第988話 レーベリア会戦・戦闘形態
「お前がヴェーダの首領、『唯天』ゾアか」
「如何にも。魔王クロノ、その首を貰いに来た」
平然とそう言い放つゾアに、気負いのようなものはまるで感じない。どこまでも自然体で、まるで散歩中に顔見知りに会って挨拶するかのような雰囲気である。
嫌な感じだ。戦場のど真ん中でこうもリラックスしていられる態度は、尋常な精神性じゃない。伊達に武勇で鳴らす国のトップに座っちゃいないってことか。
「十字教の脅威については、さっき話した通りだ。ヴェーダ法国が、帝国と敵対するメリットは何一つないはずだ」
「主義、思想、信仰、野心……戦の理由など、後でも先でも幾らでも出て来よう。戦を起こすに理屈はいらぬ。力持つ者の胸先三寸で、如何様にも――――白き神のためにと十字の奴らは戦い、それからパンドラを守るとお主は戦う。そしてこの儂は、お主と戦うためだけに、ここへと参ったのだ」
所詮、正義など各々が勝手に掲げる後付けの理屈と言いたいのか。それもまた一理はあるだろう。パンドラを守るのが俺の正義なら、これを征服するのは十字教の正義だ。
そしてゾアは、正義か個人の欲かは知らないが、戦うに足る理由を持って来たという。
ならば、説得は無意味。ハナから退く気は一切ないようだ。
「残念だ。ヴェーダの『唯天』ゾアが、俺の首を狙っているという噂は、事実だったようだな」
「うむ、ヴェーダがネロの小僧なんぞについたのは、ただそれだけが理由じゃ」
「何故、俺の首を狙う? 俺を殺して、魔王を名乗りたいのか」
今回ばかりはマジでヴェーダ法国と揉める理由に心当たりは一切ない。知らない内に、このゾアの身内を殺した、ってこともないはずだ。
だから十字教でもないのに俺と敵対する理由は、我こそ魔王、と野心を掲げているパターンくらいしか推測できない。しかし、この老人がかつてのゼノンガルトのように、強烈な野心を抱いているようにも見えなかった。
「ふむ、そうさな、言葉が通じるならば、理由を語って聞かせるくらいはよかろう。何せ五百年も昔のこと、今も生き残っている当事者などこの儂と――――貴様だけじゃ、のう『暴君鎧』よ」
「まさか、お前……」
因縁があるのは、俺じゃない。ゾアが見ているのは、俺が装着している『暴君の鎧』の方だ。
「まぁ、貴様の方は覚えておらぬかもしれんがな。戦場で震えていた、無力な小僧のことなぞは」
「マジかよミリア……この爺さん、現役の頃のお前と戦ったらしいぞ。覚えはあるか?」
『ストレージ検索中――――戦闘記録、該当一件』
兜の中で小声で囁きかければ、ミリアが律儀に反応して機体データを検索してくれた。
数秒の後にディスプレイに表示されたのは、五百年前のレーベリア平原。変わらず広大な青々とした草原のど真ん中は、血みどろの地獄と化している。
兵士の死体の山の上で見下ろす視界には、当時のヴェーダ傭兵と思われる面々が。その中に、耳の尖った少年がいる。
目の前に立つ老人とその少年とは、見比べたところで同一人物とは思えないほど歳の差が開きすぎている。
『魔力反応、一致。同一人物』
「……信じられないな、本当に五百年前、この場所でミリアと戦ったのか」
「ほっほっほ、なんじゃあ意外と物覚えがいいようだ。ああ、嬉しいのう、あんな雑魚のことなど五百年も覚えてくれているとは……」
しみじみと言うゾア。本当に嬉しそうに震わせているその身から、濃密な戦意が漏れ出す。
「そんなに昔の因縁を、果たしに来たというのか」
「ああ、そうじゃ。昔々、遥か昔の因縁よ。忘れようとしたこともあった。使命に、ヴェーダの法に尽くすべきと、思い込もうとした時もあった――――だが、無理だった。この五百年、ずっと、ずうっとじゃ。寝ても覚めても、暴君の悪夢から逃れることはできなんだ」
五百年。ベルが目覚めるよりも、もっと前。いまだ暗黒時代の只中から、こんな因縁が続いているとは。
道理で心当たりなどないワケだ。
