第979話 レーベリア会戦・空中戦(2)
リリィも出撃するべく艦長席を立つと同時に、一つの命令を下した。
「このまま真っすぐ、飛行船団に突撃しなさい」
「はい、女王陛下の仰せのままに」
「えっ」
と、その無茶な命令に異を唱えられたのは、ちょうどブリッジにやって来たシモンであった。
「リリィさん、本気なの」
「あの白竜の群れを倒せとは言ってないわ。ただ通るだけよ」
「いやでも」
「ブレスの一発二発、食らったところでエルドラドは落ちないわ。そのための改修もしたでしょう」
「それはそうだけど……」
「信じなさい、自分が強化したエルドラドと、仲間の力を」
リリィの立場なら、一言脅せば済む話。だがリリィはただ真剣な表情で、そう言い切るのみ。
シモンとて、天空戦艦惜しさに言っているのではない。当然のリスクを口にしただけ。運悪く白竜のブレスに急所を撃ちぬかれでもして撃沈されれば、この決戦どころか、帝国はお終いだ。
無論、リリィがそんな危険性を理解できぬはずがない。覚悟を問うているのは、むしろシモンの方である。
「分かったよ、リリィさんがそこまで言うなら」
「頼んだわよ、シモン」
シモンもまた覚悟を決めて、ブリッジにある一席へと座った。そこは全主砲のコントロールを担う、砲手の席である。
本来はエルドラドの専任技術士官として乗艦しているが、必要とあらば自ら砲手も務める。何故ならば、どれほど専用に訓練を積んだクルーでも、シモンの叩き出す命中率と砲撃システムへの理解度は、決して及ばないのだから。
艦の運命を任せる時には、シモンに撃たせるのが最善なのだ。
「メインシステム起動。ジェネラルコード一時移譲、対象、フェアリー・カレン――――それじゃあ、後のことは任せたわ、カレン」
「はい、全てご命令通りに」
エルドラドの艦長代理は、今やリリィの腹心とも言える妖精カレンである。
艦を指揮する、という点ではシャーガイル提督を筆頭に、その手の経験がある者もいるのだが、エルドラドの性能を引き出すという点では、妖精でなければならない。
リリィに次いで優秀な頭脳と知性を持つカレンが抜擢されるのは、必然とも言えた。
艦長席から立った後、そこに新たなコンソールのような装置がせりあがって来る。元々は艦長席で直接操作するための設備だが、エルドラドへ改修するにあたって、ここにも手が加えられた。
カレンがコンソールの上に降り立つと、ホログラムで幾重にも魔法陣が投影される。折り重なった魔法陣が立体的な多層構造を構築する中で、カレンの『妖精結界』が瞬くと、ホログラムの多重魔法陣と溶けあうように一体化してゆく。
「――――接続完了『アドミラルシステム』オンライン」
天空戦艦は大型の古代兵器であり、その構造からして多数の乗組員をもってして、始めて稼働する。現代の軍艦と、その運用方法は共通していると言えるだろう。
大きな船は、一人では動かせない――――だが、リリィは一人で動かした。この強大な古代兵器でもって、恋敵達を迎え撃つために。
不可能を可能にしたのは、リリィが持つ強力なテレパシー能力と魔法演算力があってこそ。
いまだに正しい操艦方法も解析中にも関わらず、乏しい動力で十全に稼働できているのは、リリィが動かしているからこそ。逆に言えば、リリィが降りれば操艦性能は半減どころでは済まなくなる。
ベルドリア攻略のように、相手に強力な航空戦力がない場合ならば、それでも問題ない。巡航速度で飛行さえできれば、大抵の戦局は十分に対応できる。
だがしかし、同格の古代兵器や戦竜機といった、エルドラドをしても撃沈される危険性のある敵が相手となるならば、そうも言ってられない。かといって、リリィ自身が帝国軍の切り札となる空中機動兵器も同然の存在。
故に、リリィがいなくとも天空戦艦の性能を引き出すために、この『アドミラルシステム』が搭載された。
妖精女王イリスに愛されたリリィには及ばずとも、同じ妖精としてのテレパシーによって、天空戦艦の中枢システムとダイレクトに接続。正しい操作方法を知らずとも、「こう動かしたい」という念によって艦を稼働させることが出来るのだ。
かくして、エルドラドは戦竜機同士が相争うドラゴンブレスの飛び交う、超危険空域へと突入して行った。
遥か雲の上のレーベリア上空。今、そこには古代の誇る対龍災への最終兵器たる黒竜と白竜が、群れを成して睨み合っていた。
