第927話 シャングリラVSピースフルハート(1)
「————スターライトパワー、アームドオン! 機甲鎧『ヴィーナス』起動!!」
シャングリラの出撃用カタパルトハッチ前にて、幼いながらも勇ましい掛け声が目いっぱいに響き渡る。
神々しい輝きと共に、古代と現代の魔法技術が融合した最先端のリリィ専用兵器、星型の機甲鎧ヴィーナスが現れた。
すでにプラネットリアクターは全開で回り始め、不気味な金属音のような唸り声が鋼鉄の星から上がる。
「発進準備完了……リリィ、行きます!」
「女王陛下万歳!」
万歳三唱に送り出され、ヴィーナスに乗ったリリィは勢いよくカタパルトから戦場の空へと飛び出して行く。
「お待ちしておりました、女王陛下。どうぞご命令を」
上空にはすでに、シャングリラから飛び立った『帝国竜騎士団』が女王を出迎える。
団長クリスティーナは、竜王子ラシードより受け継いだ蒼き雷竜ブルーサンダーに跨り、威風堂々と数多の飛竜を従えていた。
「うん、それじゃあ行くよ! 第一次攻撃隊、発進!!」
「オール・フォー・エルロードッ! さぁ、参りますわよカエルレウスちゃん。荒天に閃く蒼き雷で、敵を撃ち滅ぼしてくれますわぁ!!」
星に乗った女王リリィに、短期間ながらも徹底的に鍛え直されたクリスティーナの竜騎士団が続く。
シャングリラとピースフルハート、二つの空飛ぶ超古代兵器がヴァルナの戦場に並んだことで、ついに戦いの火蓋は切られた。
最初に動いたのは帝国軍。巡航速度でシャングリラをピースフルハートへ向けて進め、間合いが詰まって来た辺りでリリィと竜騎士団が出撃。まずは彼女達による攻撃を仕掛けることとなった。
「あっ、ペガサス! リリィ、今度は負けないんだから!」
こちらの動きを察知したピースフルハートから、続々と護衛の天馬騎士が飛び立ってくる。配下の空中戦力全てを収容しているのであろう。瞬く間に付近の空域は純白の翼で舞うペガサスが広がって行く。
その数は数百を超え、千にも届かんばかり。精鋭中の精鋭である天馬騎士の数としては、途轍もない大兵力だ。
アルザスで交戦した僅か一個中隊とは比べ物にならない数。だがしかし、リリィはあの時の屈辱を果たすと意気込む。たかがペガサス如きに、クロノの戦いを阻ませてなるものか。幼い姿であっても、空を制するべくこのヴィーナスを、リリィは作り上げたのだから。
「突撃ぃー!!」
クォオオオオオオオオオオオン————
鋼鉄の唸りと竜の咆哮が響き合い、第一次攻撃隊は真正面から襲い掛かる。
「ターゲット、ロックオン。『星屑の鉄槌』!」
満載された誘導兵器が、マイクロミサイルのように発射される。エーテルの赤い燐光を引きながら、行く手を阻むべく防御陣形を組んで迫る天馬騎士団に向かって飛翔。
リリィの卓越した誘導能力により、前面に展開されている天馬騎士同士による複合型防御魔法の厚い障壁を迂回し、その全てが側面から正確にターゲット目掛けて叩き込まれた。
「うわぁあああああああああああ!!」
「コイツ、どこまで追って————」
「避けようと思うな、撃ち落とせ!」
無数の爆炎の華が咲き誇る。飛竜の翼も破る『星屑の鉄槌』は、繊細なペガサスの翼を散らせて行く。
大半は回避不能の追尾攻撃を前に撃墜されてゆくが、精鋭の面目躍如とでも言うべきか、冷静に迎撃して凌いだり、防御魔法によって防ぎきる者もいた。しかし初見の凶悪な誘導魔法兵器を前に、狙われた者達の大半は落ちた。
「女王陛下が突破口を開いてくれましたわ。皆さん、遅れてはなりませんわよ!」
多くの天馬騎士が散ったことで、空中の防御網に穴が開いた形となる。
リリィはさらに『星屑の鉄槌』と妖精ビームを撒き散らしながら、先頭を切って敵の防空圏へと突っ込んで行く。それに遅れることなく、クリスティーナのブルーサンダー・カエルレウスがサンダーブレスを放ち、両脇を固める二頭のサラマンダーが火炎を吐く。
