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黒の魔王  作者: 菱影代理
第44章:ヴァルナ空中決戦
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第918話 獣人集落行脚

 百獣同盟の求めに応じて、俺は魔王として各部族の集落を周ることとした。

 勿論これは正式な外交行事なので、俺が場所だけ教えてもらってベルに乗ってひとっ飛び、とは行かない。

 なんだかんだで普段の移動は不死馬ナイトメアメリーの出番である。魔王の騎馬に相応しい風格もあるし。ベルは本番まで飛竜達を鍛えるために、まだベルドリアに残っているので、空の旅はナシだ。

そうして俺は、ついこの間に正式に近衛となった『暗黒騎士団』を護衛として引き連れ、各部族の案内役に従って密林の道中を進む。

 近衛連隊の最精鋭となる『暗黒騎士団』は、合格者がファルキウス一人であったように、そうそう人数は増えない。ホムンクルスであっても、相応の経験と実力を求められるので、生まれてすぐに暗黒騎士として取り立てられることもない。結果として、傭兵団時代のメンバーを中心として、総勢50名の編成となっている。

 魔王を名乗るからにはもっと大勢を引き連れて威を示した方が良いのでは、とリリィは言っていたが、今回は別に威圧が目的でもないし、この状況下で大人数を動かしたくはない。というか、レギンさんが近衛仕様機甲鎧『黒金鬼』を用意してくれたお陰で、暗黒騎士全員が機甲鎧を装備するに至っている。一部例外もいるが。

 俺が『暴君の鎧マクシミリアン』で、プリムはエース専用カスタムの『ケルベロス』。副団長を務めるアインを筆頭とした元重騎兵カタフラクト隊には古代鎧『ヘルハウンド』が、そして残りの団員が『黒金鬼』となる。

 機甲鎧を装備していない例外は、団長サリエルとセリスとファルキウスの三人だけ。この三人はすでに自分の戦い方が確立しており、機甲鎧がなくとも十分な戦闘能力を誇っていると認められるからだ。

機甲鎧は強力な武装だが、万能ではない。慣れた装備と戦い方が一番である。そんなに鎧が万能だったら、魔術師も治癒術士も揃って全身鎧を装備しているさ。

 そんなワケで、古代の遺物と帝国の魔法技術の結晶たる『暗黒騎士団』を引き連れ、今日も俺は案内に従って獣人部族の集落を訪れていた。

「へっ、へへぇ、魔王様ぁ……」

「面を上げろ」

 突き抜けるような青空の下、歓迎の意を示す装飾に彩られた広場のど真ん中で、縮こまって震えるように平伏しているのは、小さなリスの獣人であった。

 このリス獣人は初めて見る種族だ。初めて見るが、どこか見覚えがあるような気がするのは、彼らが全体的にモフモフしたキャラクターチックな姿をしているからだろう。ほとんどそのままのリスが人間と同じ動きをする様は、どこかアニメ映画を見ているような気分になった。可愛い。

 そしてそんな可愛いリス達を、ゾロゾロ近衛を引き連れて威圧全開でふんぞり返っている今の自分に、少しどころではない罪悪感が。許してくれ、これが俺の仕事なもので……

 そう、そんな可愛い彼らも生きているのはメルヘンの世界ではなく、今まさに十字教の脅威に晒されようとしているヴァルナの住人である。

 当然と言うべきか、小さなリス獣人の種族特性として、お世辞にも戦闘に適した体ではない。彼らの生存戦略は逃げ隠れするか、強者に付き従って庇護を得るかの二つ。そして今回は、我らがエルロード帝国へ臣従することを選んだのだ。彼らは百獣同盟の中でも、早々に臣従に賛成意見を掲げている。

パっと見では年齢性別もイマイチ分からないが、代表者である族長のリス獣人が震えながら口を開いた。

「こ、このような小さな集落にまで魔王陛下が訪れてくださるとは、光栄の極みにございます……恐れながら、今の我々にできる精一杯の貢ぎ物もご用意しております。どうか、お納めください」

