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黒の魔王  作者: 菱影代理
第46章:レーベリア会戦
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第991話 レーベリア会戦・五百年目の思い

『敵性判断、脅威度、大。巡航形態ノーマルモード解除————戦闘形態デストロア起動』

 五百年前に、地獄を見た。

 その一言を呟いた後、暴君マクシミリアンは恐るべき変貌を遂げ……圧倒的な力でもって、ヴェーダ傭兵団を蹂躙した。

 残像を映して縦横無尽に駆け抜ける暴君に、ヴェーダの速さ自慢もあえなく追いつかれ、引き裂かれる。力自慢も真正面から叩き潰され、どれほど堅牢な守りを構えようとも、容易く貫かれた。

 そして当時のヴェーダ最強たる『唯天』マスラーヴァさえも、技を凌駕するパワーとスピードの暴力を前に屈する。偉大な師であり、郷の指導者であった男はしかし、大自然の脅威を前に人が無力であるかのように、ただ圧倒的な暴力に飲み込まれ、遺言一つ残す間もなく、その命をあえなく散らした。

 師は倒れ、仲間も死に絶え、されどただ一人の敵だけは堂々と立ち続けている。文字通りの全滅、完膚なきまでの敗北。

 これぞ正しく悪夢。抗いようのない絶望の光景の中で、少年ゾアは思った。

「ああ……なんて、強く、美しい……」

 思ってしまった。

 大切なモノ全て失った今この時、この瞬間に、そう思った。

 暴虐の限りを尽くす暴君の姿に、ゾアは焦がれてしまったのだ。

「――――いいや、違う。こんなのは、間違っている」

 羨望、憧憬、そんな感情を抱いたのはほんの一瞬のことだったろう。よく分からない内に途轍もない衝撃波で吹き飛ばされ、死体の山の中で意識を失う寸前。霞んだ朧げな視界の中で、師の最期を見届けた瞬間に、あまりのショックに思い浮かんだ気の迷いに違いない。

 運良く、大量の死体に紛れたせいで暴君の目を逃れ、ただ一人生き残ってしまった後、仲間達の亡骸を戦場で拾い集めている最中、ゾアは必死にそう自分に言い聞かせた。

 あんなおぞましい暴力になど、憧れるはずがない。あれこそ正しく、ヴェーダの教えに反する悪しき力。あのような力が蔓延る限り、太平の世は決して訪れない。

 強い力は教えを守ることで、始めて『正しき強さ』となるのだ。そうでなければ、それができなければ、人と魔物に何の違いもないのだから。

「本当に、そうだろうか……?」

 郷で生まれ育った自分にとって『正しき強さ』は疑う余地のない真実の教え。事実、それによってトリシエラの地に平穏が訪れたのだ。

『正しき強さ』を持つ自分達がいるから、戦の火種が起こることはない。醜い争いを、人同士がしなくてすむ。それによって、守るべき力なき人々が、笑顔で毎日を平穏無事に過ごすことができる。

 世界は、人の世は、そうであらねばならぬ。平和は何よりも尊いもの。その尊いモノを守るために、最強の力を正しく持ち続ける我らが必要なのだ。そして、そうあることがヴェーダ戦士の誇り。

「俺達は、強い……強い、はずだったんだ……」

 あまりにもあっけなく、暴君に敗れ去った。自分以外の仲間達、最強と信じて疑わなかったヴェーダの勇士達が、たった一人の邪悪を前に全く歯が立たなかったという事実が、これまで信じ、築き上げてきた強さに対する疑念を抱かせる。俺は、俺達は、本当に強いのかと。

