第931話 紅炎の突撃槍
「————『一ノ型・流し』」
左右より迫り来る刃を、白龍の籠手は古の術理に従い流水の如く緩やかに逸らす。
寸分の狂いもなく武技の威力が込められた連携攻撃は、ネルによって逸らされたことでそのまま反撃と化す。
剣を振るった聖堂騎士からすれば、仲間が突如として裏切り自分へと刃を振るってきたかのように錯覚する。それほど滑らかに、ネルは自分への斬撃を相手へと軌道を逸らしていた。
「……これが古流柔術」
「厄介な技だ」
咄嗟に連携攻撃を中断し、それぞれ左右へ転がるように動いたことで同士討ちを、いや、すでに追撃の構えに入っていたネルの拳から逃れることに彼らは成功する。
逃げた二人の聖堂騎士のどちらかへと追い打ちをかけるべき場面だが、ネルはその場を動かない。相手はこの二人だけでなく、総勢二十を超える騎士団である。
最精鋭たる聖堂騎士は、二人の攻撃が上手くいなされた直後でも後続が即座に新たなフォーメーションで襲い掛かって来るのだ。
今度は三人。聖痕の輝きを三つ宿した聖堂騎士が正面と左右から青白い光の灯った穂先を繰り出す。
「درع لمنع الرياح————」
ネルは次なる連携攻撃を籠手で受け流しつつ、魔法の詠唱を紡ぐ。
槍を繰り出す目の前の聖堂騎士を飛び越し、『四核聖痕』を宿す本命がネルの頭上高くで大斧を振り上げる。
「————『風盾』」
そこで詠唱を終えた風の防御魔法を発動。
下級なれど得意な風属性、それもランク5冒険者の実力でもって放たれれば、それは自身を覆い隠すほどの竜巻と化して顕現する。
直径2メートルほどの小型竜巻となって吹き荒れる風の守りは、目前の三人から放たれる穂先を逸らすと同時に、今まさに上空から斧を振り下ろさんとする聖堂騎士にも強烈な風圧を叩きつけた。
ただの騎士なら重い鎧兜ごと吹き飛ばされるほどの風圧だが、四つの聖痕を輝かせる聖堂騎士は僅か程も揺らがず、全身に込めた武技の力は十全に高まっている。
だがそんなことはネルとて承知。風の下級防御魔法一つで凌げるような相手ではないと、分かり切っている。この『風盾』は防ぐためのものではない。攻めるためのものだ。
「飛んだっ!」
と言ったのは聖堂騎士の誰か。
小さないながらも激しく渦巻く竜巻に乗るように、大きく翼を広げたネルが空へと瞬時に舞い上がる。
そして気づいた時には上空にいる聖堂騎士、そのさらに上を取っていた。
「なにっ————」
ただの『風盾』で揺らぎはしない。だが風圧を受けた体は僅かに浮遊する。
それが落下と共に武技を繰り出すタイミングを一拍遅らせた。そしてその隙は、そのままネルが飛び上がるための滞空時間となっていた。
「————『二式・穿ち』」
白龍の咆哮が如き轟音。繰り出された貫手は聖痕の守りたるオーラを破り、聖銀の装甲を砕き、鍛え上げた肉体へと破壊力を届かせる。
「ぐはぁっ!」
勢いよく地へと叩きつけられた聖堂騎士は、兜の中で血を吐く。
だが致命傷ではない。オーラと鎧のお陰で、クリーンヒットを背中に貰っても背骨が砕けるには至らない。反射的に発動させた防御の武技が間に合ったのは、日ごろの訓練の賜物であり、
「一式・徹し」
ドン、と更なる破壊力が砕けた鎧から背中に炸裂する。手足に輝く『四核聖痕』の光が、その瞬間に淡く散って消え去った。
「流石に精鋭ですね。目の前の相手だけで、手一杯です」
ネルは空中から降りてそのまま背中を踏みつけトドメを刺した立ち姿のまま、油断も動揺もなくそれぞれの武器を構え続ける聖堂騎士達と再び対峙した。
すでに幾度かの攻防を経て、これでようやく三人目を仕留めたところである。
聖堂騎士は思った通りに、非常に厄介な相手だ。実際に戦ってみれば、想像した以上にその技の鋭さと高度な連携に、押されそうになることもある。
これほどの精鋭を相手に優勢を保てているのは、やはり『アンチクロス』第一位の座に輝く、魔女フィオナの火力サポートがあってこそ。
「次はこれも使って見ましょう————『星屑の炎槌』」
ネルの背後で、フィオナは展開させた新兵器を試し撃ちする。
開発途中で止まっていた、シャングリラ搭載用の『星屑の鉄槌』発射装置の一つをパク、譲り受けたものを魔女工房にて自分が使えるよう好き勝手に魔改造を施したものだ。
炎槌の名の通り、仕込んだ誘導弾頭は自前の火属性魔石を詰め込んだ炎魔法仕様。
本家本元であるリリィの正確無比なテレパシー誘導には劣るが、元から制御力が最大の弱点であるフィオナからすれば、目覚ましい精度で敵を狙う————
ズドドドドドォーン!!
