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黒の魔王  作者: 菱影代理
第46章:レーベリア会戦
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第970話 大遠征軍再編

 年が開けた曙光の月7日。

 クロノがついにパルティアへと乗り込んだその日、ネロの元へ一人の男がやって来た。

「お久しぶりです、第十三使徒ネロ卿。リュクロム・ユグノーシス大司教、十字軍総司令アルス閣下の命により、参上致しました」

「ああー、お前は……そうか、アルスの副官か」

 占領したパルティア首都バビロニカの王宮にて、頭を下げる十字軍の大司教を、仮初の玉座で肘をついて気だるげにネロは眺めていた。

 どこかで見た顔だ、とぼんやり思い、その長い金髪と真面目腐った顔に第十二使徒マリアベルの面影を重ね、ようやく思い出した。

 アヴァロンで聖杯同盟を結んだ時に、十字軍総司令であるアルス枢機卿とは会っている。その時にリュクロム大司教も彼の副官として、顔は見ていた。

 だが同じ使徒であるマリアベルの兄だという繋がりがなければ、全く覚えるに値しない存在として、頭の片隅にも留めなかっただろう。

「スパーダからわざわざ援軍を連れて来るとは、ご苦労だったな」

「盟友の窮地に手を貸すのは、当然のことですので」

「ふん、ここで俺達が魔王軍と共倒れした方が、お前らには都合がいいだろうに」

「とんでもございません。我らは共に白き神を信仰する同胞。その証として、聖杯によって盟を結んでいるのではありませんか。今この場に私が来たことが、信頼の証明となるでしょう」

 何が同胞か。シンクレア人とパンドラの現地人とでは、決して相容れることはない。

 大遠征軍が首尾よく魔王軍を倒したところで、次に待っているのはパンドラの十字教徒とシンクレア十字教との熾烈な覇権争いだ。

 魔王クロノのエルロード帝国を筆頭に、パンドラ大陸にはまだ強力な魔族の国家、勢力があるからこそ白き神の名の下に表向きの協力体制を結んでいるに過ぎない。

 そのことをよく理解しているネロは、十字軍は必ず大遠征軍と魔王軍との戦いが終わった直後、勝敗がどうであれ両勢力が疲弊したタイミングで大きく打って出るだろうと予想していた。

 魔王軍が敗れれば、最大の脅威が消える。大遠征軍が敗れれば、最大のライバルが消える。十字軍はただ座して両軍の決戦を見守っているだけで、最低でもどちから一つの大きな利益を得られるのだ。

 故に、アルスがリュクロムという自身の右腕を指揮官に据えた、大規模な援軍を送ってきたのは予想外の行動だった。

 少なくとも、表向きの同盟関係を維持するためのアピールで、毒にも薬にもならぬ小勢を送り込んできてはいないようだ。

「随分と連れてきたようだが、そのままパルティアを奪おうという算段か?」

「まさか、強大な魔王軍を相手にするのは、これでもまだ足りないほどです。我々の勝利は、やはり使徒であるネロ卿――――失礼、聖王陛下にかかっておられますので」

 白々しいほどの謙遜。あるいは皮肉か。

 すでに第十二使徒マリアベルに、第十一使徒ミサと、立て続けに魔王クロノの手により使徒が討たれている。

 白き神より直接、加護を授かった使徒という絶対的な力の象徴、その信仰が揺らぎかねないほどの連敗だ。これでネロまで討たれるようなこととなれば、どうなるか。

 言外にそうリュクロムから言われたような気分にもなるというもの。

「マリアベルのことは残念だったな。アヴァロンで討たれた以上、多少は俺に恨みもあるだろう」

「いいえ、弟はただ使徒の使命に殉じたのみ。恨むべくは、邪悪な魔王だけです」

 死んだ弟の話を持ち出しても、リュクロムの表情にはいささかも変化は現れない。この程度で感情を表に出すようでは、その若さで大司教まで登ることなどできないということか。

 覚え聞く限り、マリアベルとリュクロムの兄弟仲は良好だったようだ。加護を得るより以前から、兄弟で力を合わせて異教徒の侵略に抵抗していたとか。

 そうして身内が使徒になったお陰で、アルスの派閥は随分と軍事的には恵まれていたという。

「仇をこの手で、と思いはしますが、魔王の力はすでに使徒を討つほどに強大となっております。これを止められるのは、第十三使徒ネロ陛下だけでしょう。十字教の大司教としても、マリアベルの兄としても、どうかネロ陛下には魔王討伐を果たしていただきたく」

