第903話 コナハト奪還戦(5)
「————ぬぅ、最早これまでか」
ダーヴィスは苦し気に、そう吐き捨てた。
スパーダのカイ率いる第一突撃大隊の猛攻を前に、最精鋭で固めたウェリントン騎士団でも防戦一方とならざるを得なかった。
自身を含めて実力も忠義も抜きんでた騎士達に、二十機もの機甲鎧も揃っている。多少の数の不利など跳ね返せるはずの戦力だが、
「ダァーイッ!!」
機甲騎士が、小さな金髪少女の戦士によって叩き潰されていた。倒されたのは、これで三機目。全体ではなく、彼女一人の手によってである。
類まれな身体能力と武技を操る才能。しかしそれだけで機甲騎士をこうも容易く仕留められるものではない。
「やはり機甲騎士の相手に慣れておる」
自分達はほとんど初めて目の当たりにする機甲鎧という新兵器だが、全く同じものを魔王軍でも採用されているのは一目瞭然。
最初に町の関門を攻撃してきたのは黒い機甲騎士の大部隊だと報告は受けていたし、今まさにこの中央広場にも、続々と赤いエーテル光を吹いた漆黒の機甲鎧を纏った騎士達が増援としてやって来ている。
恐らく魔王軍は、十字軍よりも先んじて機甲鎧の開発に成功し、その運用も訓練も相応の期間実施しているのだ。
三機もの機甲騎士を仕留めたのは単純に金髪少女の実力だけでなく、機甲鎧の機動力に対応した戦い方と、さらにはそれを的確に掩護する仲間達との連携も含んだ総合力である。
「情けない、この歳で新兵器に浮かれておったとは……」
与えられた機甲鎧の性能に、ダーヴィスも驚いたものだ。これがあれば並みの騎士も精鋭に。エリートであれば超一流の力にまで押し上げるだけの、強力なスペックを秘めているとすぐに理解できた。
実際、多少の操縦が出来るようになれば、軽々と動く体に強靭なパワーアシスト。ブーストダッシュの速度は騎兵さえも凌駕する。これほどの力を与えてくれる魔法の鎧など、これまでには存在しなかった。
故に、これを備えたウェリントン騎士団はこれまでで最高の戦力と化す。そう確信していたし、事実その通りであったが、だからこそ敵も大々的に同じ装備を使って対抗してくるかもしれない、という最悪のケースをその慢心から思い至らなかったのだろう。
「これ以上は割に合わんか」
「伯爵閣下、流石にこの包囲を脱するには————」
「分かっておる、総員、『聖痕』の解放を許可する!」
ここで使うつもりはない奥の手であったが、今使わねばこのまま圧し潰されるのみ。まずは無事に城館まで撤退できなければ、後には続かない。自分達がここで魔力を使い切り消耗したせいで城の防衛に不安が残るとしても、切り札は切らなければ無いのと同じである。
「主よ、我らの戦い天上よりご照覧あれ————『聖痕』解放!!」
それは強い信仰心と高い実力を兼ね備えなければ授かることはない、白き神の加護。
偉大なる白き神が加護を与えるのは、使徒だけではない。あくまで使徒は、特別に最高の力を授かっているだけであり、白き神の加護は多岐に渡り、億を数える十字教信徒達へと常に開かれているのだ。
基本的なものは十字教司祭なら誰でも使える治癒魔法や光魔法。修行を重ねれば、更に強力な聖なる光を得ることもできる。
そして常人が厳しい修行の果てに授かることが可能な加護の内、最上級の内の一つがこの『聖痕』である。その効果は単純に、己が持ちえる全ての力の強化。
実力を倍するほどの力を発揮する『聖痕』だが、使徒ではない常人にその力を振るうことは、あまり長くは許されない。急速な魔力消費と引き換えに爆発的な能力上昇を得る、正に切り札。使い方を誤れば、魂さえ削るほどの消耗によってその身を亡ぼす諸刃の剣でもある。
そしてこの『聖痕』を、ダーヴィス含め十人もの騎士が使うことができる。
聖なる騎士達は白き神より与えられる力の発露たる、青白く輝く神々しいオーラを発した。
「うおっ、すげぇ強化技だな。気ぃつけろっ、青く光ってる奴らはかなり強くなってるぞ!」
真っ先に脅威を察したカイが叫ぶ。
忠告などなくとも戦闘特化の大隊員は、それぞれの直感や経験でもって相手の力の上昇に対して身構える。まさかただオーラが光るだけの見掛け倒し、などと侮る者は一人もいない。
しかし、それでもあえて前へと出る者はいた。
