第921話 密林逃避行(1)
「————よし、ちゃんと全員いるな」
十字軍が陣取る大神殿への突撃を諦め、俺は逃げの一手を打った。
煙幕を焚いてあの場を離脱し、そのまま大角の集落を抜けた。勿論、街道が続く真っ当なルートは走れない。集落の各所も十字軍により封鎖されており、突破は容易ではなかったからだ。
とんでもない数の十字軍が展開していた。幾ら何でも、あんな人数が一晩の間に動いたとは思えない。集落の各所にあらかじめ潜んでいたに違いない。
サリエルの予測した通り、大角の氏族は十字軍と、いや正確には大遠征軍と通じており、俺をあそこで暗殺するために準備をしていたのだろう。
モノリスによる転移が開通していれば、兵の移送は容易い。流石に獣人集落のど真ん中から、秘密裏に入り込んでいるとは想定外だ。
これが帝国領内であれば絶対にありえない事態だが、百獣同盟は帝国の支配下にはないので、当然そこにあるモノリスの監視も出来ていない。今の段階では、何があっても分かりようがなかった。
だが何よりも、十字教が獣人相手に取り入るような真似をするはずがないと思い込んでいた……けれど奴らは、魔族殲滅のためなら本当に手段というのを選ばないらしい。
どんな好条件で大角の氏族に取り入ったかは分からないが、すでに事を起こし、あれほどの大軍を引き入れてしまった以上、あの集落は今夜の内にでも完全に奴らの拠点として乗っ取られるだろう。
ミノタウロス達が一体どれだけ生き残れるか……いや、今は彼らの心配をしていられる余裕はない。
包囲網の薄い箇所を狙って、なんとか俺達は突破を果たして集落から脱したのはいいものの……どことも知れないジャングルへと飛び込む羽目になってしまった。
それから夜通し駆け続け、そろそろ夜も明けようかという頃合いになって、俺達はようやく止まって小休止に入る。
「しかし、参ったな……どこだろうここ」
「やはり、無理にでも大神殿からマスターだけでも脱するべきだった」
「それは言うな、サリエル。お陰で、まだ全員で生き残っている」
ジャングルの奥地で全員仲良く野垂れ死ぬリスクを承知で、それでも俺は全員が生き残れる可能性がある方を選んだのだ。今更、後悔などするまい。何度考えたとて、あんな場所で大切な仲間の命を費やすなんて、とても受け入れられないからな。
「メテオフォールは向こう。少し逸れているが、進む方向は概ね合っている」
集落を出る時に、おおよその方角に見当はつけて来たからな。いきなり反対側に進み始めるようなことはない。
ないのだが……果たして、メテオフォールまで一体どれだけの距離があることか。
「このまま徒歩で進めば三日、いやジャングルを突き進めばもっとかかるか」
「はい。街道はすぐにでも敵騎兵が展開するでしょう。このまま密林に紛れて進むしかない」
大角の集落は三大氏族の中で一番メテオフォールから離れている。そんな立地だからこそ、訪れるのが最後になったし、あるいは奴らに目をつけられたのかもしれない。
「大角の集落全てが奴らに掌握されているならば、俺達はまだ腹の中にいるようなもんだな」
三大氏族と呼ばれるだけあって、大角の氏族の規模は非常に大きい。俺が招かれたのはいわば首都のような中心集落であり、そこから広範囲に渡り点々と同族の中小集落が広がっているのだ。ヴァルナ森海が広大な分、その規模は小さな国のようでもある。
大遠征軍がすでに大角の氏族の集落全てを占領し、さらにモノリスによる転移も通じているならば、俺達の逃げた方向の先にある集落へ兵力を移動し、待ち伏せでも追撃でも好きに出来る。つまり、この辺はまだまだ敵の勢力範囲内ということだ。
勿論、昨晩に脱して来た中心集落からそのまま追撃部隊も出されているだろう。のんびりしていれば、ソイツらにもすぐ追いつかれてしまう。
「流石にリリィならこの状況に気づいてくれるとは思うが、すぐに救援も来ないだろう」
左目を通してリリィは俺の視界を見ることが出来る。昨晩の反乱と大遠征軍の出現は、リアルタイムで目撃できたはず。リリィが寝ていなければの話だが。
