第914話 ヴァルナ決戦仕様
「————というワケで、これがシャングリラの改装計画だよ」
ヴァルナ森海での大遠征軍迎撃作戦を通達した翌日には、早速シモンが計画書を持ち込んで来た。
休んでくれと言ったし、シークにも休ませてやってくれ、と頼んだ甲斐があったようで、顔色は昨日よりも良くなっている。だがすでに新しい計画書が出来上がっているのは、
「元々あったところを削除しただけだから、大した手間はかかってないから」
「そうか、ならいいんだが」
これで急かして徹夜なんてさせてたら、マジで意味ないからな。ともかく、シモンが元気そうなので大丈夫だと判断しよう。
そうして、俺は手渡された計画書をざっと読んでいく。
「どれどれー」
「なるほど、大体分かりましたよ」
両隣からリリィとフィオナが顔を覗き込んで来て、一緒に目を通した。
計画書は俺達がその場で読む前提の簡易的な内容説明である。シャングリラの図解と共に、優先順位をつけて改装箇所と詳細が記されていた。
「うーん、かなり絞ったな」
「苦渋の決断ってやつだよ」
「リリィのスターダストハンマーはー?」
「今回は実装しません」
「私の第三主砲は?」
「今回は実装しません」
「ええー、リリィのやってよぉー」
「そこを何とかお願いします」
「ダメです! 今回は船首の大規模改装で手一杯だから、絶対にこれ以上は無理ですからね!!」
「そうだぞ二人とも、無茶を言ってシモンを困らせるんじゃない」
リリィもフィオナも、気軽に無茶を押し付けてはいけない立場なんだぞ。そういうのパワハラになるんだからな。
元々の改装計画は俺も知っている。リリィがミサイル代わりに『星屑の鉄槌』を増設しようとしているのも、フィオナがソレイユ弾頭の連発に耐え得る主砲を求めていることも、承知しているし承認している。シモンならばどちらも必ず実現できるが、絶対的に時間はかかるのだ。
天空戦艦シャングリラは帝国軍でも最高機密の戦略兵器であるため、これに手を入れるための人員だっておいそれと増やすことは出来ない。元が古代兵器なのだから、下手をすれば動かなくなるし、直せなくなる。リリィとシモンでさえ、まだまだ古代の魔法技術の一端しか解き明かしてはいないのだから。
「今回はとにかく、ミサの天空母艦を相手できる兵装が整えばそれでいい」
正式名称、天空母艦。通称、空中要塞ピースフルハート。ミサが誇る、天空戦艦に匹敵する古代兵器である。
ヴァルナでの戦いは、ついに同格の古代兵器同士でのぶつかり合いとなるのは必定。ならば想定される相手に合わせた装備を整えるのは当然のことだろう。
幸いなのは、俺自身が奴のピースフルハートを見たことがあるという点。見たというか、乗ったというか。ともかく、ある程度の性能がすでに判明しているのは大きなアドバンテージだ。
天空母艦と言うだけあって、甲板の広さはシャングリラとは比べ物にならない。そのあまりの広さを活かして、ど真ん中にデカデカと真っ白い宮殿を建てているほどだ。
宮殿の中にこそ入らなかったが、あれが元から備えられた設備じゃないのは明らか。これといって大きな艦橋が見当たらない、全体的にフラットな造りであることから、ピースフルハートを動かす司令部は甲板の下、奥深くにあるに違いない。
そして、ただでさえ頑丈に造られている古代兵器である上に、ピースフルハートには十全に防御結界が機能していた。そのせいでリリィ達と一気に分断されてピンチになったが……マリアベルの邪魔が入らなければ、あの場で倒して、今頃こんな苦労はせずに済んだのだがな。
いやそんな愚痴はどうでもいい。重要なのはピースフルハートの結界が、どうもシャングリラよりも出力が高いと思われる点だ。
シャングリラにも古代兵器として当然のように艦全体を守る防御結界が搭載されている。しかしいまだに稼働率10%程度でしか運用できていない現状では、結界の出力もかなり落ちている。下手に結界出力を上げると、砲撃できなくなるか、最悪の場合エーテル不足でエンジンが止まりかねない。
恐らく、現在のシャングリラは機動・攻撃・防御、共に最も効率的なバランスでエーテルを配分する設定になっているのだと推測されている。これもうっかり変えて元に戻せなくなったりすれば、全体スペックが下がる恐れさえあるのだから、ここは下手に弄れないところだ。
稼働率をさらに上昇させるほどのエーテル供給ができれば一発解決するが、このパンデモニウムでは今の稼働率維持が限界のようである。
一方のピースフルハートは、素で防御結界の出力が高いということは、よほど防御にエーテル配分が偏っているか、より高い稼働率を誇っているか。