「うーん、これは失敗のようですね」
四方八方で炸裂する爆炎を眺めて、フィオナはどこまでも他人事のように呟いた。
狙いは悉く外れ、予期せぬ方向ばかりに緋色の尾を引く灼熱の弾頭は飛んで行った。なんなら三発くらいはシャングリラに命中していた。
「ちょっとフィオナさん!? いつまで遊んでいるのですかっ!!」
絶妙に効果があったりなかったりする、新兵器を試し続けるフィオナにとうとうネルが業を煮やして叫ぶ。
その理不尽な怒りをぶつけるかのように、盾を構えた聖堂騎士をボコボコに殴り飛ばしていた。
「すみません、やはりテレパシー誘導の術式を簡略化しすぎたせいで、全然言うことを聞いてくれなかったようです」
「分析は今いいですからっ!」
ついに盾がネルの猛攻に耐えかねて砕け散り、聖堂騎士は痛烈な一撃を喰らって吹っ飛んで行った。
真面目にやっていないように見えるものの、これでフィオナは大々的に防御魔法を展開することで後衛の聖堂騎士の攻撃を全て防ぎ、人数に勝る前衛に対してもそれなりの牽制も加えて、ネルにかかる圧力を軽減している。
微妙な新兵器の数々よりも、フィオナ自身の魔法によって優勢を保ちづけていた。
「では、そろそろ本命をお披露目しましょう」
「まだ続くんですか……」
「安心してください。コレは私の新しい必殺技となるよう頑張って作った自信作————」
どこか誇らしげに三角帽子より取り出したのは、一本の槍。
馬上で使う突撃槍のような、長大な円錐形。そこには螺旋を描くように、精密な魔法術式が刻み込まれている。黒々とした重厚な色合いに、刻まれた真紅の術式が不気味に赤く輝く。
「————名付けて、『紅炎の突撃槍』」
自慢気に構えられた槍など一瞥する暇などなく、流れるような連携攻撃を繰り出す聖堂騎士達の相手にネルは集中している。
そんな彼女の様子を後目に、フィオナはこれ見よがしに黒き槍を振りかざし、その漆黒の穂先を聖堂騎士団へ、否、さらにその背後に聳え立つ白亜の宮殿へと向けた。
「これから、とても強力な攻撃を放ちます。火属性です。投げたら真っ直ぐ進んで大爆発します」
「何でわざわざ宣言、してるんっ、ですかぁ————『一式・徹し』っ!」
律儀にツッコミと攻撃を両立させているネルに、フィオナは涼しい顔で応える。
「本気で防御してくれなければ、試し撃ちの意味がありませんからね」
そうしてフィオナは、その黒い槍を振りかぶる。
強力な投槍の武技を持つサリエルと比べるまでもなく、正に素人の雑な構え。腰の入っていない、手の振りだけで投げつける恰好。
だがしかし、フィオナが構えた瞬間から槍に集約されてゆく大きな魔力の気配を、聖堂騎士は敏感に察知した。
「危険だ、撃たせるな」
「防御陣形。あの魔力量、ハッタリではないぞ」
敵の言葉を真に受けるのは馬鹿のすることだ。しかしながら、フィオナの言動に加えて、途轍もない魔力の気配を放ち始めた穂先を向けられれば、少なくとも強力な攻撃が放たれることは間違いない。
ただでさえ驚異的な魔法の使い手であるフィオナ。その力量は後衛を一人で完全に抑え込むほどの大規模な防御魔法を見るだけでも十分すぎるほど理解している。
帝国の最大火力と謡われる魔女フィオナ。彼女がついに本気となって攻撃に転じれば、どれほどの破壊力を解き放つのか。
聖堂騎士は油断なく、フィオナの攻撃阻止と、そして攻撃を止められなかった時に備えて万全の防御態勢へと即座に動き始めていた。
「ようやく真面目に攻撃してくれるのですから、邪魔はさせませんよ」
無造作に槍を構えるフィオナへ、精密に狙いをつけられた上級攻撃魔法と弓の武技が飛来する。どちらも共に、眩い輝きを発する光属性の攻撃だ。
ネルは『紅夜』で矢を弾き飛ばし、『蒼天』でもって光魔法を掴み取る。
