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黒の魔王  作者: 菱影代理
第46章:レーベリア会戦
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第964話 反逆のサリエル

 ラグナ公国から戻り、クロノが久しぶりに魂の盟友と過ごしている一方。

「なんだか、この四人で集まるのも久しぶりな気がするわね」

「そう言われれば、そうかもしれませんね」

「ヴァルナではサリエルが、アダマントリアではフィオナが、ずーっとクロノくんを独占していましたから!」

「……」

 幼女リリィが澄まし顔で言えば、フィオナが適当な相槌を打ち、ネルが不満を叫び、サリエルは黙って人数分のお茶を用意した。

 実際、ヴァルナ森海での反乱騒ぎをキッカケに、魔王の婚約者たる四人が一堂に会する機会はほとんどなかった。それぞれが担う仕事もあれば、クロノと同行する者も常に異なっていた。

 アダマントリア解放が完了し、ようやくクロノが帰って来ると期待していたネルだったが、ラグナ公国の一件で今度はリリィと連れ立って行ってしまった。ここ最近で最もクロノから離れていたのがネルである以上、頬を膨らませて分かりやすく不満をアピールするのも致し方ない態度であろう。

「ところでコレ、なんの集まりですか?」

 普段なら誰が何人集まろうと気にも留めないフィオナだが、今はダマスクにて少々忙しくしている最中。今回はリリィに報告と相談、それからちょうどクロノも戻って来たとあって、一旦パンデモニウムへと戻って来ただけのこと。

 まずはリリィに会いにいつもの司令室へと来てみれば、サリエルとネルもいたのである。さっさと用事は済ませたいと思っていたフィオナは、あまり長々とお茶会に興じるつもりはない。

「そうですよ、今日は絶対、私がクロノくんを独占するんです。皆さんは早くお仕事に戻ってどうぞ」

「そう焦らないでちょうだい。どの道クロノは、夕食を終えるまで戻って来ることはないわ」

 ヴァルナとアダマントリアの連戦続きに、ラグナとの一件。クロノも心が休まらなかっただろう。

 悔しいが、こういう時のリフレッシュには男同士の交友を温めるのが良い、というのをリリィは理解している。機密情報を含む相談をしているものの、実質的には休日みたいなもの。少なくとも、帰って来るまではゆっくりしてきて欲しいという、リリィの思いやりである。

「それなら一度解散しますか? みんな忙しいのも事実でしょう」

「必要な情報は共有できていますしね。ただ、フィオナだけはダマスクの地下でコソコソしているようですが」

「フィオナはパンデモニウムの地下でもコソコソしてるわよ」

「お陰様で、立派な『魔女工房ウィッチクラフト』が出来ました」

「いつ私を招待してくれるのかしら?」

「リリィさんは一生出禁です」

「私も興味がありますね。怪しいところがないか、一度確かめておかないと」

「じゃあネルも出禁です」

「やっぱり怪しいんじゃないですか!」

「秘密の魔女工房なのですから、怪しいのは当たり前のことですよ」

 などと、腹の探り合いとおふざけが半々のお喋りをひとしきり終えたところで、リリィが切り出した。

「実は今回、みんなを集めたのは私ではなく、サリエルなの」

「はぁ」

「それはまた、珍しいですね」

 サリエルは奴隷だ。クロノはそう扱っていないし、リリィもフィオナも『エレメントマスター』の仲間として認めている。ネルもまた生来の気質からして、サリエルのことを決して下賤な奴隷と見下すことはなく、素直に強力な恋のライバルの一人と認識していた。

 故にサリエルは元より同等の発言権は全員から認められていたが、常にクロノへ付き従う彼女は、何か進言がある時以外で声を上げることはない。こうしてサリエルに呼ばれて集まることは珍しい、と言うよりも初めてのことではないだろうか。