この因縁は俺ではなく、ミリアが、かつて大陸を恐怖に陥れた暴君として君臨していた頃に刻まれたモノ。単なる歴史の一ページになるだけのはずだが、当の本人が生きて恨んでいるならば、どうしようもない。
「この耄碌した身であっても、いまだ忘れえぬ恐怖と屈辱……五百年目の今日この日、晴らさせてもらおうぞ、忌々しい暴君よ」
「なるほど、こうも長く恨まれていたようでは、言葉での説得なんて何の意味もないな」
なにせ五百年モノの因縁だ。こんなモン引っ提げて現れられたら、もう血を流すより他に解決策はない。
まったく、ふざけんな。このジジイ自身が呪いみたいなもんじゃないか。呪いの武器より生身の人が長生きして襲い掛かってくるとは、とんでもない因縁がついていたモノだ。
「だが、お前を恨みはしないさ、ミリア」
この『暴君の鎧』は呪いの武具だ。呪われるに足る罪がある。
五百年前、コイツは大陸でとんでもない殺戮を繰り広げた。何故、戦わなければならないのか、その理由さえ忘れたまま。ミリアという一人の少女の肉体が、エーテルに溶けて消え去っても、止まることなく戦い続けた最悪の古代鎧である。
だが、そんなお前を俺は受け入れた。この鎧に残された、ミリア、お前の意志ごと俺は受け継いだのだ。そうでなければ、この鎧を纏う資格はない。
「今まで世話になったんだ。そしてこれからも、魔王の鎧としてお前を手放すつもりはない」
『暴君の鎧』の主として、この因縁は俺が斬り捨てよう。
「――――『唯天』ゾア、この『暴君の鎧』は俺のモノだ。如何なる理由があろうと、譲る気は無い。決して許せぬ因縁があるならば、この魔王クロノが一騎討ちで相手をしてやろう」
「ふっ、ははは……お前のような男が、暴君鎧の主になるとは、なんたる僥倖。かつての恨み、存分に晴らさせてもらおうぞ!」
その瞬間、使徒を思わせるほどの濃密な魔力がゾアから解き放たれる。恐ろしいほどの練度で練り上げられた魔力、そして生命力が入り混じった淡い緑色に輝くオーラが爆発的に迸った。
オーラの勢いのままに、ゾアの纏っていた羽織も法衣も吹き飛ぶ。細く引き締まった上半身が露わとなったが、なんだ、目の錯覚か。今、体がデカくなったような――――いや、気のせいじゃない、マジでデカくなってるぞ!?
「呼ぉおおお――――アスラ源流奥義『仙丹功』」
それは老い衰えた肉体が、生命力を吹き込まれ最盛期に戻っていくかのような現象であった。
身に纏う魔力と生命力の混合オーラは、さらに濃密に圧縮された状態で全身の血管を巡っている。そしてそれが体の隅々にまで行き渡ると、ゾアの肉体にさらなる筋肉と骨格を拡大させた。
リリィの変身に近い原理なのかもしれない。今や『暴君の鎧』を纏った俺よりも頭一つ大きい巨躯と化したゾアは、爛々と輝く緑の目で見下ろす。
そして指先まで一部の隙もなくオーラに包まれた大きな掌が、虚空を掴むように伸ばされると、
「解錠、武仙宝具――――『天獄牙戟』」
その手に握る長柄の刃は、いや、牙からゾっとするほどの気配を感じる。おぞましくも、どこか馴染み深いその感覚は間違いない……『悪食』だ。
美しい朱塗りに金装飾の柄とは裏腹に、ハルバードのように穂先と月牙に別れた刃は、荒々しくも研ぎ澄まされている。
獲物を前に伏せて待っているように、牙の刃は静かに輝いているだけに見えるが、そこには緑の混合オーラたる『仙丹功』が流し込まれている。魔力を喰わせて、しっかりと制御しきっているのだ。
なるほど、『悪食』使いは俺だけではないということか。
「さて、準備はいいか、魔王よ」
力を解放し、武器を握ったゾアは、ただ一言を発するだけで凄まじい圧力だ。
これが『唯天』。武の国ヴェーダで、五百年間の長きに渡り頂点に君臨し続けた絶対王者。
ただ神から授かった力を振るうだけの、ミサやマリアベルとは違う。絶大な力を宿しながら、それを扱う達人の技量を併せ持つ。この感覚は、ガラハド戦争で第七使徒サリエルを前にした時と同じ。
