第965話 パルティア戦線(1)
年は開けて、大陸歴1599年。曙光の月7日。
年末年始にも関わらず、ドワーフを中心とした工兵部隊が頑張ってくれたお陰で、ダマスクからパルティア南部まで続く線路が完成した。
パルティアの最南端、アダマントリアとの国境に位置する場所には、そこそこの規模の町がある。かつてカーラマーラ目指して旅をした時は、道中で待ち伏せしていた暴走賊『紅蓮武凛』を返り討ちにして総長以下幹部連中を生け捕り、まとめてこの町で賞金首として突き出したものだ。
この国境の町がパルティアの南側玄関口となるが、大遠征軍も当然ここを占領している。
最南端とはいえしばらくは開けた場所が続くので、ここも草原の町らしく城壁などは存在していなかった。しかし大遠征軍がパルティア全土を制したことで、アダマントリアを臨むこの町を頑張って要塞化したようだ。
町はそれなりの規模の石壁で囲われ、あちらこちらに防御塔が突き立つ。そして町を背中に庇うように、砦が築かれている。
ここは大遠征軍に与したパルティア周辺国の内の一つだが、ダマスクからの脱出に成功した大遠征軍残党は真っ直ぐこの町へと逃げ込んで来ていた。
ダマスクを占領していたローゲンタリアの女公爵ベラドンナは、アルゴノートが呼び出した炎龍を見て、即座に市中に配置していた兵を北側へ脱出するよう命令を発してた、というのは後になってから判明した話だ。卓越した炎魔術師と有名らしいが、この判断力と、八首炎龍に襲われても一時的にでも持ちこたえた王城の火炎結界は、確かに賞賛すべき実力であった。あのフィオナでも「結構凄いですよね」と言っていたくらい。
そういうワケで、思ったよりもダマスクから脱した大遠征軍兵士は多かったようだ。そしてソイツらが国境の町まで辿り着いたことで、普段よりも防衛兵力は増している。もっとも、ヴァルナから敗戦続きで士気は最低であろう。
ダマスク陥落を聞いて、これはもう敵わぬと諦めて自国へ帰ってくれれば一番良かったのだが……下手に兵士が増えたことで強気に出たか。結局、町の防備をさらに増やして徹底抗戦の構えをとった。
余計な攻城戦をする羽目になり、こちらとしては多少の損害覚悟で当たらなければならない————というのは、普通の兵力だった場合の話だ。
年が明けて、正月休みも終わったよねという頃に、俺が呑気に列車に揺られてこの町へとやって来れたのは、迅速に制圧が完了したからこそである。
「はい、そうです、この私ガーヴィエラが制圧いたしました!!」
そのまま臨時司令部となった砦へやって来ると、まずは攻略戦の立役者である元黒竜大使ことガーヴィエラが、俺の前で平伏して待っていた。
ここはまだ正門から入ってすぐの広場である。お出迎えをする場所としては相応しいが、大勢の衛兵がいる中でこの対応はちょっとどうかと思う。
当然のことながら、今のガーヴィエラは人間形態、というか角やら尻尾やらはそのままらしいので竜人形態と言うべきか。どっちにしろ、見目麗しい黒髪美少女である。
そんな彼女を足元に這いつくばらせているのだから、何というかこう、非常によろしくない構図だ。
「次はどこを落としましょうか。魔王陛下、なんなりとご命令を!」
そしてやたら懐いた犬のように、褒めてと言わんばかりのキラキラした目で見上げられる。
うん、やはりこれは良くない。良くないぞ。
「ああ、よくやってくれた、ガーヴィエラ。流石は黒竜だ。お前が味方してくれることに、俺も皆も、心強く思っている。そう畏まる必要はない、胸を張って立ち上がるといい」
「あ、ああっ、陛下に褒められたぁ……うわぁああああああああああああん!!」
しっかり功績を讃えつつ、さっさと立ち上がらせようと思って言葉を選んだつもりだったが、ガーヴィエラは感極まったように大泣きし始めた。当然、立ち上がるどころではない。
おい、これ俺が泣かせたみたいじゃん、どうすんだよ。
「こらっ、黒竜が情けない姿を見せるでない。シャンとせい!」
「うううぅ……はいぃ、ベルお姉様ぁ……」
見かねてベルが口を出してくれた。
やはり同じ黒竜が相手をする方が、角が立たなくていい。ベルはすでにして黒竜達のトップに立っている。しかし、お姉様呼びとは。
