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黒の魔王  作者: 菱影代理
第43章:黒き森のネメシス
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第901話 コナハト奪還戦(3)

 敵の機甲騎士は、あと八機。

 プリムは熱に浮かされたような欲望に突き動かされながらも、頭の中のもう半分はホムンクルスとしての冷静な思考が走っている。

 ただ機甲鎧の推進力に任せて突進してきただけの相手を、軽くあしらうように撃破できた。恐らく、彼はまだ機甲鎧の性能を活かした機動戦に慣れてはいないのだろう。

 フォーメーションの要である中央を担う者がこの体たらくでは、残る八人の実力もたかが知れる。

 与えられた専用機『ケルベロス』の性能、そして何より、帝国最強の古代鎧エンシェントギア暴君の鎧マクシミリアン』を使いこなす魔王クロノから、直々に指導を受けているのが自分達『重騎兵カタフラクト隊』である。いくら同じ機甲騎士とはいえ、この練度の低さでは、プリム一機でも難なく全機撃墜できるだろう。

 だが現場ではすでに、突入を果たしていた鉄蜘蛛が三機、それに続く随伴歩兵の代用としてダークエルフの操るウッドゴーレムや精霊が続く。

 戦力的には完全にこちらが優勢。ならば今のプリムがすべきことは、一人でも多く敵を倒して手柄の足しにすることである。

 たとえ雑魚でも沢山、機甲騎士の兜を並べれば「よくやった」と褒めてもらえるかもしれないのだから。

 ホムンクルスにあるまじき、どこまでも個人的な欲求に突き動かされて、兜に映し出される全方位の視界で最寄りの敵を睨む。

 前衛組みの残り二機か、それとも後衛につく二機。どちらを先に狙うか。

 プリムは後衛を潰すことを即断した。

 後衛の方は攻撃魔法に特化させた装備のせいか、盾を持っていない。単純に盾持ちよりは倒しやすい。元より遠距離攻撃ができるのだから、先に前衛を狙って動けば彼らはそのまま掩護射撃を続行できる。

 撃たれたところで、ヘルハウンドよりも増強された装甲を誇るケルベロスの防御を抜くことはできないが……クロノの教えの基本として、「当たらないに越したことはない」がある。

 場合によっては防御に任せて突っ切ることも必要だが、基本的には敵の攻撃は避けるに限るのだ。見た目からは想像もつかないとんでもない威力の攻撃が飛んで来ることもあれば、受けていたささやかな損傷が後で響くこともある。

 自分は攻撃を止めきれずに左目を失った、とクロノは訓練の合間の小休止の折に語っていた。その失った左目は、今はリリィの左目になってるけどな、と笑って話す姿に、プリムの嫉妬心が燃えた。クロノの肉体の一部を自らに宿すことにも、それを笑って受け入れられていることにも、何もかもが羨ましくて、欲しくて、妬ましくなってしまう。

 ともかく、諸々の理由をもってプリムは後衛へと襲い掛かる。

 それぞれ異なる両手の武装を、共に白銀の機甲騎士へと向けた。

 右手にするのが『ヴォルテックス・マシンガン』。サリエルも愛用している古代の武器EAエレメントアームズシリーズの中で、最大の連射速度と装填数を誇るマシンガンだ。

 敵をまとめて蜂の巣にできる威力を誇るが、流石に機甲騎士や武技でガードする重騎士くらいになると弾かれてしまう。だが凄まじい弾丸の嵐を無視することはできない。受け続ければダメージは着実に蓄積するし、着弾の衝撃で体勢を崩せば致命的な隙を晒すことにも繋がる。

 そして左手にする『サイクロン・アンチマテリアルライフル』が一撃必殺の火力を補う。EAシリーズで最大の口径と銃身を持ち、そのサイズと重量から生身で使えるものではない。古代においても、古代鎧の使用を前提とした武装であると推測されている。

