第922話 密林逃避行(2)
聖堂騎士。
確かザナドゥの遺産争奪戦でカーラマーラ大迷宮を攻略した時に戦った、シルヴァリアン・ファミリアのリューリックという男が名乗っていた。『聖痕』という白き神の加護の一種を扱い、その戦闘能力を飛躍的に向上させる力を持つ。
どうやら奴らだけでなく、パンドラの隠れ十字教勢力においても、加護である聖痕を使うのは特別な意味があるようで、そしてそれを扱う聖堂騎士は、ただの騎士とは一線を画す存在となっている。
だがしかし、サリエルの言う聖堂騎士は本物————つまり、シンクレア共和国にて使徒が率いる『聖堂騎士団』に所属する、最強の騎士達のことを指す。
その最強騎士団としての地位をほしいままとしている『聖堂騎士団』は、主任務が聖都エリシオンの守護のため、パンドラ遠征に参加してはいないと聞いてはいたが……どういうワケか、ソイツらがわざわざ俺の首を狙いにやって来たらしい。
「防御態勢! 『黒盾』!」
サリエルが止めた一発から、間髪入れずに追撃が殺到してくる。
綺麗に四方から、俺に向かって一点集中の正確な狙いで青白く輝く大きな光の矢が飛来する。
「ここは通しません」
「陛下、前方は私が守ります」
後方はサリエルが、前はセリスが出て、矢の迎撃に当たった。
サリエルは先と同じく槍で叩き落すと同時に、雷魔法で弾く。セリスは重力結界を展開して荷重させることで、矢の軌道を下へと逸らす。
俺は左右に『黒盾』を広げたが、中空に浮かせた小型盾を矢は難なく貫いてみせた。だが貫通の衝撃で射線は逸れて、俺の体に当たることは無かった。
矢はかなりの威力がある。中級防御魔法でも貫いて来るだろう。狙いが正確だからこそ、僅かでも逸れれば外れただけで、これを無数に撃ち込まれたら堪らない。直撃すれば機甲鎧の装甲でも危ないだろう。俺以外も狙われれば犠牲者が出かねない。
だが幸いと言うべきか、雨のように光の矢が降り注ぐことはなかった。
「『黒風探査』————四人、いや、範囲外にいるかもしれないな」
黒風を拡散させて範囲内を触れるように把握できる便利な索敵黒魔法だが、逆にこちらの居場所を示すことにもなるので使わなかった。でもすでに見つかっているなら、もう関係ない。
ひとまずは追撃してきた聖堂騎士の居所を掴むために発動させたが……思った以上に、遠い位置に四人が陣取っているのが分かっただけに終わる。
この四人でも索敵範囲ギリギリのポジションだ。これはさらに外側に、もう何人か潜んでいてもおかしくはない。
恐るべきは、これだけの距離を置きながら、正確に俺へ狙いをつけ、かつ十分な威力の攻撃を届かせる射程範囲だ。
暗黒騎士がライフルを撃ち返した程度じゃあ、奴らを黙らせることはできそうもない。
「……奴ら、いつまで続ける気だ」
聖堂騎士から攻撃を受けて30分ほどが経過した。
この間、奴らは全くこちらへ距離を詰めようとせず、開幕と変わらず延々と光の矢による攻撃だけを続けている。
俺はバック走行をしながら自分の正面を守り、進行方向前方はセリスが、左右をサリエルとファルキウスが固める陣形となった。威力と射程は恐るべきものだが、連射速度は常識的な矢の攻撃は、この陣形で対応できている。
反撃は『黒風探査』で感知した方向へ、暗黒騎士達に狙い撃たせているが、向こうの攻撃の手が緩まないことを考えれば効果は薄い。
こうして密林の中を進みながらの不毛な撃ち合いが続いている。
「いつまでも続けるのが、狙いかもしれない」
「少しでも消耗させられれば、それでいいってか」
最強騎士団のくせに、セコい手を使うじゃないか。だが、困ったことに今の俺達にそれは有効だ。
戦闘状態が継続していることで、俺もただ走っているだけよりかは消耗をしているし、暗黒騎士のエーテル消費は確実に増大している。このままずっと張り付かれ続ければ、丸一日を待たずにバッテリー切れで足が止まる。
最精鋭の聖堂騎士だ。それくらい粘り強く戦い続けることも出来るだろうし、交代要員もいるならシフト制で24時間攻撃可能ってこともある。
「やはり打って出るべきか」
聖堂騎士とはいえ、たった四人分の反応。殺意はあれど、確実に殺し切ると言えるほどの気迫は感じられない半端な攻撃。
こっちが反撃に転じるのを待っているかのような雰囲気に、罠を警戒して防御陣形を保っていたが、向こうがハナから消耗戦狙いなら的外れな対策だ。一人ずつでも順番に、さっさと倒しに向かった方がいいだろう。
「消耗を強いつつ、誘い出しも狙っている可能性が高い」
なるほど、どっちか片方しか出来ない道理はないからな。
こちらが動かなければ安全に距離を保って消耗戦を続け、反撃で接近してくるようなら、そこで待ち構えていた罠を使う、と。相手がどう動いても有利がとれる上策だな。
「それなら、向こうが少しでも隙を見せてくれない限りは、安易に突っ込むべきじゃないな。ちょっと派手に爆撃でも喰らわせてやるか————」
多少の消耗覚悟で、範囲攻撃魔法で反撃を強めて相手の陣形を崩すのを試そうかと思った矢先、
「まずいっ!」
気づいた瞬間には、一手遅かった。
木々の間をすり抜けて飛来する光の矢が向かう先は、俺ではなかった。組んだ隊列の最も端に位置する暗黒騎士の一人。そこに四方から放たれた矢が殺到した。
ギン! ギギィン!!