ガーヴィエラはリリィにボコられ、ベルにお仕置きをくらい、当初の傲慢な態度はすっかり鳴りを潜めている。と言っても、大使として来た時の彼女を見ているのはリリィだけ。俺は怒り心頭のベルに連れて行かれるところが初対面だったので、二人の幼女に平身低頭な可哀想な娘というイメージしかない。
「————お待ちしておりました、クロノ魔王陛下。ご無沙汰しております」
「ブリギット、もう来ていたのか」
メソメソしているガーヴィエラをベルが脇に退かせると、次に現れたのはファーレンの神官長ブリギットである。四人目の婚約者、と言う方がいいかもしれない。
「グリフォンに乗っていれば、列車よりも早く着きますから」
流石に空を飛ぶ方が早いか。それも騎乗しているのがファーレンでも最精鋭となれば、ダマスクからここまでひとっ飛びの距離である。
俺はこれからパルティア南部を巡って、侵略の最先鋒である占領部隊を蹴散らしながら、まだ抵抗を続けているケンタウロス部族を救援する。今回の決戦における前哨戦のような戦いとなるのだが、ブリギット率いる有翼獣騎士団も参加することとなった。
今回は総力戦となるので、ファーレンからも応援を募った結果、ブリギット自ら名乗りを上げてくれた。コナハトは新領主ディランに任せて来たし、防備もしっかり固めている。その上さらに秘密兵器も置いて来た。
パルティアでの決戦を好機と見て、再びファーレン侵攻を許すわけにはいかないからな。防衛力はかなり強化されたお陰と言うべきか、グリフォンナイトのように機動力のある部隊を活かすために、こちらへ回すだけの余裕が十分に出来たそうだ。
本来ならクリスティーナの『帝国竜騎士団』を連れて行く予定だったが、ブリギットの厚意もあったので、お願いすることとした。クリス達は本番まで、再びベルドリアで訓練だ。なにせ今回は因縁の『ドラゴンハート』も相手にいるからな。
ともかく、そういうワケでブリギットはモリガンからダマスクへ飛んで、一足先にこの砦にまで辿り着いたのだった。
「こっちの騎兵が揃うまで、まだ数日かかるから、それまではゆっくり休んでいてくれ」
広大な草原を走り回ることになるので、編成は騎兵中心となるのは当然だ。
しかしながら、実はエルロード帝国に有力かつ大規模な騎兵部隊がない。
カーラマーラは巨大なダンジョンに挑む冒険者と、街を支配するギャングが戦力の中核。ジン・アトラスを筆頭とした砂漠の国々は、流砂という特殊な環境のために主力は砂漠海軍だ。
アヴァロンはそもそも主力をネロがごっそり引き抜いて行き、ファーレンは深い森の国。ヴァルナも密林で、アダマントリアは山岳国家である。
今や大陸の三分一を制覇したエルロード帝国の広大な版図でも、広い平野を縦横無尽に駆け抜ける騎兵軍団を擁する国は一つも含まれていないのだ。
よって現在のところ最も有力な騎兵部隊は、シモンの姉貴であるところのエメリア将軍率いるスパーダ軍第二隊『テンペスト』である。
スパーダからファーレンと度重なる敗戦によって『テンペスト』もかなり消耗していたが、帝国軍で再編成され、今回のパルティア決戦に向けて最大規模の騎兵軍団として復活させている。
今回はその一部を前哨戦における主力として扱う。
流石に馬ごと列車に載せるのは効率的ではないので、騎兵部隊はダマスクから自分の足でこちらへ来ることとなっている。そこで多少の日数がかかるというわけだが、
「うふふ、その間は陛下の寵愛を賜れるようで、嬉しいです」
妖艶に微笑むブリギットが、しっとりと包み込むように俺の手を握る。こういう色っぽい所作が本当によく似合う。婚約者となった以上、もうハニートラップなど警戒する必要はないので、素直にドキりとさせられる。
「させません……そうはさせませんよ……」
そしてすぐ後ろから、恨みがましい声が響いて来る。
「あらあら、ネル姫様もお久しぶりでございます」
「お久しぶりですね、ブリギット神官長」
「大人の恋愛はお姫様にはまだまだ刺激が強いようですし、今夜はお早めに眠るのがよろしいですよ」
「あ、貴女の思い通りには絶対にさせませんからね!」