 だからこそ、その威力も最大級。その長大な銃身から放たれる大口径徹甲弾は、機甲鎧の胴体装甲さえぶち抜いてみせる。

「————プリム、二機撃破」

 音声付きで確実に戦果を兜のメモリーに記録。

 後衛の二機は案の定、機関銃と対物ライフルの二丁を同時に使いこなすプリム機を前に、大した反撃も出来ずに撃ち殺された。

 機甲鎧のブーストダッシュを活かした素早い切り返しのジグザグ走行は、強力な銃や攻撃魔法で撃ち合う戦いが前提の機甲騎士として、少しでも敵の照準を狂わせ回避するための基本的な動きである。

 その当たり前の基礎の走り方にも対応できず、ただ無駄に光弾を乱射し、範囲攻撃魔法も外すような相手だ。そのまま機関銃で牽制しつつ、隙を狙って着実に徹甲弾を当てればいい。

 胸に大穴の空いた機甲騎士が転がったところで、プリムは反転。急いでこちらを追いかけるように距離を詰めて来る前衛二機の相手をする。

「うぉおおおおおおおおおおおおおお!!」

 と勢い込んで突撃してくる二機へ、『ヴォルテックス・マシンガン』の弾幕を浴びせる。

「盾、硬い」

 やはり大盾をしっかり構えて突っ込んでこられれば、機関銃で撃ち続けても止まるどころか、揺るぎもしない。

『サイクロン・アンチマテリアルライフル』を撃ち込んで、ようやく体勢を崩せるかというところだが、それ以上決めるための弾がない。この程度の相手に、弾数が限られる徹甲弾を何発もつぎ込むつもりはなかった。使うならば、一撃で殺せるに足る時のみ。

 プリムは二機から逃れるようにバックで後退しながら、機関銃の銃撃だけを継続。ケルベロスの推進力ならそのまま後ろ向きのままでも相手をぶっちぎることも可能だが、これは誘いだ。

 後退するプリム機を見て、ここが勝負の決め所と確信したか、さらなる加速度を経て二機が距離を詰めて来る。真っ直ぐ全速力で走れば何とか追いつける、という絶妙の速度を維持してプリムは間合いへ入る瞬間を、熱い欲望と冷たい殺意の入り混じった心で待ち受けた。

「————『剛大打撃ヘヴィメタルスマッシュ』っ!」

「————『撃震穿フルチャージスラスト』!!」

 寸分の狂いもなく同時に繰り出された上級武技は、プリムには真似できない生身の騎士としての高い実力を示していた。

 右側の騎士がハルバードの斧刃を使った『剛大打撃ヘヴィメタルスマッシュ』の振り下ろしを。左側が槍の穂先による『撃震穿フルチャージスラスト』で突きを放つ。

 隊長機が討ち取られた一合を見て、再び上に飛ばれてもそのまま叩き斬れるように、高々と掲げた振り下ろしの一撃。突きの方は左右への回避の隙間を潰すように繰り出されている。

 互いに邪魔にならないよう近接技を使うのは勿論、それぞれが互いの隙を庇うように繰り出し、かつタイミングを完璧に合わせて行う連携攻撃は、精鋭と呼ぶに相応しい実力だ。

 しかし、それは彼らの生身での評価に過ぎない。ここにいるのは機甲騎士。自分自身の騎士の実力に加えて、機甲鎧のスペックと、そしてそれを操る技術も加えた総合力が、機甲騎士の強さとなる。

 プリムは生身であれば、彼らの内の一人にも対抗できない。新兵というほどではないが、ベテランと呼ぶには頼りない戦闘能力しか持ちえていない。ましてエリートと呼ばれる、肉体も技量も飛びぬけた者とは比べるべくもないだろう。

 だがしかし、その隔絶した差を『ケルベロス』と、それを纏うプリムの操縦技術が上回る。

「サブスラスター点火」

 二機が必殺の武技を繰り出す寸前、プリムは右方へと急加速。残像をその場に映すほどの速度で真横へとスライドする。

 クロノのように接近戦に強い超人的な身体能力を持つ者であれば、この程度の横移動は難しいことではない。だが生身で動くためには、自身の体を使うより他はない。地を蹴るための両脚。体重移動。視線、気配。相手の姿が様々な複合情報となって伝わり、直感に近い速さで相手の行動を予測する。