機甲鎧『黒金鬼』の装甲を穿つ強烈な金属音と、施された金メッキ装飾の防御反応によって激しい火花と閃光が散る。
ただの矢、下級攻撃魔法ならば余裕をもって耐えられる『黒金鬼』だが、聖堂騎士の放つ一撃を受けきるには至らない。
俺に攻撃が集中し続けてきたことで、自分への防御に意識が傾き過ぎていた。効果の見込めない反撃をするだけの手下は放置し、俺を消耗させることを優先するだろうと。
だがしかし、奴らはここに来て方針を転換した。あるいは、俺の意識が逸れるまで待っていたのかもしれない。
そのせいで、フォローが間に合わなかった。青白く輝く矢が幾本も、装甲を穿って暗黒騎士に突き立つ。
ブーストを吹かして移動中に直撃を喰らったことで、完全にその制御を失い、勢いのまま巨木の幹に突っ込んで衝突。大きな血の跡を残して、ジャングルの地面へと力なく転がり落ちた。
「出るぞ、サリエル」
「はい、マスター」
もう悠長に隙を伺っている場合ではなくなった。リスクを承知で、速攻で始末しなければならない相手だったのだ。
そう即断した俺は、サリエルの返事を置き去りにして飛ぶ。
「『嵐の魔王』」
強烈な加速と、流れゆく景色。加護の力による超高速移動によって遠く離れた間合いを最短最速で詰める。
一秒経ったかどうか。見えた。暗緑色のマントに身を包み、大弓を携えた鎧兜。
その弦にはすでに淡い燐光を鏃に纏った矢が番えられているが、今の俺はソレを放つよりも速い。
「————破ぁっ!!」
最高速度のまま突っ込み、すでに影から引き抜いていた『首断』を大上段から振り下ろす。衝撃と斬撃が爆ぜるように、叩きつけた地面から土砂が吹き上がる。
手ごたえはない。流石だな、この速さで斬りかかっても避けるのか。
降り注ぐ土砂のカーテンの向こうで、すでに大弓を手放し抜刀した聖堂騎士の姿が見えた。密林に潜むためのマントが大きく翻り、その下から白銀に輝く鎧が露わとなる。
だがその輝きは磨き抜かれた金属光沢だけでなく、明らかに白色魔力のオーラによる煌きも混じっている。どうやら、すでに『聖痕』を発動させているようだ。
「『魔弾』————」
「————『鋼身』、『白光大盾』」
鎧兜が防御系武技の発動を示す白い輝きを発すると共に、光属性の中級防御魔法も形成される。俺が魔弾を撃ち出すまでに、武技と魔法の両防御を発動させるとは。かなりの早業、半端な練度ではない。
だが、発動速度重視のせいで防御性能はどちらも中級。通常の魔弾なら難なく弾いただろうが、コイツは『剛弾』だ。
「ぐっ……」
弾丸は光の盾にメキメキと食い込み破砕寸前。鎧の方は僅かにヒビが入るほどだが、次々と着弾する衝撃に体勢が崩れる。
防御の硬さで正面突破を狙ったのだろうが、殺到した『剛弾』の威力が想定を上回った形だ。俺の魔弾を舐めた代償は大きいぞ。
光の盾を踏み砕いて間合いを詰め、片膝をついて隙を見せる聖堂騎士に俺は再び斬りかかる。
「『黒凪』」
「くっ、がぁ……」
確実に殺ったと思ったが、これも凌ぐとは。
聖堂騎士は完全な回避は不可能と断じて、腕一本を犠牲にして無理矢理に体を捻って離脱。
斬り飛ばされた左腕が地に落ちるよりも素早く立ち上がり、片腕で握った剣を構えて即座に反撃してきた。
「『一撃穿』っ!」
青白いオーラを刀身に纏ったロングソードが、鋭い突きの武技となって放たれる。
お手本のように綺麗な技。これを片腕失った直後に放つのだから、技量も精神も最精鋭に相応しいと言える。
だが俺を殺すにはパワーもスピードも足りない。
『暴君の鎧』の肩関節を狙った抉り込む様な『一撃穿』を紙一重で回避しながら、一歩踏み込み間合いを詰める。
「『双激烈』————ぐうっ!?」
技後硬直が存在しないと錯覚するほど、流れるように次の連撃武技へと繋いできた聖堂騎士だが、それで俺を止めることは出来ない。
武技とオーラによって威力を増したロングソードを、『首断』を振るい難なく弾く。それで剣戟は止まり、武技の発動も終了だ。
「『閃光』」
刹那、眩い光が視界を真っ白に焼き尽くす。