 ゾアは一人だけ生き残り、おめおめと武仙郷へと帰る気には毛頭ならなかった。

 血濡れの戦場から仲間達の残った肉片を出来る限り集め、最低限の埋葬と弔いを済ませた後、ゾアはトリシエラには戻らず、南へ向かった。

 今の自分では、とても暴君マクシミリアンには太刀打ちできない。再び相対するならば、強くならねばならない。今よりもっと、師匠よりもさらに。

 聖アヴァロン王国の侵略から逃れるように、南へ向かってゾアは武者修行の旅へと出た。

 パルティア南部を縦断し、侵略によって草原が荒れたことで跳梁跋扈するようになった暴走賊という凶悪なケンタウロス集団を相手に、対騎兵戦闘を学んだ。

 次に訪れたアダマントリアでは、ドワーフ職人が生み出す大業物の威力と最新鋭の魔法武器を体験し、無限に続くと錯覚しそうな、狭く長い坑道での戦いを経験した。フレイムオークの軍勢と、溶岩の流れる活火山で戦った時の、身を焼き焦がすような熱さは今でも鮮烈に覚えている。

 それからヴァルナ森海へと渡り、多種多様な獣人戦士と渡り合った。モンスターと見紛う巨体を誇る種族は特に強力で、デカブツ相手の立ち回りを嫌でも覚えることとなった。

 そうして干からびるような渇きに苦しみながら、アトラス大砂漠を渡り、砂上の海賊団をぶちのめしながら、最果ての欲望都市、まだそう呼ばれる前の、迷宮都市カーラマーラへと辿り着いた。

 カーラマーラは大陸南の果てにある町だというのに、どこよりも熱気と活気に満ちていた。テメンニグル、という巨大な塔から、地下へと広がる超巨大ダンジョン。まるで底が見えてこない、けれど古代遺跡としての機能の大半が生きているという、未知と奇跡の大ダンジョンの攻略に冒険者たちは熱中していた。

 そしてその中に、ゾアもまた無名の冒険者の一人として飛び込んだ。

 腕に覚えのあるゾアはカーラマーラでめきめきと頭角を現し、最前線攻略組としてその名を馳せた。自分が発見した新エリアや新ボスモンスター、そしてより下の階層へ一番乗りしたこともある。

 気の合う仲間、頼れる仲間も出来た。自分の力で道を切り開いて進む冒険者生活は、自分の性に合っているとも思う。ここは生と死が紙一重の過酷な迷宮都市。今夜、酒を酌み交わした相手が、明日の朝にはダンジョンで死んでいることも珍しくない。

 けれど、夢と野望に満ちた大迷宮に大勢の人々が命を懸けて挑むこの町もまた、一つの平穏の形ではないかと思えた。

 そうだ、これでいい。これがいい。このまま、冒険者としてやっていくだけで十分ではないか――――そんなことを思っていた矢先、思わぬ知らせが届いた。

「『暴君鎧タイラント・マクシミリアン』が、討たれた……?」

 信じがたい情報だったが、いつかこうなる日が来るのもまた必定であったろう。

「誰だ、一体誰が、あの暴君を倒したというのだ……」

 最果ての地であるカーラマーラへと情報が届いたのは、年単位で遅れていた。そして、距離が離れるほど正確な情報も伝わらなくなる。

 ただ聖アヴァロン王国の無秩序な侵略を前に、周辺諸国が一致団結して包囲網を形成し……たった一人のワンマンアーミーに過ぎなかったアヴァロン軍は、あっけなく瓦解。そしてどれほどの強さを誇ろうとも、一人で万軍に囲まれて勝てるはずもない。

 誰か英雄的な人物が暴君を討ったとは聞かなかった。ただ最期の戦いの中で、間違いなく暴君こと聖アヴァロン王国第八代国王、マクシミリアン・ミア・アヴァロンの首級を取ったと内外へと喧伝され、大陸中部に平和が戻ったと代々的に広められた。