 そうして、別のリス獣人が二人がかりでヨチヨチ持ってきたのは、器に山と盛られたキラキラ輝く様な木の実であった。

 うわぁ、貢ぎ物がめちゃくちゃリスっぽくて、ちょっと感動する。

「ありがたく、受け取ろう。お前達の忠誠を認め、魔王クロノの名の下に、集落を守護することを約束————」

「ああぁーっ! コレってアルカディアンナッツじゃない!! うわっ、凄っ、こんなにイッパイあるぅ!?」

 臣従を受け入れる儀式的にお決まりの台詞を遮って、肩に留まった妖精ネネカが喜色満面で叫び声を上げた。

「……この木の実がそんなに凄いのか?」

「凄いに決まってんでしょ、滅多にありつけない最高の木の実よ! 妖精女王イリス様も大好きなんだから!」

 なるほど、それは凄そうだ。見た目は淡く輝くマカダミアナッツみたいなのに。でも、これならリリィも喜んでくれそう。いいお土産が出来たな。

「みんな行けぇー! こんなに食べられるのは一生に一度のチャンスよ!」

「さっすがネネカ隊長!」

「うぉー、木の実食わせろぉー!」

「きゃははっ、食べ放題だぁ」

「ええい、群がるな!」

 ネネカのせいでテンション上がった配下の妖精達が一斉にアルカディアンナッツの山に飛んで来る。勝手に無礼講を叫んで、手にした木の実に齧りつく妖精達の姿は、正直ちょっと害虫っぽい。

「まったく……後でちゃんと配ってやるから、今は一粒ずつ持って下がっていろ」

「はーい」

 妖精の奔放さを前に、顔色を青くしてリス族長が震えあがっていたが、安心してくれ。彼女達の好物を特産品として抱えているこの集落は、きっとヴァルナで一番の保護を受けられるだろうから。帝国で妖精に愛されるというのは、そういう意味なのだ。




 そういったトラブルもありながらも、基本的に獣人集落行脚は順調に進んでいった。

 俺もこれまでそれなりに獣人種族の人とは出会って来ていたが、そんなのは極一部に過ぎなかったのだと、この集落巡りを始めた初日に思い知らされた。百獣同盟の名の通り、ヴァルナ森海には実に多様な獣人種が存在している。

 小さなリス獣人もいれば、巨大な象の獣人にも会った。だが元の動物の大きさが常に基準となるわけでもないようだ。象獣人に匹敵する巨躯を誇る、デカい兎獣人なんかも存在していた。

 赤い屋根のお家が素敵な彼らの集落を訪れた時は、自分も玩具の人形になったかのような気分だった。俺の気持ちを理解してくれたのは、「シルバニ……」と呟いたサリエルだけだろう。

 勿論、犬、猫、といった定番の種族もいる。だが同じ犬猫系でもそこから多くの種別に派生していた。大型小型、毛の長短、色も様々だ。

 オウムのような極彩色の羽色をもつハーピィや、草食系、肉食系、と異なる系統の恐竜型リザードマンもいた。

 そんな彼らには、それぞれの文化があるわけで。基本的に俺達は歓待されたが、中には是非ともその力を示して欲しい、と決闘を求めて来る場合もあった。

 百獣同盟を代表する三大部族の一角である、ラプター系リザードマンの『大爪の氏族』では、古代遺跡であるコロシアムで大々的に戦ったものだ。

 俺が戦うのは止めろ、と全員に釘を刺されていたので、代わりに帝国代表として出場したのが、期待の新人ファルキウスである。

 騎士としては新人だが、剣闘士としては並ぶ者のいない頂点。いや本当に、闘技場の中で魅せる戦いをする、という点においてファルキウスには敵わない。

 ただ一方的に蹂躙するのではなく、相手に全力を出させた上でソレを全て受けきり、それから反撃をする。ただ見ているだけでは、実力は拮抗しているように思えるいい勝負に映る。どの決闘も白熱したぶつかり合いを演じることで、観客を楽しませ————そして最後は、必ず自分が勝つ。激戦を制した勝者に浴びせられるのは、常に賞賛の嵐。闘技場の真ん中で、剣を掲げて勝利をアピールするファルキウスの姿は、正にスーパースターであった。

 そんなあまりにも鮮やかかつ堂々とした戦いぶりには、『大爪の氏族』も揃って平伏するほどだった。彼らが心から納得できるような戦いを披露してくれたファルキウスは、本当によくやってくれた。俺ではこうはいかない。呪いの武器を抜いてドン引きされるだけだろうから。

 さて、そんなパフォーマンスの甲斐もあって、今も帝国に対して否定的、ないしは消極的な部族の意見も若干マシになったような気がする。特に決闘イベントをこなした後は、随分と認められるようになったと思う。