そのエース級火力を補うように、竜騎士達は強化や防御、あるいは攻撃魔法による掩護を行い、帝国竜騎士団は放たれた一本の矢の如く一糸乱れぬ連携でもってピースフルハートへと迫って行く。
そうして、いよいよ甲板に立ち並んだ防衛用の魔術師部隊の対空攻撃も届くほどの距離にまで詰め寄る。リリィはヴィーナスの機動力を最大限に活かしたジグザグの高速不規則移動で無数の砲火の隙間を縫うように飛びながら、広大な甲板のど真ん中に悠然と建つ白い宮殿の直上まで到達した。
「むむむぅ————『星堕』ぅー!!」
本来ならば変身しなければ使えない必殺技『星堕』だが、両手で握った白銀の拳銃『メテオストライカー』とヴィーナスからのエーテル供給があれば、幼女状態でも無理なく放つことができる。
宮殿の真上で俄かに描かれる巨大な魔法陣より、虹色に輝く破滅の隕石が降り注ぐ。
緩やかに見える落下速度の中、慌てて敵の大魔法を防ぐべく天馬騎士と魔術師部隊が雨霰と攻撃魔法を叩き込むが、一度落ち始めた星を止めることはできない。
その落下軌道を逸らすこともできず、敵本丸たる宮殿の屋根へと『星堕』が炸裂しようとしたその瞬間に、眩い白光が一面に広がった。
「うーん、やっぱり固いなぁ」
そこに秘めた莫大な破壊力が解き放たれたにも関わらず、光が収まった時には無傷の宮殿だけがリリィの円らな瞳に映った。
その結果に驚くことはない。ピースフルハートには強固な防御結界が機能していることは、カーラマーラへ向かう最中に遭遇した時に確認できている。
その出力がシャングリラを超えるほどであることも、リリィは自分の目ですでに見ているからこそ予測できていた。
ピースフルハートを隙間なく球状に覆う防御結界は、『星堕』に続いて次々と放たれた竜騎士の攻撃にも、全く揺らがず防ぎきっていた。
その様子から、至近距離でシャングリラの主砲をぶち込んでも突破できるかどうか、というほどの強大な防御力をリリィは察した。
「みんなー、帰るよー」
「撤退! 撤退ですわー!!」
案の定、通常攻撃では全く歯が立たないことを確認し、リリィは即座に第一次攻撃を切り上げる命を発した。
竜騎士団もこの攻撃が小手調べであることは伝えており、迅速な撤退命令に動揺することなく、即座に手綱を引いて逃げの体勢へと移る。
ピースフルハートを回り込むよう大きくターンしながら、第一次攻撃隊は引き返してゆく。敵が背を向けようとしているのを前に、当然のことながら天馬騎士が勢い込んで攻めて来るが、来た時とは逆に殿をリリィが務め、惜しみなく『星屑の鉄槌』をばら撒き牽制する。
ヴィーナスは後ろを向いたままでも飛行速度を落とさずに飛ぶことが出来る。撤退中にも関わらず前面の火力を発揮するリリィを前に、天馬騎士達も攻めあぐね、ついには一騎の撃墜も許されずにとり逃してしまった。
「ただいまー」
「おかえりなさい、リリィさん」
戻って来たリリィを出迎えたのは、ネルであった。
黒を基調とした帝国軍にあって、純白の装いが許されるのはネルの医療大隊のみである。
リリィと共に甲板へ帰還した竜騎士達は、一人の欠員こそないものの、負傷者はそれなりにいる。無数の天馬騎士に守られた敵陣へと、僅か一時とはいえ突っ込んで来たのだ。余裕の無傷で済むのは、リリィとクリスティーナくらいだ。
傷ついた竜騎士達の元へ、即座にネルの配下たる医療大隊の治癒術士が駆け付ける。すぐ安静にして治療に専念させたいところだが、戦いはまだ始まったばかり。竜騎士は騎乗のまま治癒魔法を受け、すぐにでも再出撃できるよう備えていた。
そんな状況下で、真っ先に負傷者の治療に駆けつけるはずのネルは、今ばかりはリリィの隣で様子を眺めるに留めている。
そう、ネルには医療大隊を率いる長として傷ついた者を癒す本来の仕事は別に、特別な役目を負っているのだ。