往生際が悪い、とは言うまい。武技の反撃も、俺のすぐ前で目を焼くほどの閃光を撃ち込むための布石だったのだろう。つまりフラッシュで視界を潰すのが本命だったワケだ。
「遮光モード」
「すまんなミリア、もう目を瞑ってたわ————『黒風探査』」
今回は兜を被っていたので、炸裂した閃光も自動的に反応して遮断してくれていた。その気遣いを台無しにするように、俺は先に目を閉じてしまっていたワケだが、まぁいいだろう。
一瞬とはいえ閃光によって視界を封じられるのは分かり切っていたからこそ、合わせて発動させた『黒風探査』で相手の動きを探った。
どうやら奴は逃げの一手を打ったようだ。
急加速したバックステップを刻み、次いで体を反転させて全力疾走の構え。実際に閃光で視界が焼かれていれば、再び目を開いた時にはもうどこにも奴の姿はない、といった状況になること確定の、素早い逃げ足だ。
けれど、お前は逃がさん。
「『魔弾・徹甲榴弾』」
目は見えなくとも、相手の位置は捕捉出来ている。狙って撃つには十分だ。
轟音を立てて放たれた『徹甲榴弾』に反応したのか、聖堂騎士は跳躍の最中で見もせずに体を捻って回避行動をとったが、避け切れない。
急所こそ外れたが、大腿部に命中した徹甲榴弾は容易く片脚を吹き飛ばした。
血飛沫を上げながら姿勢制御を崩して、聖堂騎士は墜落。バキバキと細い木々を薙ぎ倒しながら地面を転がり、うつ伏せに倒れ込んだ。
次でトドメだ。
「天にまします、我らが神よ……」
流麗な白銀の鎧を血と泥で汚しながらも、聖堂騎士は立ち上がった。いや、片腕片脚の体で、獣のように伏せった体勢。それでも、残った一本きりの手足を伸ばして、奴は確かに体を起こしたのだ。
「……神のご加護がありますように」
刹那、全身を濃密な青白いオーラで包み、砲弾のような勢いで聖堂騎士が跳んだ。
加速度的に膨れ上がる魔力の気配に、俺はトドメの『徹甲榴弾』をその脳天にぶち込んだ。
ズドォオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!
「自爆機能も搭載とは、恐れ入ったよ」
強烈な爆風に煽られながら、青い火柱となって大爆発をした聖堂騎士に向けて吐き捨てる。
卓越した技量に、戦闘勘、手足を失っても戦い続ける精神力。そして敵に及ばず、逃げることも叶わないと悟れば、迷わず自爆を敢行する覚悟。
これが聖堂騎士か。
「マスター」
「残りは逃げたか」
「申し訳ございません」
「いや、奴らの速さで逃げに徹されれば追いつくのは難しいだろう」
最速で動ける俺がまず一人を強襲し、サリエルには残りの三人を牽制するよう頼んだ。結果的に聖堂騎士は俺が動いた瞬間に退避行動に移ったので、サリエルでも即座に追いついて攻撃するのは無理だ。
「こちらの、いえ、マスターの戦力を把握するための威力偵察でもあったかと」
「『嵐の魔王』は見られてしまったな」
俺の戦闘能力はこれまで散々、十字軍と戦ってきたのだからそれなりに知られてはいるだろう。しかしながら、生で実際に見るのと、情報だけで知るのとでは雲泥の差がある。
特に奴らは精鋭だ。次は俺の速度と移動距離を見越した上で陣形を組むだろう。
「まぁいい、奴らは慌てて逃げて行ったんだ。今の内に少しでも振り切っておきたいが……」
「一時的に距離を開けることはできる。でも、すぐにまた捕捉されてしまうでしょう」
「使い魔が監視しているのか?」
「それもある」
頷きながら、サリエルは空を指さす。
生い茂った深緑の葉の隙間から、白い翼を広げて悠々と空を行く天馬騎士の姿がチラりと見えた。
上空からも偵察するとは、いよいよ本腰入れて俺を狩りに来ているな。
「出来る限り隠れ潜んで進もう」
聖堂騎士の遠距離攻撃に加えて、天馬騎士に空からちょっかいかけれれば本当に厄介だ。一方的に消耗を強いられ、削り殺されることも十分にありうる。
次に奴らが仕掛けてきた時に、どれだけ素早く、最小限の力で打破できるかが鍵だ。ヴァルナのジャングルは広大で、まだまだ先は長いのだから。