前衛としてフィオナを見事に守り切ったネルだが、流石に間合いを一旦下げて防御態勢へと移行する聖堂騎士に対して、追撃をかけるのは無理であった。
兜の内で紡がれる籠った声の詠唱はよく聞き取れないが、続々と展開されてゆく大きな魔法陣から、彼らが強力な複合魔法を発動させようとしているのは明らかだ。
「本当にこのままで、よいのですね?」
「ええ、コレがいいです」
一瞬の逡巡を経てフィオナへと問いかければ、自信満々に言い切られる。
かくして、聖堂騎士は万全の防御魔法を展開した。
「正しき者に扉は開かれる。飢えたる者に恵みを、貧する者に施しを、信ずる者に救いを。ここは清く正しき聖なる家。一切の悪しきを許さず、堅く門は閉ざされる————『北方大聖堂の正門』」
白く輝く巨大な門が突き立つ。純白の門扉には大きな十字のシンボルと、その周囲には天使達が舞うレリーフが刻まれる。巨大門を支える左右の門柱は塔の如き太さと高さを備え、細部に渡って精緻な装飾が施されていた。
十字教の威光を示すような巨大にして絢爛な門は、シンクレア北部に実在する大聖堂の正門と、寸分違わず同じ形。
実在するが故に、そこに刻まれた偉大な戦歴と信仰が魔法の力となって形を成す。
「それでは、行きますよ————」
大聖堂の門が突き立つ頃には、フィオナもまた準備を終えている。
込められた魔女の莫大な魔力に反応し、槍は黒から赤へとその色を変えていた。
黒々とした鉄が高熱に晒され、今にも溶けだそうとしているかのように赤熱化を果たし、更に灼熱を高める術式は白く輝く。
黒き槍は紅炎の名に相応しい姿と化して、
「————『紅炎の突撃槍』、解放」
そっと押し出されるように、魔女の手より放たれた。
「————ッ!?」
灼熱。閃光。そして一拍遅れて轟音。
「はぁ……はぁ……何とか、耐えたか……」
聖堂騎士団の中でも上位に近い、『五極聖痕』を持つ騎士でも、肝を冷やしたと言わんばかりに荒い息を吐いて呟いた。
事実、危ういところであった。
帝国の最大火力の異名に偽りなし。そう素直に認められるほどの、途轍もない火力が叩きつけられた。
『北方大聖堂の正門』は聖堂騎士団が誇る特別な防御魔法だ。ただでさえ優秀な聖堂騎士が、何人も組んで初めて発動できる複合魔法というだけで、非常に高度かつ強力な効果を誇る何よりの証明。
この守りを揺るがすほどの攻撃力を叩き出すことなど、使徒かドラゴンくらい————そう、今日この日まで本気で思っていた。
「ちっ、後衛組みが何人か倒れたか」
「軟弱者め」
「仕方あるまい、『双聖痕』の下っ端ではな」
本来ならば、完成した『北方大聖堂の正門』が攻撃を受けようとも、崩される心配はない。
しかし魔女フィオナの放った一撃は、黙っていればこの聖なる門を破らんばかりの威力を発揮していた。
それはただ、巨大な爆発を起こすだけではない。言うなれば、火力の一点集中。
飛んで来た紅蓮の穂先、そこで瞬間的かつ連鎖的に爆発が起こったかのような感覚であった。
ただの大爆発ならば、余裕をもって耐えられた。同数の爆発力も、それぞれ叩きつけられるだけでも耐えられる。
だがしかし、同じ場所に連続的に爆ぜ続ければ、その堅牢な耐久力を超えるほどの火力となる。
投じられた『紅炎の突撃槍』。
その着弾から全ての爆発を終えるまで、僅か数秒。だが、この数秒の間に聖堂騎士の全員が冷や汗を流し、死と敗北さえ脳裏を過った。
危険を訴えかける本能と、瞬く間に削られてゆく門扉の耐久に、全員が一丸となって対抗するための魔力を注いだ。
ただでさえ大きな魔力を消費する高度な複合魔法へ、訓練でもやったことがないほど急速に追加の魔力供給を施せば、実力が一段劣る『双聖痕』の騎士が倒れてしまうのも無理はない。
「だが、防ぎきったぞ」
「当然だ、我らの門が破られるはずがない。決して、破れてはならぬのだ」
恐ろしい一撃だった。それは認めよう。
