第937話 罪の清算(1)
「なっ、なんで……なんでアンタがいるのよ、クロノっ!!」
砂の上を二転三転と勢いのまま転がってから、身を起こして『比翼連理』をミサは構えた。
「今、来たところだ。待たせたな」
何とか間に合った。ベルを全速力で飛ばして来た甲斐があったというものだ。
おおよその戦況はすでに把握している。
ピースフルハートを守るのに聖堂騎士団が結構な人数を派遣されていたりと、想定外なこともあるようだが、こちらの作戦は計画通りに進んでいる。
焦る必要はない。今度こそ、第十一使徒ミサと決着を————いいや、報いを受けさせてやる。
「……ああ、そうね、待っていたわよ、この時を」
俺の登場に驚愕したのもつかの間、ミサは深く息を吐きながら、覚悟が決まったような顔を見せた。
そうだろう、大層ご自慢のお顔を傷つけた俺を殺すためだけに、お前はこんなところまでやって来ているのだからな。
「アンタを殺す。八つ裂きにしてもまだ足りない。この神に愛されたミサの美貌に傷をつけた……許さない。絶対に許されない大罪を、アンタは冒したんだから」
高まる殺意と共に、ゼノンガルトの次元魔法によって弱まっていたオーラが再びみなぎって来る。底なし魔力の化物め。
だからこそ、俺はまだお前を追い詰めたとは思っていない。
「ミサ、お前は何か勘違いしていないか」
「あ?」
舐めた口を利いてみれば、更にミサの怒気が増したのを感じた。
だが、まだ俺をぶち殺すための一歩は踏み込んでいない。俺が何を言いたいのか、多少は気になるようだ。
「神はお前の顔なんざ愛しちゃいないぞ」
「愛されてるに決まってるでしょ。だって私は使徒なんだから」
「サリエルはどうして使徒じゃなくなったと思う」
「アンタがサリエルの名前を口にすんな。アンタのせいでアイツは————」
「そうだ、俺が純潔を奪ったからだ。白き神は、処女じゃなくなったサリエルを捨てた」
恥ずかしげもなく堂々と言い切れば、絶句したようにミサは言葉に詰まった。怒りで台詞が出てこないか?
「お前らの神は、たとえ使徒でも簡単に捨てる。自ら選んだ使徒となる条件から外れた時点でな」
正直、本当のところは分からない。けれど、サリエルの事例からそういう風に思うのは当然のことだろう。
事実かどうかは問題ではない。そうかもしれない、と疑う余地があるのが重要なのだ。
白き神は俺達に敗れたサリエルを救わなかった。それどころか、第七使徒の位を剥奪すると、わざわざ神託で公言までする始末。
だからこそ、ミサ、お前だって本当は気づいていたんじゃないのか?
「顔が傷ついても、お前は使徒のまま。つまり、神はお前の顔なんかどうでもいいって思っているのさ」
「うるさいっ、黙れぇ!!」
呪いの刃で消せない傷を刻みつかれたお前を、白き神はどうした。その傷を奇跡の力で癒すでもなく、愛した美貌を失ったとして使徒の位を奪ってもいない。
ミサは第十一使徒のまま。顔が傷つこうが、ミサは何も変わっていないのである。
「分かったような口を利くなっ! アンタなんかに分かるはずがない……この私の、ミサの美しさこそが、神に愛され、認められた、世界で一番なんだからぁ!!」
「世界一の美しさ? 笑わせんなよ————娼婦の小娘如きが」
「ッ!?」
反応は劇的だった。
発狂しそうなほどに怒り心頭だったミサの様子が、大きく驚愕と混乱に傾いている。リリィのようなテレパシーなどなくたって、誰が見ても明らかなほどミサの表情は受けたショックを隠し切れていない。
「な、なんでアンタが……それを……」
「サリエルが教えてくれたに決まっているだろう。アイツはもう、俺の女だぞ」
クズ男演技が辛い……だがしかし、これが考えに考え抜いた、最も有効なミサへの挑発コマンドなのだ。
今は憎悪も羞恥も捨て、俺は自分の役目を全うする。
「なぁ、ミサ、教えてくれよ————」
もうこの辺でいいだろう。いい加減、限界だろう。俺もお前も。
アルザスの因縁を、今こそ断たせてもらう。
「————幾らでお前を買える?」
「死ぃねぇえぁああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
