第919話 双角神殿の乱
本能寺の変。という単語がつい脳裏を過った。不吉すぎる……
確かに俺は、第六天とはつかないものの魔王を名乗っているし、大々的に銃を取り入れているし、破竹の勢いで勢力を急拡大し敵対宗教に情け容赦はない。自分が意外と信長成分あることに気が付くが、その最期を真似したいとは到底思わない。敦盛踊ってる場合じゃねぇ。
「なんで大角が俺を襲う」
「恐らく、彼らは十字教徒と通じている」
「ありえんだろ、ミノタウロスだぞ」
「異教徒、異種族同士をけしかけて潰し合わせるのも、十字軍の常套手段の一つ」
まさか、とは思うが納得の方が先に立つ。何しろ、元十字軍総司令官がそういう手段も取りうると断言しているのだ。事実、敵勢力同士で潰し合いをさせるために片方に肩入れしたり、二枚舌外交でいいように戦わせたり、そんな権謀術数も十字軍が使ってきたことは、シンクレアの血塗られた歴史が証明している。
「流石に行動を起こされちゃあ、騙されただけだ、と言ってやれるほど庇えないな」
「理由が何であれ、彼らは選択を誤った」
そうだ、大角の氏族がどうして俺を殺そうと反旗を翻したのか、真の理由など大した問題ではない。十字軍にそそのかされていようが、俺を殺せば自分が魔王の座につけると安直に考えていようが、彼らは言い訳のしようがないほど敵対行動をすでにとってしまったのだ。
眠りかけた俺が飛び起きるほどには、殺気立った連中が大挙してこの双角神殿を包囲しているのだから。
「————放てぇ!!」
そして今、ついに反乱劇の幕が切って落とされた。
息を潜めるのをやめ、神殿を包囲するミノタウロスの軍勢が一斉に攻撃を開始。
部屋の窓から外を覗けば、夜闇を照らし出す無数の火矢が降り注ぐ光景が映る。そりゃあ、木造建築なのだから、とりあえず火をかけるか。
「いよいよ本能寺らしくなって来たな」
「変にはならない。マスターが討たれることは、絶対にないから」
そういえば、反乱側が勝ったのが『変』で、失敗したら『乱』って名付けられるんだったか。俺が信長のようにこのまま炎に撒かれて消え去れば、双角神殿の変、と呼ばれるのだろう。
だが、そうはならない。俺の命だけじゃない。こんなところで、サリエル達、俺の大切な暗黒騎士の一人だって失うのは御免だ。
「包囲を突破し、離脱する。総員、準備は?」
「たった今、完了」
「妖精達もいるか」
「全員、回収済み」
と、サリエルは首根っこを掴んだ寝ぼけ眼のネネカを見せて報告してくれる。
暗黒騎士は夜の番についているが、妖精達は当然、グースカ眠っている。殺気に反応して飛び起きることができる妖精なんて、リリィだけだろうからな。こういう時は、忘れずにちゃんと連れて行ってやらないと。
「よし、それじゃあ行くぞ」
寝室を出てエントランスまで降りてくると、すでに機甲鎧で完全武装の暗黒騎士が集結していた。
俺とサリエルの愛馬だからと、メリーとシロまでちゃんといる。流石に他の騎馬までは連れてこれないようだが。
当然ながら、夜番の暗黒騎士達は配置についていた各所で即座に銃で応戦し、休息していた者も飛び起きて準備を済ませて参戦している。数では圧倒的に劣るが、全員がフルオートでぶっ放せるEAストームライフルを標準装備しているので、立て籠もってもそうそう撃ち負けることはない。だからこそ、いまだに敵部隊の突入を許していないのだろう。
しかしながら、すでに木造の本殿に火が放たれている以上、このまま籠り続けるのは物理的に不可能。
俺がやって来たことを確認し、すでに暗黒騎士達は配置を離れてエントランスへと戻り始めたところだ。
「よし、全員いるな。これから包囲を突破して、大神殿へ向かう。その場でモノリスの転移を通して、メテオフォールまで飛ぶ」
これが最速の脱出手段である。逆に言えば、これ以外の方法で帰るのは現実的ではない。