最悪、幼女リリィが昨晩からこれから迎える朝までぐっすり眠ってこっちの異変にまだ気付いていなかったとしても、朝にはひたすらジャングルを突き進む俺の視界を見れば流石に分かるだろう。
しかし問題は、これがただの遭難救助では済まないことだ。
奴らはかなり気合の入った追撃をかけてくるに違いない。何せ、魔王の首がすぐそこに、それも僅か五十騎ばかりの護衛しか連れていない小勢で、土地勘もない密林を彷徨っているのだ。絶対にこの機を逃さんと、本隊から転移でじゃんじゃん兵を送り込んでくるだろう。
俺達の救援に半端な数を繰り出したところで、返り討ちに遭うだけだ。相当数の大遠征軍と当たっても退けられるだけの戦力を整え、こっちの方まで出張って来るとなれば……時間も苦労もかけることになりそうだ。
俺達がどれだけ早く奴らの勢力圏を脱し、メテオフォールの近くまで戻れるかが、勝負の分かれ目か。
「マスター、もう一つ問題が」
「なんだ? 水と食料なら何とかなるぞ」
こういう時の為に、影空間には大量の備蓄があるからな。こんなの絶対、俺一人で食べきれるはずがないだろっていう量が詰め込まれているが、流石に五十人分の食い扶持となれば底も見えて来る。
とはいえ、数日は持つくらいの量はある。それに空間魔法付きのポーチは暗黒騎士には支給品として全員が装備している。一種のサバイバルパックとしても機能しているので、水食糧は一定量所持していることとなる。
長く見積もってもジャングルを彷徨う逃避行は一週間程度だろう。これくらいの期間なら問題はないはずだが、
「エーテルバッテリーがもたない」
「……アイン、お前のは今どれくらい残ってる」
「残量は三分の一ほど、でございます」
古参の証たる『ヘルハウンド』を着込んだアインから返って来た答えに、俺は頭を抱えそうになった。
「『黒金鬼』の方は」
「そちらも、ほぼ同様の残量となります」
まずい。これは非常にまずい。
バッテリーのエーテルを失えば、古代鎧も機甲鎧も、揃ってただの重りにしかならん。
「次に全力戦闘すれば止まるな……」
昨晩の脱出劇での戦闘と、今さっきまでブースト機動を駆使して密林を駆け抜け距離を稼いできた、その行動でバッテリーの三分の二を消耗したワケだ。もう同じだけの戦闘と移動をすることは出来ない。
バッテリーは基本的にエーテル補給で回復させて、丸ごと交換することなく使っている。現地のモノリスで補給しながら、足りない場合は荷馬車と共に運んでいるエーテルタンクを使うが……当然、あの状況でタンクを持ち出すのは無理なワケで。
「バッテリーの予備は各自、試作品の一本ずつです」
「無理を押してでもバッテリー開発に集中させれば良かった」
後悔しても、今更もう遅いよ……と、冷めた目でそんなことを言うシモンの姿を俺は幻視した。
古代兵器を扱う我らが帝国軍にとって、その動力源たるエーテルを供給するためのバッテリーは必要不可欠な存在だ。当然、早々に開発は始まっていたが……ヘルハウンドを含め、すでに実戦で使用している古代兵器の大半は、元からある分で十分に戦えていたこと。開発のリソースは主に決戦兵器たる天空戦艦シャングリラに集中させていたこと。
そして実戦投入されたアヴァロン解放戦、ベルドリア攻略、ファーレン解放戦、そのいずれにおいても十分なエーテルの補給体制が確立していたことで問題にならなかったことも大きいだろう。今までが、あまりにも上手く行き過ぎたのだ。
そういった諸々の理由から、まだ安定した実用段階にあるバッテリーの量産化には至っていない。サリエルが言ったように、とりあえず試作品があるから実際に使ってみて、それをフィードバックして改善します、というような段階なのだ。
「これ以上の成果を、魔導開発局に望むのは酷かと」
「だよな……俺もシモンに死ねと言う気はない」
局長シモンを筆頭に、彼らは過労死上等の勢いで日々、仕事に勤しんでくれている。目前に迫った大遠征軍との戦いに、何としてでもシャングリラの改造を間に合わせようとしている。
バッテリーも用意しておけ、なんて言えるかよ。
「レギンさんに感謝だな。この状況を見越したとしか思えない改良だった」
