第967話 騎馬戦(1)
「————いよいよ、魔王軍のお出ましかい」
確実な偵察報告を受け、ブライハン騎馬団団長スラーハは不敵に笑う。
当初は空の彼方にドラゴンの影も見えた、と大いに警戒したものだが、斥候部隊を放ち様子を探らせてみれば、どうやら魔王軍は正面からの騎馬戦を挑むつもりのようであった。
「舐められたもんだ。まさか私達を相手に、馬に乗って喧嘩を売るなんてねぇ」
「例の魔王軍は連戦連勝、あの使徒もぶっ殺してるってんですから」
「そりゃあ調子にも乗るってもんでしょう」
「ああ、確かに魔王軍は強力だろうね。使徒殺しの魔王に空飛ぶ戦艦、次々出て来る古代兵器に新兵器。私らだけじゃマトモにやっても勝ち目はない————」
連戦連勝はこちらも同じであるが、それで相手を同格と見做すほどスラーハの頭は勝利に酔いつぶれてはいない。
憶え聞く噂だけでも、魔王軍の強大さは十分に伝わって来る。どこまでが本当で、どこから嘘か、正確なところは分からないが……使徒を殺し、アダマントリアまで瞬く間に解放し、今まさにパルティアの草原へと乗り込んで来たことだけは、紛れもない事実である。
大遠征軍を真正面から粉砕し、それでも反撃の歩みは全く止まらず進み続ける魔王軍は脅威の一言。スラーハは決戦場では絶対にこんな奴らの相手をしたくないと常々思っていたものだ。
「————だが、奴らも同じ騎兵。これで負けたとあっちゃあ、草原の覇者の名折れだ。おい、お前らっ、草原で最強なのは誰だっ!!」
「ブライハン!!」
「我らこそ、草原にて最強!」
スラーハが声を上げれば、騎馬戦士達の雄叫びが轟く。
これで空にドラゴンの群れや噂の空飛ぶ戦艦があれば、迷うことなく撤退を選んでいただろう。しかし相手は同じ騎兵。数は若干、こちらが上回るといったところ。
この条件で逃げの一手を選ぶような女なら、スラーハは故郷で大人しく有力氏族に嫁入りしている。
「気合入れろよ、お前ら。相手は魔王軍だ。これまで狩って来た馬野郎共とはモノが違う」
「はい、姐さん!」
「だがこのパルティアの全てを手に入れるためには、奴らを倒すしかない。恐れるな、勇ある者だけが栄光を手にする! 行くぞ、魔王軍を蹴散らせっ!!」
スラーハの檄によって、率いる騎馬団全員が戦闘態勢へと入る。
弓を掲げて雄叫びを上げ、戦意を高める同胞達を背に、スラーハは並走する副官に作戦を伝える。
「ケンタウルスは無視しろ。魔王軍は奴らを助けるつもりのようだ」
「それなら、少数で突いてやった方が敵を散らせるのでは?」
「ダメだ、黒竜がいる」
「本当に黒竜が?」
「ハッタリだとしても、奴らがそれなりの空中兵力を抱えているのは事実だ。グリフォンが難民の上を飛んでいるのは確認済みなんだよ」
「グリフォンナイト……まさか、ファーレンの黒耳が」
「流石は魔王軍だ。森の奥からあの偏屈野郎共を連れ出して来るんだからねぇ」
ファーレン攻略に従事したスラーハは、ダークエルフの厄介な戦い方をすでに知っている。特にグリフォンに乗った騎士は精鋭中の精鋭であり、彼らの活躍によって追撃を食い止められたこともあった。
ただでさえ相性のよくない相手。あまり積極的に戦いたくはない。
「下手な小勢じゃ本隊を釣り出すよりも前に潰されちまう。全ての魔族を救うと豪語するって魔王の噂なんざ、十字坊主の説教と同じ糞まみれのお題目かと思ったが……どうやら本当に、無辜の民を救おうなんて思ってる甘ちゃんらしいねぇ」
空中偵察が出来る魔王軍は、こちらよりも早くブライハン騎馬団を補足しているに決まっている。当然、単純な数ではこちらに分があることも分かっているはず。
ならばグリフォンナイトと、もしも本当にいるなら黒竜を使って、空中兵力の優位を存分に活かすのが上策。そもそも持てる戦力を集中させるのは基本中の基本だ。
しかし貴重な空中兵力を総動員してケンタウルスの避難民の護衛につかせている。スラーハからすれば、信じられない采配。
