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黒の魔王  作者: 菱影代理
第46章:レーベリア会戦
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第977話 レーベリア会戦・塹壕戦

「槍と弓の従来編成の敵が相手ならいいが、向こうも銃を撃てるなら話は別だ。銃撃戦で有利を取るために戦線を下げる。殿は『巨獣戦団』に任せる」

 相手もそれなりの銃火器で武装している、との情報が入ったことで、俺は即座に平野での撃ち合いは止めて、塹壕戦へ移ることにした。

 戦列歩兵なんて戦術が通用するのは、マスケット銃の時代まで。相手の白目が見えるほどの距離で撃ち合う、なんてのはそれだけ銃の精度が悪いからに他ならない。

 これで奴らの抱える銃がマスケットや火縄と同程度の性能であれば、ライフルの圧倒的な性能差で撃ち負けることはないが……万が一にでも、銃の性能を凌駕されていれば、取り返しのつかない損害を被ることとなる。

 よって俺は相手の銃がこちらと同等、あるいはそれ以上、という想定に基づいて対応を決めなければならない。とは言うものの、大勢が銃を持って戦う戦場なら、塹壕を掘る以外に出来ることなどたかが知れているのだが。

「陛下、こんなに早く最終防衛線まで下がらせて、本当に良かったのですか」

 こういう戦場においては優秀な将校としての働きも出来るセリスが、こそっと俺に問いかけてくる。すでに命令は下された以上、表立って疑念を抱くような発言は控えたいからこその小声。

「仕方ないだろう、塹壕線を構築できているのは本陣周辺だけだからな」

 ベルドリアの揚陸作戦に線路工事と、アトラス諸国からかき集めた優秀な土魔術師部隊に、本格的に編成されたアダマントリアのドワーフの工兵部隊。彼らであっても、万単位の兵隊を収容する塹壕を作り上げるには、それ相応の時間がかかってしまう。

 目前まで敵が迫り来る状況下で、ポンと一発で掘れるワケではないのだ。如何に魔法の力といっても、限度はあるからな。

 彼らが作り上げることができたのは、この本陣周辺のみ。それでも全周囲を囲み、特に敵と向かい合う北側は幾重にも入り組ませた作りとなっている。

 この塹壕に籠れば、たとえ奴らが近代的なアサルトライフルを抱えていようと、容易に突破はできない。塹壕を突破するには、歩兵用の銃だけでは足りない。戦車を筆頭とした、さらなる兵器の力を必要とする。

「ここまで敵に接近されれば、後方や側面に回り込まれて侵入を許す可能性もあります」

「ああ、その時は頼むぞ。まず俺達は、奴らの頭数を減らさないとならないからな」

 たとえ少々の敵に本陣の攻撃を許したとしても、塹壕戦の優位を活かして一人でも多くの敵兵を削るために耐えなければならない。

 ギリギリまで下がらせただけあって、塹壕の防御力に主力を無傷のまま詰め込んでいるし、元から配置してある本陣の守備隊もいる。戦力的には、十分に突っ込んでくる奴らを迎え撃てるだろう。実質的にこちらは城に籠っているようなものだ。遮蔽物のない草原を進むしかない奴らは攻城戦をする覚悟がいる。兵の数は向こうが上だが、それでも三倍はない。

「だが、あの『グリゴール』には注意だ。流石にあんな巨大兵器は塹壕じゃ食い止められないからな」

 グラナートの黒竜陸戦隊には、何としてでもアレを全て止めて貰わなければ、こっちの戦線が破綻する。

 現状、グリゴールの他に大型の兵器は確認されていない。隠し玉の新型やら戦車部隊やらでも出てこない限り、この塹壕戦で敵を削れる。

「クロノさん、私も砲撃に参加しますか?」

「いいや、待機だ」

「クロノさんは?」

「大丈夫だ、俺もまだ出るつもりはない」

 フィオナの問いかけに、サリエルとセリスから、それとなく視線が刺さる。

 本格的な主力歩兵の戦いが始まったからといって、嬉々として参加する気はないぞ。

「俺達の力はまだ温存しておかないとならないからな。グリゴール並みの新兵器が現れない限り、ここの戦闘は歩兵部隊に任せる」

 さて、これで地上戦はこちらが有利な形成となるが……果たして、ネロはどういう采配を奮うのか。あるいは、奮いもしないのか。

 ここから戦況が大きく動き始めるだろう。




「はっはっは、やっぱ戦場は地獄だぜ」

 猛烈な火線と爆発が巻き起こる目の前の光景を塹壕から覗き込みながら、ハロルドは乾いた笑いを漏らす。

 本陣を守る最終防衛線への後退命令でどうなることかと思えば、いざ実際に塹壕に引き籠ってみれば、なるほど、これほど頼れる城壁もないなと実感した。

 銃は一直線に弾丸を発射する武器だ。それは光の弾を魔法で飛ばす敵のブラスターも同様。弓のように上から射掛けるような真似はできないし、まして魔法のように自ら状況に応じた変化を加えることなど決してできない。

