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黒の魔王  作者: 菱影代理
第45章:煉獄へ続く鉄道
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第950話 終点バルログ廃坑跡

「————流石はヴァルナ最強の軍団、素晴らしい戦果だ」

 と、魔王らしく今回の戦いぶりを褒め称えるのだが、『巨獣戦団』の団長以下、幹部クラスがズラズラと並んで跪いている光景は、凄まじい圧がある。

 コイツら素でデカいから、跪いててもあんまり低くない。俺はかなり背が高い方だし、『暴君の鎧マクシミリアン』込みだと2メートル超えるほどになるが、巨獣戦団の中にいると小さく見えてしまう。

 大人数で軍議も出来るかなり大きな天幕に集っているのだが、それでも随分と手狭になってしまっている。今度はもっと大きいのを用意しておこうかな。

 そんなデカさこそ正義と言わんばかりの軍団だが、その実力はハッタリどころか見た目以上のものであった。純粋な数で言えば攻め手の歩兵部隊の方が倍以上はいたはずなのだが、圧倒的なパワーで蹂躙。少々の矢や攻撃魔法が飛んできても、ものともせずに突き進む。重騎士アーマーナイトをさらに強力にしたような軍団である。

「お前達も、よくやってくれた」

 巨獣戦団と並んでいるのは、ハーピィ空中部隊だ。

 こちらもヴァルナに住まうハーピィの中でも特に飛行能力に優れた者達を集めた、もう一つの精鋭部隊である。希少な飛行能力持ちはただでさえ強力だが、そこにライフルとグレネードも持たせると、最早立派な航空戦力だ。

 今回のようにロクな対空手段を持たない相手であれば、一方的に攻撃できる。

 通常兵力だけで、巨獣戦団とハーピィ部隊を同時に相手することになったローゲンタリア軍には同情するね。

「それで、お前が指揮官か」

 サリエルに槍を突き付けられながら、後ろ手に拘束された一人の騎士が俺の前にひれ伏している。

 全く、俺には出るなと言っておきながら、自分はシロに乗って単騎出撃して大将首を獲って来るんだから。サリエルだって十分に無茶をするじゃないか。

「面を上げろ。名を名乗れ」

「……ハロルドと申します、魔王陛下」

 随分とくたびれた雰囲気の中年男は、観念しているのか魔王である俺に対して怒りや憎しみといった感情を露わにすることなく、どこか冷めた表情をしていた。

「姓はないのか」

「俺は成り上がりの平民でしてねぇ。そんな上等なモノは持ち合わせてないんですわ」

「陛下に向かって、口の利き方がなっていないな、無礼者」

「ルルァアアアッ!?」

 皮肉気に笑ってハロルドが言えば、すかさず反応したのはティラノサウルスみたいなリザードマンの巨獣戦団団長が牙を剥き、何故かデカウサギも一緒になって円らな瞳でガンを飛ばしていた。

「良い、気にするな。捕らえた敵将に礼など期待してはいない」

「ははっ、出過ぎた真似を致しました。申し訳ございません」

「ルーララー」

 くそ、真面目にやってるはずなのに、ウサギが気になって仕方ない。なんなんだよこのウサギ。コイツだけ強面の巨獣戦団の中で、ファンシーなモフモフルックで異彩を放っている。