「そのために協力は惜しまないと」

「はい、これはアルス閣下のご意向でもあります。魔王軍は今ここで、何としてでも倒さなければ……恐らく、手遅れになるかと」

「ふん、どいつもこいつも、臆病風に吹かれやがって」

 だが傍から見れば、魔王軍の拡大は異常である。

 最果ての欲望都市で帝国の名乗りを上げ、次の瞬間にはアトラス大砂漠全土を支配下においた。

 滅びゆくスパーダから王族を亡命させたかと思えば、電撃的にアヴァロン奪還を果たし、

気づいた時にはファーレンにもルーンにも介入していた。

 そしてヴァルナでミサを倒し、破竹の勢いでアダマントリアまで奪い返し……今まさに、パルティアの大草原を悠々と突き進んでいる。

 連戦連勝を重ねて急拡大してゆくエルロード帝国を見て、最早ただの成り上がり国家と笑える者は誰もいない。エルロード帝国は間違いなく、現時点ですでにパンドラ大陸で最大の版図を誇る大帝国なのだから。

「魔王軍の脅威に際し、こちらもただ数ばかりを揃えたのではありません」

「なるほどな、それがあの『飛行船』ってことか」

「よろしければ、一度お乗りになりますか?」

「ああ、乗り心地がどんなものか、気になっていたんだ」

「それでは、空の上からとくと、我らの誇る最新兵器をご覧いただきましょう」




 リュクロムが参陣したその日、大遠征軍の兵士たちは空を見上げて歓声を上げていた。

 ヴァルナの空でミサと共に散った空中要塞。その悲劇的な一報は、ネロが思っているよりも遥かに兵士達に不安と動揺を与えていた。

 神の力を授かった使徒と、人智を超えた古代魔法文明の遺産が揃って敗れ去ったのだ。今度は自分達だけで、使徒殺しの魔王と帝国の誇る天空戦艦を相手にせねばならぬのかと。制空権の概念など持たずとも、空に浮かぶ戦艦の脅威は雑兵でも理解できてしまう。

 だがしかし、失われたはずの空飛ぶ船が復活したことを、何よりも分かりやすく彼らの前で示された。リュクロムは文字通りに飛行する船、すなわち『飛行船』に乗って現れたのだから。

「――――如何ですか、我らが旗艦『セントパウラ』の乗り心地は」

「ピースフルハートのが遥かにマシだな」

「本物の古代兵器と比べられては、及ばぬことは認めざるを得ませんがね」

 今更、空を飛ぶ感動などないとばかりに、興味なさげな視線を窓の外に彷徨わせるネロに、リュクロムは肩をすくめて苦笑する。

「しかしネロ陛下とてお分かりでしょう。この飛行船は全て現代の魔法技術によって作り上げられたもの。つまり、量産が可能ということ」

「それで喜んでバカスカ作りまくったワケだ」

「敵の航空兵力は強大です。まずは相応の数を揃えねば、相手になりませんからね」

 そう、今バビロニカの空を飛ぶ飛行船は、リュクロムの乗るセントパウラ号だけではない。一回り小さい先行量産型の戦闘用飛行船が十数機、追従していた。

「ご覧の通り、飛行船は安定した飛行能力を有し、十分な武装を搭載することもできます」

「このデカい紙風船が、そんなに頼りになるとは思えねぇがな」

 飛行船の構造は、クロノが知る地球のモノと同様だ。巨大な気嚢で浮力を得て、推進用の動力と尾翼で舵を取り、動く。ネロが紙風船と言ったように、原理そのものは単純なものである。

 しかし地球の飛行船と決定的に異なる点は、随所に魔法技術が使われていること。その最たるものが、船体を浮かせる大きな浮力を得るためのガス。不燃性のヘリウムに変わり、セントパウラ号の白いバルーン内に満ちているのは、風属性の精霊エレメンタルであった。

 本来の飛行船は水素やヘリウムといった、空気よりも比重の軽い気体によって浮力を得る。故に、浮力を上回る船体重量になれば飛ぶことはないし、かろうじて浮いても十分な飛行能力は得られない、物理的な制約が存在している。

 しかし下級のエレメンタルは、召喚すればその身はすでに宙に浮いている。浮遊状態で現れるのは、物理的な肉体を持たぬ魔法生物に共通する特徴でもあり、つまり顕現した時点で彼らは浮力を持っているということ。

