第990話 レーベリア会戦・決闘者達
大遠征軍の敵陣中央へと飛び込んだ『暗黒騎士団』と『テンペスト』の混成突撃軍団を、満を持して出陣してきたネオ・アヴァロン軍の機甲騎士団が真っ向から迎え撃った。
無数の弾丸とエーテル光の飛び交う戦場は、機甲鎧を纏わぬ歩兵ではとても立ち入れない、破壊力と殺傷力が嵐と化して吹き荒れている。
暗黒騎士団長サリエル、テンペスト隊長エメリアを筆頭に、機甲騎士とはいえ次々と蹴散らされてしまう。
しかしネオ・アヴァロン軍もこれまで温存し続け、一切消耗がない万全の態勢でもって現れた。その数は明らかに暗黒騎士団を上回る機甲鎧の数である。神の名を叫んで恐れ知らずに攻撃を仕掛ける機甲騎士に、着実に暗黒騎士団も削れて行く。
そうして、白と黒の鋼鉄の遺骸が幾つも転がる中、この地獄のような戦場へと足を踏み入れる新たな者が現れた。
「やぁやぁ、我こそはヴェーダの『双極』なり!」
「騎士団長とお見受けする」
クロノに代わり最先鋒を行くサリエルの前に現れたのは、ヴェーダ傭兵団であった。
その名乗りと出で立ち、そして鋭い魔力の気配から、立ち塞がる二人はヴェーダの仙位第二位である『双極』の二人組だと瞬時に察する。
「暗黒騎士団長サリエル」
黒衣を翻し、サリエルも名乗りを上げる。
ここは勢いに任せて、飛び掛かってよい相手ではない。
「アンタが裏切者の使徒って奴かい。見たところ、命惜しさに寝返るようなタマにゃあ見えないがねぇ」
「止せ、詮索は無粋だぞ。決闘の場において必要なのは、ただ力のみであろう」
「はっは、違いねぇ。どうやらあちらさんも、ヤル気はあるようだしねぇ――――アスラ流拳士、『双極』ガオジエン!」
身の丈2メートルを超える巨躯は、筋骨隆々でありながらも、女性らしい起伏としなやかさを備えている。鮮やかな青い肌、獅子の鬣のような髪に、雄々しく突き立つ二本角。
青オーガの女傑は、巨大な黄金の籠手をガツンと鳴らして、その名を吠える。
「カルラ流剣士、『双極』シャニ」
静かに佇むのは、長身痩躯の剣士。白いヴェーダ法衣に映える、褐色の肌と長い黒髪に、金色の鋭い瞳を向ける姿は、まるで黒豹のよう……と思うのは、その頭に猫耳が生えているせいだけでは、決してないはずだ。
「二対一でいいですか?」
「バカ言ってんじゃあないよっ!」
「無論、正々堂々の勝負」
「――――ほう、ならば私が相手をしよう」
落雷が如き轟音と閃光を瞬かせて、この場に現れたのは二角獣に跨る重騎士の長。
「『テンペスト』隊長、エメリア・フリードリヒ・バルディエル」
愛用の巨大なハルバードを携えて、馬から降り立ったエメリアは堂々と名乗りを上げた。
「へぇ、その闘気、龍神の加護持ちかい……いいね、アンタと戦るのは面白そうだ」
ガオジエンは獰猛な笑みを浮かべ、自身と並ぶほどの長身を誇る女将軍へと向き直る。
「そうか、ならば俺が――――」
「おっと、ウチの団長はまだ後が控えているんだよね。だから、君の相手は僕が代わりにさせてもらうよ」
「……ファルキウス」
どこまでも爽やかな笑みを浮かべて、スパーダナンバーワンの剣闘士、ファルキウスがサリエルの前へと躍り出た。
「では、任せます」
「はい、どうぞお任せあれ、サリエル団長閣下」