黒金鬼の燃費が改善されていなければ、すでにバッテリーが尽きていたことだろう。何とかヘルハウンドと同等の燃費にまで仕立て上げたのだから、かつてスパーダ一と呼ばれた鍛冶師の腕は伊達じゃないな。
「ですが、このまま戦闘せず行軍できたとしても、必ずバッテリーは切れます」
機甲鎧は動かすだけでもエーテル消費するからな。家電と同じだ。
そして今この場には、充電を可能とする古代遺跡は存在しない。
「ここで機甲鎧を捨てるワケにはいかない」
ケチってんじゃない。鎧を脱げば、暗黒騎士は生き残れないからだ。
俺とサリエル、それから元からランク5級の腕前を持つセリスとファルキウス。この面子に関しては、裸一貫でジャングルに放り出されても、どうとでもなるだけの能力があるので問題ない。
次いでアインを筆頭とした古参ホムンクルス達。彼らもアヴァロンで冒険者として活動した実績があり、その能力は最低でもランク3に相当する。敵の追撃を受けながら、密林を逃げ続けることが出来るだけの能力は持ちえている。
だがしかし、プリムのように経験の浅いホムンクルスはその限りではない。特に黒金鬼を装備する新参組は、機甲鎧での戦闘をまず叩き込んで実戦レベルに短期間で仕上げているため、生身の地力がどうしても見劣りしてしまう。
そんな彼らでは、生身で俺達について来れるとは思えない。ただ進むだけなら何とかなるかもしれないが、戦闘も含めれば……ちくしょうめ、信頼という安全面を重視して、ホムンクルスばかり採用していたのが裏目に出たな。カイの第一突撃大隊のように実力オンリーで選べば、悩むことは無かったのだが、これも今更な話である。
「アイン、お前らから十人ずつバッテリーを交換しろ。俺が充電する」
「マスター、それでは」
「いいんだ、サリエル。自分の選択の責任を取ろうってだけだ。それに前にも言っただろ、スタミナには自信がある」
「イエス、マイロード」
即座にアインはヘルハウンドを停止させ、選んだ者達と素早くバッテリー交換を行う。
500ミリ缶みたいなサイズのバッテリーを受け取り、俺はそのまま影空間へと沈める。バッテリーには黒地に赤い光が残量メーターのように輝いているので、満タンになれば一目で分かる。
ウチの古代兵器で使われるエーテルは、イコールで黒色魔力と呼ばれるものだ。つまり、俺の力と全く同質。黒化と同じ要領で、充電することが出来る。そういう意味で、『暴君の鎧』は搭乗者の俺自身がバッテリーになっている、というワケだ。
「たかだか五十機分、俺がまとめて面倒見てやる……だから必ず、全員で生きて帰るんだ」
小休止を終えて、日が昇り始める頃に再び俺達は出発した。
エーテルの節約も兼ねて巡航速度で密林を駆ける。接敵して振り切る場合でもなければ、これ以上の高速移動は燃費が悪い。
ヴァルナ森海は、当然のことながら鬱蒼と生い茂る木々に満ちており、さらに地形の高低差に加えて、巨大な木の根が縦横無尽に地を這う。正に人跡未踏のジャングル奥地といった風景で、ただの人間であれば歩くだけでも酷く苦労するだろう。
しかし機甲鎧があれば、それなりの速度で駆け抜けることが可能だ。新参のホムンクルス組は生身での能力にこそ劣るが、機甲鎧の操縦に関しては選び抜かれた最精鋭であることに違いはない。
コナハトにいたウェリントン伯爵の機甲騎士部隊の戦いぶりを後に記録映像で見たが、練度の低さは明らかだった。直線軌道のブーストダッシュが精々で、折角の機動力を全く生かし切れていなかった。
彼ら程度であれば、この密林をブースター噴かせて走るのは無理だろうが、俺の暗黒騎士は違う。不整地での戦闘機動は勿論、壁や地形を利用した立体機動も常日頃から訓練で叩き込んでいる。
昨晩の脱出劇で、一晩中ジャングルを走り続けて一人の脱落者も出ていないことから、訓練の成果がしっかり出ていると言えるだろう。今もこうして巡航速度で、素早く木々の間をすり抜け、木の根を飛び越え、軽やかに密林を駆け抜けていく。
これだけの速度で移動できれば、ただの歩兵ではまず追いつけはしないだろうが……俺達を狙う敵は、奴らだけではなかった。
シャァアアアアアアアアアアアアアアアッ!!