狂ったような絶叫が開戦の合図となった。
しかしミサが俺に向けて一歩を踏み出すよりも先に、こちらの攻撃はすでに放たれている。
「————『アールヴ魔弓術奥義・夢幻三連弾』」
「氷河の道の先、白き霊峰の玉座に荒天の冠を頂く、吹雪の王よ。我は希う、その凍てつく王剣が今一度振るわれんことを————『大精霊』召喚、『氷華剣嵐・白雪の舞』」
先手はランク5冒険者パーティ『ゴールデンドーン』が誇る後衛、『魔弓射手』のティナと『精霊術士』のウェンディが放つ、それぞれの必殺技だ。
最も早く飛来するのはティナが放った三筋の閃光、『アールヴ魔弓術奥義・夢幻三連弾』。
ただでさえ弓は専門外。全く聞いたことのない武技だが、その威力は見ての通りだ。
三本同時に番えて放たれた矢は文字通りに閃光と化して飛翔するが、その軌道は妙な感じである。僅かに三本バラけて飛ぶ様は実に自然に思えるが、傍から見るだけで違和感を覚える————ターゲットとなっているミサから見れば、もっとおかしく見えるはずだ。
恐らく、三本の矢にはそれぞれ幻惑効果のようなものがかけられている。無数に分裂して見えたり、全く見えなかったり。あるいは三本の軌道が全く違う場所に見えているようになっているかもしれない。
回避も防御も許さない幻惑効果を纏った矢はしかし、使徒の誇る超感覚までは誤魔化し切れなかったようだ。
「ちいっ、弓矢如きがっ————」
ミサは踏み出した一歩を俺へ間合いを詰めることを諦め、まずはその場で踏みとどまって防御を選んだ。無視するには威力が高すぎるだろうからな。
奴の大鎌は幻影に惑わされることなく、正確に飛来する矢に向かって振るわれたが、
「んがっ!?」
鎌の刃を避けて、三本の矢はミサに直撃した。
幻惑効果だけでなく、リリィが撃った後に光魔法を誘導操作するのと同じように、矢の軌道まで操れるようだ。恐ろしい武技だな。
そうして防御を掻い潜って命中したものの、やはりその身を貫くには至らない。俺への殺意で増大したオーラの守りは強固である。
だが伊達に必殺技を名乗っているわけじゃない。それ相応の威力は炸裂したようで、ミサは思わずといった呻き声を上げながら、体は揺らいだ。
ヒュゥウウウ、ゴォオオオオオオオオオオオオオ!
そして直後に吹き付ける、真っ白い吹雪。
ウェンディの最上級精霊魔法だ。
砂漠に似つかわしくない白い嵐にミサは飲みこまれる。その内側で吹き荒ぶのはただの風雪ではなく、明確な殺意を帯びた氷の刃。
無数の氷刃が渦巻き、内に飲み込んだ者をズタズタに切り刻む恐るべき範囲攻撃魔法だが、これもまたミサのオーラを突破するには足りないだろう。
けれど、それでいい。彼女に求めたのはミサをその場で足止めできるだけの威力と、目くらましの両立。直接、斬りに行くのは俺の、いや、俺達の役目だ。
「ブースト」
轟っ、と背面にあるメインブースターが火を噴き、急加速して目の前の吹雪へと俺は飛び込む。
ダメージ覚悟で踏み入ったのだが、無秩序に荒れ狂っているように見える氷の刃は、しっかりと俺を避けていた。
マジか、攻撃範囲全てを完璧に制御している。ウチのフィオナには逆立ちしたって出来ない芸当。これもまた魔術師としての一つの極みだな。
そんな感心を抱きながら、俺は『氷華剣嵐・白雪の舞』の中を真っ直ぐに突っ切り————ついにミサへと刃が届く間合いへと迫る。
その刹那、吹雪は解除され視界はクリアとなった。
「『二連黒凪』————」
右手に『首断』、左手に『極悪食』を握り、二連撃の武技を繰り出す。
「起きろぉ、『処刑鎌』ぁあああああああああ!!」
バサり、とミサの大鎌についているド派手な白翼の飾りが羽ばたく。
このモーション、そして何よりこの感覚————間違いない、アトラス大砂漠で戦って追い詰めた時に覚醒した、発狂モードだ。
だがしかし、あの時とは異なりミサの瞳から桃色の輝きは失われることなく、むしろより強くギラギラと強烈な感情を発している。
この能力を、理性を失わせずに発動できるよう体得していたか。
本来なら俺の攻撃に対応しきれず直撃コースだったところだが、崩れかけていた体勢を不自然なほどの動きで強引に立て直し、ミサは迫り来る呪いの刃を瞬時に捉える。