どちらにせよ、防御面では向こうに分があると認めざるを得ない。少なくとも、主砲を一発、二発、直撃させたところで撃墜することは出来そうもないな。
「天空母艦を破壊できる威力が必要だ。それを最優先にしている以上、他が後回しになるのは仕方ないだろう」
「うんうん、防御は向こうのが上だけど、その分、攻撃力はないようだし」
こちらにとって最大の有利な点は、ピースフルハートには主砲をはじめとした兵装が見当たらないことだ。そもそも空母なのだから武装は二の次、大量の艦載機を運用する機能に特化させているのは当然だろう。
お互いに当時のフルスペックに完全武装で戦えば、接近できない限りシャングリラに勝ち目はない。しかしピースフルハートには最大の強みであり存在意義でもある艦載機が存在していないのだ。
古代の主力兵器である戦人機が一機も存在していないことは、ミサ自身がピンチに陥っても出さなかったことから明らかである。
つまるところ、今のピースフルハートは兵器というよりは、空飛ぶ土台に過ぎない。自衛用の兵装があったとしても、シャングリラを越える強力なものはないはずだ。
「でも、その代わりに竜騎士を満載していたのではないですか?」
「していたが、『ドラゴンハート』も今はもういない」
ネロの配下では一番の精鋭であるアヴァロン最大最強の竜騎士団。コイツらもピースフルハートから引き払ったことは確定情報として届けられている。
「今はペガサスが中心なんだって」
「天馬騎士ですか。リリィさんに因縁のある相手ですね」
「リリィは負けてないもん」
「勝ってもいないですよね」
煽られたリリィが怒ってフィオナに体当たりをかまし、二人でワチャワチャし始めたのを差し置いて、俺はシモンに向き直る。
「増やした竜騎士を載せるスペースを広げてくれるのは助かる」
「削った兵装の分を補ってもらわないと困るからね。ちゃんとサラマンダー三体を載せられるだけの場所も確保しておいたから」
ベルドリア竜騎士団を吸収して大幅に戦力拡大した『帝国竜騎士団』が対空防御の要だ。
ベルドリア攻略において、やはりあの数の竜騎士に飛来されれば、急造機銃だけでは抑えきれないことが明らかになっている。シャルロット率いる魔術師部隊も出ずっぱりだったくらいだし。
天馬騎士は竜騎士に比べれば全体スペックはやや劣るが、数は多い。飛竜を飼うよりも、ペガサスの方が飼育しやすいし、女性にはよく従うようだし。
恐らくは『ドラゴンハート』が去った今でも、ピースフルハートには天馬騎士団を中心としたそれなりの空中戦力は残っているはずだ。強化された竜騎士団には頑張ってもらうことになるだろう。
「よし、それじゃあこの計画で頼む」
「あー、承認されて良かった。これで何とかなりそうだよ」
「ちょっと待ってください」
と、むくれるリリィを膝の上で抱えて猫のように撫でながら、フィオナが口を挟んで来た。やはり、どうしても譲れない部分でもあったのだろうか。
「今回、削った幾つかについては、私に任せてくれませんか」
「えっ、いいんですか!?」
「いいんですよ」
まさかの申し出に、流石のシモンも驚きの声を上げている。
魔法の天才であるところの魔女フィオナ様は、魔法陣や魔道具の設計に関しても天才的なのだとシモンから聞いたことがある。あの『ワルプルギス』だって自分で設計しているし、シャングリラの兵装や機甲鎧など帝国の最新装備の開発にもすでに貢献しており、その実力を疑う余地はない。
「けど、生産まで出来るのか?」
「流石に今回の戦いまでに間に合わせるのはできそうもありませんが、引き受けた分は私が作ります」
「それは大変ありがたいですけど……でも、帝国工廠もしばらくの間はフル稼働だから、フィオナさんが使う分の設備はあんまり空けられないですよ」
「お気になさらず。自分の工房で作りますので、そちらの手を煩わせる真似はしません」
「フィオナの工房ってどこにあるのー?」
「秘密です」
出た、フィオナの秘密の工房。リリィでも見つけられない、パンデモニウムのどこかにあるらしい都市伝説のような存在だが……どうやらフィオナは本当に自前で生産設備を揃えたようだ。
おかしい、フィオナには特別に人員や予算を与えてはいないのに、単独でそこまでやったってことになる。それもこのパンデモニウムで、リリィの目から逃れながら。
「クロノさんには、きちんと形になってからお招きしますので」
「そうか。それじゃあ、楽しみにしておくよ」
「リリィは?」
「ダメです」
再び暴れ始めるリリィを抑えつけながら、フィオナは平然とシモンに向けて宣言する。
「私に任せてもらえますね?」
「あ、はい、お願います」
やったねシモン、仕事が減ったよ!