サリエルは『アンチクロス』の一員として、第十三使徒ネロとの戦いにも備える必要がある。ただの機甲騎士相手くらいならば問題ないが、『双極』二人組を一人で相手するとれば、加護の力まで消耗しかねない。
「じゃあ、悪いけど僕の相手をしてもらうよ、ヴェーダのお偉いさん」
「いいや、構わぬ。凄腕の剣士との立ち合いこそ、望むところ」
戦場に似つかわしくない飄々とした態度のファルキウスだが、シャニはこの男がただの賑やかしでいるわけではないと瞬時に察した。
その『魅了』が宿るほど華麗な美貌に反して、片手剣と盾を構える姿には、一切の隙が無い堅実さを思わせる。天性の才能と加護だけでなく、血の滲む鍛錬を長く繰り返してきた確かな安定感がなければ、この佇まいにはならない。
恐らく、実力伯仲。戦場で決闘するに相応しい相手だと、一目で認めた。
「……」
そして決闘相手のいなくなったサリエルは、
「ふっふっふ、まさかこのような機会が巡って来るとは」
「おうよ姉ちゃん、こりゃあ成り上がるチャンスだぜ!」
「だが相手は帝国最強を担う一角。くれぐれも油断めされるな」
新手の三人組は、双剣を携えた眼鏡の女に、ハンマーと槍を持った巨漢が二人。
「暗黒騎士団長サリエル、このヴェーダ『四聖』が総力をもって相手をしてくれるっ!!」
「……三人しかいない」
思わず、サリエルは呟いた。
『四聖』は四人いるはずだ。三人だから『三柱』かと思ったが、違うらしい。
「ああっ姉ちゃん、ルルゥがいねぇよ!?」
「はぁああああーっ!? どこ行きやがったあのガキぃ!!」
「これだから外様は信用ならんのだ……」
どうやら四人勢ぞろいしているつもりのようだが、どこを見渡しても四人目のメンバーは見当たらなかった。
「三人でやりますか?」
「上等だ、あんな新参のガキになんか頼らなくたってぇ――――我ら三兄弟が、敵将の首級を上げてくれるわ!」
「おうよぉ!!」
「うむ!!」
三人のヤル気満々な台詞を聞き届け、今度は代わりがいないことを確認してから、サリエルは静かに槍を構えた。
「では、いつでもどうぞ――――」
ブースターを吹かし、勢いのまま白銀の機甲騎士を蹴り飛ばす。この身に纏った古代鎧『ケルベロス』は、ネオ・アヴァロンの機甲鎧よりも遥かに勝る出力と重量差がある。
軽々と蹴とばされた機甲騎士へ向けて、プリムは『サイクロン・アンチマテリアルライフル』のトリガーを引く。
一発必中。大口径の徹甲弾は装甲を容易く貫いてみせた。
「足りない……追いつけない……」
すでに倒した敵のカウントは、鎧の機能に任せている。
訓練と鎧の性能をフルに活かして、次々と敵機甲騎士を倒しているが、プリムの焦りは募る一方。所詮、自分の戦果など、サリエルの初手であった『烈光槍』による撃破数に届くかどうか、といったところでしかない。
『暗黒騎士団』と『テンペスト』、帝国軍の最精鋭というべき軍団を引きつれ、その最先鋒をサリエルは平然と駆け抜けていく。
その小さな背中が、プリムには遥か遠くに見えて仕方がない。
アレに追いつかなければ、愛される資格はない。この感情を、この欲望を覚えてからというもの、自分がその他大勢の人形として埋もれていくことに耐えられなくなった。
欲しい。欲しい。愛が欲しい。愛して欲しい。