大角の氏族の集落を転移で繋ぐためには、中央にある大神殿と呼ばれる最も大きな遺跡のモノリスを掌握しなければならない。俺が訪れて黒化を施し開通する予定だったが、今日の話の流れで後回しになってしまった。反乱するにあたって、俺を日中から大神殿へ近づけさせない策だったのだろう。
だが、今からでも遅くはない。
選び抜かれた最精鋭たる『暗黒騎士団』ならば、この包囲網を突破し大神殿まで辿り着き、転移を開通させるまでの時間を稼ぐことは十分に可能。それだけの機動力と火力が揃っている。
「突撃陣形で行くぞ。大神殿は……こっちの方向か?」
「もう少し右」
サリエルの指示に従って、俺はエントランスの壁に向かって『ザ・グリード』を構える。
脳内で昼間にざっと見た集落の様子を思い起こす。ここは多くの古代遺跡を利用した大集落だが、それ以外の建物は簡素な木造が大半だ。堅牢な石造りのものは少なく、開放的な広々とした街並み。
つまり遮蔽物が少ないから、道を無視して真っ直ぐ進めるのだ。
「エネルギー臨界点!」
「————『荷電粒子砲』発射」
モクモクと煙って来た木の壁面に向けて、圧縮した雷撃の奔流をぶちかます。燃えかけじゃなくとも、木の壁など何枚でも貫く雷光は易々と本殿の壁を消し飛ばし、瞬時に出口と突破口を切り開く。
どうやら、暗黒騎士の銃撃が止んだためにこちら側からも接近を始めていた一団がいたようだ。視線の先で、紫電の渦に飲み込まれてゆくミノタウロス戦士達のシルエットが見えた。
本当ならば、ヴァルナ森海を守るために共に戦うはずだった戦士である。残念でならないが、ここまで行動を起こされてしまっては一切の容赦は出来ない。
「行くぞっ!!」
道は開けた。後は真っ直ぐ目的地まで駆け抜けるだけ。
Ⅴ字型の突撃陣形、その先頭を切るのは俺だ。左右はセリスとファルキウスが固め、殿はサリエルが務める。
「ま、魔王だっ!」
「魔王が出て来たぞ!」
ド派手な登場に、俄かに活気づく大角軍。
人間を越える立派な体躯と、それに見合ったパワーを誇るミノタウロスの軍勢だ。双角神殿を完全包囲して並び立つ姿はなかなかの威圧感である。
しかしながら、生身で『荷電粒子砲』を受けるのは無理なようだった。盾を持った歩兵の戦列には、照射した雷光が焼きつけた焦げ跡が線路のように貫いている。
強力な雷魔法が飛んできた直後に、その射線を体を張って埋めようとは思わないよな。巻き込まれて黒焦げとなった仲間を目の当たりにして、付近の兵士は腰が引けているようだ。
「何をしている、大将首だぞ! 逃がすな、絶対にここで討ち取るのだ!!」
ここの部隊を率いる将であろう、全身鎧を着込んだ頭一つ抜けて大きいミノタウロスが叫びながら、突っ込んでくる俺達の進路を塞ごうと自ら出張って来た。
本来、勇猛なミノタウロス兵である。一喝されれば、恐怖を闘志で塗りつぶし、続々と将に続く。
戦列にこじ開けた突破口は、猛り狂う兵によって即座に埋まろうとするが、
「『魔剣裂刃』————砲撃開始」
こっちは全員、大砲持ってんだ。派手にブチかましてやる。
俺が展開した何十もの『裂刃』に続いて、暗黒騎士が装備する『EAアヴァランチランチャー』が火を噴く。
ランチャーは一発あたり中級攻撃魔法に匹敵する爆発力を誇っている。暗黒騎士の中でも古参の『ハウンド』使いには、砲撃特化のカスタム装備を施された者もいる。砲撃型なら上級攻撃魔法の威力まで叩き出す。
そんな火力を五十の砲口で一斉に放たれるのだ。魔術師部隊でも精鋭と呼ぶべき火力を発揮する。そしてその砲弾の向かう先は、今まさに塞がろうとする突破口へと殺到し、さらに大きな穴を爆炎でもってこじ開けた。
「ぐっ、ぉおおおおお! ここは、絶対にぃ、通さぁん!!」