「大将首は、プリムが貰いますっ!」
機関銃と対物ライフルの二丁を乱れ撃ちしながら、ケルベロスを駆るプリムが単身突撃を敢行する。
ダーヴィスを守るために、聖痕解放をした二機の機甲騎士が立ちはだかるが、プリムは出力全開のブーストダッシュをしながらも、巧みな操縦で相手の守りを器用にすり抜けターゲットへと迫った。
「この首、そう易々と獲れると思うなっ!!」
青白く輝くオーラを纏った大盾とハルバードが輝き、卓越した技量でもって振るわれる。
命中すれば装甲を貫く徹甲弾を、大盾を絶妙な角度をつけることで、武技を用いずに逸らして凌ぐ。目の前でブーストとサブスラスターを全開で吹いて背後をとる動きには、ハルバードの回転斬りで対応。
プリムが今日の戦いで何機も葬り去って来た必殺の機動は、バトルアックスが相手の背面ブースターに届く前に、武技の威力が乗ったハルバードの刃によって弾かれた。
「ぐうっ……」
不動のダーヴィスに対し、プリムはブースターを吹かしながらも大きく後ろへと弾き飛ばされる。
機甲鎧のスペックはケルベロスの方が上だが、聖痕を解放した上に、生身での力量が天地の差がある。さらには大技ではないものの武技として放たれた回転斬りを、プリムが正面から受けて押し返せる余地はなかった。
「厄介だな。すでにこれほど機甲鎧の扱いに長けた騎士がいるとは」
圧倒的な実力差でもってプリムを跳ね除けたダーヴィスだが、機甲鎧を使っての戦闘機動は遥かに相手の方が上手であると即座に見抜いた。自分に斬りかかって来る前に、二機をすり抜けて来た機動力も、間合いに入った直後に武器を持ち換えながら背後をとる動きも、同じ真似ができる者は騎士団に一人もいない。
そもそも、ああいう繊細な動きが出来ることすら気づけなかった。白色魔力のエーテルを動力としたブーストダッシュは、ただ騎兵に勝る速度を与えるだけのものだと思っていた。背中から体を押すように推進力を発する機甲鎧は、当たり前だが二本の足で走るのとは全く異なる操作が必要だ。あまり小回りの利くような動き方はできそうもないが、直進と大まかなカーブだけでも十分な高速機動だとダーヴィスは考えていた。
しかしそれが全くの誤りで、ブースターの操作による機敏な切り返しや、生身では動けない無理な体勢からでも難なく動いてみせる対応力、これらを含めた高い機動力こそが真に機甲騎士へ求められる技術なのだと確信した。
「機甲騎士が騎兵に成り代われば、戦の常識も変わる……隠居しようという時に、新たな時代の戦を垣間見ることになろうとは」
この窮地を脱して生還することが出来たなら、必ずや他の貴族よりも先んじて機甲騎士の精鋭を育て上げようとダーヴィスは決意した。
しかし、それをするにもまずはこの場を切り抜けねばならない。すでに聖痕という切り札を切った以上、のんびりはしていられなかった。
「行くぞ皆の者、覚悟を決めよ! ウェリントンの誇りを胸に、死ぬまで戦い抜けぇ!」
「ははっ!」
「地獄の果てまでお供いたします、伯爵閣下!」
「مشرق حريق يدمر الابيض انتشار النار————『大閃光砲』!!」
タイミングを合わせて一斉に発射される、光属性の上級範囲攻撃魔法。
専門の魔術師クラスでなくとも、略式詠唱の上に十全な威力と攻撃範囲を発揮する上級の魔法を放てるのも聖痕の恩恵である。
その結果、全員が同時に放った『大閃光砲』は中央広場の大半を覆うほどの攻撃範囲と化し、目を潰さんばかりの強烈な閃光がしばしの間荒れ狂った。
「————あっ、いねぇ!?」
そして光の嵐が過ぎ去った時には、決死の覚悟で突撃してくるだろうと思われたダーヴィス率いる騎士団は一人残らず姿を消していた。
「何が死ぬまで戦い抜けだよ! 来ねぇのかよ!!」
「あの台詞は多分、最初から退却を示し合わせるためのものに違いないの」
拍子抜けしてキレるカイに、ウルスラが冷静に説明していた。
勇ましい決死の台詞は、タイミングを合わせて退くぞ、という合言葉。そして放たれる『大閃光砲』は、攻撃を目的としたものではなく、相手を足止めしつつ、視界を奪うための目くらましに過ぎない。
「ちっ、今回もいいとこは取られちまうか」
「あ、ああ……プリムの大将首が……」
