第944話 ウィッチクラフト
無事パンデモニウムへと帰還、いいや凱旋を果たした翌日のことである。
「クロノさん、お話があります」
「うん、まずは服を着ようか」
朝、目が覚めれば枕元に堂々と座り込んだ全裸のフィオナが、やけに改まった態度で言い出したものだから、ただの雑談ではなく重要な話があるだろうというのは察せられる。
だからこそ、お互いに素っ裸でする話ではないだろう。落ち着けよ、モーニングコーヒーでも飲みながらさぁ……と思っていたが、気が付いたら朝食も平らげた後となっていた。
フィオナと話すために、場所は寝室のままで二人きり。朝食もここに持って来させた。
積み重なった皿を危なげなく抱えるプリムにちょっかいをかけるヒツギが、賑やかに退室していった後、ようやく落ち着いて話を始めることができた。
「————そんなに改まって切り出すとは、珍しいなフィオナ。どうしたんだ?」
「次のダマスク攻略、私に任せてもらえないでしょうか」
てっきりプライベートに関することかと思ったら、まさかフィオナの方から戦略に関わる相談を持ち掛けられるとは。
「自分からわざわざ言い出すということは、何か策があるんだな」
「ええ、ダマスク限定ですが、私にパーフェクト攻略計画があります」
「パーフェクト攻略計画……?」
「はい、パーフェクトです」
物凄い自信だ。一体何がそんなに完璧なのだろうか。
マトモに聞いたら馬鹿にされているのかと思われる切り出し方だが、他ならぬフィオナのことである。ちゃんと考えはあるに違いない。
「詳しく聞かせてくれ」
「ダマスクを燃やします」
「うん?」
「首都は灰燼に帰すでしょうが、最速でそこに居座る敵を片付けられます」
「それは……『黄金太陽』的な感じで?」
「近い、ですかね」
もしかしてフィオナ、原爆の開発にでも成功したんじゃないだろうな。コイツを一発ぶち込めば都市諸共、敵を一掃できるほどの大量破壊兵器を。
「もっと詳しく理解できるまで、承認は出来ないな」
「そうですね。クロノさん、今日は時間ありますか?」
「フィオナの計画を教えてくれるなら、今から空ける」
「ありがとうございます。それでは早速、行きましょうか」
席から立ち上がるフィオナに続いて、俺は問う。
「行くって、どこに?」
「これからクロノさんを、私の工房に招待します」
なるほど、いよいよこの時が来たか。コイツは俄然、楽しみになって来た。
「————ようこそ、私の『魔女工房』へ」
満天の星空と聳え立つ大聖堂を背景に、フィオナが歓迎の言葉をくれるが、ほとんど耳には入らなかった。
「こ、これは凄いな……」
俺もこの異世界へと召喚されて、雄大な大自然や古代遺跡など様々な絶景を目にしてきたが、この場所には度肝を抜かされる。
きっと誰もが星空と見紛うだろうが、ここは地下だ。超巨大な地下空間である。星々の如く輝いているのは、色とりどりの魔石の原石だ。恐らくここは第四階層『結晶窟』だ。
カーラマーラ大迷宮では、貴重な魔石が採掘できるが、長く入り組む上に魔石によって強力な能力を獲得したモンスターが跋扈する、危険度ランク4に相応しい高難度エリア。現在はリリィによって中心地付近は遺跡の管理機能が及ぶので、純粋な魔石採掘場とされたり、自由学園の労働作業用として活用したりと、我が帝国の魔石資源を支える一大生産地となっている。
しかしリリィがこの場所を把握できていないと言う事は、間違いなく管理が届かない、純粋にダンジョン化した領域に陣取っているのだろう。
「最初からこの広さがあったのか? それとも掘ったのか?」
「ゴーレムが掘りましたよ」
この広さをボス部屋として陣取ってる超巨大モンスターがいなくて良かったと思う反面、これを人為的に作ったことの方がヤバくないかと思い直す。
「そういえば、フィオナが工業区からゴーレムをチョロまかしているって、リリィが前に言っていたな」
「今からでも返した方がいいですか? 利子つけてもいいですよ」
なるほど、すでに自前でゴーレムの確保も出来ると。どこかから捕まえてくるのか、それとも生産できるのか。
俺は遠目に見える、四足歩行や重機のような形状をしたゴーレムの群れを眺めて察する。
