇ向けてもか?」

「向けているとは思わないわ。だって……、あの人が望んだ世界と、今の世界は程遠い。マジックインダストリがある限り、きっとこれからも変わらない。それを変えられるなら、わたしは何にだってなる」

 タンゴの脳裏に過る過去――

「だから、敵にまわるんか? またワシの前で敵になるんかっ!?」

「女々しいわね、タンゴ……。わたしたちはいつでもそうだったでしょ? マスターと言う依り代があってこそ、わたしたちは同じ目線になれた。けれど、今は別々の世界を見てる……。もし、もう一度あなたがわたしと同じ風景を望みたいなら拒みはしないわ――どうするラプラス? わたしと一緒に来る?」

 悪戯っぽく微笑を浮かべたミシェルに、タンゴは悔しげに牙を剥いた。

「アホか……、それをワシが自分で許せるわけがないやろ……」

「そう言うと思った。……けど、一応ね」

 言葉が途切れ、一時の無音。

 おどけて見せるミシェルと――半眼に顎を上げたタンゴ。

 そしてその静寂の中、タンゴは大きく頭を振ると、ミシェルとショウコの間へ歩み出た。

「ミシェル。戯言は、それで終いか?」

 静かな問い――

「ええ……」

 静かな答え――

 そして、導かれる結論に呼応し、互いは思いを魔法陣に乗せ描きあげる。

 ミシェルの手には、赤く燃える炎のような剣が構築され、静かに陽炎を生んだ。

 それを睨み――

「なら、せめてもの手向たむけや……、ワシがお前を――」

 ギリとタンゴの歯が鳴った。合わせて、両前足に青白い炎のような爪が伸びる。

「殺したるっ!!」

 ぐっと後ろ脚に力を込めたタンゴ。

 しかし――

「待って、猫ちゃん!」

 ショウコが叫んだ。持ちあげた前足を下ろしたタンゴは、振り返らずに言う。

「離れとれや嬢ちゃん。これはワシらの問題や。巻き込んでしもた事は詫びる。せやけど、それは後や。ワシはコイツを殺さなあかん!」

「違う。違うよ」

 ショウコの言葉に首を振ったのはタンゴではなく、ミシェルだった。

「違わないわよ。戸高ショウコ。これは、わたしとラプラスの問題――今となっては互いの存在意義そのもの」

「そんな寂しい事言わないでよ。さっきから聞いてて、少ししかわからなかったけど、ふたりは友達同士だったんでしょ? なんでもう一度、歩み寄ろうとはしないの?」

 ピクリと、ふたりの眉が上がった。

「友達、か……。そう思た事も――」とタンゴが零し。

「あったわね」ミシェルが補う。

「だったら……、殺しあうなんておかしいよ」

「それは違うで嬢ちゃん」

「ええ……。例えそうだとしても――」可愛さ余って、憎さ百倍――ミシェルが炎の剣を両手に構え、腰を落とした。「寄り添わないのが気に食わないし」

「寄り添えんのが、気に入らんっ!」

 タンゴの言葉が弾けた瞬間、ショウコの視界から青白い軌跡が流れる。それが赤とぶつかり、空へと舞いあがれば、打ち上げ花火のように、次々と魔法陣が空を彩った。

 赤と青、ふたつの軌跡はまるでそれらの魔法陣を目印に――夜空を舞台にした円舞を踊る流れ星のように尾を引いて、ぶつかり、弾けて――何度も何度も、火花を散らした。

 その光景はどんな夜空より輝き、華麗で、優美に見える。

 しかしその裏では、かつて友であった互いの命を狙う一撃が潜んでいる。

「ミシェエエエエールっ!」

「ラプラアアアアァーースっ!」

 互いの名を叫びながら、ぶつかる流星。一際大きく輝き、ショウコの目でも、ふたりのシルエットが見えた。

 切り結ぶ爪と剣。

 刃越しに睨みあうタンゴとミシェル。

 近接魔法の力は、やはり五分。

 だがっ!――

 タンゴがもう一方の爪で、薙ぎ払いにかかる。

 それをミシェルは首を引き、寸でかわした。

 ぐるり、慣性に引かれ、タンゴの体が無防備な背中を見せながら回る。

 ミシェルは切り結んでいた最初の爪を弾き、渾身――唐竹に刃を振り下ろす。

「終わりよ、ラプラス……」

 しかし、タンゴの爪は、まだあった。

 ぐるりと回った尻尾の先に、煌めく白炎――

「それはこっちのセリフやっ!」

「しまっ――」

 剣の動きが止められない。


 一閃――


 ミシェルの胴が、二分された――ように見えた。

 が、実際にタンゴが切り裂いたのは、ただの布切れ。いや、抜けがらか……。

 目を見張るタンゴ。

「変わり身やと?」

「その通り」

 聞こえたミシェルの声は、更に背後。

 かわせない。

 思考が過った途端、それごと吹き飛ばす衝撃が、タンゴの背中を打ち貫く。

「ぐはっ――」

 弾かれ揺れる意識。だが、それは途切らせない。

 痛みに堪え、足場になる魔法陣を展開する。

 が――

「そうは行かないわよ」

 背後からミシェルの声が聞こえたかと思うと、ドンともう一撃、タンゴの落下スピードが加速した。

「まさか……」

 首をひねり、タンゴが背中を見れば、大きく翼を広げたカラスが、タンゴの背中を押している。いや、よくよく見れば、カラスではない。黒地に白い羽をもつカササギ――その尾羽にクジャクの飾り羽をつけたような鳥――それが、ミシェル本来の姿。