相変わらずのイカサマ身体能力だ。咄嗟に動いているだけのくせに、俺の一太刀目を止めるどころか、完全に押し返す勢いをもって刃を振るおうとしている。まるで羽ばたく羽根飾りに、鎌のヘッドが押されて加速しているかのようだ。
そうして正確に首筋を狙った『首断』の一刀目を真っ向から弾くはずの『比翼連理』はしかし、
「————『覇天大聖』」
眩い黄金の煌めきを纏った、巨大な剣閃が遮る。
ゼノンガルトの必殺剣だ。俺でいうところの『闇凪』に相当する大技である。
大剣である『征剣・コンクエスター』の刃には、高密度の魔力と武技としてのパワー、そして何より加護の力が宿り、黄金に輝く巨大な刀身と化している。
元々は『黄金魔神カーラマーラ』の力を借りていたようだが、今は由緒正しき大砂漠の女神こと『天恵巫女アトラス』の加護によって、同じように技を繰り出すことができるらしい。
直撃すればデウス神像にも大ダメージを与えうる威力を誇るが……残念ながら遺産争奪戦において、リリィ&フィオナに完封されたせいでコイツを放つ隙さえ与えられなかったらしい。
相応の機会がなければ振るえない大技の悲しき定めであるが、今回はこちらが完封してやる番だ。俺の挑発コマンドのお陰で、力を溜める時間は十分だったろう?
そうして寸分狂わぬ最高のタイミングで、ゼノンガルトの必殺剣が炸裂した。
「んぐっ、こ、のぉ!!」
目前に迫った俺へと注意を向け、すでに武器を繰り出しかけていたミサ。普通なら、ここで横合いから不意打ちを決めたゼノンガルトの攻撃に対処はできない。
だが、それでもミサは動く、いいや、武装聖典『比翼連理』が自ら動いた。
再び羽根飾りが羽ばたけば、刹那の間に大鎌は振り下ろされる『征剣・コンクエスター』の前へと割り込む。
自身へと迫る武技は俺の『二連黒凪』とゼノンガルトの『覇天大聖』の二つ。どちらをより確実に防ぐべきかを考えれば、単発火力で上回る黄金の光剣を選ぶに決まっている。
だからといって、俺の武技を甘んじて受け入れるか? 少女らしい細い首筋に纏う白銀のオーラだけで、この『首断』を受けるか。
「ぉおおおおおおおお!!」
苦し気な声を上げてミサの体はさらに動く。
次の瞬間に転倒しても構わないとばかりに、無理矢理に体を倒し、頭を傾げ、回避行動に移った。
ミサの必死の動きに使徒の力は応え、凄まじい反応速度とスピードでもって、俺が振るう剣の軌道から逃れようとする————だが、お前の頭に逃げ場はない。
ドォン……
と大きな銃声が耳に届いたのは、全て終わった後だった。
前衛二人が一人の敵に斬りかかり、さらにコンマ一秒のタイミングを求められる、そんな場面で発砲を任せられる狙撃手なんて、シモンしかいない。
放たれた弾丸は、『心蝕弾頭』。
第七使徒サリエルを倒すために用意した、心と記憶の扉を強引に破壊する弾丸を、第十一使徒ミサにも撃ち込んだのだ。
勿論、ミサはサリエルと違い、実験体として記憶の封印などといった措置を受けているワケではない。彼女は本来あるべき使徒として、白き神より加護を授かっている。
けれど、俺はすでに知っている。第十一使徒となる前、ただの人間の少女に過ぎなかったミサが何者であったのか。
記憶封印なんて大袈裟な術なんかなくたって、人間ならば忘れたい記憶の一つや二つあるものだ。まして劣悪な環境で生まれ育った生い立ちなんぞがあれば、尚更に。
「んがぁああああああああああああああああああ!!」
まるで忌まわしい過去の記憶から逃れるように、ミサは必死になって身を捩った。
完全に体勢は崩れきり、もう後など続かない状態。そうまでにしても、十全な回避もしきれなかった。
ギィン! と目の前で弾ける白光は、着弾の証。
直撃こそ避けたが、『心蝕弾頭』はミサの側頭部をかすめるように飛んで行った。
ギリギリというにも遅いタイミングで、それでも無理矢理に避けようと動いたミサには、今度こそ俺の太刀筋から逃れる術はない。
ほんの僅かに軌道修正。
振るった俺の『首断』は、吸い込まれるようにミサの首筋へ————
ギィイイイイイイイイイイイイインッ!!