大切な同胞でもない異種族、それも有象無象の民草などを、貴重な戦力を割いて守らせて何になると言うのか。自分達が負ければ民の命もクソもない。
本当に民を思うのであれば、この戦いでどれだけ彼らの命が失われようとも、戦力を集中させて少しでも早く、そして確実な勝利を掴むこと。
だが魔王クロノは、敵が戦いの中で避難民に襲い掛かるのを忌避した。圧倒的な戦力優位を確保しているワケでもないのに、民の命を守ることを優先したのだ。
「負けられるかよ、そんな甘ったれた野郎に」
報告によれば、魔王軍騎馬部隊を率いているのは、巨大な不死馬に跨った、悪魔の王が如き禍々しい漆黒の鎧兜を身に纏う男だと聞いている。
外見的特徴からして、魔王クロノに相違ない。
もしソレが単なる影武者で、魔王本人がいないのだとすれば、真っ当にこちらへ戦力を集中させる判断を下すに決まっている。
戦術的に下策としか思えない采配を振るったのは、魔王の傲慢に他ならない。こんな馬鹿な真似を部下に命じられるのだから、魔王本人がいるに違いないと、スラーハは確信していた。
だからこそ、許し難い。
これでグリフォンナイトもつぎ込む全力で挑んで来たとあれば、こちらも覚悟を持って応えた。
しかし魔王は、自分も同じ騎兵だけを連れて、こちらへ真っ直ぐ進軍してきたのだ。お前ら如きに本気を出すまでもない。そう煽られているかのように、スラーハのプライドは傷ついた。
「なぁ、あの旗印に見覚えはないか?」
「あぁ確か、スパーダのテンペストでしたか」
「あの敗残兵共も、黒耳と一緒に魔王に下ったってことだ」
「ちょうどいい、今度こそ狩り尽くしてやりましょう」
敵陣営の詳細な報告が続々と届き始め、スラーハは作戦を固めた。
「魔王の近衛とテンペスト、どっちも重騎兵が中心だ。いい装備にいい馬、ボンクラじゃない精鋭騎士だろう。だが、足はこっちの方が早い」
それにこれまで魔王軍の戦いの中で、大規模な騎兵の運用はない。調べられる限りの情報から見ると、魔王軍の勝利は何れも現代の常識を超えた古代兵器によるものが多い。
そして戦略戦術など皆無な、ワガママ放題の使徒がのこのこ出張って来たところを、最精鋭をつぎ込んで確実に討ち取る。
自分達の強みと、敵の弱みを突いた、これも立派な戦術。
しかし卓越した指揮によって、兵を動かし勝利した、という例が見受けられない。魔王は通常戦力における指揮の腕は劣る。少なくとも、その腕前が発揮されたことはこれまで一度もない。
「恐らく、魔王は馬の動かし方を知らない」
「へっ、姐さんを基準に考えちゃあ、可哀想ってなもんですよ」
「茶化すな。いいか、いつも通りに、私らの一番得意な方法で仕掛ける。動いて囲め、近寄らせるな」
「了解。ブライハンの騎馬術、奴らに見せつけてやりますよ」
「蒼狼群の陣を敷け! 散開っ!!」
スラーハの号令一下、騎馬団は一糸乱れぬ動きでもって左右に分かれて分散。まるで一体の生き物のように、滑らかに魔王軍を囲い込む包囲網を形成し始めた。
「————やはり、包囲してきたな」
いよいよブライハン騎馬団との交戦距離に入ろうかと言うタイミング。
自分の目と妖精通信で入る情報から、敵はこちらを完全に包囲するような動きを見せていることが分かる。
ブライハンの主力は軽装の騎馬戦士。強力な魔法弓を使い、攻撃力・射程・連射に優れ、馬の機動力を最大限に活かして、敵を近寄らせず常にアウトレンジから攻撃し続けるというのが基本戦法だ。
文字通りに人馬一体のケンタウルス戦士を相手にしても、この戦法で勝っている以上、その練度はかなりのもの。
乗馬術は確実に向こうの方が上、というのは目の前で流れるように兵を動かしている様子だけでも十分に伝わって来る。本物の騎馬民族は伊達じゃないな。
「作戦通り、ど真ん中を一点突破で行くぞ」
対してこちらは重騎兵がメイン。攻撃、防御、速度、どれも高水準で揃った精鋭。突撃によって敵部隊を一挙に粉砕する戦場の花形だ。