ガッカリする第一突撃大隊とプリムを後にしたダーヴィスは、聖痕の力と機甲鎧の推進力を発揮して、一目散に城館への道を走り抜けていた。
「むぅうう……やはりこの老体に、聖痕は応えるわい。まだ解いちゃダメか」
「なりません伯爵閣下。城館へと入るまでは油断できませんからな」
そんな愚痴を吐きながらも、まんまとこちらを取り逃した若造達の悔しがる顔を思い浮かべて自然と笑みが浮かぶ。これぞ年の功である。
広場から城館までの道も、これほど押された状況であれば敵が現れてもおかしくない。だが幸いと言うべきか、道のりは実に静かなもので、矢の一本も飛んで来ることはなかった。
そうして無事に城館まで辿り着いたダーヴィス達であったが、
「むっ……嫌に静かだな……」
最初はその静寂ぶりを怪訝に思い、城館の正門が目視できるほどにまで近づいた時に、その異常を確信した。
最も守りを固めていなければならない正門に、守備兵が一人も見当たらない。
それどころか、いまだ黒竜が頭上を舞う状況で、決して解いてはならぬ守りの要の結界も消え失せている。
白く輝く結界が消え去ったせいで、周辺を照らすのは正門と防壁に掲げられた篝火だけ。ひたすら不気味な静けさと薄暗闇が、ダーヴィス達を包み込んだ。
「ま、まさか……」
「あらあら、こちらから出向こうかと思っていましたが、もうお戻りになられるとは。随分と旗色は悪いようですね、伯爵閣下?」
闇夜に美しい女の声が響き渡る。
何者だ、と問うよりも前に正門が音を立てて開かれてゆく。
「なにっ、こ、これは!?」
開かれた門の向こうから漂う血臭と、その先に広がる屍山血河に、歴戦の将たるダーヴィスも絶句した。
死んでいる。一人残らず死んでいる。少なくとも正門から見える限りにおいては、ウェリントン領より連れて来た兵士達は皆、死に絶えていた。
僅かでも生き残りが、などと万に一つの希望も抱かぬような惨殺死体の数々。遺体はどれもこれも損傷が激しく、五体満足のものが一つたりとも見当たらない。
一体どのような悪魔が殺戮の限りを尽くしてこの地獄を作り出したのか————そんな問いかけに先んじて答えるように、血の海を渡り歩いて一人の女が正門より出でる。
「————ダークエルフの女、貴様の仕業か」
「モリガン神殿が長、大神官ブリギット・ミストレアと申します」
その身から青白いオーラと最大限の戦意を迸らせ、ダーヴィスは殺戮の主ブリギットを睨みつけた。
「ご覧の通り、すでに城館は我々が奪還させていただきました」
「ダーヴィス・ウェリントン! 貴様に奪われた我が城、コナハト一族の誇りと共に返してもらった!!」
「うぉおおおおおおおおおおおおおお!!」
ブリギットの宣言に続いて、防壁の上に次々とダークエルフの騎士達が立ち上がりその姿を現す。
「ちいっ、領主一族は皆殺しにしたはず……まさか、生き残りがいようとはな」
領主本人もそれに連なる一族も、この城を枕に討ち死にを果たした。あらかじめ逃げていたとしても、精々が年端もゆかぬ子供くらいのものだろう。
制圧した後、一通り抜け道の類がないか調べさせはしたものの……どうやら一族しか知らぬような秘密の通路が実在していたようだ。
決して少なくない兵士が駐留していた城館を、こうも容易く落とされたということは、内部から精鋭が一気に強襲をかけたからに他ならない。
「貴方の命運もこれまでですね」
「だから降伏せよ、とでも言うつもりか。笑止! 人相手ならばまだしも、魔族に下る十字教徒など一人もおらんわ!」
「降伏とは、これはおかしな事を……貴方は庭先に沸いた虫を、倉庫を食い荒らすネズミを、森から出てきた餓狼を、駆除する時に降伏せよと言うのですか?」
「なん、だと……」
「人相手ならばまだしも、十字教徒などという害虫に降伏勧告する者など、一人もおりませんよ」
薄っすらとした笑みを浮かべながら、どこまでも冷酷な輝きを宿す金色の相貌に見つめられ、ダーヴィスの胸に純粋な怒りが湧き上がる。
「勝利を確信し、わざわざ敗者を嘲笑いに来たか……その驕りが故に貴様は死ぬのだ。我らが信仰と誇りを愚弄した報い、受けるがいい魔族の女がっ!!」
脚力と出力、共に全開で駆ける。
限界間近の魔力を費やし、ダーヴィスは途轍もない加速度でもって正門の前に佇むブリギットへと迫る。