「やはり、敵の守りを破ることはできませんでしたか」
「うん、すっごい固かった。お城の方には、『聖堂結界』も張ってあったよ」
流石は使徒の座す本丸と言うべきか。
かつてネルが囚われていた時のアヴァロン王城と同様に、高位司祭によって展開される『聖堂結界』の守りも宮殿にはされているようだ。
その上さらに、ピースフルハートの全てを守る防御結界が存在している。並大抵の火力では、どちらか片方だけでも破ることは難しい。
「想定通り、ですか……それでは、本当にあの馬鹿げた作戦を実行しなければならないのですね」
はぁ、と憂鬱そうな溜息を吐いて、ネルがどこまでも残念そうに言う。
対してリリィは、子供らしくワクワクしたような顔で言い放つ。
「うん! それじゃあ、シャングリラで突撃ぃー!!」
「あっはっはっは! ザァーッコ!! アンタらが幾ら突っついても、この私の空中要塞ピースフルハートに効くワケないでしょうが!」
即座に退いて行った敵竜騎士の姿に、ミサは大笑いしてふんぞり返っていた。
まずは敵の空中兵器を叩こうと命を発したが、全て自分の手でやらねば気が済まないような気分でもなかった。ここは折角、大勢乗せてやっている奴らに働いてもらおうと、ミサは宮殿の司令部で呑気に観戦することを選んだ。
そうしてヴァルナ森海上空にて、現代史上初の空飛ぶ古代兵器同士の空中決戦が始まった。
お気に入りのワインとスイーツを嗜みながら、ピースフルハートの機能によるリアルタイムで映し出される外の景色を大写しで眺める。先手を打って攻めて来た魔王軍の飛行部隊に押される天馬騎士の防衛隊は情けない様子だが、彼女達の力など必要ないとばかりに、圧倒的な防御力を示す自分の城に、ミサは満足していた。
「これが古代兵器の力、ですか……本当に、凄い結界で守られているのですね」
あっさりと退いて行った敵攻撃隊の姿を見て、ホっと安堵の息を吐いたのは、ミサの隣に座ることを許されている少年大司教ルーデルである。
「ふふん、なによアンタ、ビビってんのぉ?」
「ええ、恥ずかしながら、私には戦の経験がほとんどありませんので。使徒の城の庇護下にあっても、情けなくも恐怖に震えてしまいます」
ニヤニヤと意地悪い笑みを浮かべてミサが言えば、如才のない愛想笑いでルーデルが返す。
この気まぐれにして残酷な少女には、下手に見栄を張るべきではないと、ルーデルはすでに心得ている。
「きゃははっ、ホントに情けないわね。私がアンタくらいの頃には、もうジャンジャンバリバリ異教徒共を殺って殺って殺りまくりだったけどぉ……まぁ、ヘタレのアンタにそんな度胸つけろってのは無理な話か」
そんな風にからかうミサは、本当に楽しそうに笑っている。その姿だけなら、見目麗しい少女であるが……ルーデルには、ただ言葉が通じるだけの怪物のように見えてしまう。
誇張でも何でもなく、純然たる事実としてミサは数多の異教徒と魔族を血祭りに挙げている。
自分の唯一の従軍経験であるアルザスの戦い。遠目で戦う魔族の姿を見ただけで、心の底から震えあがるほどに恐ろしかったというのに、ミサは一人でその恐ろしい魔族の軍団を殺し尽くしたのだと聞いて、更なる恐怖を感じたものだ。
その慈悲の欠片もない残虐性は、十字教徒ならば賞賛すべきなのだろう。けれど、人と魔族にさほどの違いなどないと悟ったルーデルには、使徒の凶悪な暴力が、いつか自分達に向けられるかもと恐ろしくて仕方がない。
正義も悪もない。ただミサという少女の気分一つ、彼女が敵と決めれば、どれだけ白き神に祈りを捧げて来ようが関係なく、無残に殺されるのみだろう。
自分の方を向いて楽し気に笑うミサの姿は、今はまだ満腹で機嫌がいいだけのドラゴンのように思えてならない。
「このピースフルハートが攻められることなんて滅多にないけど、超デカくて分厚い防御結界が丸っと全部囲ってあんのよ。あんな程度の攻撃じゃあ、ヒビも入んねーわよ」