しかしブライハンの騎馬戦士からすれば、速度に劣る重騎兵はカモである。硬い防御も、一方的に攻撃し続ければいつかは破れる。あるいはその前に心が折れるか。
テンペストでも、足が速く遠距離攻撃に優れるブライハンに追撃されれば、相当な犠牲を強いられただろう。
だが今回は泣きっ面に蜂のような無様な撤退戦ではない。エメリア将軍にはファーレンでの借りを、今この場で全て奴らに叩き返してもらおう。
「全速前進。突撃だ」
俺が命令を下し、総員が騎馬へ鞭を入れて加速し始めた直後。
戦端を切ったのはブライハン。こちらの出鼻をくじくように、綺麗に包囲網を完成させた状態で、全方位から一斉に魔法弓による攻撃が放たれた。
思ったよりも、距離が遠い。草原の彼方で豆粒のようにしか見えないほどには離れている。
しかし奴らが放った攻撃は、綺麗な炎の弧を青空に描きながら、正確に俺達が走る先へと飛んで来た。
感覚からして、中級攻撃魔法くらいの威力。だが現代魔法ではなく、恐らく独自の武技と鏃の火属性魔石によって形成された炎の矢だ。『火炎槍』より威力はやや劣るが、『火炎砲』の半分程度の爆発力も秘めているだろう。
あの騎兵の大半からこれほどの攻撃が飛んで来るのか。中には上級に匹敵する魔力を感じるものもある。
さらには、風属性の矢もほぼ等間隔で入り混じっており、着弾後に炎を煽って拡散させる効果も狙っているな。
高速で動きながら、正確にこの一斉攻撃を繰り出してくるのか。確かに、コイツは厄介な相手である。
そして目立つ格好の俺が、堂々と先頭切って走っているお陰で、俺の下にはさらに濃密な火炎の矢が殺到してきた。その中には一際大きな、フィオナの『火矢』を思わせるような強烈な一発も混じっている。
「防御陣形!」
「撃て」
エメリア将軍の命と俺の命が同時に下る。
二つの命令で混乱することはない。命じたのはそれぞれ別だから。
テンペストは炎の雨となって降り注いでくる一斉攻撃を前に、即座に防御魔法を展開。瞬間的に俺達の頭上に暴風雨が吹き荒ぶ。
風と水の複合属性か。強烈な風圧によって矢を逸らし、入り混じった大粒の水滴が炎から熱を奪ってゆく。
それでも抜けて来た火矢は、冷気を発する氷の盾によって物理的に弾かれた。
一方、俺の命に応えた暗黒騎士達が一斉に射撃を開始する。
敵は遠く小さな人影にしか見えないが、それでも見えているなら十分だ。ましてあれだけ群れているなら尚更。
奴らの矢が届くように、こちらの弾丸も届くのだ。
この距離で反撃が飛んで来るとは思っていなかったのか。瞬く間に全方位へと引かれた火線に、慌てて動き出す敵部隊の様子が分かる。
だが驚いた、といった程度の混乱に留まり、お互いがぶつかることなく目まぐるしく立ち位置を変えながら回避行動に動いているのは、凄い対応力だ。
彼らは魔法弓の攻撃に特化している分、防御魔法は最低限。その代わりに馬を動かして回避というのが基本らしい。こちらの銃撃に怯むことなく回避しながら、攻撃を続行するのは見事な練度としか言いようがない。
しかしこれで、アウトレンジで一方的な攻撃という奴らの優位は崩れた。
テンペストは得意な防御に専念し、攻撃はEAシリーズを揃えた暗黒騎士が担う。攻防のバランスはお互いにイーブンになったといったところ。
そしてここから戦況を打開するのが、俺の役目だ。
「喰らえ、『天獄悪食』」
目前に迫る炎の殺意を前に、抜刀。
神々しいほど白く輝く美しい牙の刀身から、轟々と不気味な真紅のオーラが渦巻く。一振りすれば、それだけで目の前の火炎は消え去った。
悪食の太刀はこの程度では喰らい足りないと言わんばかりに、握った右腕から魔力を奪っていく。強力だが、相変わらずの大喰らいである。
ひとまず初撃だけ防げればそれでいい。これから必要なのは、速度だ。
「メリー、飛ぶぞ————『嵐の魔王』」