ちくしょう、ネロの前にこんな奴を相手にしなくてはならないとは。一騎討ちを申し出たのは軽率だったか。いや、多対一で相手したとしても犠牲が増えるだけ。そもそも向こうだって一人で出張ってきたワケじゃないからな。
こんな怪物ジジイが率いる軍団と大乱戦なんて、どれだけ被害が出るか分かったもんじゃない。だから、これでいい。
「ネロを相手にするまで取っておきたかったが、そうも言ってられないな。『唯天』ゾア、この力はお前の相手をするのに相応しい」
使徒並みの相手。ならば、俺も切り札を一枚切るとしよう。
「――――『暴君の鎧』、戦闘形態起動」
俺が初めてその存在を知ったのは、ラグナ公国に何度目かの来訪をした時のことだ。ハイデンベルグ基地の指令室でパルティア戦略について話し合っていた折に、黒竜大公ヴィンセントが、ふと思い出したように口にした。
「時に、陛下が着ておられる鎧は、RXシリーズではございませんか?」
「RXと呼ぶってことは、製造された時のコイツを知っているのか」
パンドラ大陸においては、呪いの鎧である『暴君の鎧』として有名だ。強力な性能を誇る古代鎧という事までは知っていても、その正式な型番を知るのは、恐らく装着者のみ。
そしてこの鎧を着て正気を保てる者はいなかったので、型番など誰も知る由もないはずだったが、古代からの生き証人ならば話は別であろう。
「ええ、機甲鎧、今で言う古代鎧と呼ばれる兵装は帝国が滅びる最後まで現役でしたからな。しかし、その中でもRXシリーズは……扱うには、少々危険な代物かと」
「もしかして、昔から呪われた鎧だったのか?」
「いえ、その……RXシリーズは、特攻兵器として設計されたものなのです」
えっ、マジで、もう着るの止めようかな――――つい本気でそう思ってしまった瞬間、影の中から凄まじい圧力を感じた。
はは、ウソウソ、この魔王がそんなことでビビって装備止めるワケないじゃん。ミリア、お前はずっと俺の相棒だからよ……ごめん、でも日本人なら特攻兵器と言われたらビビっちゃうんだ……
「聞くところによれば、陛下がお使いになる際は巡航形態のみに留めているようですので。その状態だけならば、安全でございましょう」
「ノーマルモードってことは、特攻形態があるのか」
「それと分かっていて、ご使用を控えていたのでは?」
「……知らなかった」
だってミリアが教えてくれなかったし!!
いやでも、本当に心当たりがない。この鎧を初めて着用した時を筆頭に、『暴君の鎧』からは呪いの記憶をそれなりに垣間見てきている。
その戦いぶりの中では、特に形態変化のようなものは無かったはずなのだが……
「ご主人様」
と、ヒツギが影の中からコソっと呼んでくる。
「なんだ、ヒツギは心当たりあったのか?」
「恥ずかしかったそうですよ」
「はい?」
「戦闘形態を見せるのは、恥ずかしかったのだそうです」
「なんだソレ……」
恥ずかしいって、装甲パージして裸にでもなるってのか? 俺はこの際、強くなるなら全裸になるくらいしょうがないか、と割り切れるが……いやしかし、ミリアは当時からして女バレは一切無かったらしいし、姿が露わになるような事は無いだろう。
「そんなに恥ずかしい姿になるっていうのか?」
「もう、これは乙女心ですよ、ご主人様!」
「お、おう」
乙女心と言われたら、黙るしかないな。つまり男には理解できないってことだ。
「陛下、恐れながら、巡航形態を解除するのはお止めになった方がよろしいでしょう」
「やはり、危険か」
「無論でございます。何より、RXシリーズはただの特攻用機甲鎧ではありません――――この鎧は帝国軍にて、我々『戦竜機』の対立候補として計画された、決戦兵器なのです」
龍災の脅威に見舞われた当時の帝国は、危機的状況だからこそ一枚岩ではいられなかった。襲い来る龍へ対抗するための計画も、軍内部では方針の違いで大荒れに荒れていた模様。