シモンから一部の仕事を引き受けた後、フィオナは秘密の魔女工房へと戻って来た。
「おかえりなさい、先生」
「ただいまです、ウルスラ」
出迎えてくれたのは、すっかり魔女ローブ姿が板についてきたウルスラである。
大迷宮攻略中に偶然出会って以来、様々なことをフィオナの元で学び、経験している。その分だけいいように工房でこき使われてもいるが……最初の取引材料でもあった、故郷の神と加護についての知識をはじめ、他では絶対に得られないものばかり。バイト代にしては破格の価値を得ているという自覚が、ウルスラにはしっかりとある。
そして何より、同じ魔術師クラスとして、レキよりもさらにウルスラはフィオナから学ぶべきことが多い。一つの教えを受ければ、さらに教えて欲しいことが二つ、三つ、と生えて来る。
それに対して淀みなくスラスラと答え、時には容易く実演して見せるフィオナは、素直に魔法の師匠として尊敬できた。そう、ウルスラはすでにフィオナを己の師と定めたのだ。
「でも先生呼びはやはり、慣れませんね」
「そんなこと今更、気にしてもしょうがないの」
師となったことに無自覚なフィオナだが、ウルスラと並んで歩く姿は若い子弟の雰囲気が十分に出ていた。
「レキは来ているのですか?」
「実験場でヴィヴィアンと遊んでるの」
帝国軍第一突撃大隊に所属するエリート騎士となった今でも、レキとウルスラの二人は合間を見てフィオナの工房を訪れている。大隊でも訓練設備も内容も充実しているが、他では絶対に出来ない修行や学習がここでは受けられるとあって、足繫く通っているのであった。
フィオナは先の打ち合わせで不在だったが、ヴィヴィアンが留守を預かるのはいつものことで、レキとウルスラもここは勝手知ったる秘密基地のような場所である。なんだかんだで、二人もすでにこの工房に馴染んでいた。
無機質な灰色の通路を進んだ先で、円形の大広間を臨む一室へと入る。
闘技場を見下ろす貴賓室、といった構造ではあるが、通路と同様にただただ武骨な灰色一色の壁面が形成する空間であり、装飾性は一切ない。
だが戦いをするためだけなら、広さがあればそれで十分。フィオナの眼下では鋼鉄のゴーレムと、うら若き帝国軍のエースが激しいぶつかり合いを演じていた。
「ダァーイッ!!」
「ええいっ、反応が鈍い! 私の操縦にぃ、機体がついて来ないじゃないのよぉー!」
凄まじい速度で回転しながら大剣と大斧の二刀流で、鋼鉄の装甲ごと捩じ切るようにゴーレムの腕が斬り飛ばされた。
鋼のゴーレムは体長3メートルほどの中型で、一般的なゴーレム種族らしいずんぐりとした形状をしているが、その腕は四本あり、太さ、長さ、そして手の形もバラバラ。まるでキメラのようにアンバランスな形状は、あくまで実験機として造られたからである。
レキが切断した腕の先端は、大きなハサミ型のブレードで、バチバチと青白い火花を散らして高熱を宿している。人体を容易く両断する威力を誇るが、これはあくまで武器ではなく工具。
だがゴーレムの性能実験とレキの修行のために、今回はただの武器として振り回されていたようだ。
「あの子は相変わらず元気ですね」
殺意の塊のような工具を振り回すゴーレム相手に大立ち回りを演じるレキの姿も、フィオナの目には庭先ではしゃぎ回る飼い犬のように映る。
どうやらヴィヴィアンが操縦している中型ゴーレムでは、彼女の相手には少々物足りないようで、もうちょっと性能がいいのを用意してあげようかと思ったところで、そんなことをしている場合ではないと思い直した。