包囲戦術に対する模範解答は、一点突破である。
圧倒的多数でもない限り、ただ敵を囲むだけでは、どこか一方向に戦力を集中されればあっけなく包囲網は瓦解し、一転してピンチとなってしまう。だからこそ包囲側は兵数の優位や地形を活かしたりして、敵の突破を阻む手段を用意するものだ。
ブライハン騎馬団にとっての突破対策がスピードである。
包囲のどこかを抜けようと敵が動き出せば、その方向にいる騎馬部隊は逃げて距離をとる。その動きに即座に味方も呼応して、逃げた分だけ追いかけるように包囲を狭め、必ず敵を囲む距離を一定以上に保ち続けるのだ。
これを抜けるには奴らを超えるスピードで駆け抜けるか、大火力の遠距離攻撃で穴を開けるか。
俺は前者をとった。
メリーに乗ったまま、速度強化の加護『嵐の魔王』を発動するのは前から結構やっている。スパーダが陥落した時も、今にも突破されそうな門へと味方を飛び越えて躍り出たものだ。
今回はあの時とは逆。敵を飛び越え、奴らの前へと降り立つ。
天獄悪食によって弾幕を消されても即座に二の矢を放とうとしていたが、遅い。俺が急加速を始めた瞬間に慌てて攻撃を放っても、すでに俺を乗せたメリーは大跳躍を決めて空の上。燃え盛る火炎の矢束は足元を通り過ぎて行く。
そうして、そのまま敵の頭上も飛び越える。トップスピードに乗った俺を奴らは捉え切れなかったようだ。すでに通り過ぎ、虚空に黒風の残滓が赤黒く引かれた跡を間抜けに見上げているだけ。
「————っと、結構飛んだな。こいつは最長記録じゃないか、メリー?」
ブルル、と唸るような返事。超高速ジャンプからの着地を決めた次の瞬間には、もう元気に走り出している。
加護を使えばかなりの負荷をかけているのでは、と心配もしていたが、少なくとも『嵐の魔王』とメリーの相性はいいようだ。発動後はメリーが纏う不死馬の魔力も活性化しているし。
そうして敵の前へと躍り出た俺だが、ここからが本番だ。その自慢の足を止めてやる。
「仕事だ、ヒツギ。しっかり頼むぞ」
「いつでもどうぞ、ご主人様。パーフェクトメイド長ヒツギ、準備万端でーす!」
「『魔剣・地刃』」
疾走するメリーの上ではためく黒マント『無限泡影』から、魔剣を派手にバラ撒いて行く。
『地刃』はいつもの量産品長剣に疑似土属性である『黒土』を付加したものだ。
マイクロミサイル代わりに使う裂刃と違って、コイツには鉄の剣より多少は硬くなる程度の効果しかない。だから何十本も放出した地刃が、敵に切りかかることはない。
その刃が貫くのは、地平線の果てまで続く緑の大地、草原そのものだ。
ザクザクと等間隔で突き刺さって行く地刃を確認してから、いよいよ本命の黒魔法を発動。
「————『黒土沈降』」
鮮やかな緑の草原は、瞬時に黒々とした泥沼へと変わる。
この黒魔法は『地中潜行』の効果を広範囲化させたものだ。
事前に地刃を用意しておけば魔力消費の軽減と、黒色魔力を地面に通す手間を大幅に省ける。点々と突き立った剣の範囲内を、一瞬で黒土と化す。
ついこの間に『地中潜行』を何日も使いっぱなしだったから、すっかり手慣れて『黒土沈降』もすぐ完成した。というかヴァルナの密林を彷徨っている間に、帰ったら絶対に効率的な広範囲魔法にしようとずっと思っていたからな。
たまに奇襲攻撃で使う、くらいの認識でいたせいで、折角の黒魔法を洗練させず放置したツケを払わされた気分だった。他にも改良すべき黒魔法が幾つもあると思い直したが……今は目の前の戦いに集中しよう。
「さぁ、行くですよ! ご主人様、このメイド長ヒツギの大・活・躍!! しかとご覧になってくださいねーっ!!」
「いいからさっさとやれ、『魔手』————『蛇王禁縛』」
「冥土流黒魔法————『沙羅鎖螺蛇』!
一面に広がる漆黒の泥沼から、九つ首の大蛇と、鎖で編まれた蛇の大群が湧き出る。
ご自慢の馬術で、この数と範囲の妨害を超えられるか。試してみろよ、ブライハン。