 しかしながら、すでに三人とも集まりの意図は薄っすらと察していた。

「この度、私はマスター、黒乃真央の婚約者となりました」

 刹那、司令室の温度が急激に下がる。ような錯覚を、この場に無関係の第三者がいれば確実に覚えたことだろう。

 すでにして、サリエルがとうとうクロノのお手付きになったことは周知の事実。遅かれ早かれ、との思いが三人ともにあったのは共通する。

 ヴァルナの密林で追い詰められた極限状況下で、ついに二人の関係が先に進んだのは……クロノにとっても、かえって良い機会ではなかったかというのが、気持ちとしての落としどころ。故に、サリエルが新たな婚約者となったこと自体に、異を唱えるつもりはない。

 だが、サリエルは今こう言い放った。『黒乃真央』と。

 同郷の異邦人である白崎百合子。その記憶を全て継承するサリエルだけが、この異世界において正確な彼の本名を発音するができる。

 お前達にはできない。だが私にはできる。私だけができる。クロノ、彼の本当の名前を呼ぶことができるのだと————

「ええ、そうね。改めて、おめでとう、と祝福するわ」

 眉をピクリとも動かさず、声も震えることなく、素直に祝福の言葉をリリィは静かに告げる。だが妖精結界オラクルフィールドはピカピカしていた。

「まさか、サリエルがここまで欲を出すとは思いませんでした」

「故郷の話を持ち出すのはズルいですよっ!!」

 フィオナは杖を握りしめて隠すことなく戦意を発し、ネルは今更ながらに同郷という唯一無二を誇るサリエルのポテンシャルに気づいて焦っていた。

 加速度的に冷え込んでいく空気など、まるで意に介さずサリエルは淡々と言葉を続ける。

「マスターは私を、奴隷のままでいいと言ってくれた。だから、私はただ従うだけ。正妻となり独占する、という野心はありません」

「……確かに、嘘ではないようね」

 サリエルが意図的に緩めた精神防護プロテクトから、二心はないとリリィが認める。

 奴隷のまま、ただ傍に居続ける。それがサリエルの望む幸せの形なのだと。

「それなら、一体何が不満だと言うのですか?」

「そうですよ、わざわざこんな挑発的な……」

 自分のスタンスを表明するためだけならば、もっと穏便に話は済んだことだろう。心を明かせば、他でもないリリィが真実であると保障してくれる。妙な誤解やすれ違いで、余計な不和や軋轢が生じることもない。

 故に、サリエルがわざわざ三人を呼び集めた理由は他にある。

「リリィ様、フィオナ様、ネル様。三人ではマスターの性欲を満たすことが全くできていません。よって、その不足分は私が補います」

 瞬間、三人は席から立ち上がる。

 空気が冷える、どころではない。ぐにゃぁああ……と空間が歪んでいるかのような圧が発せられる。

 卓を挟んで向かい合い、無言。だが次の瞬間には大爆発を起こして何もかも消滅してしまいそうなほどの緊迫感が漂う。

 自然と漏れ出る濃密な魔力の気配に反応し、司令室が異常を感知して緊急用の赤色灯が点灯した。今この瞬間、ここはエルロード帝国で最も危険な場所と化したのだった。

「————随分な言い様ねぇ、サリエル」

 真の姿である少女へと変身を果たしたリリィが、凄絶な笑みを浮かべながら言う。

 ビカビカと激しく明滅する妖精結界オラクルフィールドの後ろでは、『ルシフェル』の先っぽが空間魔法からはみ出ている。

「私が、クロノさんを満足させていない、と?」

 詠唱もしていないのにニョキニョキと角を生やしたフィオナは、満開となった『ワルプルギス』を構える。

「取り消しなさい、今の言葉……」

 加護の発動を示す真紅の瞳をギラつかせて、ネルは両手に装着した白龍の籠手を固く握りしめていた。

 文字通り一触即発の臨戦態勢。今日、帝国が終わりを迎えてもおかしくない最悪の緊張状態を引き起こした張本人たるサリエルは、それでも無感情の仮面を被って、どこまでも無慈悲に言い放つ。