だがしかし、魔女にとってもこれこそが渾身の一撃。必殺技と呼ぶに相応しい切り札に違いない。
「さぁ、反撃だ。我らが魔女の首を討ち————」
意気揚々と反撃に移ろうと、爆煙が晴れ行く中で一歩を踏み出そうとしたその時、
「流石は聖堂騎士団が誇る複合魔法。凄い防御力ですね」
感嘆の息を漏らしながら、フィオナは素直に賞賛の言葉を送る。
だが彼らに届いたのは困惑。気にするべきは魔女の言葉ではなく、その姿。
「な、何故だ……槍は確かに、放たれたはず……」
薄れた黒煙の向こう側に、灼熱を迸らせる紅蓮の槍を構えた魔女の姿が現れる。
「二本目です」
無慈悲な宣告に、困惑は絶望へと変わる。
「この『紅炎の突撃槍』は、使い捨ての魔法武器ですから。槍の数だけ撃てるのです」
魔女の黄金の瞳は、いまだ神々しく輝く大聖堂の門を見上げて、ただ平然と言い放つ。
「ドワーフ職人はとても優秀ですから、試作品は沢山ありますよ。さぁ、ゲオルギア大聖堂の門は、あと何発耐えられますか?」
「お、おのれ……魔女め……」
聖痕の輝きも、太陽が如き灼熱を前にその光は霞んで見えた。その光は正しく、風前の灯火。
ろうそくの火を吹き消すように、そっと静かにフィオナは囁いた。
「————『紅炎の突撃槍』、解放」
「————出て来なさいよっ! この私と、勝負しろぉ!!」
「はっはっは、すまんな」
怒り心頭で叫ぶミサと、挑発的に笑うゼノンガルトの幻影。その姿を遠い砂丘の上からシモンは眺めていた。
「化物め……」
忌々し気にそう吐き捨てる。
隙だらけの背中に直撃をさせても、転ぶ程度で済む。ロクにダメージなど通ってはいない。
その手に握るのは対使徒用の大型ライフル。古代の銃器EAシリーズでも最大の威力を誇る『サイクロン・アンチマテリアルライフル』を改造した、『サンダーバード・サイクロン』だ。
更なる大口径化と長砲身と化したライフルは、最早大砲と呼ぶべきサイズ。元の状態であっても非力なシモンでは構えることさえ難しいし、撃てばその小さな体は吹っ飛んでしまう。
クロノのような超人でもなければ生身で撃つことも叶わない大砲を、揺るぎなく構えているのは白い細腕ではなく、鋼鉄の腕だ。
それはまるで機甲鎧のようにシモンの意のまま、繊細な狙撃の照準を合わせることができる。だがしかし、これは機甲鎧ではなかった。
「はん、珍しく荒れているじゃあねぇか。狙いが逸れてるぜ」
「うるさいなぁ、ガルダン……分かっているよ、心が乱れているってことくらい」
本来ならミサの後頭部に命中するはずが、背中に当たったことを指摘するガルダン。
アイアンゴーレムのガルダンは、ガラハド戦争で知り合い、スパーダでは『ガンスリンガー』という冒険者パーティを活動しつつ、さらには銃や古代兵器の研究開発にも協力してきた、なんだかんだで地味に付き合いの長い仲間である。
シモンは今、そのガルダンの中にいた。本物の機甲鎧を着込むかの如く、全身を完全に収納し、その手足を自由自在に操作することが出来ている。
しかしながら、機甲鎧と決定的に違う点は、ガルダンというゴーレムの人格もまた同時に存在しており、彼の意思でも体を動かすことができることだ。
「俺様が代わってやってもいいんだぜ?」
「命中率50%の君には無理だよ」
くだらない軽口に、シモンの心に平静さが戻って来る。
やはり一人で挑まなくて良かった。戦力的にも、精神的にも、そう思う。
自分の力不足など百も承知。錬金術師としての才能を最大限に活かすなら、大人しく研究開発に務めるべきだし、クロノ達だってその方が安心できる。
それでも使徒に挑む意地を押し通す以上、生半可な力ではいけない。今回の相棒となるゼノンガルトが納得する程度の力は最低限でも示さなければならなかった。
特別な能力も加護もない。貧弱な錬金術師が凶悪にして強大な使徒との戦いの土俵に上がるために身につけたのが、アイアンゴーレムのガルダンという仲間の力であった。