真正面からランチャーの釣る瓶打ちに巻き込まれたミノタウロスの将は、黒焦げのズタボロになりながらも、黒煙の中で立ちはだかり続けた。流石にタフだな。ちらほらと生き残っている兵士もいる。
素晴らしい根性と気迫だが、それだけだ。瀕死の重傷で立っているだけで、機甲鎧に身を包んだ暗黒騎士の突撃を止められるはずもない。
先頭を切る俺は『暴君の鎧』のブーストを吹かせて、まずは将を切り捨てようと『首断』を抜こうとしたところで、
「この程度の露払いは、我らにお任せを」
「僕はランチャー持ってないし、これくらいはね?」
速度強化の武技でもって俺をさっさと追い越し、セリスとファルキウスが両サイドから同時にミノタウロス将を斬った。
セリスが振るったサーベルは正確に首筋を切り裂き、ファルキウスの直剣は鎧ごと胴体を斬り飛ばす。それぞれ愛用の業物で振るった剣技は、速く、鋭く、美しく、俺の我流剣術とは違う流麗な一閃だった。
「そうだな、接近戦は任せて、俺は砲撃に集中させてもらおう」
「ご主人様ぁー、そろそろチャージしまーす」
ヒツギが『ザ・グリード』の再充填を報告してくれる。決死の覚悟で立ちはだかった将兵達の屍を乗り越え、いよいよ敵陣へと突っ込もうかという頃合いだ。
ここでもう一発、さらに風穴を空けさせてもらおう。バチバチと紫電が弾ける砲口を、再び群がって来るミノタウロスへと向けた。
潤沢な火力を集中し、真っ直ぐ最短距離で包囲を突破することに成功した。
炎上する双角神殿を背に、俺達はブーストを吹かした全速力で大角の集落を突き進む。
「————全員、ついて来ているな」
「当たり前じゃない、こんなところで脱落するような軟弱者は暗黒騎士団にはいない!」
と、ようやく目が覚めたネネカが俺の肩に留まって豪語する。暗黒騎士は私が育てた! とでも言わんばかりの口ぶりだ。
ネネカの認識はともかくとして、暗黒騎士団には通常よりも多くの妖精達を随伴させている。団の全員が高度な連携を取れるよう、五人一組の一班あたりに一人の妖精が通信兵として常に班長と同行している。彼女達を通せば、振り返らなくとも点呼ができるわけだ。
当然と言うべきか、ミノタウロスの主力は双角神殿の包囲網を形成しており、突破されれば即座に全軍で動くことはできない。派手にぶち抜いて来たから、俺達が逃げ出したことはすぐに分かるが、あの様子だと包囲を破られる想定はしていないだろう。迅速に追撃部隊を放つことはないと思われるし、実際、今の俺達に追いついて来る奴らはいなかった。
双角神殿であんなに大規模な戦闘が発生したにも関わらず、俺達が駆け抜ける集落は静まり返っており、誰一人として騒ぎ出す様子は見られない。息を潜めて戦いが終わるのを待っているのか、それともあらかじめ退避させていたのか。
どちらにせよ、一度包囲を脱すれば特に邪魔する者は現れず、順調に大神殿への道を進んで行った。
「見えて来たな」
ほどなくすると、視線の先に黒々と大きな影が浮かび上がって来る。集落の中央に立つ大神殿は、巨大な台形のピラミッドだ。マヤ文明の遺跡を彷彿とさせるシルエットである。非常に目立つ大きな大神殿は、方向音痴のネルでも迷うことなく辿り着けるだろう。
夜闇の中で静かに佇む大神殿はぽつぽつと篝火が焚かれているだけで、ミノタウロス軍が陣取っている様子はなさそうだが、
「————やはりここへ来たか、魔王クロノ!」
響き渡る大声量と共に、俄かに眩い白光が夜の闇をかき消してゆく。
ようやく大神殿へと突入をかけるか、というほどにまで接近したタイミングを見計らっていたのだろう。夜空に打ち上げられた閃光が煌々と周囲を照らし出し、俺達の姿を浮かび上がらせた。
同時に、大神殿で待ち伏せをしていた敵の姿もまた映し出す。
「くそっ、十字軍まで乗り込んで来ていたのかよ!」
集落に奴らを引き込むとは、なんて馬鹿な真似を……