 そこから自在に宙を泳ぐように移動できることから、自身の浮力調整と推進力があることも間違いない。

 自ら浮き沈み、自在に動ける。エレメンタルはその性質だけで、ヘリウムガスを遥かに凌駕する飛行船動力となり得るのだ。中でも、より空気に近い風属性が選ばれるのは必然であった。

 さらに魔術師の腕次第で、使役する風精霊の力は変わって来る。凡百の魔術師でも最低限、飛行に耐えうる設計。そこから人数を増やす、あるいは高位の魔術師となれば、浮力と速度の上限も上がるのだ。

 旗艦たるセントパウラには当然、優秀な魔術師複数人を配属した運転体制がとられており、それによって他よりも二回りは大きな船体を操っているのである。

「それに文字通りの紙装甲。大砲じゃなくても、火の玉一発食らえばお終いじゃねぇのか?」

「ご安心を、ただの風船ではありませんから。バルーンはあくまでも動力用エレメンタルの拡散を防ぐための仕切りに過ぎません。少々の穴が開いたところで、どうということもないですよ」

 気体を溜め置く気嚢、という構造上、絶対的な脆弱性を有するのは一見して明らかだ。子供でも、この巨大なバルーンを針で突いたらどうなるか、と思うであろう。

 しかし浮力をガスではなく精霊で代用している以上、術者の制御が及ぶ限り、気嚢に穴が開いたり、少々破れた程度では、すぐさま流出することはない。

 精霊浮力コントロール用の術者には、精霊制御用儀式祭壇も設置してある。一流の風魔術師なら、気嚢の大半が消失したとしても、自身の操る風精霊だけで、少なくとも緊急着陸するまでの時間くらいは十分に操船を可能とするだろう。

 よって、飛行船の守るべき部分は人員が配置された船体そのものとなる。

「無論、相手は天空戦艦に竜騎士団ドラグーンですから、相応の防御結界は搭載してあります。このセントパウラには、聖女様謹製の聖堂結界機が載っております――――よろしければ、この後にでも、聖女リィンフェルト様には是非、お礼を申し上げたく存じます」

「ったく、お前ら人の女をいいようにコキ使いやがって」

「聖女様のお慈悲により、多くの命が守られております。これぞ正に神のご加護の体現かと」

「くだらん世辞はいらねぇ。アイツは現金な女だからな、精々お前ら高値で買えよ」

 『聖堂結界サンクチュアリ』という強大な原初魔法オリジナルを持つリィンフェルト。

 彼女は胡散臭い司祭グレゴリウスの誘いに乗ってアリア修道会に協力した後から、聖堂結界を発動させるための結界機の開発も始めた……というより、始めさせられた。

 その成果がアヴァロン王城を守護していた広域聖堂結界であり、ピースフルハートの宮殿を覆う結界でもあった。

 リィンフェルトの力を込めることでしか作り出せないコアパーツを元に、アリア修道会を通して十字軍にも聖堂結界機は幾つも取引されている。彼女はそれだけで莫大な利益を受け取り、十字軍は絶対防御の力を手に入れる。

 そうした内の一つが、このセントパウラ号にも搭載されているのだ。

「防御は我ら十字教司祭による結界で、そして攻撃も同様に光属性の兵器によるものとなりますが……ああ、ちょうどいい。下をご覧ください」

 ゆったりとした動作で席を立ち、窓辺へとネロを案内するリュクロム。

「アレは――――タウルス、だったか」

 黙って窓の外を見下ろせば、そこには見覚えのあるシルエットが。

 寸胴な巨大人型兵器。重機パワーローダー『タウルス』。第五次ガラハド戦争において、堅牢な大要塞の城壁を破壊してみせた、古代兵器の一つである。

「いいえ、これも我々が作り上げた新兵器、機甲巨兵ギガントギア『グリゴール』です」

 確かに、よく見れば無骨な鉄色の巨人は、真っ白い装甲に覆われ、シルエットも少々異なる。全長もタウルスに比べれば頭一つ小さいようだが、それでも巨人と呼ぶに相応しいサイズであることに変わりはない。