あのジャングルの熱帯夜に、自分と同じ人形に過ぎない彼女は、特別になってしまった。ただ、加護を授かっただけでは足りない。当然だ、加護持ちなど帝国軍に幾らでもいる。それは何も特別な事ではないのだ。信じる者に力を貸し与えるのは、神として当然の権能なのだから。
『淫魔女王プリムヴェール』。リリィ、フィオナ、サリエル、彼女達のように戦闘に優れた加護の力ではない けれど何故か授かってしまったこの加護を、活かせるかどうかは自分次第――――そう分かってはいるが、少々の保有魔力量が上がった程度で、とてもこの戦場で目だった戦功を上げられるほどの大きな力には到底、至らない。
「プリムはもっと、ご主人様に――――」
「オラァッ!! 退けよぉ、ブリキ野郎共がぁっ!!」
その時、大きな衝撃波が付近で炸裂する。
上級攻撃魔法が炸裂したかのような威力に、友軍機である『黒金鬼』が吹き飛ばされていた。
爆風に煽られながらも、素早く態勢を整えなおし、プリムは銃口を爆心地へと素早く向けた。
「おっ、なんだよお前、量産機じゃねぇな。専用機たぁ、エースって奴か?」
噴煙の中から堂々と歩み出てきたのは、やはり白銀の鎧を纏った機甲騎士。
しかし、兜は被らずに傷の入った強面を丸出しにし、鎧も各部の装甲が少ない軽装タイプにカスタマイズされているのが一見して分かる。
専用機である『ケルベロス』を纏ったプリムと同様に、この男もまた特別な改造機を任されたエース級であると察せられた――――だが、それ以上にその顔には確かな見覚えがあった。
念のために、兜のディスプレイからカスタム機を纏った男の顔を検索してみれば、やはり、該当一件。間違いない、この男は、
「……『トバルカイン聖堂騎士団』、ガシュレー」
「テメぇ、何で知ってやがる。クロノの野郎に聞いたか?」
当然と言うべきか、これまでクロノと敵対した者は大半が死んでいる。あの使徒ですら、残っているのはアイとネロの二人だけ。
けれど、敬愛すべき主の戦歴と敵については、忠実な僕としては詳しく知らなければならない。リリィを通して編集されたクロノの戦いの記録と記憶は、パンデモニウムでデータベース化されており、通信可能状況である限りはリアルタイムで更新され続けている。
その中で必要な分だけ編集されたデータが、古代鎧にはインプットされており、『ハウンド』を任されるような精鋭ホムンクルスは全員、しっかりとこのデータを読み込んでいる。
そして今、目の前にいるこのガシュレーという男は、実に二度もクロノと戦っておきながら、生き残った猛者である。
「殺してやる」
目の前が真っ赤になるような怒りを覚える。
ガシュレーと初めて戦った時は、まだいい。クロノに敵わないことを早々に察したことで、始めから逃げるために目くらましのような戦いを挑んだだけに終わっている。
しかし二度目、カーラマーラの隠れ十字教勢力であるトバルカイン聖堂騎士団の一人として、遺産相続レースの折に敵対した時――――記憶を失い、足手まとい二人を庇ったせいで、クロノは手酷い傷を負った。
結局、『首断』の力を取り戻したことで、自ら勝利をもぎ取ったクロノであったが……あんなに傷ついた主の姿は、耐え難い。そしてそれ以上に、主を傷つけた者は、許し難い。
「おいおい、俺ら初対面だろうが。そんなに恨まれる覚えはねぇんだが――――」
ズドォン!