クスクスと笑いながら、いつかの醜態を揶揄するブリギットに対して、早くも余裕を失ったネルが吠えた。
ついこの間のクリスマスの件もあって、ネルは再びこの手のコトには過敏になっている。
「ブリギットは強敵であることを認める。ですが、私は負けません、マスター」
そしてクリスマスで一人勝ちして反逆大成功をしたサリエルが、使徒のような威圧感を発しながら意気込んでいた。
「ここからはもう戦地なんだから、そういうコトは控えるからな……」
今の俺に出来ることは、やんわりと釘を刺すことだけだった。
ダーヴィス・ウェリントン伯爵が率いるファーレン攻略軍より、正式に契約を終えたブライハン騎馬団は、十字軍の誰よりも早くパルティアの大草原へと侵攻を開始した。
騎馬団を率いるスラーハは、ブライハン族の族長の娘である。元ドラグノフ帝国の傘下にあったブライハン族は、今のシンクレア共和国においては二等神民という屈辱的な被差別階級に貶められている。
シンクレアに許される限りの、狭く区切られた草原でのみ生きることを許された一族。それでも誇りを忘れず精強な騎馬戦士を育てれば、便利な傭兵として使い潰されてゆく。しかしこれといった産業もなく、困窮する一方の一族にとって傭兵稼業は最大の収入源となる。
否が応でも、勇敢なる同胞の命をもってしか一族を存続させる術はなく、かといってこのまま続けていても破滅は避けられない。そしてその終わりの時がそう遠くないと悟っているのは、年老いた族長の父も、うら若きスラーハも同様であった。
「ああ、素晴らしい……このパルティアこそ、我らが夢見た地だ」
地平線の彼方まで続く広大な草原を眺めながら、スラーハは感極まったように呟く。
陽はすでに地の果てへと没し始め、青々とした草の絨毯を、今ばかりは鮮やかな朱に染めあげている。この雄大で美しい景色に、自然と涙が込み上げてきた。こんなに感動した気持ちになるのは、いつ以来だろう。あるいは人生で初めてかもしれない。
幼い頃から聡明なスラーハは、自分の一族が鎖に繋がれた家畜同然の境遇にあると早々に理解できていた。故にこそ、子供心にも希望という淡い期待を持つことも、なかなかできずにいたものだ。
けれど、この景色こそ正しく希望。一族を救う約束の地。理想の未来。
「きゃぁああああああああああああああ!!」
絹を裂くような悲鳴がすぐ傍で上がったことで、スラーハは水を差されたような気分で視線を向けた。
「おい、やかましいぞ。何を騒いでいる」
「すみません、姐さん」
「いきなりコイツが逃げ出したもんで」
見れば、足に矢を受けて倒れた女のケンタウルスと、その子供が部下達に捕まり、囲まれているところであった。
背後はすでに制圧した集落がある。さほど大きくもない、遊牧民の集落は、このパルティアには無数にあるありふれた存在であり、かつてのブライハンでもそうだったものだ。
火の手は上がっていない。人間とケンタウルスで種族の違いこそあるものの、同じ遊牧生活を営めば、必要な持ち物はおおよそ同じ。主な財産は家畜であり、下手にそれを損失しないよう、無暗に火を放つような真似はしない。
結果的には単純な武力のみで制圧をするのだが、どうやらこの母子は上手いこと抜け出してきたようだ。無論、隠れ潜む場所などない草原にあって、誰にも見つからず逃げおおせることなどできるはずもないのだが。
「ちっ、手間をかけさやがって。オラ、来い! さっさと戻るんだよ!」
「おい、このガキぃ、大人しくしやがれ!」
「お騒がせしてすんませんでした、姐さん。すぐ戻しますんで」
「お、お願い! お願いします! どうか、この子だけは、助けてください!!」
縄をかけられ、引きずられるように連行されようかという最中に、母親が涙ながらに懇願の叫びをあげる。
「おい、ちょっと待て」
その悲痛な声に、姿に、思うところがあったのか。
スラーハは制止の声を上げた。
「はい、なんでしょうか姐さん」
「いいだろう、お前の子供は助けてやる」
「ほ、本当ですかっ!?」
「おい、子供を前へ」
一筋の希望を見出したかのような母親になど見向きもせずに、部下へ子供を自分の前へと連れて来させる。