「久しぶりに見せてあげるわ。わたしの呪われた力」

 そこまで言うと、ミシェルの嘴が、炎を纏う。そしてそれが体全てに広がりを見せ、ミシェル自身が燃え上がった。

 いや、違う。これこそ彼女の真骨頂――霊鳥フェニックス・火の鳥の系譜にありながら、黒羽を持つが故蔑まれてきた火唆詐欺かささぎの本性――

「因縁もろとも、極楽浄土へ送ってあげるっ!」

 火の鳥になったミシェルがタンゴを捉えた。炎がタンゴの体を焼く。

 だが、本当に恐ろしいのはここからだ。

 更なる加速――先程展開した足場の魔法陣を、砕き――今まで展開していた魔法陣すら巻き添えにして、ミシェルは加速する。

 やがてそれは、音を超える――もしここに大地がなければ、光に迫り、摩擦だけで消し炭にもできるのだろう――しかしタンゴとて、このまま黙って大地に打ち付けられる気などない。

 渾身の力を振り絞り、身をよじってミシェルから離れると、ソニックブームを障壁でかいくぐる。そして、足場の魔法陣を展開しては、割り――ボロボロになりながら、大地で二度跳ね、滑り、止まる。

 ここまで衝撃を緩和したが、さすがのタンゴでも、立ち上がれなかった。

 立ち上がろうと、足を踏ん張るが、力がすぐに抜け、憎らしい程の重力に縛られる。

「クソっタレ……」

 ボヤリと霞みがかった視界――

 遠くでは、こちらを狙い、地面すれすれを滑空してくるフェニックスの炎――

 衝撃波が、地面を削り、舞いあがらせて、迫る――

 このままでは――何もかもが終わる。

「ミ、シェル……」

 声が、漏れた……。

 だが、それだけだ。

 そう、それだけだった――

 しかし、タンゴの視界を覆う人影。

 火の鳥へ向かい、両手を広げる少女。

 それは、ショウコに間違いない。はずなのだが――

 タンゴの目には、かつてのマスターが――世界最高と謳われた、大魔法使いの後ろ姿があの時の記憶、そのままに見えた。

 胸に広がる安堵感――

「旦那ぁ……」

 言葉と共に、零れる涙――

 これが、最後だとしても――

 意識を失ったタンゴに、ミシェルが容赦なく迫る。しかしたじろぎを見せないショウコ。

 じっと火の鳥を見据え、動かない。

 その姿を、ミシェルがどう見たかなど、わからない。しかし――

 ショウコの前に特大の五芒星魔法陣が描かれると、それを舐め上げるように火の鳥は暗闇の空へと昇って行った。

 そして残された――

 沈黙と――

 静寂……。



       ☆



 いったいどれほどの時間が経ったのか――いや、そもそもこの世界に時間と言う概念があったのかわからないが――ミシェルの残した魔法陣が消えると、ショウコの足から力が抜けた。

「助、かった……」

 ペタンと尻もちをついたショウコの口から、ほっと一息が漏れる。

 しかし、すぐさま黒猫の事を思い出し、身をよじるように振り返った。

「猫ちゃん」

 見れば、タンゴの姿は酷い事になっていた。

 体毛は焼け、皮膚は炭化し、折れた骨が、覗いている。

「酷い怪我――」何かないかと、ショウコは周囲を見渡す。が、ここに何もない事など最初からわかっていた事だ。

 焦点がタンゴへ戻る。

 と――

 リン……。

 鈴のような音と共にショウコの視界へ、ふわり、空から羽根が舞い落ちてきた――虹色に輝く波紋を広げ、キラキラと瞬くそれはミシェルの尾羽――クジャクの飾り羽だった。

 暗闇で栄える輝きに、ショウコが目を奪われる中、まるでその羽根自体が意思を持っているかのごとく、横たわるタンゴへと触れれば、羽先から虹色に輝くルーンのみで構築されたリボン状の魔法陣が、タンゴへ巻きついていく。