「それじゃあ、あの豪華な大聖堂もゴーレムが建てたのか?」
「さぁ? 私は建てた覚えはないですね」
「アレがメインじゃないのかよ!?」
「何なんでしょうね、アレ」
どこまでも他人事の顔しているフィオナ。いやここ自分の縄張りだろう。あのど真ん中に堂々と突き立っている聖堂が違うなら、本物の工房はどこにあるんだよ。
それではちょっと探索してみましょうか、とフィオナと揃って謎の大聖堂へ向けて歩いて行くと、
「おぉーい、お嬢! 帰って来てたのかよ!」
ズゴゴゴゴゴ……と重低音を響かせて、大聖堂の荘厳な正門が開かれると、一人のドワーフが現れた。
どこか見覚えのある顔だが、その格好は何というか、身に着けた数々のエーテルで輝く道具のせいで、なんかちょっとサイバーパンクな感じになっている。
さらには、背後に二機のゴーレムと思しき奴らを引き連れている。片方は千手観音みたいにいっぱい腕を生やした人型で、もう片方はデカいドラム缶だ。これも作業用ゴーレムなのだろう。何の作業が出来るのか、見た目から全く想像つかないが。
「ただいまです、デインさん。今戻りました」
「ったく、相変わらずのマイペース……って、もしかして隣にいるのは」
「ああ、お久しぶりですね、デインさん。ダマスクで会った以来ですか」
そうだこの人、レギンさんに紹介してもらった、トール重工のお偉いさん。フィオナの『ワルプルギス』を作り上げた超一流の職人である。
「……なりませんぞ、陛下。顔見知りであるとはいえ、ここには他の人目もありますので」
「う、うむ、大義である」
フィオナと一緒にいると、つい自分も素になっちゃうからな。ここでも魔王ロールプレイは必要なようだ。
デインさんが跪いてコソっと教えてくれて、ようやくお察しする有様であった。
「おいおい、いきなり魔王陛下連れて来るとは、どういうこったよお嬢」
「ここを見せなければ、話になりませんからね」
「急過ぎるって言ってんだよ! どうすんだよ、魔王陛下が視察するってぇのに、何の用意も出来ちゃいねぇぞ」
「気にせず、いつも通りでお願いします。時間も限られていますからね」
素知らぬ顔のフィオナに、はぁ……と深く溜息を吐いてから、デインさんは再び俺に向かって頭を下げた。
「何のもてなしも出来ず、どうかご無礼をお許しください、陛下」
「気にしないでくれ、フィオナの言う通りだ」
デインさん、トール重工というアダマントリアを代表する大企業だから、国王を筆頭にお偉いさんが視察に来る経験が何度もあるのだろう。フィオナは絶対に気にしない部分である。苦労がしのばれるな。
しかしながら、フィオナの言うダマスク攻略計画のために、ここでデインさんを筆頭にドワーフ職人たちが急ピッチで作業を進めている、というのは十分に察しがついた。
どうやらフィオナは、ダマスクからこっちへ避難してきたドワーフ職人をまとめて抱え込んでいるようだ。
「ところでデインさん、ここって何ですか?」
「何言ってんだよ、アンタの工房だろうが」
「こんなんでしたっけ」
「あんな箱のままになんかしておけるかよ。とりあえず大雑把にソレっぽく仕上げといてやったぞ。細かいとこはまだまだなんだが、まぁ、ソイツはダマスクを取り戻した後まで我慢してくれや」
とりあえず大雑把で、この大聖堂を? 細かいとこってどこだよ。その柱にも窓枠にも、精緻なレリーフが刻まれているんだが。
「そうですか。では、中の方は変わりないのですね」
「ああ、ちょっとばかし内装を弄った程度だ」
開いた正門の向こうには、ディスティニーランドの魔王城に匹敵する豪華なエントランスが広がっている。少なくとも、この内装はフィオナのセンスとは思えない。
「それではクロノさん、中をご案内します」
「ああ、頼む」
「————俺の知らない間に、勝手に産業革命が起きてた件」
フィオナ直々に聖堂改め、巨大な工房を一通り案内されて思わず呟く。
ここを見て抱いた感想は、正に『産業革命』の一言に集約される。それもマニュファクチュアを一足飛びに超えて、ゴーレムによるオートメーション化が、ここではすでに完成されていた。何だよ、自動で採掘して、一次加工まで完了とか。このすぐ上の『工業区』では、みんな手作業でやってるんですよ!