「クソッ、離せよ! 母ちゃんを離せってんだぁ!!」
「黙ってろ、クソガキが!」
縄を首にかけられながらも、威勢よく気炎を上げる子供の抵抗に、部下も少々手を焼いている様子だった。子供は多少、殴られたり、槍の石突で小突かれる程度では、へこたれないほど気が強いようだ。
「ふっ、随分と元気がいいな。気性が荒い方が、強い馬になるものだ」
目の前でうつ伏せに組み伏せられた子供を馬上から見下ろし、スラーハは楽しそうに言う。
「お前ら、しっかり抑えておけよ。人の子と思うな、若馬だと思え」
言いながらスラーハが、騎乗している真っ赤な愛馬の手綱を引けば、主の意を汲み前脚を振り上げた。
その瞬間、振り上がった蹄が赤熱化し、薄っすらと赤い炎を纏う。
そして振り下ろされた灼熱の蹄が、曝け出された子供の背中を踏みつけた。
「ぎゃぁあああああああああああああああああああああああああああっ!!」
耳をつんざく絶叫に、肉の焼け焦げる音が混じる。
殺す気はない。これは攻撃ではなく、烙印。
「この子供は私の奴隷として育てよう。数年すれば、それなりの戦働きも期待できそうだ」
良い拾い物をした、と満足げに言うスラーハを、母親は目を見開いた絶望の表情で見上げていた。
「子供を連れて行け。間違っても売るんじゃないぞ」
「勿論ですよ。姐さんが目利きした上物を、奴隷商なんぞに卸しやしませんって」
心得ている、とばかりに部下が言い、蹄の烙印を押し付けられぐったりとした子供を引きずって行く。
「その女は逃げた見せしめとして、馬裂きの刑にしておけ」
そうして、ブライハン騎馬団は瞬く間に大草原を侵略してゆく。
パルティアは総力を結集した上で、ネロ率いる大遠征軍に大敗を喫した。もう二度とまとまった戦力を集め、正面切っての戦は出来ない。
規模としてはそこそこの騎士団、といった程度のブライハン騎馬団だが、最早散発的な抵抗しかできないケンタウルス部族が相手ならば、万に一つも負けはしない。
これが乗馬技術も拙いシンクレア貴族の騎士や私兵であれば、草原での戦いを熟知し、文字通りに人馬一体の精強な騎兵そのものであるケンタウルス戦士を相手に遅れをとることもあるだろう。
だがしかし、ブライハン族はアーク大陸における草原の覇者だ。この広大な緑の大地こそが、最も得意なフィールド。パルティアのケンタウルス相手に一歩も退かない、卓越した騎乗戦力を誇る。
草原での戦い、そして何よりも草原での暮らしを知るブライハン騎馬団は、共にファーレン側から侵攻を始めたシンクレア貴族を置き去りに、その支配域を急拡大させていた。
「そうだ、パルティアは我らのもの! この大草原は我らにこそ相応しい。ブライハンは再び、草原の覇者としてその名を轟かせるのだ!!」
「ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
轟く鯨波に、スラーハの胸は高揚する。
パルティアに踏み入ってより三ヶ月ほど。
まるで夢の中にいるようだ。幼い頃から夢に見た。無限の草原を、誰を気にすることもなく駆け抜ける。自分が、自分達こそが草原の支配者になるという夢。
パンドラ大陸には広い草原地帯がある、という不確かな伝聞の情報のみを頼りとして、ここまでやって来た。
そして本当に故郷よりも広大な大草原を目にした時、強く覚えたのは解放感。スラーハには予感があった。ここなら、この場所ならば、今度こそ自分達は何者にも縛られない。
この大草原を進むたびに、その予感は確信に変わる。
連戦連勝。進んだ分だけ領地は増え、奪った財産が膨れ上がって行く。すでに一族全員を養ってもお釣りがくるほどの大収穫。
もう自分達は飼い殺しにされて緩やかな滅びを待つ、二等神民という敗北者などではない。
力強く草原を駆け抜け、前に立つ者を打ち倒し、征服する。強大な侵略者であり、支配者。それこそがブライハン族の真の在り方。それを今こそ蘇らせる。他でもない、この自分が。
だから止まらない。もう止まれない。
「————パルティアは、私のモノだ」