「ちっ、今度は三つ首か」
俺達の行く手を阻む様に現れたのは、三つの首を持つ大蛇だ。
名前も知らないし、見たこともないモンスターだが、その図体のデカさと感じる魔力の気配から、余裕でランク3はあるだろう。
大口を開けて威嚇する口腔には、明らかに毒を含んでいるだろう淡い緑色の靄が煙っている。ちょっとお近づきにはなりたくないなと思い、『ザ・グリード』の銃口を向けたが、
「アレは僕に任せてよ」
巡航速度のブーストダッシュを軽々と追い抜いて、ファルキウスが剣を振り上げ三つ首大蛇へと真っ直ぐ突っ込んで行く。
真正面から来た獲物に向かって、三つの首がそれぞれの軌道を持って襲い掛かるが、ファルキウスはどこに頭が来るのかあらかじめ分かっているかのように、悠々とステップを刻んで回避し、一閃。
剣闘士の力強い一太刀が真ん中の首を根元から斬り飛ばし、返す刀でさらに斬る————かと思いきや、胴体を強烈な蹴りを叩き込んで吹っ飛ばした。
「討伐クエストじゃないんだし、邪魔なのは退かせばいいだけだよね」
確かにその通りだが、物理100%の力業で解決したとは思えないほど爽やかな笑みを浮かべて言うことか。
とりあえずファルキウスのお陰で正面の障害は取り除かれたが、モンスターは他にもいる。
「ウギャギャギャ!」
「キャッキャッ!」
「ウギィイイイイイイイイー!!」
樹上から不快な甲高い鳴き声でこちらを挑発するように叫びながら、幾つもの小さな影が飛び交っている。
コレも見たことはないが、どうやら猿のモンスターらしい。
「取り囲んで隙を伺っているだけだ。あんな奴らに無駄弾をくれてやるなよ」
「……はい、ご主人様」
今にも頭上にヴォルテックス・マシンガンをフルバーストしそうなプリムへ、制止の声をかけておく。
プリムも暗黒騎士としては古参の方になるのだろうが、彼女自身はまだまだ生まれたばかりの経験不足は否めない。冒険者活動をしていなければ、野生のモンスターの対処もなかなか身につかないのも当然だ。
エンカウントしたモンスターをいちいち全て狩っていたらキリがない。逃げたり避けたり、スルーする方が探索する時には重要なのである。
「襲ってくる奴だけに反撃しろ」
「了解————です!」
ズドォン! とプリムがぶっ放したのはサイクロン・アンチマテリアルライフル。
放たれた大口径徹甲弾の行く先には、猿ではなく木々の緑と完全に同化していたカメレオン型のモンスターであった。
体から生やした大きく鋭い棘が揃ってこちらへと向けていたことから、棘を飛ばして狙撃しようとする寸前といったところか。
「よくアイツを見つけたな」
「サーモグラフィーのお陰、です」
よく古代鎧の機能を使いこなしているようだ。
眺めているだけではまず見つけられない高度な擬態をする棘カメレオンだが、生物として持つ熱を誤魔化す術は備えていない。兜にあるサーモグラフィー機能で、そういった擬態型の奴らを索敵するのは理にかなっている。
俺の『暴君の鎧』にも搭載されてるはずだけど、直感重視で兜は脱ぐことが多いし、今のように兜を装着していても、ついつい先に勘で探ってしまう。この棘カメレオンも、目で見つけることはできなかったが、向けられた殺意にはすぐ気づいたので、サーモで熱源確認することはなかった。
俺のことはさておき、プリムが『ケルベロス』を使いこなしているので、露払いは任せておく。バッテリー充電の件があるから、俺は極力、余計な力は使わないよう温存すべしと方針が決まっているが、
「マスター!」
殿を務めるサリエルから、鋭い呼び声が届くと同時に、キィン! と甲高い音と青白い閃光が瞬いた。
ヘルムの後部カメラによる映像で、俺は振り返ることなくサリエルが十字槍で飛来して来た攻撃魔法……いや、強力な魔法が付加された矢を弾き飛ばすのを確認した。
「追手か」
「ただの追撃部隊ではありません————これは、聖堂騎士」