 そして、タンゴを抱いたリボンが優しい光を放ち始めると、ルーンの向こう側でタンゴの傷が黒い粒子に変換され、ルーンリボンに吸われていった。

 みるみる癒やされていく傷――飛び出た骨は、光に削られつなぎ合わされ、炭化した皮膚は元の質感を取り戻し、体毛を纏う。

「凄い……」

 思わず零れたショウコの声。それに、タンゴはうめき、片目をうっすらと開けた。

「無事か……? 嬢ちゃん」

「うん。大丈夫」

「すまなんだな巻き込んでしもて……。ところでミシェルはどうなった?」

 タンゴの問いに、ショウコは首を横に振った。

「どこかに、行っちゃった」

「そうか……」

 そうか――と心中タンゴは噛み締めるように繰り返し、一度瞑目すると、目を見開き、体の感覚を確かめるようにゆっくりと立ち上がった。

「どうしたの? まだ動いちゃダメだよ」

「いや、もう大丈夫や」と、タンゴは頭上に浮かぶ飾り羽を見上げた。途端、タンゴの瞳に六芒星の魔法陣が映り込む――いや、空中に魔法陣は存在しない。なら、直接タンゴの両目に描かれたのだろう――その魔法陣から、思考そのものへ干渉する情報が、雪崩のように押し寄せ、ぷつりと過ぎ去る。

 それは、この結界の大まかな構成であり――

 それを下地にした、行動記録であり――

 僅かな、思い出だった……。

 ミシェル……。こんな物残して、何のつもりじゃ。

 いや、それより今は――

「ワシの事よか、助けに行かなあかんヤツがおる。火力でもあるワシが、ここでのんびりはしとられへん」

 そう聞いて、ショウコの脳裏に浮かぶ人物はただひとり――

「それって、もしかして……」

「寺沢ヒトミを知っとるな」

「もちろん――知ってる」

「その嬢ちゃんの脇にワシのツレがおるんや……、気負い屋でな、まっすぐでな、どーしょーもないくらい白いヤツが一匹――たぶん……、いや、きっとそいつは嬢ちゃんと一緒に、この学校に巣くう悪魔と戦っとる。ワシはな、そいつを助けにいかなあかん……」

 言いながらタンゴが地面を前足でたたく。と、足下に六芒星の魔法陣が描かれた。

「助けに……、って、その体じゃ無理だよ。ここがどこで、相手がどこにいるかもわからないのに……」

「だからって、お前はそこであきらめるか?」

 ドンと、タンゴの言葉がショウコの心を揺さぶる――

「ツレが戦っとるのに、見て見ぬふりができるか?」

 いや、ショウコの脳内でヒトミの言葉が蘇り、揺さぶっている。

 ――でもね。あたし、やっぱり見て見ぬふりはできないよ。御神楽さんは笑ってたけど……、きっと心じゃ泣いてる。それをわかってて、見過ごす事なんてできないよ――

「ワシはもう――二度と後悔を、しとーないんや」

 ――うん、スイミー。――国語の先生が言ってたんだけど、どんなに苦しいことでも、たくさんの友達がいれば乗り切れるんだって――

「無理かどうかは、やってみんとな……。運命はそうやって歩むもんや」

 ――だからさ……。

 ――ショコたん……。

 パッと、明るく思考が弾け、ヒトミの笑顔が過ぎった。

 俯いたショウコから、思いが零れ出る。

「ねえ……、猫ちゃん」

「なんや?」

 視線も向けずタンゴは、魔法陣の術式を構築していく――内容は空間転移。だが、ミシェルの残したログを辿ってみても、肝心の座標が、定着しない。あと少しでいい……、少しだけでいい……、空間を隔ててもなお、世界を超えてもなお、繋がっているラインが欲しい――

「わたしも、ついて行っていいかな?」

 すっと聞こえたショウコの声にタンゴの思考がとまった。定まらない座標を示すルーンが、当てもなく書き換わっていく。それを見下ろし、瞬き、ショウコへ細くした目を向けた。

「正気か? 下手すりゃさっきのワシよりエライ目ぇみるかもしれへんのやぞ」

 エライ目――それがどういった事を意味するのか、タンゴとミシェルとの戦闘を目の当たりにしているショウコならわかるはずだ。

 しかしショウコは、両拳を固め唇を結ぶと、ぽつり、口を動かす。

「ヒトミはさ……、おっちょこちょいで、すぐに泣いて、どうしようもないくらい純真で馬鹿だけど……、わたしの大切な友達なの――」

 だから……。

 だからさ――

 カッと見開かれたショウコの目。

「ヒトミが戦ってるなら、わたしも戦いたい。それが、昔交わしたふたりのやくそくだからっ!」

 ショウコの想いに、タンゴの髭が一際大きく震えた。

 それに目を見張り、言葉に詰まるタンゴ。しかし――と、内心頭を振ったところで、心の底からわき上がるような懐かしさに、口元が緩む。

 言葉だけでワシの髭をここまで揺らしたんは、嬢ちゃんでふたり目やの……。

 それに――

 強い輝きを双眸に宿したショウコの体から、タンゴにも見えるほど濃密な虹色の魔力が、湯気のごとく沸き立っていた。

 ええ、魔力しとる。

「わかった……。嬢ちゃん」いや――「戸高、ショウコやったな?」

「うん」

「お前の想い、ワシが受け止めたる」

 ショウコと視線を交錯させたまま――ダン、とタンゴが魔法陣をたたけば、定まらなかった座標が確定した。


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