 恐らくは、百獣同盟の合議でライオネルがずっと根回ししてくれていたところに、俺達が実際に姿を見せて実力を示したことで、ようやく信用できそうだという実感を彼らとしても得ることができたからだろう。やはり一度も顔を見たこともない相手を信じろ、というのは無理のある話なのだ。時間がないのでヴァルナにある全ての集落を周ることはできないが、それでもこうしてできる限り訪れたのは正解だったと実感した。

 そうして蒼月の月10日。およそ一週間の日程を終えて、俺達は最後の集落を訪れていた。

「いやぁ森海での長旅で、大層お疲れでございましょう。どうぞ、我ら『大角の氏族』の下にて、ごゆるりとお過ごしください!」

 最後は三大氏族の一角、『大角の氏族』の集落だ。

 これまで回って来たことでヴァルナの集落の平均的な規模や発展度合いというのをおおむね把握できるようになったが、その上で『大角の氏族』はメテオフォールを除いて一番の発展を遂げているなと一目で理解した。

 ここは他に比べて、かなり生きた古代遺跡が多い。オリジナルモノリスを抱える巨大な施設こそないものの、水や灯りといった生活インフラを供給するには十分過ぎる設備が揃っている。ごみ処理用のフュージョンリアクターまであったな。

 エーテルの恩恵を受けることで、一部に古代技術を用いた魔道具マジックアイテムや装備品の開発も僅かながら行っている。ヴァルナで強力な魔法武器といえば、大角から供給されると有名だ。

「ゆっくりする気はない。時間もあまりないからな」

「我々との交渉に関しては、どうぞお気になさらず。すでに偵察隊が戻っており、件の大遠征軍がどれほど強大な大軍であったかを、余すことなく伝わっておりますので。これに対抗するためには魔王陛下の帝国に下るより他にない、とすでに結論が出ておりますからね」

 なるほど、俺達が集落を巡っている間に偵察隊が戻って来たのか。

 帝国に臣従するのは大遠征軍を確かめてから、という条件はすでにクリアされていた。

「かく言う私も、偵察隊の一員として、つい先日ここへ戻って来たばかりにございます」

「そうだったのか。よく無事に戻って来てくれた。大義であった」

「とんでもございません。私は次期族長として、大角の氏族の行く末を左右する決断をするにあたって、真実をこの目で確かめたいという一心で、無理を押して同行させていただいたのです。感謝をするのは、むしろ私の方にございます」

 と、大柄なミノタウロスの体で跪き、慇懃に言う彼は、確かに次期族長と目される人物であると、サリエルがコソっと教えてくれた。

 今の族長の長男であり、母親は巫女。メテオフォールのオリジナルモノリスに接触する時に、俺達を水晶玉で鑑定したミノタウロスの婆さんがいたが、あの人が氏族の宗教におけるトップだ。氏族の中にあって、彼ほど恵まれた血筋はいないというほどで、次期族長も自称ではなく、確定のようだ。今回の偵察隊同行の件も、彼の貴重な社会経験の一環といったところだろうか。

「後程、こちらからご挨拶にお伺いいたしますので、魔王陛下はどうか我が氏族自慢の宿にて、長旅の疲れを癒していただきたく存じます」

「そうか、もう話が決まっているというなら、そうさせてもらおう」

 スタミナには自信のある俺が、一週間ジャングルを練り歩いただけで疲れるはずもないが、こういうのは心遣いだからな。帝国の臣従を決めた今なら、大角の氏族としても交渉よりも、ここからどれだけ俺への心証を良くするか、という方を気にするだろう。

 ここは大人しく歓待を受けるのが正解だ。

 すでに日も暮れようという今からメテオフォールへ帰還しても仕方がない。明日の朝一で転移を開通させて、戻ればいいだろう。




 俺達が宿泊するのは、双角神殿と呼ばれる由緒正しい古代遺跡であった。

 双角の名を示すように、やや湾曲したようなデザインの塔が二つ左右対称に突き立つツインタワー風だが、角の塔は宗教儀式の際に使われる専用の場所だそうで。

 双塔の中央に位置する後付けで建設された木造の大きな本殿にて、俺は集落巡りの中で間違いなく最大の歓待を受けた。食事も明らかに人間向けに調理されているし、裏手には何と温泉もあった。それでいて、こちらが気疲れするような派手な催しなどもなく、静かにゆったりと過ごすことができた。至れり尽くせりとは正にこのこと。高級な温泉旅館に泊まったような気分である。