「月に一度しか一晩を共にできないリリィ様は論外」

「うっ!?」

「私は毎日でだってクロノくんのお相手ができますよっ!」

「自分が達するだけで終わるのは、自慰と何ら変わりはない」

「ぐはぁーっ!!」

「やはり私だけが、クロノさんを満足させられるようですね」

「一番マシというだけ。平均的な性交時間を大幅に下回っていることを自覚するべき」

「……」

 ああ、今日エルロード帝国は滅ぶのだな。もしもクロノがこの場にいれば、そう直感したに違いない最悪の雰囲気が漂う。

 だがサリエルは止まらない。

「愛だけで性欲を満たすことはできない。マスターに一方的な我慢を強いている現状を理解するべき」

「私は……私が一番、クロノを愛しているし、愛されているんだから……」

 胸の奥で脈打つ心臓の鼓動を確かめるように、リリィは両手を胸に当てて呟いている。

「う、ううぅ……私はちゃんと、クロノくんと愛し合えているんですぅ……」

 どこまでも不安げにガチャガチャ籠手を鳴らして狼狽えるネルだが、彼女の言葉に同意してくれる者はいるはずもない。

「……やはり、貴女は殺しておくべきでしたか」

 最も忌々し気な視線を向けるフィオナは、完全に魔人化を果たしていた。

 自分が一番クロノを満たせているという自負のあった彼女は、サリエルの言葉に最も反応するのは当然。到底、認められることはできない。

「それぞれ心当たりはあっても、すぐに納得はできかねるかと思います。ですが、私はこれ以上、マスターに不満を強いることは許せません。リリィ様、フィオナ様、ネル様、今夜は真実と向き合うべき」




「マスターの夜伽について、ご相談が」

「それじゃ、ちょっとお話しましょうか、クロノ」

 愛しの彼女達に誘われて、俺はベッドに腰かけた。

 ヘイヘイ、ハニー達、これは一体どんなサプライズなんだい? なんてふざけて言えば誤魔化せる雰囲気は全くない。

 あぁ、これがラストローズの幻覚だったら、どんなに良かったことか……などと後ろ向きなことを思いつつも、俺は細心の注意を払って発言する。気を付けて言葉を選べ。下手な一言で、帝国は滅びるぞ。

「それで、四人も揃って話というのは何なんだ?」

「聞いてちょうだい、サリエルったら酷いのよ。私がクロノを満足させてあげられていない、だなんて」

「全くもって言いがかりですぅ!」

「クロノさんと私がどれほど高度なプレイをしているか、今こそ見せつける時が来たようです」

 参った、全く話が分からんぞ。

 だが、どうにも事の発端はサリエルにあるようだ。リリィ、フィオナ、ネル、それぞれの不満の矛先はサリエルにだけ向いている。

 まさかこの三人相手に逆らうとは。下剋上でも狙っているのか。

 いやまさか、『暗黒騎士フリーシア』の加護を授かる忠実無比なサリエルが、反逆なんて……

「この三人では全くマスターの性欲を満たすことが出来ていない、と進言しました」

 マジで反逆のサリエルだった!

