第983話 レーベリア会戦・怨念交差(2)
「レキ! ウルスラ!」
「手伝ってやるデスよ、隊長!」
「さっさとあの根暗女と決着をつけるの」
「へへっ、分かってるっての――――シャル、やるぞ!」
叫びながら、カイはタキオンを押し返し、両脇から迫ったアンデッドモンスターを切り伏せる。
返事を聞き届けなくても、シャルロットには十分意図が伝わったことは分かっているし、応援に来たレキとウルスラも自分が何をすべきか理解できている。
「加護を使うわ」
「オーライ!」
「敵は寄せ付けないの」
レキは大剣と大斧の二刀流で、スパーダ剣闘士とフレイムオークの屍を押し込む。
ウルスラはドレイン効果を持つ白い霧による結界を展開。飛んでくる攻撃魔法は勿論、量産型の屍では、近づくだけで動力源の魔力を失い行動を停止する。
屍霊術師を相手に、ウルスラの『白夜叉姫』は非常に有効だ。
大多数の雑魚を寄せ付けないウルスラの援護に、カイとレキの前衛が強敵を抑え込む。そうしてシャルロットは、貴重な時間を得る。加護を発動させるために、全神経を集中させるための時間を。
「――轟け赤き雷鳴『赤雷侯ラインハルト』!」
神に至った偉大なる祖先の名と共に、シャルロットの身に真紅のスパークが迸る。
頼れる仲間に守られたまま、そのまま続けて『真紅の遠雷』を思い切り振り上げ高らかに詠唱を始めた。
「ترى، البرق في السماء تشغيل(見よ、天空に奔る雷光を)」
短杖の先端に、赤色の雷が収束していくのを上空から確認したサフィールは、蔑んだように呟く。
「馬鹿の一つ覚えの必殺技ね」
よく知っている。何度も見たし、何度もサポートした。ワガママお姫様のご機嫌取りのために、火力だけの必殺技を成功させるために、要らぬ苦労をしたものだ。
全く以て忌々しい。この因縁の対決ともいえる時にも、自信満々に出してくる態度も気に食わない。
けれど今のサフィールに、もう何も我慢する必要はない。
「يرتجف، وهدير الرعد إلى الأرض(震えよ、大地に轟く雷鳴を)」
束ねられた万雷がバチバチと甲高い炸裂音を響かせながら、威力を増幅させてゆく。
雷魔法の極地とも言えるだけの力が収束しているが、それに対する脅威は全く感じない。
よく見知った技であるということは、対策もまた容易。そもそも、乗っているキメラドラゴンだけで、十分に対処が可能。
射程と威力は把握している。少々、強化されていた程度であっても許容範囲内。これだけの間合いが離れた上で、空中にいる。飛竜の機動力があれば回避は容易い。飛んでくるのは、発射タイミングの分かり切っている、単発の大砲だ。これで避けられない方がどうかしている。
さらに念を入れて、雷魔法を防ぐ仕掛けを載せた下僕も周囲に飛ばせている。何らかの方法で動きを止められ回避が困難となった場合は、それで凌げばいい。
所詮は連射の効かない一発限りの大技。どうとでも対処はできる。
「ساطع يا مجد الأحمر(輝け、我が栄光の赤色)」
詠唱を謳いきり、シャルロットは身長の倍ほどもある巨大な赤雷剣を作り上げる。
次の瞬間に飛んで来ても、回避は十分に可能――――そう思っていた瞬間、予期せぬ問題がサフィールを襲った。
「っ!? そんな、まさか『天使の歌声』が――――」
最強の屍であるワイスの制御が、急激に乱れた。
視線を向けても、周囲には濛々と黒煙が吹き上がっており、上空にあっても状況を目視できない。ワイスの視覚を覗こうとしても、それも通らぬほどに制御術式が寸断されつつあった。
「ありえない、幾らクロノが相手でもこうも容易く……」
ワイスだけでクロノを圧倒できるとは思っていない。ひとまずその場で足止めだけでも出来れば十分、という程度のつもりであった。
先にカイとシャルロットを始末し、その配下である大隊も片づける。それでもクロノが粘れば相手をすればいいし、退くならば無理に追うつもりもない。
ワイスの性能があれば、魔王クロノが相手でも足止め程度は問題なく果たせると思っていたが、
「――『雷紅刃』」
「ちいっ!」
しかし、今ばかりはワイスの制御に集中するわけにはいかない。
まずはシャルロットの必殺魔法を回避、それから反撃して、いい加減にスパーダでの下らない因縁を終わらせなければ。