 何より、変な気を遣われて獣人の女の子をあてがわれなかったのも、物凄く助かった。小さい集落ほど、ウチで一番の美人にございます、と女の子も貢がれそうになって毎回断るのに気を遣ったものだ。リス獣人の娘も紹介されてマジで困ったよね。あの子、幼女リリィと同じサイズだったし……

 その辺、大角の氏族は人間の価値観もしっかり把握しているようで、筋骨逞しいミノタウロス女性をコンパニオンが如く侍らそうとしなかったのは、本当に良かった。

 そういうワケで、俺は純粋に美味しい食事と温泉を堪能し、すっかりリラックス気分のまま床に就いていた。

 百獣同盟の獣人種全般にベッドの文化はないのだが、俺が泊まるためにわざわざ用意しただろう大きなベッドに身を横たえる。

「ご主人様ぁー」

 被った布団の中から、甘えた声を出しながらニュっとヒツギが出てきた。

 布団の影と波打つように動く長い髪の黒に、真っ白い柔肌が映る。

「出たなヒツギ」

「はい、出ました。ヒツギにございます」

 くふふ、と悪戯っぽい微笑みを浮かべながら、ヒツギが俺の胸元に頬ずりしながらピッタリと抱き着いて来る。小さな彼女の体からは、確かに人肌の柔らかさと温かさが感じられる。

「今宵も寂しい一人寝のご主人様を、このメイド長ヒツギが慰めてあげるのですー」

「はいはい、ありがとな」

 婚約者が一人も同行していないのをいいことに、ヒツギはここぞとばかりにベッドの中で甘えて来る。

 格好もいつものメイド服ではなく、生意気にもガーターベルトのついた下着姿である。誇りあるメイド服はどうした、と言えばこれは夜のメイド服なのだと、艶やかな黒地に白いフリルのついた申し訳程度のメイド成分を含んだデザインの下着を指して言い張った。

 衣装はセクシーだが、如何せんヒツギ自身は幼女リリィよりちょい上くらいの小学生的な容姿である。幾ら相手がいないとはいえ、これで誘惑されるほど俺の理性は脆くない。

 ヒツギが抱き着くままにさせて、俺はそのスーパーロングな黒髪を撫でる。透き通るように滑らかな指通り、なんて言えばシャンプーのCMのような謳い文句だが、ヒツギの髪は正にその通りと言える撫で心地だ。時折、意志を持つかのように長い黒髪の房が動いて俺の体を撫でてゆくのがくすぐったくも気持ちがいい……あっ、おい、変なところは触るんじゃない!

「大人しく寝かせてくれ」

「よいではないですか、ご主人様との最後の一夜ですのに」

「添い寝ぐらい、またいつでもしてやるさ」

 というか、俺が誰と寝ていても、ヒツギは影に潜んでいるんだから毎日添い寝していると言えるのでは?

 思ったものの、口に出すのは無粋なので、俺は黙ってヒツギに胸を貸したままゆっくりと睡魔に身を任せ————

「————起きろ、ミリア」

王権マスター認証。RX-666・マクシミリアン、起動」

 瞬間、ベッドから飛び起きた俺はヒツギを放り出すと同時に、『暴君の鎧マクシミリアン』を装着した。

 影から呼び出した超重量の古代鎧を身に着け、ベッドが今にも砕けそうなほどにギシリと悲鳴を上げる。

 ベッドが壊れる前に一歩を踏み出し床に足をつけると、放り投げたヒツギが空中でメイド下着から普段のメイド服へと一瞬の着替えを済ませ、シュタっと着地を決めていた。

 メイド長ヒツギを従えて、俺がさらにもう一歩を踏み出すよりも先に、部屋の扉が開かれる。

「失礼します、マスター」

 現れたサリエルはメイド服ではなく、漆黒の軍装を纏った上に、すでに反逆十字槍リベリオンクロスを握りしめていた。

 無論、ノックもなしに主の寝室に武器を手に踏み込んで来た彼女に、無礼を問うなんて間抜けな事はしない。すでに今この瞬間から、戦時であるのだから。

「大角の氏族が反乱を起こしました」

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 十字軍が目前での反乱に対して、意味がわからないことです。
[良い点] ノールズって過去に出てきたっけ? 覚えてないよ。 叛乱とはこれ如何に。どうした急に! 危険察知能力高すぎる。外で騒ぎでもあったんだろうか。それを聞いて早着替え戦闘態勢? それとも第六感…
[気になる点] ミサに魅了でもされたかな?
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