まぁ、ゴーレムを稼働させるためのエーテル供給の問題がある以上、これが出来る場所は限られるので、すぐに普及できるわけではないのだが……それにしたって、凄まじい生産力を誇るぞ。少なくとも、『工業区』に導入できれば、とんでもないことになるだろう。
「フィオナがシモンから仕事を請け負った理由が分かったよ」
魔女の工房ってでっかい大鍋かき混ぜて、怪しい薬品を手作りしているテンプレイメージがあるのだが、この異世界でも概ねそういう認識のはずだ。
それがどうして、帝国工廠に真っ向から勝負できるような最先端テクノロジーの機械工業力を持っているんだか。
「リリィさんには、負けられませんからね」
「流石、の一言じゃ片づけられないほど、驚いたよ。なんか列車も出来てるし……」
今、俺が揺られているのは魔導機関車という鉄道だ。見た目は蒸気機関車のような黒い重厚なボディで、動力源が石炭か魔石かの違いというだけで動く仕組みはほとんど同じのようだ。
鉄道の構想はいつだったかシモンに話したことあるし、エルロード帝国が興ったことでその実用化も現実のものになりかけていたのだが……先んじてフィオナが完成させてしまうとは。
「物を運ぶには便利ですから。ドワーフの皆さんにも、好評ですよ」
そりゃあそうだろうな。魔導機関車にはロマンが溢れている。黒煙を吹いて力強く疾走する姿には、特にこだわりなどない俺でもグっと来るものがあるからな。
しかしフィオナは、ただ便利だから、という理由の一点のみで実用化したに過ぎない。天才は、ロマンなどなくても発明を成功させられるのか。
「それにしても、本当に凄い広さだな。もう10分は乗ってるぞ」
「私もちょっと広げ過ぎたかなと思っています」
料理でちょっと火にかけ過ぎて焦げちゃった、くらいの感覚で地下空間拡張するなよ。いくら掘削ゴーレムが自動で掘ってくれるからって。
「流石に主砲の試し撃ちは出来ませんし」
「いくら広くても、それは止めろ」
崩落はしないから大丈夫と言っていたが、大火力をぶっ放せばその限りではない。こんな場所で生き埋めになったら、永遠に行方不明だろう。
「ところで、どこに向かっているんだ?」
あるいは山手線よろしくグルっと一周して戻って来るのか。
フィオナが車窓越しに、点々と見える施設について説明してくれるので、大まかな紹介は十分出来ている。ただ現時点で一番熱心に解説されたのは、新鮮な肉と卵が食べられるというコカトリスの養鶏場であったが。
いや、まぁ、後で試食はするけどさ、あんまり味について語られても。
「もうすぐ着きますよ」
そして、どうやらこの先が俺に紹介したい本命らしい。
古代魔法技術を惜しげもなくつぎ込まれたあの工房よりも、見るべきものがあるということだ。一体、何を用意しているのかと期待と不安が半々な気持ちを抱いていると、
「ん、なんか急に暑くなってないか?」
「ええ、この辺から熱が届きますからね」
気のせいではない、とフィオナが言っている間に、どんどん気温は上昇していく。あっという間に、真夏のような温度となってきた。30℃超えてるんじゃないのか、これ。
「おいこれ、ただ暑いんじゃないぞ。途轍もない密度の火属性魔力が漂ってないか」
「これは余波ですよ、クロノさん」
「余波、ってことは……コイツの熱源があるってことだな」
「はい。ちょうど見えてきましたね」
窓の向こう側に、黒々とした巨大な円筒形の塔が突き立っている。
濛々と白煙を噴き出す様子は、さながら原子力発電所の冷却塔。マジでそれくらいのサイズがあるんじゃないだろうか。
「まさかフィオナ、原子炉作ったんじゃないよな!?」
「げんし炉……? 知らない言葉ですが、それってクロノさんの世界にあったモノですか?」
「ああ、世界で一番、取り扱いが危険な代物だ」
「魔法がない世界だったんですよね? それなら違いますよ」
そりゃそうか、フィオナが自分の工房で作ったんだから、そりゃあ魔法技術によるものに決まっている。科学技術100%の原子炉が出来るはずがない。
「あれは『煉獄炉』です」
「何だソレ、ただの炉じゃあないんだろうが……物凄い高温を出せるとか?」
「確かに、普通の窯や炉を遥かに超える超高温を出せますが、それは魔導式の高級品でも出せるでしょう。私の『煉獄炉』には、加護がついているのです」
「加護って、『黒魔女エンディミオン』の?」