「これからグリゴール小隊の稼働試験が始まるようです」

 空から見下ろせば、地上に描かれる青白い魔法陣の輝きはよく見えた。

 最初に現れたグリゴールの両隣に二つの円形召喚陣が浮かび上がり、ゆっくりと白い巨体を顕現させてゆく。

 合わせて五機横並びとなったグリゴールは、ここまで地響きを轟かせるように前進を始めた。

「あれだけか?」

「今はこれだけ、としか」

 詳細を避けるリュクロムの物言いだが、ネロは追及しなかった。アテにしている、などと思われらくもない。

 本物の古代兵器たるタウルスに及ばずとも、最低五機の機体があれば十分な活躍は見込めるだろう。天空戦艦相手には無力だが、地上戦においては動く巨大な人型というだけで強力な兵器である。帝国軍がどれだけ銃を揃えたところで、グリゴールの重装甲を貫くことはできないのだから。

「タウルスは元々、重機パワーローダーと呼ばれる作業用の機械だったそうですね。ガラハド要塞の大城壁を崩した装備も、掘削用の道具なのだとか」

「古代のスコップも現代じゃ強力な兵器というワケだ」

「ええ、総合的な性能はまだまだ及びません……ですが、現代で兵器として作られたからこそ、グリゴールには武装が搭載されています」

「大した自信だな」

「もう間もなく、お披露目できるでしょう」

 それから、前進、旋回、と簡単な小隊移動を行った後、グリゴールはピタリとその足を止めた。隊列は最初と同じく横一列。

 タウルス同様、サイクロプスのような大きな一つ目のレンズには、草原の向こう側に残された、無人のテント群があった。

 大遠征軍の侵略によって、移動式家屋であるテントも家財も持ち出すことすら叶わず、着の身着のまま逃げ出した小さな集団の住居跡地である。バビロニカ周辺には、このようなテント跡が無数に残っており、珍しいものではない。

 故に、試し撃ちの標的とするには、ちょうどいい。

「始まります」

 リュクロムの言葉などなくとも、ネロの使徒と化してさらに鋭敏となった第六感が、グリゴールの内を巡るエーテルの活性化を感知する。

 それはすぐに視覚的にも明らかな変化を迎えた。テント跡を睨みつける巨大なレンズの瞳が輝き、徐々にその青白い光を増してゆく。

 そうして今にも破裂しそうなほどの眩さにまで膨れ上がった、次の瞬間、


 キュォオオオオオオオン――――


 草原に響く甲高い音と共に、蒼白の閃光が駆け抜ける。

 五機のグリゴールより放たれた五条の光線は等間隔にテント跡を縦断してゆき――――大爆発を引き起こした。

「いかがでしょうか。白色魔力によるエーテル大砲です」

「なるほどな……こんなモンを実用化したってんなら、お前らも調子づくってもんか」

「エーテル動力は長年、研究されてきましたが、実用化にまでこぎ着けたのは、つい最近のこと。そして、こういった技術は基礎が確立されれば、発展は早い――――これからの十字軍は、このエーテル大砲が魔導兵器のスタンダードとなるでしょう」

 直撃した地面は黒々とした焦げ跡が引かれ、その灼熱から炎の筋がそこかしこに走っている。

 無論、そこにあったテント群は跡形もなく消滅。たとえ布のテントではなく、石造りの家屋であったとしても、同様の光景となったであろう。

「この飛行船にもソイツを載せてるってことか」

「主砲としてエーテル大砲を三門、搭載しております。他にも同様の原理の連射式――――『機銃』と帝国軍では呼ぶそうですね。その機銃型も防空兵器の要として、多数備えています」

 本物の天空戦艦と比べれば、型落ちとも呼べぬスペックであろう。だがしかし、現代の魔法技術のみで、天空戦艦の比較対象となれるほどの航空戦力を作り上げるに至った。その意味はあまりにも大きい。

 すでに十字軍にとって、航空戦力は古代の遺産に頼り切りの貴重な一品モノではない。量産を可能とする、現代兵器なのだ。

「それから、同じエーテル技術によって歩兵用の装備も揃えました。魔法銃『ブラスター』です」

 リュクロムが合図すれば、部下の司祭が恭しくテーブルの上に一丁のブラスターを置く。

 外観は帝国軍の歩兵が用いるライフルと同様。サイズ感やグリップ、ストックの形状が少しばかり異なる程度で、基本的には同じ形だ。人間が構えて撃つ、という動作で求められる形状というのは、同じところに行き着くのだろう。