 けれどプリムのスライド回避を、二機とも見抜くことはできなかった。

 それは回避の寸前まで、ただ銃を構えて撃ちまくる体勢のままで、回避に動く素振りをまったく見せなかったからである。あの体勢から回避は無理。この間合い、このタイミングで武技を放てば、絶対に直撃させられる。

 彼らの直感はそう予測していただろう。故に、一切の迷いなく繰り出された武技は、結果として虚空を裂くだけに終わった。

「なっ————」

 と、驚いている暇もない。すでにプリムの反撃は始まっている。

 メインブースターと各部にあるサブスラスターを駆使して右横へと急転換した瞬間には、もう役目を終えた『ヴォルテックス・マシンガン』を手放し、背部にマウントされた近接武装である『エーテルバトルアックス』を抜いていた。

 黒一色の斧には、その刃先にだけエーテルによる強化を示す真紅の輝きが灯る。

 まだまだ未熟なプリムに武技は使えない。だがケルベロスの持つ強力な推進力によってスピンする勢いと、エーテル強化で切れ味を増大させた古代の斧が、赤い軌跡を描いて無防備な背中を晒す機甲騎士へと襲い掛かった。

「がぁあああっ!!」

 絶叫をかき消すほどに、鋼鉄を叩き割る轟音が響く。

 プリムの回避から繋げた回転斬りは、機甲鎧の命でもある背面ブースターを叩き割り、その先にある装着者の肉体まで届いていた。クロノが振るう『首断』のように、鮮やかに一刀両断とはいかない。けれど生身の人間は、体の半ばまで切り裂かれれば死ぬ。

 斧の刃はちょうど背骨を叩き斬った辺りで止まり、鍛え上げられた強靭な肉体を誇る精鋭騎士でも即死するには十分なダメージを与えていた。

「くそっ————」

 残る左側のもう一機は、慌てて反転しようとするが、すでにプリムが構えた『サイクロン・アンチマテリアルライフル』の銃口の先に捉えられていた。

 大盾で射線を塞ぐには到底間に合わす、放たれた大口径徹甲弾が背中側から胸を貫いた。

「プリム、さらに二機撃破」

 戦闘記録を更新したプリムは、瞬く間に隊長含めた五機が倒されたことで、浮足立つ生き残りの方へと急いで向かう。

 彼らは機甲騎士に比べれば鈍重だがタフな鉄蜘蛛相手に手一杯の様子。あまり手柄の横取りのような真似はよくないが、ここは掩護という形で問題ないだろうと判断して、プリムは残りも自らの戦果とするため突撃していった。

「……二機撃破」

 決着はすぐについた。

 残された四機の機甲騎士だったが、プリムが自分で倒せたのは二機に留まった。どうしようもない劣勢となり焦って隙を晒したことで、鉄蜘蛛のエーテル砲が直撃して一機が散り、もう一機はプリムに追い込まれたところを、ウッドゴーレムが殺到してボコボコに殴り殺してしまった。

 プリムが倒した二機も、流石に限界だと逃げようと背中を見せたところを撃ち抜いただけに過ぎない。

 あまり大した活躍はできなかった、と不満に思ったところで、友軍機である鉄蜘蛛から通信が届けられる。

「プリム少尉、掩護を感謝します」

 鉄蜘蛛の操縦者は、所属部隊こそ別ではあるが、ホムンクルスなのは同じである。共通する平坦な声による通信に、プリムも同じく無感情に応答した。

「問題ない、ただの通りがかりです」

「しかしプリム少尉の部隊は正門の陽動では」

「正門はすでに突破しました。だから私がここにいる」

「お一人で? 失礼ながら、貴女には作戦命令を逸脱した独断専行の疑いが————」

「プリムは先を急ぐので」

 通信を切り上げ、プリムは全速力でその場を離脱した。

 正門をすでに突破したのは事実である。本来は陽動として攻撃を続けていれば良かっただけなのだが、こちらの火力に向こうが先に耐えかねてしまった。規模は大きいが木造でしかない関門は崩壊し、これではとても防ぎきれないと守備兵も逃げ出してしまったのだ。