 だからこそ、どんな壁よりも分厚い地面そのもので守られる塹壕は、銃撃戦がメインとなる戦場においては、最も適切な防衛設備なのだ。

「こっちは穴に隠れて、向こうは丸出しだ。よぉーく狙って撃てよ!」

「はい! 隊長!」

 無邪気な洗脳兵士の返事にウンザリしたような表情を浮かべながら、ハロルドはまた一人、無防備に突っ立つブラスター兵を撃った。

「あっ、隊長、やりました!」

「馬鹿野郎ぉ、頭を出すんじゃねぇ!!」

 ようやくヒットを当てたことに子供のような喜びようで塹壕から身を乗り出した兵を、ハロルドは即座に引っ掴んで引きずり倒すべく手を伸ばす。

「ぐわぁああーっ!!」

 しかし敵の光弾が飛んでくる方が早かった。火花を散らして着弾し、血肉と軍装の焦げた臭いがハロルドの鼻を漂った。

「敵も銃を撃ってんだ、射線に入るんじゃねぇよ」

「ぐっ、ううぅ……」

 即死か、と思って表情が強張ったが、肩口に命中して致命傷は避けられた様子に、呆れたような溜息を吐きながらハロルドは言う。

「良かったな、一発食らって死ななかったテメーは運が良い――――衛生兵!」

「はいニャー」

 涙を浮かべて痛がる兵士を、猫獣人率いる衛生兵が担架に載せてすぐに搬送してゆく。応急処置で、猫獣人が治癒魔法までかけてくれている。

 負傷者に対して、随分と手厚い処置をしてくれるものだ。ローゲンタリア軍では、こうはいかない。

 魔王軍の充実ぶりに感謝しながら、ハロルドは「絶対に頭を出すなよ」と再三の注意を叫びながら、再びライフルを敵へと向けた。

「あー、ちくしょう、もう槍より銃で殺した数の方が上なんじゃねぇのか……腐っても俺ぁ、『暗黒騎士フリーシア』の加護持ちだってのに、よぉ!」

 トリガーを引けば、また一人敵兵が倒れる。

 長年の騎士生活を送ってきたハロルドであっても、これほどの大規模な会戦は初めてだ。まるで無限に湧いて来るかのような大軍勢に対して、塹壕から銃で撃てばどんどんキル数だけが積みあがってゆく。

 己の槍一本と騎士の女神の加護を頼りにこれまで生きてきたが、今までの自分の努力はなんだったのかと思える戦果に、とても素直に喜ぶ気分ではなかった。

「真に恐るべきは、効率的に人を殺す戦術を実行した魔王陛下ってか」

 聞いた限り、エルロード帝国でもこんな塹壕戦、などという戦いは初めてのはず。そもそも相手も相当数の銃に類する武装をしていることが、想定されていなかった。

 これでお互い、真っ向から撃ち合えばどれだけの死者が出るか。従来の戦争の比ではない速度で命が消耗されるだろうと、ハロルドはさらにまた一人の命を指先のトリガー一つで刈り取りながら想像してしまう。

 自軍だけ塹壕に籠り、防御の優位を得る。まるでこの状況を確信していたかのような魔王の采配に、一体どれだけ先進的な戦術眼を持つのかと畏敬の念さえ覚えた。

 やっぱり、さっさと降伏して良かった、と幾度目かの思いを噛み締めながら、尽きない敵の大軍を睨む。

「ちいっ、奴ら性懲りもなく突撃する気かよ――――おい、また突っ込んでくるぞ、火力を集中させろぉ!」

 防御魔法の支援を受けながら、大盾タワーシールドを並べた重騎士の一団が塹壕に取り付こうと前進を始めた。

 これで何度目の挑戦になるか。すでに有刺鉄線の柵は破られおり、彼らもそこを突破口と定めているようだ。

 仲間の屍を踏み越え、無数の銃弾をその装甲で重騎士は耐え凌いでいるが、


 ギャリギャリギャリ――――


 より重苦しい銃声が響けば、ついに重騎士の足も止まる。

 最終防衛線となるこの塹壕には、歩兵が持ち運べない設置型の重機関銃『ファイアフライ』が備えられている。

 弾丸からしてライフル弾を上回る大口径弾。如何に重騎士でも、この重い弾丸を嵐の如く叩きつけられれば、その衝撃には耐えきれない。

 足の止まった一団に、ファイアフライの火力はさらに集中してゆき、


 ドッドッドッ!!