龍に対抗できる新兵器を作るにしても、限りあるリソースをどう割り振るかという問題になってくる。
「我ら黒竜とて、当時としても問題視された存在ではありましたが」
強引に魔王の加護を求めて、それらしき力の一旦を宿すことに成功した者をパイロットとし、その命を燃やして黒竜という強力な乗機を操るのだ。ただ操縦するだけでは済まない、黒竜も半ば特攻兵器のようなものである。
「しかしRXシリーズは、完全に装着者の命を使い捨てとする本物の特攻兵器。特に、黒竜計画を阻止すべく開発された試作機は、大勢の兵士を実験体として犠牲にした、忌まわしき呪われた鎧――――流石に危険過ぎると、秘密裡に処分されたようですが、結局、そのデータを利用して作られた少量のRXシリーズが戦場に投入されることとなりました」
戦竜機にコンペでこそ負けたが、使える分の資材は投入して少数生産はされたということだ。
そして数こそ少ないものの、高性能な特攻兵器として戦果は上げたが……黒竜の軍団を揃えても、帝国は滅びたのだ。万にも満たない機甲鎧が特攻したところで、勝敗には何の影響も与えられなかったことだろう。
「RXシリーズは機甲鎧として当時としても破格の性能であることは事実。ただの鎧を纏うよりも、よほど強力な武具となりましょう」
「特攻兵器なのに高性能なのか。普通、安く使い捨てにできる自爆機体になると思うんだが」
「龍災で最も広く被害を及ぼしたのは、地平線を埋めつくすほどの大群を率いるタイプでした」
「なるほど、親玉の龍に打撃を与えるためには、雑魚を蹴散らす力がいると」
ただ自爆させるだけなら、ミサイルで十分。龍災に対抗するための特攻兵器には、大将に迫るための強さが最低限求められるということか。
そうなると、通常兵器は露払いが役割で、黒竜のような決戦兵器に後を託す、というのが当時の戦争の基本戦法って感じだな。龍にトドメを刺せるなら、黒竜でも特攻鎧でもいいわけだ。
「なら、巡航形態は大群を蹴散らすための通常戦闘用で、本命の龍と戦う時に、特攻形態になるわけだ」
「はい、それがRXシリーズの基礎設計です。そういえば、生産時期によって仕様が少々、異なるそうで。型番が分かれば、この基地のデータベースから何かしら情報が得られるかもしれませぬ」
「おお、そうか。それは助かるな」
「確か1000番台が前期型、4000番台から後期型のはず。細かいことは調べれば分かるかと」
「俺のは『RX―666』だ」
番号順でいえば、初期ロットかもしれないな。まぁ、多少古い型だろうと、現代から見れば誤差みたいなものだ。今更、気にすることでもない。
「陛下……やはり、その鎧をお使いになるのは、今すぐお止めになるべきです」
えっ、なんで……? 今完全に使い続ける流れだったじゃん。
「666は、呪われた試作機にございます」
2024年6月28日
久しぶりに、本編で語られることはない裏設定とかの話。
まず、前話に置いて、ルルゥが戦わずして寝返った件。これは完全にファイアーエムブレムです。
敵のネームドユニットに、強い関係性(兄弟とか)のある味方ユニットを隣接させると、『説得』コマンドが発生して、味方になったりならなかったりするシステムがありました。クロノが戦争するようになったら、いつか一度は説得コマンド成功させたいな、と思っていたのをようやく実現できた次第です。
今話でゾアがサラっと使った『アスラ源流』ですが、以前に出した『アスラ流血闘術』の元となった流派です。元々はゾアの十傑時代に使い手がいて、多少の手ほどきを受けて覚えていたので、後に『源流』と名付けて、自ら発展させていきました。
『アスラ源流』を完成させたゾアから教わった弟子が、さらに派生させた『アスラ流血闘術』が生まれ、現代ではより扱いやすい『血闘術』の方が主流になっており、ガシュレーがこっちを習得したのは当然というわけです。
それでは、次回もお楽しみに!