間違いなく今この瞬間の空域は、パンドラで最も危険な場所と化している。
「――――よもや、ここでその白い腑抜け面を拝むことになるとはのぅ」
二千年越しの因縁。それが目に見えるほどの殺意と憎悪を発しながら、すでに黒竜形態と化したベルクローゼンが口にする。
白き戦竜機『エーデルヴァイス』シリーズ。エルロード帝国に残されたなけなしのリソースを注ぎ込んで生み出された、黒竜ローゼンシリーズと同格の生体兵器。
もしも彼らが期待通りの戦いぶりを発揮されたなら、龍に打ち勝つことはできずとも……きっと帝国は、もっとマシな終わり方が出来たはず。
少なくとも、冒険者が命がけで遺跡ダンジョンを攻略せねば、古代の遺物に到達できないような現状にはなっていない。次の時代のために、未来の人々のために、古代の遺産をより多く、より良い形で残すことができたに違いない。
高度な魔法文明たる古代が終わった次代が、記録すら残らぬ暗黒時代と化した一因は、一度も龍と戦うことなく隠れ潜んだエーデルヴァイスにあると言っても過言ではないだろう。
「出来損ないのローゼンシリーズ13号機か。帝都守護の使命に殉じず、おめおめと現代まで生き永らえた恥知らずがいるとはな」
そう応えるのは先頭を行く白竜に乗った、『ドラゴンハート』団長ローラン。
安い挑発の言葉に、ついそのままブレスを撃ち込みたくなったが、白竜に乗る人間の方が、明らかに自分のことを知っている口ぶりの方を気にするべきと判断した。
「妾のことを知っておるとは……貴様、ただの人間ではないな」
「如何にも、我らこそ正統なる白竜の騎手である」
「なるほど、契約者専用に培養された人造人間か――――」
戦竜機としての原理は自分たちと同じ。
強力なドラゴンの力を宿した機体に、その力を引き出すために加護を持った契約者が乗る。黒竜は魔王ミアの加護によって強大な力を発揮するが、白竜が繋がる加護の力の源は、白き神である。
どちらも共に世界を代表する神。いまだ人の世界を割り続け、明確な上下も勝敗もつかぬ以上、同格と言うべきか。
だがしかし、ベルクローゼンは確信している。授かる神の力の優劣ではなく、戦竜機としての在り様こそが、自分と奴らの決定的な差であることに。
「――――愚かな、物言わぬ兵器を振り回すだけで竜の騎手を名乗るとは。貴様らこそ、ただの消耗品に過ぎぬと知れ!」
眼前に飛ぶ白竜には明確な自我はなく、ただ乗る人間の意のままに操られるだけの機械も同然の存在。いいや、その白竜に乗っている者達さえも、黒竜という宿敵を前にしても、これといった感情の色を見せていない。
これではまるで、機械の竜に人形の騎手だ。ただ命令を下す者にとっては、都合のいい兵器なのだろう。
故にこそ、まんまと十字教の裏切者などに利用された。
しかし黒竜に乗った十二人の騎手。彼らは多大な犠牲の果てに、辛うじて動かすに足る性能に届いたというだけの、哀れな少年達だった。
ただ迫り来る龍の恐怖に対抗するため、倫理も道徳も全て投げ打って作り出された彼らは、帝国軍にとっては確かに強力な兵器を動かすためだけの消耗品に過ぎなかっただろう。
けれど、彼らを乗せる黒竜は、ベルクローゼンの姉達は、自らの命を預けるパートナーとして、契約者を確かに愛していた。
その思いが、どういうモノなのか。かつて最後の戦いに赴く姉を引き留めた時には、全く知る由もなかった。
けれど、今は違う。あの時、姉がどういう気持ちで「貴女だけの契約者を見つけなさい」と言ったのか。
真の契約者を得たベルクローゼンは、ようやく分かった。
愛だ。
竜も契約者も、共に人の手で作り出されただけの模造品。けれど両者の間に、愛は確かにあった。この思いこそが、自分を、我々をモノではなくヒトと定義する存在証明なのだ。
「くだらぬ戯言を。長く太平の世を生きた弊害か、自分を人間であると勘違いでもしたのか? 我らは兵器、求められるのはただ、使命を果たすための力のみ」
「ならば見せてくれよう、真なる契約者を得た黒竜の力を」
「主よ、我らに邪悪なる竜を祓う力を――――」
互いの使命をかけて、黒竜と白竜は二千年の時を経て、ついに雌雄を決す。
グゥウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――――