「ウルスラ、ここも随分と広くなったと思いませんか」
「元々、相当広かったと思うけど……あれからずっと拡張し続けているから、敷地面積だけはかなりのものにはなっているのは間違いないの」
「ええ、私も端っこが今どうなっているのか、分からないですし」
「把握してないの!?」
「こうやって、古代遺跡のダンジョンは広がってゆくのですね」
「自分でやっておいて完全に他人事なの……」
あの恐怖の象徴でもあるリリィ女王陛下に黙ってパンデモニウムの地下で広大な私有地を拡大しているだけでも大変なことなのに、これで新たなダンジョンまで産み出してしまったら、一体どんな処罰を喰らうと言うのか。
「ですので、そろそろ頃合いだと思うのです」
「夜逃げの?」
「本格的に、この工房を稼働させようかと」
「すでにフル稼働してるの。ゴーレム全機、今日も問題なく働いている」
フィオナの魔女工房は第四階層『結晶窟』に位置するため、採掘をすればそのまま魔石が採れる。それを用いて、ゴーレムに簡単な魔法具などをフィオナは作らせていた。
掘削ゴーレムが新たな地下空間を掘り出し、建設ゴーレムが整地から建造を行うことで、自動的に工房は拡大していっている。それと同様に、採取ゴーレムが魔石を採掘し、生産ゴーレムが採掘された材料を用いて魔法具を作るのも、完全な自動化を果たしていた。
「これまではただの練習であり、実験に過ぎませんよ。私がゴーレム達を使いこなすための」
元々は第三階層『工業区』のダンジョン区画で野生の古代製ゴーレムをテイムして、労働力として使っていた。
しかし今は、古代製ゴーレム製造設備を丸ごと工房内に設置してあり、ゴーレムそのものの生産能力を有している。
そうしてフィオナはより使いやすく、機能的な新ゴーレムを生み出しては使役することで、今の工房の拡大と生産が成立していた。
「ゴーレム使いとしてはまだまだ未熟な腕前ですが、あまりのんびり修行をしていられる時間もありませんからね」
「帝国に先生以上のゴーレムマスターがいるとは思えないの」
「私は『エレメントマスター』ですから」
専門ではないことには謙虚なフィオナである。ついでに言えば、ゴーレムには全くこだわりなどない。ただ自分の考えを実現するために、最も効率的なのがゴーレムの利用だから採用したに過ぎない。
情熱がないため、自分こそが先端であり第一人者であるという自負も誇りも生まれなかった。
「すでに仕事も受けてしまいましたからね」
「何をするの?」
「えーと……色々です。色々、作ります」
「後で私にも依頼書を見せて欲しいの。出来るところは手伝うから」
「そう、そこですよウルスラ」
「何が?」
「お手伝いが必要なのです」
「……なるほど、私達とゴーレムだけでは、出来ないということ」
「ええ、腕のいい職人が必要です」
どうやら本当に難しい依頼を受けて来たのだとウルスラは察した。
このボンヤリしているくせに、魔法に関しては天才的な魔女であれば、そんな無理難題もこなせるのだろうという信頼はあるのだが……如何せん、人脈という点では非常に不安があるのもまた事実であった。
秘密の工房と名乗っている場所に雇い入れているのが、偶然知り合っただけの自分達という時点で、フィオナの交友関係の無さが明らかだ。
「腕利きの職人なんて、帝国工廠じゃなくても引く手数多なの。アテはあるの?」
「幸い、一人だけ」
「誰なの」
「トール重工の一番工房長、デイン・グリンガム。私の『ワルプルギス』を作った人です」