硬い。
この手に馴染む敵の首を断ち切る感触は伝わらなかった。
防がれた。瞬間的にオーラの守りを増大させ、ピンポイントでガードを成功させたのは、果たしてミサの実力か、それとも『比翼連理』の意思か。
オーラこそ散ったものの、呪いの刃による武技が直撃したにも関わらず、無傷。やはり、そう簡単に急所を抜けないか————そんなことだろうと、思ったよ。
だから『二連黒凪』を選んだ。本命は二の太刀。
「————食い千切れ、『極悪食』」
疾走する復讐の牙が切り裂いたのは、手首。
ミサが持つ最大にして唯一の武器でもある、武装聖典『比翼連理』を握る、右の手首だ。
今度こそ確かな肉と骨を断ち切る感触がこの手に伝わる。
首を守るのに必死になり過ぎたな。急所じゃなければ、即死するような一撃でなければ、土壇場での超反応とオーラガードもしにくいか、あるいはミサもここが対処の限界だったか。
どちらにせよ、いくら超人的とはいえ切断された手では、握った武器を保持することなどできるはずがない。
そして『比翼連理』が抑え込んでいたのは、ゼノンガルトの剣だ。無茶な回避行動で体勢を崩しがらも、それでも鍔迫り合い状態で防ぎ続けていたが、手という唯一絶対の支えを失えばあっけない終わりを迎える。
「なっ、あ————」
女神アトラスの祝福を受けた、黄金の魔力が爆ぜる。叩きつけられた『覇天大聖』の破壊力がミサの声をかき消して、吹き飛ばす。
当然、すぐ傍で立つ俺もその威力の煽りをモロに受ける。しかも『二連黒凪』を放った直後の硬直状態。
目の前で爆ぜる衝撃に耐えられるはずもなく、俺の体も無様に弾き飛ばされ砂の上を転がる。が、ただでは転ばん!