シモンは今や機甲鎧に関してはリリィを超える知識と理解を深めている。その機能とスペックを誰よりも把握しているため、着用すればそこらの騎士よりも上手く扱うことができる。だがしかし、体力と天性の操縦センスには劣る。
銃を構えて狙い撃つ、狙撃の腕前こそ天才的だが、襲い掛かる敵に対する戦闘機動となると並みの冒険者以下の能力と言わざるを得ない。故に、どれだけ高性能な専用機甲鎧を開発したところで、シモン自身ではその力を十全に引き出すことはできない。使徒どころか、高ランクモンスターの相手も覚束ないであろう。
だがしかし、機甲鎧そのものが動けばどうか。
クロノの『暴君の鎧』のように呪いの鎧など論外だし、如何にシモンが天才的とて機甲鎧に実戦レベルでの自律稼働機能など開発できるはずもない。
実現不可能と思われたアイデアであったが、機甲鎧並みの性能に、実戦に耐える思考能力を持つ存在がいた。すなわち、アイアンゴーレムである。
ゴーレムには様々な種が存在している。岩や木のみで構成されるのは精霊に近いタイプで、同じアイアンゴーレムでも鉄の塊が動く精霊型もいれば、古代の魔法技術を基にした機械型もいる。
ガルダンは典型的な機械型のアイアンゴーレムだ。ガラハド戦争で十字軍の古代兵器、人型重機『タウルス』のシステムに使われている電子言語を読めるのは、共に同じ技術体系を基に生まれた存在であるからだ。
片や人に使われるだけの道具として。片や人としての自我を獲得した個人として。
自らを人と定義するために、ゴーレムの大半は多くの人々と同じく自らの体を操作させたり改造したりといったことには、大きな抵抗感を示す。誰だって他人に自分の体など弄らせたくはないであろう。
けれど最強の騎士を目指す、と豪語するガルダンは力を得るために手段は選ばなかった。天才錬金術師たるシモンが施す改造強化の提案も、嬉々として受け入れるメンタリティ。
そして何より、短絡的で傲慢、つまるところ単なるパワーバカで誰からの信頼も得ず、誰も信じず強さだけを求めて突き進んで来た自分にできた、初めての信頼できる仲間。
この小さなエルフの少年は、自分を強くしてくれる。自分が思い描いた理想の通りに。これまで誰も与えてくれなかった、求めても得られなかったモノを。
それで強くなれると言うのなら。他でもない、シモンが望むのなら。
この機械式の体に乗せて、全身改造することに一切の迷いなどガルダンにはない。
「それより、早く移動。ミサは馬鹿だけど、使徒は勘だけで狙ってくるんだから」
「へいへい」
ヤル気の無い返事をしながらも、薄っすらと砂煙を上げながら静かに、それでいて驚くほど素早く、きめ細やかな砂地の上を滑るように移動して行く。
元々はアイアンゴーレムの例に漏れず、その超重量級の巨体をドスドスと鈍重に走ることしかできなかったガルダンであるが、古代鎧のパーツを流用し、高速のホバー移動を可能としている。そうでもしなければ、その重さでサラサラの砂に足を取られて歩くこともままならない。
ゼノンガルトの『黄金砂丘』の中で共に戦うため、最初にクリアした課題であった。
「どうやら奴は、向こうに気を取られてるな。こっちを見向きもしやがらねぇ」
「それでいいんだよ」
静音かつ迅速な砂上のホバー移動だが、多少の砂煙は立つし、何より改造によってさらに大型化したガルダンの体は目立つ。
それでもミサが狙撃された後でもこちらを見つけていないのは、ゼノンガルト自身が自然に漂わせている砂煙による視界の阻害と、ランク5冒険者パーティ『黄金の夜明け』のメンバーもシモン同様に遠距離攻撃に徹しているからこそ。
流石は元カーラマーラ不動の一位を貫いた冒険者パーティ。怒り狂ったミサを相手にも、しっかり距離を保ちつつ、互いに絶妙のタイミングで攻撃を行いヘイト管理する立ち回りとチームワークは超一流の連携だ。