 でも巨大ハンマーを振り回して敵をぶっ飛ばす戦いぶりは、戦団で狂戦士と一目置かれるだけはあるようだが……まぁ、ウサギのことはどうでもいい。

「すぐに撤退したな。いい引き際だった」

「こんな奴らが出てくりゃあ、誰だって逃げますよ」

「最初の騎兵突撃も、土壁を見てやめただろう」

「臆病なもんでね。副官にはいつも呆れられてますわ」

「戦力を集結させ、俺達がここに来るまで襲撃を待っていたのも、お前の判断か?」

「ヴァルナで使徒を殺し、今や敵ナシの魔王軍にちょっかいかようってんですよ。手持ちの駒全部つぎ込むのは、当たり前のことでしょう」

 どこまでも飄々とした受け答え。恐れもしなければ、媚びもしない。

 なるほど、流石は平民から大隊を与る隊長にまで成り上がった男だ。肝が据わっている。それでいて、血気に逸ることなく慎重な兵の運用。

 これを汎将と見るべきか。それとも……

「『暗黒騎士フリーシア』の加護を持っているそうだな」

「ええ、お望みとあらば、今すぐにでもお見せいたしましょう」

「その必要はない。マスター、私が確認しています」

「だから生け捕りにしたんだろう?」

 コックリと頷くサリエル。

 いざ大将首を寄越せ、という瞬間にハロルドは『暗黒騎士フリーシア』の加護を発動させ、自分は十字教徒ではない、降伏する、と叫んだらしい。

 そしてそれを、サリエルは飲んだワケだ。きっとサリエル以外だったら、聞く耳も持たずに首を刎ねていただろう。

「お前の大隊には、どれくらい十字教徒がいる?」

「正確な数は、俺にも分かりませんね。けど、そういうのに熱心な連中は、上に気に入られてダマスクに置かれてますよ」

「ローゲンタリア軍でも、十字教徒と黒き神々の加護持ちを分け始めているといったところか」

「ええ、俺のような加護持ちはアダマントリアの地方に飛ばされてますよ。魔王軍を襲えって命令も、俺らみたいなのが敵と相討ちになって減ってくれた方が都合が良いってなもんでしょう」

 ハロルドの言い分を聞きながら、俺はサリエルに、ではなくその肩に留まっている妖精ネネカへ視線を向ける。

 俺の意を察して、ネネカはうんうんと頷いた。どうやら、ハロルドは嘘を言っているワケではないようだ。

「大人しく降伏すれば、我がエルロード帝国軍は速やかに受け入れよう。安心しろ、命は保障するし、十字教徒ではないと証明できたなら、同朋として迎え入れることもできよう」

「ははぁーっ! クロノ魔王陛下の寛大なお言葉、誠に感謝いたします!!」

 俺の言葉を待っていたとばかりに、ハロルドは畏まって深々と頭を下げた。

「ならば今すぐに、お前達が駐留していた街を返してもらう」

「勿論でございます、魔王陛下! オール・フォー・エルロードッ!!」

「ふん、調子のいい奴だ」




 ダマスク王城にある一室、いや一角は今や、ここの主たるベラドンナ・メラルージュ公爵の執務室であり、同時に魔術工房と化していた。

 アダマントリアの支配者として君臨すると同時に、一人の魔術師としても日々研鑽を重ねている彼女は、ダメ押しのような報告を受け取り、重苦しい溜息を吐き出した。

「どいつもこいつも、威勢のいい事ばかり言うくせに、連戦連敗の体たらく……はぁ、所詮はヴァルナから逃げ帰っただけの軟弱者ね」

 アダマントリア南西部の国境と接する青き森から、魔王軍が侵攻を開始したとの情報が入り次第、ベラドンナはすぐに手を打った。

 魔王軍は地を埋め尽くすほどの大軍、というほどではない規模としては中程度。それも半分ほどは工兵で、街道を利用せず自ら野山を開拓して進んでいるという。

 使徒をも殺した魔王軍が、ダマスクに辿り着くまでの間にある街に配置した占領部隊如きを恐れたとは思えない。ヴァルナで圧倒的な勝利を収めた魔王軍だが、思いのほか損耗が激しかったのか。あるいは別の狙いがあるのか……どちらにせよ、一度襲撃をかけた程度で、大人しく引き下がる相手だとは思っていない。

 わざわざ苦労して開拓工事をしているならば、それを妨害して少しでも進軍を遅らせることができれば上々、くらいのつもりで占領部隊には攻撃命令を発したのだが、

「負けたなら大人しく死んでいればいいものの、まさかこんなに早く寝返る者が続出するなんてねぇ……」

 あまりにも不愉快な報告結果に、ベラドンナの怒気に呼応して濃密な炎の魔力が漏れる。さらにソレに反応し、工房に設置した数々の実験用、試作魔法陣が煌々と輝き、俄かに灼熱を発する。

 轟々と渦巻く炎の背景へ報告書を投げ捨て灰燼に帰す。

 そこには、魔王軍へ投降したハロルド大隊を中心に、多くが開拓工事に従事させられている、という旨が記されていた。

 これで従うフリをして、機を見て反乱を起こす作戦というならば、文句はない。しかし、ハロルド大隊が工事に参加して以降、複数回に渡り各占領部隊が襲撃を敢行したが、内部から呼応する動きは全く見せなかった。