「行けぇ、ヒツギ!!」
影空間解放。
転がりながら影を開いて、この連携攻撃における最後の一手を繰り出す。
「ふぉおおおお! 久しぶりのお仕事ですよ!」
嬉々として飛び出したヒツギは、いつものメイド服をなびかせて、両手でその呪われし瞳を掲げた。
「魔眼解放ぉ! 『紫晶眼』ぅー!!」
カっと閃く妖しい紫色の光は、見るもの全てを脆くは叶い紫水晶へと変える呪いの視線。ハイドラ家の誇る魔眼『紫晶眼』。コイツだけはいまだに扱いが難しい。
前に使ったのは、嫉妬の女王と化したリリィの不意を突くため、自分の左目に嵌めたっけ。二度とあんな使い方するか。
そんな苦い経験もあって、コイツを照射するのはヒツギに任せた。どの道、俺にはこれ以上の動きは不可能だったからな。
そういうワケで、ヒツギが放つ呪いの水晶化の眼光は、吹っ飛んだミサ……ではなく、手首と共に転がり落ちた、『比翼連理』へと向けられている。
今のミサは隙を見せている状態にはあるが、オーラは健在。あれがある限り、『紫晶眼』の視線を浴びせてもあまり大きな効果は見込めない。
だが武装聖典ならどうだ。
『比翼連理』はただの武器ではない。歴代の使徒が使い続けたお陰で、特別な力と意思が宿っている。その発露が『処刑鎌』という強化能力。
素人に過ぎないミサに、更なる身体能力と鋭い技、さらに本人の隙をカバーするオートガードまで備えている。『処刑鎌』モードの動きに加えて、ミサの特化能力である『魅了』も最大威力で乗れば、俺でも精神が乱されるほどの効果を発揮するというのは、アトラス大砂漠で戦った時に嫌と言うほど味わった。
戦い方を知らぬ少女であるミサに、卓越した戦闘技術まで与える『比翼連理』は、正に最適な装備。これほど頼れる武器は他にない。
そう、ミサはコイツに頼り過ぎているのだ。
「しっかり抑えといてくれよ、ヒツギ」
「はい、このヒツギにどうぞお任せください、ご主人様」
俺が体を起こす頃には、『紫晶眼』の視線を浴びせ続けながら、触手で聖なる処刑鎌をグルグル巻きにしているヒツギの姿がある。
彼女の足元には再びドロドロと影が開かれて、
「それでは、ご武運を」
縛った武装聖典ごと、ヒツギは影の中へと沈んで行った。
即席だが、封印と破壊工作は完了だ。
「クロノ、すまない」
「俺を吹っ飛ばしたことなんて気にするな」
ヒツギを見届けた後に、ゼノンガルトが俺の隣に並び立つなり、そう言った。
「そんなことを気にしているのではない。もう俺の次元魔法が限界だ」
「ああ、ここまで来れば、もう十分だ」
「全く、もっと早く戻って来れば、この中で決着がついたものを」
「そう言ってくれるな、これでも急いで来たんだ」
「その割には、元気そうだがな」
「安心したか?」
「ふん、魔王に心配など無用だ————」
そんなことをゼノンガルトが言っている最中に、蜃気楼のように周囲の景色がユラユラと歪んで行き、広大な砂漠はその色と形を失ってゆく。『黄金砂丘』が解除され、俺達は現世へと戻る。
完全に景色が消え去り、瞬きした次の瞬間には、もう目の前に広がるのは砂の大地ではなく、鋼鉄の甲板。
天空母艦ピースフルハートの広大な甲板上へと、俺達は立っていた。
「う、あっ……ああぁ……」
視線の向こうで、ヨロヨロとミサが立ち上がる。
次元魔法から解放され、十全に加護を受けられるようになっているはずなのだが、ミサが纏うオーラはそれほど色濃くはなっていない。奴も相当に消耗している。
そして何より、もう取り返しのつかない深手も負わせた。
「なん、で……私の手……無いの……」
呆然とした顔で、失った右手をミサは見つめている。
いたましい姿だ。これがあの恐ろしく残忍な、第十一使徒かと。
けれど俺は、一切の油断なく呪いの刃を構える。どれだけ追い詰めても、神の奇跡で一発逆転しかねないのが、使徒の恐ろしいところ。
だから奴の息の音が止まる最後の最後まで、俺は————俺達は決して手を緩めない。
「おかえり、クロノ」
「おかえりなさい、クロノさん」
「ああっ、クロノくん! 無事ですかっ、お怪我はっ!?」
ミサの頭上には『ルシフェル』を纏ったリリィが。
俺の反対側にはフィオナとネルのコンビが陣取り、
「これで詰みじゃな。逃げ場はないぞ、小娘」
ミサの背後、途切れた甲板の向こうには、黒竜ベルクローゼンが牙を剥いている。
今この場には、サリエルを除いた『アンチクロス』全員が集結していた。
さぁ、第十一使徒ミサ、お前にまだ第二ラウンドを戦う力は残っているか? 付き合ってやるぞ、俺達全員で。その命が尽きる、最後の最後までな————