「そうか、あの暴君は、もういないのか……」

 マクシミリアン死す、と聞いてゾアの胸に去来した感情は、果たして。

 大陸を恐怖のどん底に陥れた暴君の死に安堵したか。これで散った仲間達も報われると。あるいは、

「……故郷へ、武仙郷へ、帰ろうと思う」

 ほどなくして、ゾアはそう冒険者仲間に打ち明けた。

 暴君から逃げ続け、この最果ての町で冒険の楽しさに逃避していたと、自らの弱さを悔いた。今、故郷へ戻らなければ、もう二度と帰ることができないような気もした。

「みんな、すまない。ありがとう」

 自由が信条の冒険者。大勢の仲間達から惜しむ声はあれど、ゾアを引き留めることはなかった。

 カーラマーラの歴史に名を刻む偉大な冒険者として数々の功績を残し、少年からすっかり青年へと成長を果たしたゾアは、故郷へ帰還するため再びの旅に出た。

 カーラマーラから見て、故郷たるトリシエラは北西側に位置する。よって帰り道は来た時とは違い、西回りで戻ることとした。

 竜騎士で有名な大砂漠の西にある国では、飛竜谷と呼ばれるワイバーンの名産地で、飛竜相手に空中戦の訓練をした。

 そこから先は、荒れた小国が乱立する地域が続いた。冒険者としても傭兵としても仕事には事欠かない場所だ。平穏とはほど遠い、いつ戦火に見舞われるか分からない危険地帯だが、常に燻る戦の臭いに、どこか懐かしさを覚えるような感覚だった。

 特にこれといった勢力に肩入れすることなく、ただ傭兵として路銀を稼ぐだけの道中。けれどゾアが味方をした方が常に勝利する、といつか聞いたことのあるような状況となり、名前だけが売れていった。

 その地域を抜ける頃には、金は幾らでも、と引き留める声が様々な国から上がったが、興味の欠片もなく、ゾアはただ自身の勝利だけを残して、何の未練もなくその地を通り過ぎて行った。

「黒竜が出る山って、本当なのか」

 紛争地帯を抜けて北上中、とても気になる噂を聞いた。曰く、その山には黒竜が住んでいると。

 そのため、豊かな土地が広がっているが、周辺の者は決してその山には近づかないという。

「……所詮、噂は噂だったか」

 ゾアは腕試しとしてこれ以上の相手はいないと見て、勇んで黒竜山へと赴いたが、どこを探してもドラゴンの影も形もない。

 ただ動物がのびのびと暮らしているだけの、至って平凡な長閑な山。ドラゴンどころか、大したモンスターの一匹も出てこなかった。

 すっかり肩透かしを食らった気分で歩き続ければ、ようやく、懐かしい景色が見えてきた。

「ああ、大いなる大河の流れよ……俺は、帰ってきたのだな」

 何年、あるいは何十年ぶり、だろうか。南大河を川船に揺られて渡っている時は、そんな感傷的な気持ちに浸っていたが、

「ヒャッハァ! ここは通さねぇぜぇ!!」

「おいおいおーい、どこの商人ですかー? 貯め込んでる! これは随分と貯め込んじゃってますねぇ!」

「ふはは、これは全て、我が軍が徴発させてもらう」

 現れたのは、ただの賊ではない。どこからどう見ても賊の類だが、彼らは曲がりなりにも軍を名乗っていた。

「俺はヴェーダ『十傑』ゾア! どこの軍かは知らぬが、かような狼藉、見過ごすワケにはいかん」

 すでにソレを名乗る資格などない、と思ってはいたものの、ゾアは咄嗟にそう口に出していた。真意はどうあれ、ヴェーダの仙位持ちを相手に、強気に出る者などこの地にはいない――――