 どの襲撃も獣人の精鋭部隊によってあえなく蹴散らされたようだが、かといってチャンスが一度もなかったと言い訳はできまい。このまま魔王軍がダマスクにまで辿り着けば、本格的な攻城戦に向けて大軍を動員してくる。そうなってしまえば、もう反乱を起こしても無駄だ。今はまだ最低限の戦力しか魔王軍にいないからこそ、反旗を翻して何とかなる可能性が残っているのだ。

 これは最早、ハロルド大隊に反乱の意思はなく、完全に魔王軍へと下り尻尾を振っていると判断せざるを得ない。

「魔王もこんな奴らをよく最前線で使う気に……いえ、これも妖精の力を利用しているということかしら」

 幾ら人手が欲しい開拓工事であっても、ついさっきまで敵だった連中を大量に投入しようとは思わない。十分に鎮圧できるだけの戦力があったとしても、それでも暴れられたら面倒だ。

 しかし妖精によって叛意の有り無しを判別できるのであれば、魔王軍へ媚を売りたい連中だけ働かせることができるだろう。

「遠距離通信だけでなく、こんなところでも厄介ね、妖精は。けど、一番の問題はそれよりも————」

 そう、元より魔王軍の侵攻を占領部隊とヴァルナから逃げ帰った大遠征軍の一部をぶつけるだけで、食い止められると思ってはいない。遅かれ早かれ、主戦場はこのダマスクになるとベラドンナは確信していた。

「エーテル駆動の魔導機関車。まさか、こんなものが完成しているとは……」

 魔力で動く魔導機関は、古今東西で研究されている。研究畑の魔術師ならば誰でも一度は触れるであろうテーマ。

 それでも画期的な魔導機関が普及していないのは、それだけ安定した出力を利用することは難しく、出来たとしても非常にコストがかかり、王宮や軍などの極一部でしか使われることはないのが常だからだ。

 そして何より魔導機関の最高峰は、古代魔法文明におけるエーテル動力である。本物のエーテル魔導機関は、巨大な戦艦を空に飛ばすことだってできるのだから。

 しかしその隔絶した魔法文明の力を利用するには、天運に恵まれてまだ生きている古代の遺物を発掘するより他に方法はない。現代の魔法技術では、エーテル魔導機関の製造は不可能である。

 だからこそ帝国軍も空中戦艦シャングリラは正しく虎の子の秘密兵器。後にも先にもこれ一隻しかない、最重要戦略兵器として扱っている。

 しかし今、シャングリラほど衝撃的にして圧倒的な超兵器ではないものの、物流に革命が起きるレベルの存在を魔王軍は持ち出して来た。それこそが魔導機関車。

「魔導機関車の道が開通すれば、ダマスクまで大量の兵力を迅速に運べる。これでは、私の予測した戦力を大きく上回るでしょうね」

 偵察によって、巨大な鉄の貨車が頻繁に開拓工事現場を行き来していることが判明している。さらにハロルド大隊が駐留していた街を港のような中継地として、兵や物資の集積場として大々的に利用されていることも分かっていた。

 魔王軍は堅牢堅固な要塞都市ダマスクを正攻法で攻略できるだけの準備を着々と進めていることは明らかだ。

「これはもう、なりふり構ってはいられないわね」

 襲撃による工事の妨害では、全く成果が上がらない。ならば半端に戦力を割くよりも、このダマスクに動かせる全ての戦力を集結させるべき。

 今後の進退に影響があるかもしれないとの懸念を抱きつつも、万一に備えてローゲンタリア本国に大規模な増援を要請していた判断も、正解だったと思う。

 魔王軍が本腰を入れてダマスク攻略に動けば、これまで自分でも経験したことがないほどの大戦となることは間違いない。並みの軍勢であればダマスクの防衛力をもってすれば容易に撃退できる。

 最も警戒すべき天空戦艦シャングリラへの備えも最優先で進めていたが、魔導機関車の登場により地上兵力への備えもより一層の必要性を増している。

 これに対応するには、たとえ誰にどんな大きな貸しを作ったとしても、戦力を集めるのが最善。

「けれど、流石にアヴァロンのお坊ちゃんは応えてくれなかったわね」

 ダメ元で祖国へ撤退中のネロにも応援要請を送りはしたが、案の定、無視されて終わっている。最早、使徒一人だけでは魔王軍を止められないが、それでも最強の個人戦力であることに変わりはない。