天を揺るがす咆哮と共に、真紅と蒼白のドラゴンブレスが何十と交錯する。
まるで世界が軋みを上げるかのような光量が炸裂し、爆音が轟く。
そしてその大爆発の渦中を、物ともせずに白と黒の巨影が交わる。その先鋒はベルクローゼンとローラン騎だ。
結界ごと砦を切り裂く鋭い爪撃に、一振りで家屋をまとめて薙ぎ払える長大な尾の叩きつけ。ただの人間であれば、どちらもオーバーキルでしかない破壊力を秘めているが、戦竜機同士の戦いにおいては小手調べ程度に過ぎない。
互いに甲殻に薄っすらと傷跡を刻み、少しばかりの衝撃に体を揺らすだけ。
牙を剥き出しに、至近距離でドラゴンブレスをぶつけ合い――――体が少し温まってきたところで、戦場に変化が訪れた。
「ほう、ここに突っ込むか。相変わらず肝の据わった妖精じゃ」
新生した天空戦艦エルドラドを、真っすぐにこの空域を突っ切るとテレパシー通信を受け、思わず苦笑が浮かぶ。戦竜機同士の戦いの中にわざわざ割って入ろうとは、博打もいいところである。
だが負ける気など毛頭ない。危険ではあるが、それでも勝たせるのだ。
「ヴィンセント、ダリアニス、艦を守れ!」
「承知」
「了解、ルフト隊、エルドラドの直掩へつくぞ!」
ラグナ大隊のトップに立つのは、旧帝国軍において最も高い指揮権を持つベルクローゼンではあるが、各隊の直接的な指揮官は基本的に元のままに任せている。
黒竜大公ヴィンセントはガーヴィエラ含む古龍型を、ダリアニス公爵は飛竜型の空戦隊を率いている。部隊としての連携を考えるならば、いちいち口出しする方がやりにくい。
エルドラドの守りは任せ、自身はローラン騎の相手に集中する。
この一騎だけは他の古龍型よりも一回り大きく、甲殻や爪、尻尾も発達している。明らかに強化された個体だ。このローラン騎と真っ向勝負すれば、ヴィンセントでも危ういであろう。
「なるほど、思い切った決断だが……こちらの勝機でもあるな」
「行かせんぞ」
「押し通るまで」
いよいよ激しく戦竜機のトップがぶつかり合う最中、ついにエルドラドが艦首を向けて真っすぐにこの空域へと踏み込んできた。
その進路を守るようにヴィンセント隊とルフト隊が飛び、それを追うように白竜も編隊を組みなおして襲い掛かる動きを見せる。
やはり天空戦艦が向こうから飛び込んできたことを好機と見て、狙い撃ちするようだ。
だが、狙っているのは敵だけではなかった。
ズゴォン――――
ブレスに負けぬ轟音が戦場に響く。火を噴いたのはエルドラドの三連装主砲。
緋色の尾を引いて飛んだ砲弾は狙い違わず、先陣を切って突っ込んできた飛竜型白竜の編隊のど真ん中で炸裂――――黄金に輝く炎の大花を咲かせた。
「ほう、魔女の火は竜にも堪えるか」
主砲より放たれたソレイユ弾頭。白竜は砲弾の直撃こそ避けたが、黄金の爆炎に飲まれて苦悶の声を上げる。
元より耐火性能に優れる竜鱗と甲殻によって致命傷には至らないが、相応のダメージと体勢を崩すには十分な威力であった。
「今だ、叩き落とせ!」
そこへすかさず追撃をかけるルフト隊。さらなるダメージを与えつつ、深追いはせずに護衛へと戻る。
飛竜型でも戦竜機に変わりはない。一騎でも通せば危険だ。
そしてそれは向こうも同じ。黒竜の護衛を掻い潜り、一騎でも相打ち覚悟でエルドラドへ猛攻撃を仕掛けてくる。
だが、その急襲の矛先に飛んでくるのが、エルドラドの主砲。乱れ咲く黄金の爆炎に、白竜は攻めきれない。
そうして出鼻を挫かれれば、即座に黒竜が狙ってくる。
落とせば勝敗を決する天空戦艦だが、現状では強力な援護射撃を果たす厄介な移動砲台と化していた。
「この命中率、砲手はあの小童じゃな」
シモンがその愛らしい美貌だけで、クロノの寵愛を受けているワケではないことをベルクローゼンは知っている。
魔導開発局長という帝国軍の兵器開発を担う重職を全うするに足る、天才的な錬金術師。というのは表向きの評判であり、銃を握れば百発百中の狙撃手であることは、彼に近しい者しか知らない。
驚異的な命中率も去ることながら、三基の主砲を正確に操り、それでいて適切なターゲットの選択。これを一人で可能とするのは、シモンの他にはリリィだけであろう。
「厄介だな。ここまで天空戦艦の力を引き出すとは」