「はぁ、ヴェーダぁ?」

「ぎゃははは、十傑だってよ!」

「マジかよ兄ちゃん、今時そんなの、ガキでも名乗らねぇぜ!!」

 ゾアの誇り高き名は、ただ賊共の嘲笑によって返される。

「どういう、ことだ……ヴェーダは、武仙郷は、どうなったぁっ!!」

 怒りのままに賊をぶちのめし、息も絶え絶えとなった奴を締め上げ、問いただす。

「ひっ、ぶぇ、ヴェーダ武仙郷は……もう、とっくに無くなっちまってるよぉ……」

 涙と鼻水でグシャグシャになりながら命乞い交じりに、賊はそう言った。

 そこまで聞いて、ゾアは自分の愚かさを悔いた。

 何故、どうして、そうなることに思い至らなかったのかと。

 あの時、仙位持ち全員、すなわち郷の総戦力を連れて戦いに赴いたことになる。それが全滅したのだ。ただ一人生き残った自分も、武者修行という名目で、逃げた。故郷へ帰るのが恐ろしくて。ただの逃避に過ぎなかった。

「はぁ……はぁ……そんな、郷は、天子様は……」

 全速力で故郷への道を戻る。

 そこへ近づくにつれて、あの頃の記憶が鮮やかに蘇って来る。何度も行き来した山道。魚竜を釣った湖。山のあちこちにある修行場。何もかもが懐かしい。

 聖なるトリシエラの山は、変わらず泰然とそこに聳え立っているが――――登った先には、何も残ってはいなかった。

「無い……何も無い……郷は、滅びたのか……」

 ヴェーダ武仙郷は、滅び去った。

 暴君マクシミリアンに敗れ、この地で最強を誇った戦力が失われた途端、あまりにもあっけなく太平の世は乱れた。

 武仙郷という抑止力を失い、トリシエラの地は再び終わりの見えない戦火が広まった。きっとこの場所における長い歴史の中で見れば、武仙郷のもたらした平和の時など、ほんの一瞬。瞬き一つする程度のモノであったろう。

 平穏。平和。太平。誰もが望むはずの事が、どれだけ脆く儚いモノであるか、ゾアはこの瞬間に真の意味で悟った。

「力がいる……」

 それを成すために必要なものは何か。

「正しき強さが」

 知っている。とうの昔から。

 そしてソレが、今の自分にあると信じて。

「我が師マスラーヴァよ、不遜を承知で、名乗らせていただきます――――これよりは、俺が『唯天』だ」

 そうして、ゾアの故郷を取り戻すための戦いが始まった。一度は心折れ、逃げ出したヴェーダの教えを胸に、立ち上がる。

「――――我こそは『唯天』ゾア! ヴェーダの意志を継ぐ者なり!!」

 最初は、ただの傭兵から始めた。

 近くで最も小さい、滅亡間近の弱小勢力に所属した。すでに失われて久しいヴェーダの武名に縋るような者など限られる。

 すっかり荒れ果て、空白地帯と化していた武仙郷の跡地を自ら根城として、常に弱い方へ味方をし、そして行き場のない者達を受け入れた。

 三年もすれば、ゾアのヴェーダは小国に匹敵するほどの勢力にまで拡大する。

「ようやく見つけた……貴女様が、今代の天子様にございます」

 トリシエラの戦地を飛び回り、ついに天子の末裔を発見。怪しい噂を頼りに寂れた娼館まで足を運べば、そこに彼女はいた。先代天子の孫娘。

 在りし日に見た幼い顔立ちはそこにない、けれど確かな面影を残す女性を、ゾアは決して見違えない。本物の天子の末裔を取り戻したことをもって、ゾアはそこで郷ではなく、国とすることを決めた。

 天子を頂く武の国、ヴェーダ法国が、トリシエラに覇を唱えたのだ。

 それから百年かけて、この地を平定した。今にして思えば、随分と遠回りしたと反省することしきり。ただの腕っぷししか取り柄のない小僧が、政治も統治も上手くできるはずもない。

 何度も反乱を起こされ、幾度も裏切者が出た。ゾアに屈するくらいならと、率先して他国の軍を引き入れた、どうしようもない愚か者も一人や二人では済まなかった。

 けれどその度に、力で制圧した。欲に駆られて襲い掛かってくる者など、『正しき強さ』でねじ伏せて見せる。ゾアの絶対的な力があったからこそ、法国は存続できた。

 ヴェーダの教えを授けたゾアの子や孫、そして無数の弟子達がトリシエラの全土に広まり、法国はようやく安定期を迎える。事ここに至れば、かつての武仙郷を超える繁栄と平和を、ヴェーダは手にしたのだ。