 狙いを定めた大砲が炸裂し、構えた大盾ごと吹き飛ばした。

 流石の重騎士団も、大砲と魔法の集中砲火を浴びれば耐えられない。装備の質によっては、ファイアフライの大口径弾でも貫かれてしまう。

 十全な火力を備えた防衛線は、最早アルザスの時とは違い、重騎士団の突撃だけで綻ぶような脆弱な防衛力ではない。

「いい加減に諦めろよ。こちとら要塞並みの防御だってのに……」

「隊長、敵に動きが」

 副官からの報告にハロルドも射撃を中断して、『鷹目ホークアイ』を発動させて敵陣を注視する。

「敵右翼は一斉突撃の構えだが……敵左翼が完全に逃げ腰だな」

「敵の両翼は、それほど統制がとれていないようですね」

「大方、派閥が違うんだろうよ。あんだけの大軍で、トップはバカ殿と来たもんだ」

 完全に全軍の統制など出来るはずもない、とハロルドが笑う。

「報告、敵右翼より大規模攻勢の動きアリ。送れ」

「送ったぞ……混沌騎士団が動くってよ」

 ハロルド付きの妖精が「むーん」と唸りながらテレパシー通信をすれば、即座に返答が司令部より返ってきた。

「迅速な対応、涙が出るほどありがたいねぇ」

 この手の報告を上げたら、大抵の場合は「じゃあお前らが頑張れよ」と対応を丸投げされるものだ。ハロルドとしても、上層部からケチをつけられないためのマメな報告をしているに過ぎなかったが、まさかこんな使い捨ての末端部隊の報告一つで即座に本陣守備の主力を動かすとは思わなかった。

 カーラマーラの英雄、ゼノンガルト率いる『混沌騎士団』。魔王クロノが陣取る本陣の守備を任された、帝国で名立たる騎士団である。

 それを動かすということは、こちらも敵の動きに呼応して、攻勢に転ずる頃合いかもしれない、とハロルドは察した。

「まっ、俺らの任務はこのラインの死守だ。魔王軍の頼れる精鋭の活躍を、ここから拝ませてもらおうや」




「ぬぅ……正に地獄のような戦場だ……」

 苛烈な砲撃で舞い上がった粉塵に、黒々と顔を汚しながらヘルマン男爵は苦々しく呟いた。

 敵陣から殺到する恐るべき火力を前に、冗談のように兵士達がバタバタと倒れて行っている。これでは何万、何十万と兵を揃えようと、端から撃ち殺されるだけである。

「退け! 急いで退くのだ!」

 ヘルマンはとにかく撤退を叫ぶ。

 調子に乗って敵本陣間近まで攻めよせたが、結果的にここは敵のキルゾーンであった。向こうは塹壕に身を潜めて守られているが、こちらは広い草原に棒立ち状態。魔王軍から見れば、今の自分たちはさぞやいい的であろう。