 そしてプリムはこれ幸いと単独でさっさと町中へと突入し、手柄を求めて走って来たのである。

 当初の作戦目標は達成しているから、命令違反ではない。という自分に都合のいい独自解釈で、一方的にアインへ「突っ込みます」と連絡だけしてから、ここまでやって来たのだった。他の味方に、下手な嫌疑をかけられると面倒だ。狩るだけ狩って、すぐに移動するに限る。

「城館への攻撃も始まっている……急がなければ、乗り遅れてしまいます」

 敵の本丸から激しい戦いの喧騒が響き始めたのを察して、プリムは戦火に包まれるコナハトの町を疾走して行った。




「……い……しろ……」

 朦朧とする意識の中で、どこか他人事のように遠くから仲間の声が聞こえてくる感覚を覚えていた。

「おい、しっかりしろっ!!」

 暗い森の中、負傷したダークエルフの戦士を仲間が懸命に声をかけ続けながら搬送している。

 機甲騎士と呼ばれる特に強力な敵によって、痛烈な一撃を彼は受けてしまった。遮蔽物としていた木の幹ごと、腹部を貫かれている。光弾が発する高熱により、傷口が焼け爛れたお陰で出血は最低限で済んでいる。だからといって、命を奪うに足る致命傷に限りなく近いことに変わりはなかった。

「諦めるな、お前はまだ助かる!」

 仲間は必死にそう声をかけているが、負傷した当の本人はぼんやりとした視界の中で、顔も判別できない誰かが、何か喋っているなと感じる程度しかできない。

 自分が今まで、何をやっていたのかも忘れてしまいそうなほど、頭の中が空っぽになってゆく。

 手足の感覚はとうに消え去り、今まさに残された最後の意識すら途絶えそう。それは穏やかな眠気にも似た感覚となって、抵抗する意思を覚えさせぬようゆったりと冥府に続く道へと誘う。

 何もかもがどうでもよくなって、ついに瞼が落ちそうになったその時————光が灯った。

「……っは!?」

 負傷した戦士は、弾かれたように目が覚めた。

 起きなければ、という強い意思を急に思い出したように感じ、なりふり構わず飛び起き、

「ぐわぁっ、痛ってぇ!!」

 腹部に走る激痛に叫んだ。

「まだ治療の途中ですから、動いてはいけませんよ」

 穏やかな、けれど凛とした声が耳に届く。

 誰だと思って視線を動かせば、そこには天使がいた。

 純白の法衣を身に纏い、艶やかな長い黒髪と白い柔肌の、青い瞳をした美しい少女。慈愛に満ちた微笑みが浮かぶ美貌と、その手に掲げる翼を模した杖から発せられる青白い輝きによって、この世の者とは思えぬほどに幻想的である。

 そして何より、その背に生える真っ白な翼が、天使と呼ばれる羽の生えた有名な天の遣いを連想させた。

「あっ、そうか、死んだのか俺」

 おかしいな、ウチは祖霊&精霊信仰だから死んで迎えに来てくれるのは、五十年前に死んだ爺さん婆さんか、森の動物の姿を象った精霊の化身のはず。天使は多分、宗教が違う。

 でもいっか、とんでもない巨乳美少女の天使が来てくれたのだから、一人の男として文句のつけようはない。

 そうして、彼は心穏やかに自らの死を受け入れた。

「寝ぼけてんじゃねぇ、この馬鹿野郎!」

「げっ!?」

 見飽きた厳つい顔の上官が、麗しい天使様と並んで見えたことで、急速に現実感が湧いて来て、ようやく彼は現状を正確に認識した。

「おう、目ぇ覚めたんなら、さっさと戦いに戻るぞ」

「無理をしてはいけません。傷口こそ塞がって見えますが、あくまで回復キュアによる応急処置ですから」

 瀕死の重傷を負った部下に向かって、とんでもねぇこと言うなコイツと思うと同時に、自分を庇うお優しい天使様のお声に心が癒される。このダークエルフのくせに知性の欠片もない脳筋ゴリラの上官殿にもっと言ってやってください。