 なんてことを言ってくれた。核ミサイルの発射ボタンを真っ直ぐ右ストレートでぶち抜くが如き諸行。

「……まぁ、そう言いたくなる気持ちも分かるが、俺は全くそんなこと思っていないぞ。こんなにも愛してくれる婚約者に囲まれて、これ以上ないくらいの幸せだ」

 同時に、これ以上ないほどの危機も感じているが。

 コイツは非常にデリケートな問題だ。いきなり突いていいものでは決してない。火薬庫でファイアーダンスする方がまだ安全確認ヨシってなもんだ。

 しかし、そんなことはサリエルだって理解しているとは思うのだが、

「ほら、やっぱりクロノは満足してくれているじゃない」

「そうですよ、もう昔の私ではありませんから!」

 リリィが光の羽を、ネルは白い翼を、それぞれ広げて自信満々に言い放つ。その純粋で真っ直ぐな目線から、俺はそれとなく避けるように顔を背けてしまう。

「マスターは一回射精しただけで満足しませんよ」

 いまだかつて、これほどまでに気まずい沈黙があっただろうか。

 俺の人生は異世界召喚されてから激動という言葉でも生温いほどの、様々な経験をしてきたが……私は貝になりたい、ってこういう時の気持ちなんだな。

「嘘だっ!!」

 最悪の沈黙を破ったのは、リリィの叫びだった。

「そんなの嘘よ。私を騙そうとしてもそうはいかないわ。ちゃんと知っているんだから、男がそんなに何回も出せるのなんて、色本の中の世界だけなのよ。嫌だわサリエル、創作と現実の区別がつかなくなるなんて。ようやくクロノと結ばれて舞い上がるのは分かるけれど、ちゃんと現実を見なければいけないわよ」

 リリィがなんか早口で言っている。

 一方のネルはサリエルの衝撃発言に口を金魚みたにパクパクしているだけで、まだ言葉は出てこない模様。

 俺もパクパク金魚してるだけでいいかな。この場で一番ショック受けてるの、勝手に回数暴露されてる俺なんだが?

「そうでしょ、クロノ!」

「うん、まぁ、普通はそうだと思うよ……?」

 あっ、急に話を振らないで。

 動揺しながらも、俺はどうにか嘘は吐かずに無難な解答を絞り出す。

「マスター」

 サリエルの呼びかけに、俺は視線だけを向ける。

 彼女の無機質な真紅の瞳を恐ろしいと心底感じたのはガラハド戦争で最後だと思っていたが、改めて感じるね。今のサリエルには、一切の容赦がない。

「残念ながら、リリィ様でもこの程度の認識です」

「いや別に、俺はこのままでもいいんじゃないかと思うんだけど。リリィらしくて」

「リリィ様なら、いいえ、この場にいる誰もが、愛する人の真実を知りたいと思います」

 大切な人を傷つけないための、優しい嘘っていうのもあるんだよ!

 叫びたい気持ちだったが、これを言ったら事実と認めてしまうので、言うに言えない。

 これはまずい、もうダメだ。サリエルの言う通り、こうなってしまってはリリィ達も引っ込みがつかなくなってしまう。

 ああ、人は負けると分かっていても、戦わねばならぬ時が来るのだな……

「今夜、実際に試すべき」

「いいわ、この私がクロノの一番だってこと、見せつけてあげる!」

「わ、私もヤリます! 負けませんからねっ!!」

「……ええ、ここまで言われたからには、確かめなければならないでしょう」

 三者三様にヤル気を漲らせて言う。

 やめろ、乗るな。これはサリエルの罠なんだ————と言ったところで、もう止められない。止まらない。

「それでは今夜は本気で、思うがままに、愛してあげてください、マスター」

 本気で、思うがままに、か。

 まったく、ここに来てサリエルを寝室の番として重用していたことを悔いることになるとは。こんな事を言い出したのも、恐らく前々から気づいていてのことなのだろう。

 俺がベッドの上で、彼女達のされるがままに任せているだけということに。

「ああ、分かった……」

「最初は私よ。さぁ、早く出て行きなさい。そしてそのまま、司令室で朝まで待っているといいわ!」

 威勢よく叫ぶリリィを見つめるサリエルの瞳は、ダイダロスの城壁で俺と相対した時のように、圧倒的な格下に対する冷めきったものだった。

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― 新着の感想 ―
いい点]リリィ迫真の、嘘だ! [気になる点]文の纏まりに空白が無いところが気になりました。 少し読みづらかったので空白を追加してくれると嬉しいです。 [一言]個人的に黒の魔王はヤンデレ小説の中で一…
[一言] やはりサリエルが1番可愛い
[良い点] サリエルのクロノを本名呼びできることに対するマウントが、えげつないことです。
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