 これで師をようやく超えたと、自分で自分を認められるようになった。今や『唯天』ゾアの名は、再びこの地に太平の世を取り戻した英雄として語られている。

 ここが、かつての自分が目指した到達点。よくやった、思い残すことはもうない。百歳を超えてついに老いを感じ始め、ゾアは己の死期について考えた時――――

「忘れられるものか、あの強さを」

 今の自分は、暴君マクシミリアンに勝てるのか。

 ヴェーダ法国のために力を尽くしてきた百年間。もう忘れた、未練はないと、必死に思い込もうとしていたことに、気づかされる。本当は、片時も忘れたことなどなかったことに。

 無数の勝利を重ねてきた。その度に、あの暴君ならもっと圧倒的に、絶望的に、敵を殺し尽くしただろうと想像してしまう。

 トリシエラの英雄、ヴェーダの頂点、それがなんだ。今の自分がもう一度、仙位持ち全員を率いて、あの日のレーベリアに向かったならば、それで暴君を倒せるのかと。

「無理だ。及ばぬ、まだまだ遠く、及ばぬのだ、あの絶望的なまでの力に」

 このまま自ら勝ち取った平和のぬるま湯に浸かって、満足した気になって死にゆくか。

 いいや、ダメだ。そんな最期は受け入れられない。認められない。

 どうしようもなく忘れられないのだ。あの日見た暴君の強く、美しいと思ってしまった、強烈な羨望を。

「超えられなければ、死んでも死に切れん」

 ゾアは修行を決意した。

 老いに逆らい、更なる力を求めた修行は、百年続く。

 修行のために俗世を離れれば、その隙を突くように法国もまた荒れた。そして乱世に逆戻りしようとする時には、再び戻って引き締めを行う。

 世代を重ねて研鑽を重ねるヴェーダの戦士達だが、戻ってくるたびに新たな力を身に着けてくるゾアには、恐怖に近い畏敬の念を覚えた。その姿は正に、神の世界へと足を踏み入れた仙人が如く。

 そうして、今日まで過ごしてきた。法国では誰もが自分を生ける伝説、『唯天』と讃えられる。

 だが実際は、未練がましく生にしがみつき、もう二度と叶わぬだろう暴君への再挑戦を夢みて来た、哀れな老人。なんと醜い生き様か、自分でもとうに分かっている。

 齢五百を目前にして、鍛錬の果てにこの身に宿した『仙丹功』をもってしても、老いの限界を実感してしまう。全盛期の力を維持できるのは、もうあと十年もないだろう。

 自身の終わりを悟った時、奇跡が起こる。

「魔王クロノ……?」

 かつて自分が辿ったのと、同じような旅路を経た、人間の男。けれど最果ての地で興した帝国は、瞬く間に大陸を制していった。

 これが本物の英雄か。百年かけて、ようやく法国を築いただけの自分とは、器が違う。

 新時代の若い力に、嫉妬や羨望よりも安堵感を覚えていたが――――幸か不幸か、強者の情報には敏感な法国には、魔王クロノの詳細な情報が集まった。

 そして知る、魔王の纏う鎧は、かの暴君と同じものであることを。

「長生きとは、してみるものじゃな……」

 よもや再び、暴君鎧と相まみえる時が来るとは。

 それも五百年前とは違う。魔王クロノはあの狂気の鎧を纏っておきながら、暴君と化してはいない。異なる勢力を取り込み、見事に統率している先進的な軍組織。されど自ら最前線を行き、使徒という十字教最強の戦力への切り札ともなっている。