 無論、ネロの自分勝手な言動からこちらの声になど耳を傾けるはずもない、とハナからアテにはしていなかったが。

 本命の本国への増援には、ヴァルナでの大遠征敗北に危機感を覚えたか、思った以上に色よい返事が得られている。

 万全に固めたダマスクでの防衛戦。それに加えて本国からの大規模な増援が来るとなれば、勝機は十分にある。

 魔王軍の快進撃も、ここで止める。この最大級の城塞都市ダマスクでも食い止められなければ、最早魔王軍を止めることは誰にもできないだろう。

「さぁ、来なさいよ魔王クロノ。メラルージュの炎で、魔王軍ごと焼き尽くしてくれるわ」




「ああ、我らがダマスク……こんなにも早く、戻って来ることができるとは」

 感無量、とばかりにそう言葉を漏らすのは、アダマントリア第三王子カール。

 ここはバルログ山脈の中腹にある、古い鉱山跡だ。アダマントリアが建国された初期の頃に利用されていたらしく、幾つもある跡地の中でも最古に近い。

 険しい断崖絶壁を超えた中腹に開かれており、非常に立地は悪い。当時はよほど大量に採掘できたか、レアな原石でも産出していたのか、この最悪に近い場所であっても採算は取れていたのだろう。

 風化しきった石材で封鎖された坑道が一つあるだけの、今や忘れ去られたも同然の鉱山跡地からは、遠くに首都ダマスクを臨むことができる。カール王子がここからダマスクを眺め始めてから、しばしの時間が経過した。

 しかしながら、いつまでも感傷に浸っていられる暇はない。

「カール王子、本当にいいんだな?」

「……はい。私とて、アダマントリア王家の男。二言はありません」

 覚悟は決めた。それでも、完全に吹っ切れるはずもない。

 カールは今日ここで見た景色が、ダマスク最後の姿となるだろうから。

「フィオナ、ここが終点で間違いないな?」

「はい、最高の立地ですよ」

 青き森からダマスクまで、鉄道を敷き続けておよそ一ヶ月。季節は11月にあたる凍土の月へと変わり、ついにこの終点となる地にまで辿り着いた。

 俺達は先んじてこの廃坑跡までやって来たが、ここまで線路がやって来るのも数日で済むだろう。工事が完了すれば、ダマスク攻略戦もすぐに始まる。

 雪が降り始めるよりも前に、決着はつくだろう。

「魔王陛下、フィオナ様。ダマスクを無事に取り戻す、などという甘い願いはとうに捨てております。ですが、どうか……どうか、ダマスクに残された民の命だけは……」

「どうだ、フィオナ。上手くできそうか?」

「大丈夫ですよ、首都全域まで灰と化すことはないでしょう」

 ダマスクに居座るローゲンタリア軍と大遠征軍残党は、ほぼ無傷で残されている首都の防壁の内側に引き篭もっている。俺達がこんな目と鼻の先までやって来ても、固く門を閉ざし歩兵一人も出てこなかった。

 隙を一切見せず、徹底的に要塞都市の守りを活かした籠城戦の構えである。

 一方、バルログ山脈の採掘作業に従事させるために動員されている大量のドワーフは、その大半が防壁の外にある山の近くに住まわせている。元から鉱山労働者であっても、自宅はダマスクにある者が多い。しかし今は奴隷として、まとめて粗末な仮設の宿舎に押し込まれ一括管理させられている。

 ダマスクに今でも住まうことが許されているドワーフは、鉱山奴隷を指揮監督する役目を請け負い、ローゲンタリア軍へ尻尾を振った者だけ。

「ただし、王城から中心部は全て溶岩に沈むことになります」

「はい、分かりました……どうぞよろしくお願いいたします」

 深々とフィオナへと頭を下げる、カールの心中はいかばかりか。

 ただの成り上がり魔王に過ぎない俺には、本物の王族が背負う責任など分かりようもないが……一刻も早くアダマントリアを奪還する。その約束だけは、必ず果たすとしよう。

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「さぁ、来なさいよ魔王クロノ。メラルージュの炎で、魔王軍ごと焼き尽くしてくれるわ」 + 魔王軍最大火力(火属性) しっかりフラグを建てていくぅ
[一言] ピースフルハートが鹵獲されたことは、伝わっていない…?
[良い点] 団長に合わせて威嚇したり円らな瞳でガン飛ばしたりウサギの自己主張が強いなw『巨獣戦団』のマスコット?をやるのもいいけどクロノ達『アンチクロス』の戦いにもいつの間に混ざっててもらいたいw …
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