この間合いならば安全だと思っていたか。聖痕と機甲鎧、そして老いに抗い維持し続けた身体能力をもって、せめてこの女だけでも死出の道連れにせんと駆け抜ける。
「信仰? 誇り? 虫けら風情が笑わせる————『四季精霊陣』」
迫りくるダーヴィスを前に、真正面から迎え入れるように両手を広げてブリギットが大結界の発動を口にした。
瞬間、闇夜を鮮やかに照らし出す眩い光の数々が灯る。赤、青、黄色、緑と、四色に輝きながら、オーロラのような半透明の光のカーテンと化して幾重にも重なるように展開されてゆく。
「ぐうううっ————」
速度と重量を十全に活かした達人級の武技をブリギットに叩き込もうと振り下ろされたが、発動した大結界によりハルバードの刃が止まる。
光の層の半ばまで切り裂くが、どう足掻いてもそれ以上は進まない。
渾身の力を込めてハルバードを握るダーヴィスへ、結界の向こうでブリギットがにこやかに笑いかける。
「老いぼれが無理をするものではありませんよ。聖痕、でしたっけ? 随分とお体に負担をかける術だそうで」
「魔族が、何故そんなことまで知っておる!」
「裏切り者の使徒がいるのですから、知らない者はいませんよ。それで、その聖痕とやらは、あとどれくらい保てるのでしょうか?」
「ぐっ、くぅ……おのれぇえええ!!」
大結界『四季精霊陣』は、その名の通り精霊の力を解き放つ。それらは炎となり、氷となり、吹き荒ぶ嵐と雷となって、ダーヴィス達へと襲い掛かる。
聖痕の力を持ってしても、荒れ狂う精霊の怒りが如き攻撃魔法の嵐を前に、どうにか凌ぐだけで精一杯。
逃げ込むはずの城館はすでに敵へ占領され、後ろには魔王軍の本隊が迫りくる。さりとて、左右の森へと飛び込んだところで、散り散りとなって逃げおおせるはずもなく————
「はぁ……はぁ……」
ついに限界が訪れ、青白いオーラは淡い燐光となって弾けて消え去った。
最早この身に、一切の力は残されていない。あるのはただ、消耗しきった精神と魔力欠乏の症状。
ダーヴィスも、そして忠義の士である古参騎士達も、奇跡の力を失いその場で膝を屈するのみ。
「あら、ようやくお終いですか。随分と頑張りましたね、お爺さん」
眩いほどに光り輝く大結界を背に、ブリギットが歩み出る。
全ての力を振り絞り、指一本動かすのも苦しいダーヴィスは、最後に残された男の意地で酷薄な嘲笑を浮かべるブリギットの美貌を睨みつけた。
「ぜぇ……はぁ……殺せ……」
こんな女に殺されるなら、あのカイという青年と一騎打ちをして華々しく散るべきだったか、と今更ながらに後悔が湧いて来る。
「私、こう見えて小さい頃は大層、お転婆で」
息も絶え絶えなダーヴィスの様子など気にも留めず、子供に寝物語でも聞かせるかのように、ゆっくりとブリギットは口を開く。
「よく森の虫を捕まえては、脚や羽を千切って遊んだものです。そうすると、決まってお爺様から無益な殺生をしてはならぬ、とそれはもう厳しいお叱りを受けて」
穏やかに語りながら、ゆるりと舞うようにブリギットの腕が振るわれる。
その右手に握られているのは『新月妖刀』。鋭利な影の刃が、音もなく舞った。
「ぐわぁっ!」
鈍り切った体に、一瞬遅れて痛みが走る。
ボタリ、と落ちたのは指。武器を握るための、両手の指である。
流れ落ちる鮮血と共に、死ぬまで手放さぬと固く握り続けていたハルバードと大盾が、あえなく地に落ちた。
「楽に死ねると思うなよ、クソ虫が。お前ら全員、寸刻みにしてやるから、精々叫んで私を楽しませろ」
憎悪に歪んだ表情で呪詛の言葉を吐き、さらにもう一閃。
次は手首が落とされた。
「ぐぉおおお……き、貴様ぁ……この外道めが、地獄へ落ちろぉ……」
「ふふっ、あははは……そうだ、もっと聞かせろ。もっと喚け。お前らの信仰も誇りも全て血の海に沈めて、苦しんで、苦しんで、苦しみ抜いて、無様に死ねぇっ!!」
国を、家族を、全てを奪われたその怒りを僅かでも晴らす為に、ブリギットは狂ったような笑い声を上げながら黒魔法の刃を振るい続けた。
彼女の凶行を止める者は誰もいない。あまりに正統、あまりに真っ当な報復。
サリエルですら、一言も口を挟む真似はしない。
救いの天使はどこにもおらず、ただただ復讐の刃が振るわれる鮮血の地獄は、夜が明けるまで続くのだった。