「はい、そのようですね。安心しました」
「それに、ネロの置き土産で宮殿も『聖堂結界』で囲めてんだから、どうやっても魔族共がここまで攻め入るのは不可能なのよ」
自慢気に城の防備を語るミサであるが、当然ながらルーデルだってそんなことは知っている。これほど堅牢な防御を誇るのは、シンクレアでも名だたる大都市や重要拠点の要塞くらいと限られる。
だが空を飛べる要塞はピースフルハートだけ。素人でも分かるほど超強力な戦略級古代兵器を、何故よりにもよってミサという傍若無人な使徒に独占させているのか。
表向きの理由は、ミサが偶然にも古代遺跡で起動させたから所有権を持っている、ということになっているが……第二使徒アベルがその権利を保障すると明言していることが、他の誰にもミサからピースフルハートを取り上げることが出来ない最大の理由であると、ルーデルは大司教になってから知ったものだ。
その時は、何故アベルがわざわざそんなことを指示したのか分からなかった。あまり表立って影響力を発揮することなく、常に教皇の威光を立てるよう振舞っているからこそ、尚更に理解しがたかった。
だが、今になってルーデルは一つの仮説を思いついた。もしかすればアベルは、このあまりにも強大な古代兵器の力を、十全に発揮できないようにしたかったのではないかと。
もしもピースフルハートを所有するのが、従順にして勤勉と名高い第七使徒サリエルであれば、恐らくはシンクレア本土があるアーク大陸での領土は急速に拡大したであろう。何よりも明確な事実として、魔王はピースフルハートと同格の古代兵器シャングリラを効果的に運用することで、一年という極短期間で大帝国を築き上げているのだ。
たった一隻で容易く領土拡大の大戦果を得られる空中要塞を、アベルはあえてミサのオモチャにしておくことで、その効率的な運用を妨げたかったのではないだろうか……そんな予想をルーデルは考え付いてしまった。
本来であれば、シンクレアの領土拡大、引いては十字教の布教活動に明確な不利益を与える行いを、伝説的な使徒がするはずないと、誰もが考える。だがしかし、大司教の位につきながら、どうしようもなく十字教への不信感を抱いてしまった今のルーデルには、アベルがただ盲目的に白き神に従っているワケではないのかもしれない、という可能性に至ることができた。
もっとも、それを考え付いたところで、お飾り大司教でしかない自分にどうこうすることもできないし、シンクレア本国にいる伝説の勇者様に何かできるはずもないのだが。
「あー、それにここの護衛にはアイツらもいるし、聖堂騎士」
「お呼びでしょうか、第十一使徒ミサ卿」
「別に呼んでないっての」
この司令部において、ルーデルを除いて一切の恐れなくミサに声をかけられるのは、護衛として派遣された聖堂騎士団の団員のみである。ここには代表として中隊長とその副官の二人だけが同席している。
ミサの下に派遣された聖堂騎士団は総勢50名ほどの一個中隊。その内の6人をノールズへと貸し与えている。つまり、護衛戦力の大半はピースフルハートに残っているのであった。
「でも、アンタらって護衛しろって命令をヨハネスから受けてんでしょ? じゃあ、これからシャングリラに攻め込むのに、ついて来ない感じなの?」
「いいえ、敵艦シャングリラへの攻撃は、命令の範囲内です。こちらとしては、魔王が誇る古代兵器へ是非とも挑んでみたいと思っております」
「ふぅん、わざわざパンドラまで来てる以上、やっぱり手柄は欲しいってコトぉ?」
「そのように受け取ってもらって構いません」
フルフェイスの兜に覆われた中隊長の顔は伺えず、ミサの挑発的な台詞にも、平坦な声で返す。
あまり面白みのない反応に、ミサは興味を失ったように顔を背け、再びルーデルの方へと向く。