 何はともあれ、まず敵の射程から逃れなければ体勢を立て直す暇もありはしない。

「ヘルマン男爵、敵本陣を目の前にして退けと申すかっ!」

「臆したか、この敗北者め!」

「あれはただの敵陣などではない! 要塞も同然の強固な防御陣地だ!!」

 本丸を前に将達は一気に勝負を決めたい欲を捨てきれないようだが、ヘルマンはここまで大人しくしていた態度が嘘のように怒鳴り返した。

「我々が率いるのは単なる歩兵のみ! 歩兵だけで、攻城戦など出来ようはずもないであろう!!」

「しかし!」

「だからと言って、ここまで来ておきながら!」

「いや……ヘルマン男爵の言う通りかもしれん」

「兵の損耗が尋常ではない。このままでは全滅だ」

 あまりにも苛烈な魔王軍の反撃。対してこちらは、幾らブラスターを撃ちかけようとも大した効果は上がらない。

 ほぼ同等の武器を持ちながらも、こうも一方的な差が出るのは、考えるまでもなく敵の陣地の固い守りがあるからだ。

「すでに重騎士団の突撃も、幾度も止められただろう。我々の戦力で、あの敵陣を突破するのは不可能だ」

「ならば、どうすると言うのだ!」

「ここでおめおめと引き下がったところで、我々に後は……」

「諸君、どうか聞いてくれ。私にこの状況を打開する策がある」

 進むも地獄、退くも地獄、と悩んだところで、ヘルマンがすかさず声を上げた。

 ここで自信満々に言い出すのだから、藁にも縋るような気持ちで将達の視線が集まった。

「敵陣の正面防御は厚過ぎる。よって、我々は大きく東側へ回り込むように動き……」

「なるほど、手薄な側面を突く!」

「ように見せかけて、そのまま撤退する」

「はぁっ!?」

 まさかの敵前逃亡案に、誰もが目を剝いた。

「貴殿、正気か!?」

「それではこちらの左翼は完全に穴が開いてしまうではないか!」

「今度は魔王軍にこちらの本丸を狙われますぞ!」

「良いではないですか、聖王ネロなどと名乗っていても、所詮はパンドラ土人。我々シンクレア人と、一体何の関係があるというのです?」

 自分たちはあくまで、十字軍総司令官アルスの命によって参戦したに過ぎない。ネロの臣下ではないし、義理立てする必要性も一切ない。

「すでに無視できない損害を我らは被っているのです。もう十分に戦った。十字軍へと戻りましょうぞ」

「うっ、むぅ……」

「確かに、ネロなどという小僧のために、我らが血を流す義理などないが」

「しかしそれでは、完全に我らは敗走した形になってしまうのでは」

「我らは強固な敵陣を突破すべく迂回戦術を実行。しかし軟弱な大遠征軍は我らが攻め込むよりも前に、魔王軍に敗北――――我々はやむなく、撤退を選んだ」

 つまり魔王軍が大遠征軍を倒してくれるまで、遠巻きに眺めていよう、ということである。

 自分たちが丸ごと抜けて左翼に穴が開けば、魔王軍は必ずそこを突いて反撃に転じる。罠など何もなく、本当にただ戦線が崩壊しただけなのだ。警戒はしても、その内に左翼部隊が逃亡したのだとすぐ明らかになるだろう。

 それだけ弱点を晒せば、大遠征軍も厳しい状況となる。それこそ、一気呵成に魔王軍に攻め込まれ、そのまま敗れ去ってもおかしくない。

「無論、大遠征軍が魔王軍を蹴散らしてくれるのであれば、我らはその機に乗じて攻め込めば良い。どうだろうか、これなら負けるにしてもこれ以上、兵は失わずに済むし、勝ち馬にも乗れる」

「私はヘルマン男爵の策に乗ろう」

「そ、そうだ、それが一番現実的な提案であるな」

「私もこの案に賛成だ!」

 流石はシンクレアの下級貴族。戦場で優位に立てばイキリ散らし、劣勢となれば即座に保身に走る。

 彼らは自分と同類だ。だからこそ、こういう状況下においては共犯者として引き込みやすい。

「十字教司祭の方々は如何でしょうか? 我らとしても苦渋の決断なのですが、貴方達の安全を考えれば、最善の行動かと思いますが」

「男爵閣下のお心遣い、感謝いたします。我々は勇敢なる十字軍兵士をお助けするのみ。閣下の高度な戦術的判断に、口を挟むことなどいたしません」

「ありがとうございます。司祭様の気高いお志に、深い畏敬と感謝を」

 ブラスターや機甲鎧のエーテル補給のために同行している十字教司祭の一団も、ヘルマンの保身案には賛成の模様。お互い、命あっての物種に変わりはない。

 にっこり笑顔を浮かべて、実に物分かりのいいお仲間の下級貴族と司祭を眺めて、ヘルマンは堂々と宣言した。

「これより我々は、戦線を離脱する」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 重装歩兵を機関銃で倒せるのか不安だったけど、衝撃で足止めさせて砲撃で吹き飛ばすのか。高火力が充実してると安定感が違うな。正に要塞。 死者の数も桁違いに多そうだし、墓守さんでゾンビ化させれば…
[一言] 皆さんヘルマンのスムーズな撤退を御覧なさい この優秀さは次の戦いに無理やり駆り出されます(予言)
[良い点] 十字軍側 左翼側がヘルマン含む増援組 右翼側が大遠征軍側の残党組 中央の主力ネオアヴァロンだけで6,7万くらいの筈だから、 両翼合計で4,5万くらいが既にガタガタ。 左翼はリタイア 右翼…
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