 強いて大きな違いを上げるなら、バレルとレシーバーを構成する金属が真っ白いこと。そして装填するのは弾丸ではなく、エーテルバッテリーであることだ。

機甲鎧ホーリーギアについてた装備の劣化版みてぇな武器だな」

「如何にも、機甲騎士は元より魔法の才も併せ持つエリートですから、より強力な武装を扱えます。このブラスターは、槍しか持てぬ雑兵でも扱うための基本装備となります」

「帝国軍の猿真似かよ」

「こちらも同等の武器を揃えなければ、戦いにもなりません。これからの戦争は、槍と弓の代わりに、弾丸と光弾の飛び交う射撃戦がメインになるでしょう」

 脅威の技術力によって、帝国軍はどこよりも早く銃という武器を採用し、揃えた。お陰で通常の兵士だけでも、一方的に相手を殲滅できるほどの威力と射程を持つに至っている。

 魔王をはじめ、使徒に匹敵する強大な力を誇る幹部級の怪物達が恐れられているが、最初に警戒すべきはただの兵士一人とっても、明確な装備の差があること――――そうアルスは思っているし、リュクロムも同様の考えであった。

「今回の決戦は、戦争の在り方を変える転換点となるかもしれませんね」

「……妙だな」

 鋭く射貫くようなネロの視線を、リュクロムはただ微笑みをもって受け止める。

「何か、おかしなところでも?」

「随分と都合が良いと思ってな。魔王軍と一大決戦をしようっていうこのタイミングで、こんだけの新兵器がゾロゾロと。まるで図ったかのようだな?」

「優秀な研究者達による、不断の努力の成果でしょう。我々も強大な魔王軍を前にすれば、予算を出し惜しみはしませんし、多少の無理を押してでも軍備拡大をするものです」

 何もおかしなことはない。全て自分達の努力の結晶であると、リュクロムは堂々と主張する。

 そんな態度を前に、ネロの視線はさらに険しさを増した。

「『白の秘蹟』だったか――――何者だよ、コイツら」

 ネロは知っている。これらのエーテル魔法技術による発明は、全て『白の秘蹟』と呼ばれる組織が開発したことを。

 タウルスの実用化だけなら、大きな国なら一つくらいはある古代魔法の研究組織による、奇跡的な成果であるとも思えるが……必要になったタイミングで、続々と後出しするかのようなこの状況は、どうしたって違和感を覚えざるを得ない。

 まるで、両者の拮抗状態を崩さぬよう、軍事バランスを自ら維持しているかのように。

「コイツらが再現した技術は、本当にこれだけか? 本当は、とっくに古代魔法を解明してんじゃあねぇのかよ」

「さて、どうでしょう……『白の秘蹟』は、あくまで独立した十字教会の研究組織ですので。アルス枢機卿が命令して動かせるようなものではありませんから、彼らも最先端の研究成果は秘匿するでしょう」

 暗に自分達は関係ない、と言い切っている。

『白の秘蹟』は十字教のために、自分たちの研究成果を惜しみなく十字軍に提供しているに過ぎない、という表向きの関係性をリュクロムは主張するに留まる。

 秘密を漏らす気はない。あるいは、リュクロムも『白の秘蹟』が抱える秘密は知らないのだろう。

「興味があるのでしたら、『白の秘蹟』の長、ジュダス司教をご紹介することもできますよ。私がこの場で、一筆したためましょうか?」

 隠し事など何もない、と声高に叫ぶかのような台詞。

 しかし、ネロはその提案に首を振ることはなく、ついに疑惑の視線を逸らした。

「……いいや、どうもでいい。お前らが協力するというのなら、俺は受け入れよう。ご自慢の新兵器をこんだけ持ち込んだんだ、精々、役に立ってくれよ」

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― 新着の感想 ―
[良い点] ヤナナさん 自分も年表が分からなくなる時があり、こういうのがあるといいなと思っていました。 ありがとうございます。 [気になる点] クロノ若いなー まだ20歳いくかいかないかかよー
[一言] 相変わらずネロの態度悪いな いちから自分たちの力で国を作ったクロノと違って周りにヨイショされてるのに自分の力だけで成り立っていると思っているのが鼻につく
[良い点] 流石に技術差で一方的に蹂躙できるほど甘くないか... しかし白の秘蹟とジェダスはどういう行動理念で動いてるのか分からなく怖い。 相手に合わせて研究成果を後出しするって、常に両側に犠牲者を増…
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