そう意識を切り替えて、飛竜に回避行動を取らせる。さらに射程から逃れるよう、斜め上に急上昇。結界や状態異常魔法などで、こちらの動きを封じる様子も見られない。どう狙われても、確実に避けられる。
「ヘェーイ、ゲットレディ!」
「おうよっ、頼むぞレキ!」
サフィールがシャルロットが構える『雷紅刃』に注意を向けている傍ら、叫んだレキへと向かってカイが疾走していた。
その前にすかさずタキオンが立ちはだかるが、もうお前に用はないとばかりに、頭上を大きく飛び越すように跳躍。
「ゴォーッ!!」
両手持ちに切り替えて振るわれた大斧。刃を返したその先が、ちょうど飛び込んできたカイの靴底を強烈に叩いた。
直後、シャルロットはついに赤き雷剣を解き放つ。
ズドォオオオオオオオオン――――
眩く輝く真紅の稲光を描き、戦場を揺るがす雷鳴が轟く。
「ふん、当たるワケ――――」
サフィールの乗る飛竜より、やや逸れた位置を虚しく通過してゆくだけのはずだが、
「いいや、ドンピシャだぜ」
狙っていたのは、サフィールではない。上空へと舞い上がった、カイ。正確には、その手にした愛用の大剣だ。
「付加、『雷紅刃』」
バリバリとさらなる輝きをもって、赤雷侯ラインハルトの雷が神鉄の刃に宿る。
「加護の力を、付与した……どうして、シャルがそんな技を……」
「『千里疾駆』」
真紅の雷大剣を携え、虚空を蹴ってカイが逃げる飛竜へ迫る。
達人級の武技により、空中であっても神速の踏み込みに瞬く間に距離は縮まった。
既知のはずだった技が、未知なる力を見せたことに、サフィールはついに驚愕で目を見開いた。
知っていたからこその驚き。自分の必殺技でトドメを刺すのが大好きだった、幼稚な精神のまま冒険者をやって来たシャルロット。そんな彼女が、自慢の加護の力を他者に譲る。それも、剣術バカのカイなんぞに。
サフィールは知らない。いや、知ろうともしなかった。
カイもシャルロットも、成長した。あるいは、先に進むことを選んだ――――二人は、大人になった。
「――――終わりだぜ、サフィ」
今度こそ、空に真紅の雷が炸裂した。
「――――なるほど、相性が悪いのは、お前の方だったワケか」
特性を発揮できないエングレイブドゥームの強制装備という、とんだ縛りプレイだと思ったものだが、それは相手のワイス君も同様であったと、今頃になってようやく気づかされた。
「ハイドラの至宝、と豪語するだけはある」
『天使の歌声』はハイドラ家が何代にも渡って強化を果たし続けてきた、最強の屍。それが、ただ呪いの武器を振るうだけのものであるはずがない。
コイツには本来、様々な仕掛けがある。全身には血管が張り巡らされたように隅々まで施された呪印が刻まれており、これらが発動すれば、あらゆる強化を与えるだろう。
体内には術者本人の臓器を組み込むことで、本来なら当人しか使えないはずの原初魔法を扱えるようにもしてある。
見た目は紅顔の美少年だが、随所に凶悪なモンスターの凶器が格納されており、恐るべき隠し武器として牙を剥く。
俺が戦っている間、ざっとこれくらいの能力を秘めているだろうことは察せられた。しかし、ソレらが使われることは一度もなかった。俺が使わせる暇もないほど圧倒しているワケでもないし、相手が舐めているワケでもない。
ワイスは自身に搭載されたあらゆる能力を、意図的に行使していないのだ。
彼が激しい攻撃を仕掛けているのは、ひとえに呪いの武器たる『蒼穹双雷』の意志に任せているから。この呪いの武器は、雷鳴剣と雷光剣、伝説的な二振りの使い手に相応しいことを証明すべく、強烈な闘争心で持ち主を狂わせる。
呪いの根源となる怨念は、自身の強烈な悔恨。それを晴らせる唯一の人物である雷光剣の使い手は、とうの昔にこの世を去っている以上、この怨念が晴れることは決してない。どれほどこの剣で武功を上げようとも、それを見届けて欲しい当人が存在しないのだ。故にこの剣は、永遠に達せられることがない力の証明を強いられた、虚しき魔剣となった。
命令に忠実な下僕であるワイスは、俺への攻撃命令に従わざるを得ない。どれほど本人が望まずとも。全身全霊、全ての力を駆使して挑むことを強制される。
しかし『蒼穹双雷』という勝手に体を操って戦ってくれる呪いの武器に身を任せれば、表向きは敵へ攻撃を仕掛けるという命令は果たせる。実際、ワイスが習得した剣技は余すことなく発揮され、『蒼穹双雷』の強力な雷撃と剣撃も可能な限り引き出して戦っている。