たとえ大遠征軍と衝突することになろうとも、パルティア大草原は自分が全て手に入れる。そう確固とした野心を燃やすスラーハの下に、その一方が届いたのは、年が明ける直前の時期であった。
「大遠征軍に協力しろ、か」
パルティア侵攻中の全ての十字軍に通達された内容であった。
近く発生するパルティアでの大遠征軍と魔王軍との決戦。十字軍としても、ここで一方的に大遠征軍が破れるのは、あまりよろしくない。
大遠征軍が負けるとしても、魔王軍には相応の打撃を与えたい。少なくとも、すぐに他の場所へ進撃するのは難しいほど。
それが無理でも、最低でも第十三使徒ネロだけは生かしておきたい。
第十二使徒マリアベル。第十一使徒ミサ。立て続けに二人もの使徒が討ち取られ、三人目も倒されれば、戦力的な損失は非常に大きい。
よって十字軍総司令アルス枢機卿は、来るべき決戦において大遠征軍への大々的な支援を発表した。これは聖杯同盟に基づく正式な支援であると、ネロとアルスの双方了承済みだ。
実質的な決戦への参戦命令である。
「コイツはまずいですよ……どうするんですか、姐さん」
スラーハは騎馬団幹部だけを集めた軍議で、この命令を発表した。
最終的には大遠征軍をパルティアから叩き出して、全土を支配したい自分達にとって、これは最悪に近い指示である。如何に広大な占領地を得たといっても、十字軍においてブライハンの発言力は皆無に等しい。
あるいは、あまりにも急速に草原を制したせいで、決戦に参加させて戦力を削ろうという思惑すら感じられる。
「安心しな、アンタ達。コイツはむしろ、いい機会になる」
「そりゃあ、どういう意味ですかい」
スラーハは不敵に笑って、幹部達へと応える。
「大遠征軍に協力してやろうじゃないか。パルティアに侵攻して来る魔王軍に対する遊撃として、ね」
「おお、なるほど」
「流石は姐さんだ」
スラーハの言わんとしていることを、幹部達はすぐに理解する。
騎馬団が遊撃部隊として活動する、と言えば聞こえはいいが、その実体は決戦場から離れて、好きに動くということだ。
やろうと思えば、魔王軍と一度も戦わずにやり過ごすことも可能ということ。襲撃しようとしたが、広い草原の中で魔王軍と遭遇できませんでした、というワケだ。
「では、このままやり過ごすおつもりで?」
「いいや、戦果の一つでも上げなけりゃ総司令官殿に言い訳も立たないだろ。だから、この機に南西を奪う」
今のところは大遠征軍と領地争いが発生しないよう、草原東側の制圧だけに留めていた。それでも進めるだけ進んで来たお陰で、スラーハ率いる騎馬団本隊は、ちょうど大草原のど真ん中に位置する場所に陣取っている。ここからもう少しばかり西へと進めば、ナントカ言う小国が領有を主張している小さな町がある。
すなわち、今は大遠征軍の占領地と接するギリギリの位置にいるということだ。
「魔王軍はアダマントリアから北上してくるんだろ。なら、南西部を抑えることは、敵の進軍路を抑えることにもなる」
「そして決戦後は、丸ごと俺らの領地になるって寸法だ」
本来なら南西部まで足を踏み入れることは避けねばならないが、大遠征軍への支援を名目とし、敵の進軍路を抑える場所を襲うという理由があれば、一応の筋は通る。立派に敵の増援、あるいは退路を塞ぐ、戦略的な価値のある作戦だ。
決戦が終わった後は、ここは自分達が命をかけて魔王軍から奪還した地である、と戦果を主張して居座る。大遠征軍も決戦後となれば疲弊している。自分達を力づくで押し退けるだけの余裕はないだろう。
それに大遠征軍の中核たる第十三使徒ネロは、自身の領地拡大にさほど興味を示していない。自分が通る時に邪魔さえしなければ、その地を誰が治めていようが関係ない、というスタンスであることは、もう十字軍にも広く知られている。
「こうすれば、残るは北西部だけ。まぁ、この辺は決戦で相当荒れるだろうから、手に入れるのは最後でいいだろう。捨て置いたとて、パルティアの大半は我らのモノとなる」
スラーハの提案に、幹部全員が賛同を示し、騎馬団の方針が決まった。
草原南西部という新たな侵略場所が解放され、スラーハの夢は続く————その先に待ち受けるのが、黒き悪夢であることを知らぬまま。