と重苦しい発砲音を轟かせ、『サイクロン・アンチマテリアルライフル』が火を噴く。
その射線から悠々と体を傾げて避けたガシュレーは、猛獣のような笑みを浮かべて吠える。
「――――戦場で殺し合いすんのは、当然のことだよなぁ!!」
「うーん、進行速度が落ちてきましたね」
追加の防御魔法を戦場に展開させながら、フィオナはシロの上でそう呟いた。
本来の主ではない者を乗せているせいで、天馬のシロは酷く不機嫌だが、それでも言いつけ通りにこの魔女を乗せて隊列の中央を歩んでいる。
ただの歩兵軍団である前衛を容易く蹴散らして突っ込んだは良かったが、敵も機甲騎士団を繰り出してきたことで、戦力は拮抗しつつある。こちらも負けてはいない、むしろ押し続けてはいるのだが、明らかに敵陣を進む速度は落ちていた。
これで足が止まってしまうようでは、敵中で包囲されて全滅の窮地に陥るが、今のところそこまで心配する必要はなさそうだとフィオナは判断した。
「あっちは、あともう少しといったところでしょうか」
ちらと後ろを振り向き見れば、粘り強く抵抗を続ける機甲巨兵『グリゴール』へと、畳みかける黒竜軍団の様子が窺える。
激しい戦闘の結果、力を使い果たした黒竜が続出。死者こそ抑えているものの、その戦力は当初の半分近くまで落ち込んでいる。やはり黒竜は強力だが、燃費が悪い。早々に替えも効かない貴重なユニットである。
黒竜を殺すには至らずとも、その力を消耗させて実質的に戦闘不能にまで追い込めるグリゴールは非常に厄介な存在だ。しかし、この戦場においてはもう間もなく駆逐される運命にある。
ひとまずグリゴール軍団が沈黙すれば、半分とはいえ残りの黒竜も大遠征軍の陣地への攻勢に移る。これから自分達が包囲されようとも、さらにその後ろから黒竜が攻め立てるならば、少なくとも後ろの道は安泰だ。
無論、ここで退く気など毛頭ないが、
「そろそろ私も、攻撃に参加した方が良いですか?」
「いえ、フィオナ様はそのまま、現状維持で結構です」
攻撃魔法を撃ちたそうに長杖を振り振りしているフィオナに制止の声をかけるのは、サリエル団長より厳重に魔女のお守り、もとい護衛を命じられた暗黒騎士セリスであった。
ただ面倒な役割を押し付けられた、というワケでは断じてない。フィオナは大規模な防御魔法で敵の包囲を牽制するのと同じく、セリスもまた『重力結界』で敵を足止めするのが主な役割となっている。つまり、今回は後衛を任せされているのであった。
「はぁ、そうですか」
「ええ、焦る必要はありません。現在の戦況は、概ね予定通りに推移していますので」
「まぁ、私達だけ本陣に辿り着いても、仕方ないですしね」
重要なのは、クロノと歩調を合わせること。
本来ならばクロノを含めてこの軍団がネロを倒すための最先鋒となるはずだったのだが……急遽、第一突撃大隊の方へとクロノが向かったため、こちらの方が進撃速度を合わせる必要があった。
理想的な展開としては、クロノと自分達がほぼ同時に敵本陣へと辿り着き、ネロが出張って来る時には出来る限りの『アンチクロス』を集結させておくことだ。
「リリィさんの方は……ギリギリといったところですね」
「敵も黒竜と同等のドラゴンを繰り出したようですから、空は想定以上に苦しい戦いを強いられているでしょう」
「仕方ありません、空を抑えてくれるだけで十分ですよ」
本来なら黒竜と天空戦艦による圧倒的な空中戦力で制空権を確保し、敵陣を蹂躙する手筈であった。だがネオ・アヴァロン軍の秘密兵器とも言える、黒竜と同じ戦竜機が登場したことで、完全に拮抗勝負へと持ち込まれてしまった。
万が一にもリリィが負けることはないと信じているが、今すぐ空中からの支援を期待するのは無理があるとフィオナも割り切っている。
「敵はついにヴェーダ傭兵団まで出張ってきたようですから。ここさえ突破すれば、後はもう本陣まで我々を食い止められる戦力はないでしょう」
「しかし、クロノさんの方は――――」
どうなっているのか、と思った矢先に、戦場に強烈な魔力の気配が吹き荒れる。
一つは全く馴染みのない気配。まるで使徒のような圧力だが、使徒ではない。大国にならば一人いるかどうかという、使徒並みの力を誇る英雄だ。
そして、その英雄と相対しているのは、クロノに違いない。
「どうやら『戦闘形態』を使ったようですね」
最も馴染み深い黒色魔力の気配。だが普段のものとは微妙に質が異なっているのは、『暴君の鎧』の力を解放したからに他ならない。
戦闘形態は危険だが、それでも魔王の加護を行使するのに匹敵するほどの性能がある。
相手が使徒並みの英雄ならば、これを使うのもやむ得ないと行ったところ。そして、戦闘形態を起動させた以上、
「やはりこちらも、急ぎましょうか。決着は、すぐにでもつきますから」