ゼノンガルトの『黄金砂丘』による使徒の弱体化も機能し、現状ではミサを上手く封じ込めている。
大きく距離をとった上に、目の前に見える相手が幻影しかいないのであれば、ミサ自慢の特化能力である魅了も何の効果も発揮しない。
「へっ、どうせトドメは魔王に譲らなきゃいけねぇからな。その前に背負ってきた武装全部ぶち込んでやろうぜ」
「……うん。これまで積み上げてきた僕の全てを、ここでぶつけるよ」
だから、見ていてくれ。あの日あの時の無念を、今こそ晴らす。第十一使徒ミサに報いを。
シモンは再び取り戻した冷静さで、今度こそ一寸のズレもなく『サンダーバード・サイクロン』の狙いをつけた。
2023年6月2日
前話にて、アトラスの神名が以前に登場したのと違うくない? というご指摘を受けて、そんな馬鹿なと思ったら私が馬鹿でした。申し訳ありません、間違えました。
初出というか、唯一名前が出たのは第797話『アトラス連合艦隊』です。調べたところ、ここだけのはず……なんで三年近く前に一回しか出てない名前を憶えている人がいるのか。作者でも忘れるレベルのネーミングをご指摘していただき、本当にありがとうございました。お陰様で、こんな恥ずかしいミスを放置せずに済みました。
というワケで、アトラスの正しい神名は『天恵巫女』となります。
言い訳をさせてもらうと、女神アトラスについて詳しい設定を考えついたのは、ゼノンガルトがミサと戦う流れが決まった頃でした。
カーラマーラ編の時は、アトラスが大砂漠を司る本来の黒き神々、という程度しか決まっておらず、カーラマーラの加護を失ったゼノンガルトが、アトラスの加護を授かり同じような次元魔法の力を使うことで、実質的な弱体化を避ける、というアイデアこそ決まっていたものの詳細はしばらく深まっていませんでした。そのせいで、例の第797話時点においては、とりあえずこんな感じでいいだろう的なイメージでのネーミングで……後にアトラスの設定が固まった時には、すでに神名を出していたのを忘れた上に、新しいイメージを下に名前を決めた結果、このような事態になってしまいました。
折角ですので、本編で披露されることはないだろうアトラスの裏設定について。
女神アトラスは当初は正統派というか、古い神様らしいイメージでいました。『金色豊穣』はエジプトのナイル川の恵み、みたいなイメージからのネーミングですね。過酷な砂漠にあって豊かな実りを与えるのは、そりゃあ女神様の恩恵というもので。
しかし話が進んでいざゼノンガルトの『黄金砂丘』お披露目、となった段階で設定を深めていった結果、アトラスは黒き神々において最もメジャーな、元人間が神へと成ったパターンにしようと決めました。名前の通りに巫女の少女。
神に成った以上は伝説的な偉業を成し遂げている人物ですが、本人は流されやすい気弱な少女。流されて巫女になり、巫女だから嫌とは言えずに大砂漠を救うために自らを犠牲に・・・そして伝説へ。勝手に崇められて神に成ってしまった、徹頭徹尾、受け身な娘でした。
なので最初にゼノンガルトに加護を授けようと目をかけていたのに、なんかヤバい旧神のカーラマーラに先を越されて何も言えず・・・晴れてゼノンガルトに加護を与えたものの、女王リリィが流砂操作で大暴れした結果、自分を差し置いて砂漠の支配者のような扱いに。でもリリィに加護を与えている妖精女王イリスにも、やっぱり怖くて何も言えず・・・大砂漠がリリィの絶対的支配圏となっているので、イリスが感謝の気持ちを込めてアトラスをお茶会に招いた際には、「あっ、はい・・・」としか言えなかった模様。
あまり設定語りすると際限がないので、今回はこの辺で。
もしもまた致命的なミスや矛盾が発覚した場合は、ご指摘いただければ幸いです。それでは次回も、お楽しみに。