「まぁ、そんな邪見にしてはいけませんよ。この方が迅速に貴方を運んで来てくれたお陰で、一命を取り留めることができたのですから」

「よしてくださいよ、姫様。自分の負傷のついでに、コイツも引きずってやっただけのことですんで……」

 ゴリラのくせになに照れてんだよ、と思いながらも、心の声が見抜かれたと彼は気づいた。やはり、天使様には心の内など筒抜けになるのか。

「私は天使などではありません。ただの治癒術士プリースト……と名乗るには、謙遜が過ぎますね」

「おめぇ、このお方が誰か分かってなかったのかよ!? ネル姫様だぞ、あのアヴァロンの第一王女!!」

「ええっ、うっそマジ、本物ぉ————痛ってぇ!!」

「もう、安静にしていないとダメですよ」

 性懲りもなく身を起こして痛みに悶える自分に、めっ、と優しく諫めて来るネル姫様はやはり天使に相違なかった。

「故郷を自分達の手で取り戻したい、という思いはとてもよく分かります。ですが、無事に生きて戻ることが、何よりの報酬であり名誉なのです。幸い、戦況はこちらが随分と優勢のようですから、心配せずにここでゆっくりお休みになってください」

「あ、ああぁ……ネル姫様……ありがとうございますぅ……」

 こんな自分を慮ってくれる寛大さに、感動で涙が溢れて来る。

 ファーレンにおいても、アヴァロンを代表する美姫であるネル・ユリウス・エルロードの名は広まっている。民を慈しむ心優しい人柄だけでなく、加護によって卓越した治癒魔法の腕前で数多の人々を癒し、さらには自らランク5冒険者となる強さと勇ましさをも兼ね備えた、正しく理想のお姫様。

 幾ら何でも誇張表現だろうと聞いた時は思ったものだが、とんでもない。本物は想像の遥か上をいく。自分、今日からアヴァロン民になってもいいっすか。

「————どうやら、正門が破れたようですね」

 自分が感動に打ち震えている内に、飛んで来た報告を聞いてネルは表情を勇ましく引き締めた。

「貴方達にここは任せます」

「ええっ、姫様は」

「私は正門から町へと入り、さらに前線へと向かいます。十人だけついて来てください」

「き、危険です!」

「姫様がそこまで出張る必要は……」

「私はもう、ただのお姫様ではなく、帝国軍兵士の命を与る軍医総監の地位を、我が夫たる魔王陛下より賜ったのです。ならば私は、一人でも多くの味方を救うことに尽力するのみです」

 気高いネル姫の決意表明を、さらに増大した涙と共に間近で聞いていた。こうまで言われて、一体誰が彼女を止められようか。

 素早く準備を整えた医療部隊の精鋭達が集結する頃には、ネル姫の両腕にも白龍を模したような籠手が装着されていた。

 優しい癒しの力だけでなく、自ら敵と戦う覚悟までお持ちになるとは、と感じる尊さがさらに倍増する。

「それでは、参りましょう」

 こうしてネルは、プリムと同じく自らの欲望のために持ち場を放棄するのであった。

 一応の言い訳は立つように部下を連れていくあたりは、プリムよりも狡猾である。

 基本的に生真面目なネルならば、まずこんな独断行動などはしないのだが……ブリギットがクロノの相手を一晩務め切った事実に、ネルはいよいよもって追い詰められていたのだ。

 この戦いも、クロノとの夜の戦いも、必ず勝ってみせる————そんな身勝手極まる内心など、この場にいる者は露知らず。

 勇ましく野戦病院から出陣してゆくネル姫様のお姿は、誰の目から見ても光り輝くように尊く見えるのであった。

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― 新着の感想 ―
クロノくんの眼球は二個しかないから、別の臓器を交換しようとか言いかねないのが、この作品のヒロインなんだよなぁ・・・
間接的ヤンデレ大戦がこっそり開催されている。
[良い点] 欲望に突き動かされる2人は見てる分には可愛い。 ネルの外面と内面のギャップに笑う。 [気になる点] この先の展開。 [一言] 独断専行は大罪。クロノが恩情かけて差配すると軍隊として成り立た…
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