「火が得意だったようですね。お陰で、思った以上に上手くいきましたよ」
加護の力は、ただ本人に特殊能力を与えるだけとは限らない。神によって、本当に様々な効果がある。それこそ人間の少女ミサを淫魔ピンクへと転生させることだって。
魔女の神ならば、魔法だけでなく工房の設備に関しても、何かしらの力を与えてもおかしくはない。
「じゃあ、そのエンディミオンの煉獄炉で、何が出来るんだ」
「これまで精製できなかった魔法金属や、まぁ色々と作れるようにはなりましたけど————」
何が出来るか詳しく説明するよりも、出来上がっている現物を見た方が早いということで、俺は素直に目的地へ到着するのを待つことにした。
すでに聳え立つ煉獄炉は目前。その手前に建てられた、これもまた広々としたターミナルのような場所へ入っていくと、すぐに目に入る。
奥に鎮座している、もう一つの魔導機関車だ。
だがソレは今乗り込んでいるSL型とは明確に形状が異なっている。ただでさえ大きな車体は縦にも横にも倍近いサイズを誇り、砂漠戦艦並みの分厚い装甲を巨躯に纏う。
そして何より目立つのは、天空戦艦シャングリラの主砲を超えるほどの巨大な砲塔を構えていること。
その迫力、その威容、一目見てコイツが何か説明されるまでもなく理解できてしまった。
「マジかよ、列車砲じゃん……」
「流石はクロノさん、ご存知でしたか」
現代の地球ではとうに歴史の1ページと化した、かつてのロマン兵器である。まさか現物をこの目にする日がこようとは。
「見ての通り、すでにほとんど完成しています。ドワーフ職人の皆さんが、随分と頑張ってくれたようです」
巨大な列車砲には、現在進行形で大勢のドワーフが群がり、そこかしこで火花を散らして作業している光景が見える。工房の正門で会ったデインさんと同様に、彼らもまたそれぞれ違った形のゴーレムを従え、ゲーミング仕様みたいにやたら光る工具の数々を手にしていた。
何だか魔法というよりSFのような絵面になっているな。
「こんなもの、一体いつから」
「ヴァルナ戦略へ転換した頃ですかね」
最初にデインさんをスカウトし、そこから彼の伝手でパンデモニウムへ避難していた職人達を一気に抱え込み、本格的な開発はスタートしたという。
この地下空間と工房、そして魔導機関車を一人で用意したフィオナに、パンドラで最高峰の職人が集結した結果がこれだ。
「ヴァルナから帰って来たらこれですので、私も細かいところはよく分かりません」
豆腐建築だったはずの工房が、大聖堂になっている程度の変化だからな。この列車砲に、煉獄炉を備えた巨大な塔も含めて、あらゆる面でフィオナの想像を超えて進んでしまったらしい。
アダマントリアが滅び、無念を抱えて鬱屈していた超一流のドワーフ職人に、故国奪還の希望と古代魔法技術と列車砲のロマンを与えた結果、こんなんなっちゃったと。
「それで、私のダマスク攻略作戦は簡単です————所定の位置で、コレを撃ちます」
「撃つとどうなるんだ?」
「勝ちます」
物凄い自信だな。
しかし堅牢堅固な要塞都市ダマスクを、正攻法で攻城戦をする必要はない。俺はただ、この列車砲をフィオナが指定した位置まで辿り着けるよう、現地で線路を伸ばす工事を成功させればよい。
当然、敵の妨害は不可避だが、少なくとも万全の防備を施した城壁に向かって歩兵を突撃させるよりは犠牲が減る。
一発ぶち込むだけで本当に勝利できるかどうかは別としても、敵に打撃を与える、あるいは防壁の一角を崩すことができるだけでも十分な価値はあるだろう。
「クロノさんには、この作戦の承認と、実行するための人員を融通してもらいたいのです。最悪、失敗しても私の懐が少々痛む程度で、それほど犠牲も出ないでしょう」
「そして成功すれば、最小の労力で最短のアダマントリア解放を成し遂げられるというワケか」
「はい、一刻でも早い奪還というのが、私と彼らの約束ですので」
「なるほど、フィオナが人と約束するなんて珍しい。それは是が非でも守れるようにしないとな」
シャングリラ無しでのダマスク攻略は無理だと思っていたが、これは本当に可能性が出て来たな。フィオナの言う通り、正攻法で仕掛けるよりも遥かにリスクが低い。俺の身内贔屓を差し引いたとしても、十分に実行可能な作戦だ。
「よし、それじゃあフィオナ、もっと詳しく教えてくれ」
特にそこの、ロマンの塊である列車砲の性能についてをな。