そのせいで術者本人であるサフィールは、この状況に気づけなかったのだろう。あるいは、かつての仲間と戦う方に集中して、こっちまで気にする余裕もなくなったか。
「いや、お前のようなヤツには、話したところで分からないだろうな」
サフィールは冷徹なまでに合理的。死体を弄る屍霊術師としては理想的な性格ではあるだろう。一々、下僕に心など割いてはいられない。
死体は全て自分の道具。人もモンスターも、彼女にはとってはカイやシャルロットのような友人も、あるいはネロであっても、死体となればただの素材と見なして、利用する。
必要なのは、死体の能力を引き出すこと。生前と同じ、あるいはそれ以上に。死体の活用。それこそが屍霊術の基礎にして真髄なのだから。
その点において、サフィールは間違いなく天才なのだろう。ランク5冒険者に匹敵する強力な下僕を従え、さらにこれほどの大軍団を一人で操るのだ。
けれど、だからこそサフィールに理解はできないだろう。死体に残る意志。呪い。怨念。呼び方など何でもいい。ただ、その純粋なまでの感情の力を。
サフィールも歴代の当主も、ワイスに呪いの武器を与えたのは、ただソレが強力だったからに過ぎないだろう。これを扱える適正がある、使いこなす剣術を持っている。自慢のワイスをさらに強力にするための新しい装備。きっとその程度の認識で持たせていただろうし、事実それで彼らにとって満足いく結果を残してきたはずだ。
だから予想もしなかった。ワイスと呼ばれる、かつてはただの一人の少年であった者と、因縁を持つ者が再び相対する時が来るなど。
『獄門鍵エングレイブドゥーム』に宿る墓守の意志は、この少年を覚えていた。いや、彼こそを求め続けてきた。
対してワイスもまた、墓守のことを覚えていたのだ。
それが俺には分かる。彼は今こそ、自分の身を縛る忌まわしい隷属の鎖から、解き放たれることを望んでいる――――他でもない、かつて自分に歌を教えてくれた、墓守の手によって。
「『黒煙』」
相手の方から合わせてくれるのだ。ならば、後は少々の仕込みがあれば十分。
俺はまず周囲一帯の視界を遮るための煙幕を張る。飛竜に乗って空にいるサフィールからでも、煙幕に包まれれば見えはしない。
「『黒土沈降』」
範囲は狭くてもいい。広げた漆黒の沼地は、ブライハン騎馬団を仕留めた時の半分以下の面積に留める。それでも、一足飛びに超えられるほど小さくはない。
広がった黒い沼に着地したワイスの足が、ズブズブと沈み始める。
素早く足を引き抜き、跳躍して脱しようとする動きを見せるが、そのワンテンポ遅れただけで十分過ぎる隙となった。
「魔手『大蛇』」
四方八方から、黒い鎖が獲物を狙う蛇のように飛び掛かる。
ワイスは二振りの雷剣によって斬り、撃ち、跳ね除けるが、本命は飛び損ねた足元。ジャラジャラと音を立てて足首から膝にかけて、黒鎖が絡みつき動きを封じた。
完全に足の止まったワイスへ、さらに追い打ちをかけるよう次々と『大蛇』をけしかけると、全身からバリバリと青い雷を発し始める。
どうやら放電してまとめて吹き飛ばすつもりのようだが、もう遅い。
「――――『二連黒凪』」
漆黒の斬撃が、ワイスの細い手首を通り過ぎてゆく。
雷鳴剣を握る右手と雷光剣を握った左手。それぞれが別の方向へすっ飛んで行った。
これで、呪いの武器は手放した。もうお前を動かすモノは何もない。
破裂寸前までワイスの身に膨れ上がっていた青いスパークは、力を失い瞬時に霧散。
本来の屍人形であるワイスなら、その身に秘めた種々の能力によってどうとでも挽回できただろう。
けれど、他でもない彼自身の祈りによって、その力が発揮されることはない。
拘束されたワイスは、静かに処刑を待つ罪人のように身じろぎ一つしなかった。
「さぁ、終わらせてやれ――――」
お膳立ては、もうこれで十分だろう。
そこで俺は自分の右腕を、墓守に委ねた。
「ああ、やっと……やっと会えた……」
勝手に口から声が漏れる。
ゆっくりと、刃を握る右腕は振り上げられた。
「もう二度と、手放したりはしない。ずっと一緒だ」
振り降ろされた刃は、ワイスの胸の中心。死体を動かす動力源たる『偽りの心臓』を貫いた。