 この男は、最初から狂っているとしか思えなかった。暴君鎧を纏って、何故こうまで理性的でいられるのか。

 あれほどの力を、全てを絶望のどん底に突き落とし、全てを奪い、殺し尽くす。あの悪夢の力を手にしていながら、正気を保てる理由が理解できなかった。

「あのマクシミリアン王を上回る器、ということか……?」

 五百年前に見た最強を、さらに上回って再び、暴君鎧は世に現れた。

 この巡り合わせを、天上の神々に心から感謝を捧げる。

「我が生涯は、この一戦のために」

 ヴェーダ法国としては、最悪の選択を取ることとなる。十字教が広まれば、遠からず人間以外の種族が多いこの国は、必ずや敵対し、弾圧の対象とされるだろう。

 それでも五百年の人生をかけて、ようやく辿り着いた奇跡の一戦だ。逃す手はない。これだけは、どうしても、是が非でも。

 たとえこの選択が、ヴェーダの法に反するとしても――――譲れない。

 そうして望んだ、この一戦。全てを出しきる。出し惜しみなどするはずもない。

 夢のような一時だった。

 五百年前に焦がれた暴君は、あの頃と同じ姿で、それ以上の力を発揮し襲い掛かってきている。

 ああ、楽しい。なんと、戦うことの楽しいことか。何より、この領域まで至れた自分が誇らしい――――けれど、悲しいかな、ゾアは気づいてしまった。

「ああ、儂は……もう死ぬのか……」

 自分のこれまでの人生が瞬時に脳裏へ過って行ったような感覚を、ようやく自覚する。

 いつだったか、死の間際に人生を振り返るのは、最期の思い出に浸っているのではなく、今までの経験の中から活路を見出すための抵抗である、という説を唱える者がいた気がする。

 なるほど、ならば自分は五百年の記憶を総ざらいして、死中に活を求めている真っ最中ということか。


 ォオオオオオオオオオァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!


 目前に迫るのは、巨大な二刀を携え、魔獣の王が如き威容と迫力で以て迫り来る、魔王クロノの姿が。

 ああ、これだ、これこそ暴君鎧の力。技をねじ伏せる、圧倒的なパワーとスピード。

 結局、自分も師と同じく、これに屈するのか。

「いいや、まだだ……まだ儂の、俺のっ、戦いは終わっちゃいねぇっ!!」

 最後の『仙丹功』をふり絞る。次の一撃を放てば、もうこの肉体を維持できない。

 けれど、どの道追い込まれていることに変わりはない。最後の一撃に全てを賭ける。

 そして全てを賭けるに足る一撃は、まだ残っている。

「解錠、武仙宝具――――」

 空間魔法ディメンションから武器を取り出すのではない。これだけは、最初から携えていた。

 腰から下げた一振りの剣。師より授かった、初めての真剣。最初の相棒にして、五百年間を共にしてきた、最後の相棒でもある。

 解き放つのは、この剣に施していた封。

 最後に抜いたのはいつだったか。けれど鞘の中で錆つくことなく、この相棒は待ち続けていた。ただひたすらに、その刀身に魔力を蓄えながら。

 ヴェーダが誇る『唯天』ゾア、その最後の一撃に相応しい絶技を今、解き放つ。

「我流抜刀――――『天上天下』」

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[良い点] ゾアの行いは最悪だけど、それはそれとして好きになってしまった…いつも作者の手のひらで転がされている…! 届かない星を手に入れる為に全力を尽くすキャラは大好物なんだ…嫌いになれる訳が無い。 …
[良い点] ゾアめっちゃ好きな敵キャラだ いろいろ失敗し遠回りしてようやく見つけた自分の決して譲れない願いを叶える為に修行してきたとか敵でもかなり好感持てる この作品の強敵ってチート貰ったクソガキとか…
[良い点]  『唯天』ゾア最後の一撃!!  きっと、これが決まれば暴君鎧ごとクロノは真っ二つなんだろうけど…。    怨みや無念といったものを残して死にそうにはないけど、五百年来の相棒なら、その人生が…
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