エルドラドの艦砲射撃によって帝国軍に火力優勢へと傾いている。ミサの天空母艦のように、空を飛ぶだけの船ではなく、白竜部隊を相手にしても戦える兵器として運用できている現状に、ローランも劣勢を認めざるを得なかった。
「攻撃中止、黒竜の相手に集中せよ。天空戦艦は、私がやる」
「行かせんと言っておるだろうに」
事実、ベルクローゼンはローラン騎を完璧に止めている。無理に押し通ろうとすれば、大きな隙を晒して致命傷を受けかねない。
いきなり速度が三倍にでもならない限り、ベルクローゼンを振り切ることは出来ないだろう。
「いいや、行かせてもらう――――」
ローラン騎のブレスが視界を焼く。
しかしその程度で白竜の巨体を見失うことはない。ブレスの直後に急上昇して頭上を飛び越えるような動きを見せたローラン騎に、即座に反応して進路をふさぐように飛ぶが、
「むっ、奴がおらん!?」
目の前には牙を剥き出しに吠える白竜。だがそれを操るはずのローラン本人が、どこにもいない。
落ちたのか。否、戦竜機のパイロットが振り落とされる、などという間抜けを晒すことはありえない。
ならば答えは、自ら飛び降りたのだ。
「そこか!」
魔力の反応を捉えて振り向けば、宙に輝く光球が飛び去る姿があった。
それはまるで、妖精が纏う結界を輝かせながら飛行するように見える。だがその蒼白の輝きを宿すのは、その背に生える一対の翼であった。
「ならば、そのまま撃ち落としてくれるっ!」
ブレスで消し炭にしてやろうと口腔に黒色魔力が収束してゆくが、
ゴッォオアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!
主の危機を守るかのように、白竜はさらに激しく吠えながら襲い掛かる。
掴みかかってきた両前脚のパワーは先よりも明らかに増している。ただの気合や根性などでは、こうはならない。
「ぬぅう、貴様!」
無視はできずに、白竜の方へと向きなおれば、その額に白銀に輝く紋章が浮かぶ。
十字教の奥義『聖痕』によく似た光だが、刻まれた紋章は異なる。
それは十字をあしらった王冠の形をしていた。
「いいや、行かせてもらう――――『聖痕』解放」
白竜のブレスに合わせて飛び降りたローランは、白き神より授かりし加護の力を解き放つ。
「――――『九天聖痕』」
両手両足、胸と腹、両肩、そして額に浮かび上がる九つ目の聖痕が光り輝き、ローランの体には膨大な白色魔力が渦巻く。
使徒ではないため、無限ではない。だがその出力は使徒に匹敵する。
莫大な量の白色魔力は溢れ出るオーラだけではなく、その身に必要な能力をも顕現させる。
七つ目と八つ目の聖痕が刻まれた両肩、正確には肩甲骨の辺りから生えだすのは、白く輝く光の翼。月並みだが天使のような、と形容すべき姿だが、
「聖王陛下に忠誠を――――『烙印王冠』」
いまだ届かぬ十番目の聖痕が、ローランの頭上に輝く。それは白き神ではなく、主である第十三使徒にして聖なる王から与えられた力だ。
描かれる光の王冠は直後に形を変え、神々しい円環を形成。さらなる力を神の僕にして王の忠臣に与える。
白い翼に頭上に輝く光の環。聖書に描かれる本物の天使の姿と化したローランは、ブレス飛び交う竜の戦場を飛翔する。
ベルクローゼンは自分の白竜が抑え込んでいる。他の黒竜も、完全に警戒を白竜だけに向けていたため、小さな人型で飛ぶローランの存在に気づくのが一拍遅れる。
そしてそれは、ローランが天空戦艦へと肉薄するには十分な隙となった。
黒竜の防衛網を超え、ついに天空戦艦の展開する防御結界へと干渉するため、その輝く手を伸ばした時、
「――――『ルシフェル』、反転起動完了」
麗しい少女の声音が耳に届くと同時に、殺意の奔流そのものと言うべき光の柱が降り注ぐ。
瞬時に翼を翻して回避機動をとってから、ローランは見上げる。
雲の上の青空、陽光を背にしても尚、眩く光り輝く三対六枚の羽を広げる、大天使が如き威容を誇る存在を。
常人が見上げれば、その場にひれ伏したくなるほどの神々しさはしかし、魔の証たる赤黒い禍々しい輝き。彼女を大天使と例えるならば、それはすでに神より見放されし堕天使と言うべきだろう。
「妖精女王リリィ……魔王に次ぐ優先排除対象。ここで討たせてもらおう」
「ローラン・エクスキア、ね。いいわ、相手になってあげるわよ、使徒モドキ」