大神殿の外壁にズラズラと立ち並ぶのは白いサーコートに身を包んだ、おぞましい白き神の軍勢。すでにここを占領した気でいるのか、これ見よがしに十字の旗が翻る。
俺達が飛び込もうとした正門には、白銀の鎧兜を纏った重騎士の大部隊と、青く輝く魔力ラインを浮かばせた機甲鎧の機甲騎士団が陣取っていた。
流石に防御を固めた十字軍の大部隊に、そのまま真っ直ぐ突撃することは出来ず、ついに俺達の足はここで止められてしまう。
「俺の名はノールズ。だが、お前にはアルザスを攻めた占領部隊の指揮官と言った方が分かりやすいだろう」
「その声に、その鎧は……そうか、お前パルティアにもいた奴だな」
リリィが帰って来てから、二人でパルティアにマンティコア討伐クエストへと行った時のことだ。ハイラムの街を襲った暴走賊、そのバックについていたのがアリア修道会であり、そこから派遣されていた機甲騎士団だった。
コイツはあの時に戦った一団を率いる隊長機だ。確かに、アルザスから因縁があるようなことを言っていたが……なるほど、まさか指揮官だったとはな。
「ならば、使徒のいないお前らに、このアルザスの悪魔を倒せるはずがないだろう。命が惜しければ、そこを退け」
俺は再びチャージの完了した『ザ・グリード』をノールズへと向けて、そう叫んだ。
「ああ、そうだな、お前の力はよく知っている。使徒さえも殺してみせた、恐るべき魔王の力をな。だからこそ、俺は万全を期して挑む。油断も隙も一切ない、もうアルザスの時のようにはいかぬぞ————『聖堂結界』!」
その瞬間、淡く輝く透明な光の壁が目の前に現れる。
かなりの大きさだ、大神殿全体をすっぽり覆い隠している。視界に映るだけでも、端々に杖を掲げている十字教司祭の姿が見えた。アヴァロン王城と同じく、術者を何人も投入して気合の入った大結界を展開したようだ。
「くそ、『聖堂結界』か、厄介な……」
「見たところ、お前らの数は僅かに五十ばかり。あの時よりもさらに少ないが、それでも魔王に侍る近衛であろう。取るに足らない小勢と侮りはせんぞ」
ノールズは俺達の動きを読んで大神殿で待ち伏せを成功させた上に、しっかり頭数を揃えてきている。それでもコイツは真正面から俺達に挑むことはせず、万の軍勢を相手に籠城戦でもしようかというほど堅い守りの構えを取っている。
調子に乗って正面突撃してきたところを蹴散らして、一気に大神殿へと突入することは出来そうにない。
奴らは唯一の脱出口である大神殿を死守しつつ、ほどなくすれば俺達を追って来るミノタウロスの本隊を待っている。自分達とミノタウロス、たった五十人しかいない敵に対して、今この場にいる戦力の全てを集結させた万軍で攻めかかる腹積もりだ。
ここまで有利を取って尚も隙を見せないのは、確かにコイツは冒険者の小勢にいいようにやられたアルザスの戦いを教訓にしているようだ。
「マスターと私なら、『聖堂結界』を破るのも不可能ではない」
「だが、時間はかかるぞ」
「問題ない。命に代えても、その時間は稼ぐ」
サリエルの進言に、俺はチラと後ろを向く。
油断なくライフルを構えた暗黒騎士達には、この追い詰められた状況においても動揺を露わにする者は一人もいない。誰もが、俺の命令を待っている————俺の為に死ね、と。
「ご主人様は、必ずプリムがお守りいたします」
ケルベロスを着込んだプリムが、戦意を漲らせて言う。欠片も恐怖心を感じさせない、弾んだような声音に、俺はこの場をどうするかの決断を下した。
「冗談じゃない。こんなところで、俺も、お前達も死なせて堪るか————『黒煙』」
全方位に煙幕をばら撒くと同時に、俺は撤退命令を叫んだ。
あっという間に黒々とした煙の幕がかかってゆく向こう側で、俺の判断を嘲るように笑うノールズの顔が見えた気がした。