「まっ、そういうワケで、これから私らはあの生意気な船を落としに行くから」
「それは、こちら側から敵艦へと乗り込む、ということですか」
「出来るだけ接近してからペガサスに運んで……んん、真上に陣取って上から落ちてった方が早いかも? ねぇアンタ、どっちがいいと思う?」
「えっ、そ、そうですね……」
急に重大な作戦行動が決まりかねない質問を振られて慌てるルーデルであったが、軍事の素人に過ぎない少年大司教の口から答えが出るよりも前に、事態は変化した。
「敵艦に動きが!」
「こちらに向けて、急速に接近してきます!」
将校の報告に、俄かに司令部に緊張が走った。
投影される映像でも、シャングリラが真正面をこちら側に向けて、明らかに加速しながら近づいて来ていることが分かる。
「へぇ、ビビって逃げるかもって思ったけど、そっちから来てくれるなんて、上等じゃない!」
追いかける手間が省けたとばかりにミサが言う。
「失礼、ミサ卿。我々は総員出撃準備に入ります」
聖堂騎士の中隊長がカッチリと礼をしてから退室を申し出た言葉も、はしゃぐミサは全く聞かず、見てもいなかった。
元よりアテになどしていない戦力だ。ミサが気に掛けることもない。
「て、敵艦、さらに加速!」
「まずい、これは衝突コースでは……」
「えっ」
いよいよ接敵距離というほどにまで間合いが詰まって来たというにも関わらず、減速する気配もなくそのまま突っ込んでくるシャングリラの様子に、流石のミサも異変に気付く。
「はぁっ!? なに考えてんのよアイツらっ! ホントにこのままぶつかる気なの!?」
竜騎士の攻撃で全く打撃を与えられなかったからといって、そんな破れかぶれのような衝突攻撃を敢行するとは、幾ら何でもミサだっておかしいと思う。
替えの利かない貴重な古代兵器。その価値はミサにとっても向こうにとっても同じ。決して傷つかないよう、万に一つも墜落などせぬよう、敵を寄せ付けず大切に使うだろう。
まさか、同格の相手にぶつけて相討ちを狙うなど、
「ミサ卿! 回避を!」
「このままでは衝突してしまいます!!」
「うっさいわねっ、そんな急に動かせな————」
基本的にシャングリラを自動制御の巡行速度でしか動かしてこなかったミサに、咄嗟の操船など出来るはずもない。今まで自分の思うように、勝手に動いてくれたので文句のつけようもなかった。
高度な自立航行システムがあるが故に、ミサはピースフルハートの動かし方も、その限界機動も把握していない。何より、小回りの利かない船という乗り物を動かすために、状況を先んじて予測し舵を切る、ということをミサは全く意識すらしたこともないのだ。
つまり、迫り来るシャングリラを回避する術も腕前も、ミサには無いということ。
「————な、なによ、アレ」
そしていよいよミサも衝突は避けられないと悟った瞬間、敵艦に変化が現れる。
突如としてシャングリラの船首が弾けた。
やけに大きく長い、不格好な箱型の船首へ俄かに爆炎が迸り、バラバラと黒い装甲が飛び散り落ちて行く。
ピースフルハートの防衛部隊が頭を向けて突っ込んでくる敵艦に先手を打ったのかと思ったが————否と、その炸裂した爆煙の向こうに現れた輝きを見て悟る。
「け、剣がついてる……」
シャングリアの船首に、剣がついている。
まるで子供のように幼稚な感想だが、ミサにはそれ以外に表現することができなかった。
事実として、それはまるで船の先端から剣が生えているとしか形容できないほど、鋭い刃が露わとなっていたのだから。
シャングリラの剣を見た瞬間に、考えナシのミサでも全てが繋がった。何故、竜騎士の攻撃隊はあっさり引いたのか。
コレが本命だからだ。
ピースフルハートの誇る強固な防御結界を確実に突破するために、クロノが選んだ方法は、
「————敵艦、衝角攻撃、来ますっ!!」