第900話 コナハト奪還戦(2)
古い国境の町コナハト。
峠をまたぐ街道は南側へと緩やかな弧を描くように敷かれており、領主の住まう城館は道の円弧の中心点のような場所に位置している。
城館から街道に面した町の中央部は一般的な石造りで、その周囲が伝統的なツリーハウスの住宅街となっており、二つの建築様式が入り混じる街並みとなっていた。
だがこうして空の上から眺めるだけだと、樹木に入り混じったツリーハウスは見えにくく、森に囲まれた普通の峠町といったようにしか見えなかった。
「やれやれ、ようやく妾の出番が回って来たというのに、大した仕事ではないのう」
「しょうがないだろ、今回のベルは万一のための予備戦力だからな。あんまり派手に暴れる必要はない」
グルル、と唸りを上げて夜空を飛ぶベルクローゼンの首筋を撫でて、宥めるように俺は言う。
今回のファーレン解放戦では、森の中の移動は不死馬メリーに乗り続けてきた。空中偵察はクリス達のお仕事で、俺が単独で敵地に乗り込むこともないので、ベルはずーっと俺と相乗りしているだけ。
出番がなく退屈な時間を過ごすベルは、何かにつけて魔王の愛騎は由緒正しき黒竜たる自分である、とメリーに対して相棒マウントを取っては、蹴られたり噛み付かれたりして喧嘩ばかりしていたものだ。ドラゴンが馬を相手に本気になるなよ、と諭せば、やれ色目を使っているだの、主の前だけいい顔をしているだの、馬の癖に猫を被ってお淑やかなフリしているだの、イチャモンをつけるのだった。
そんなメリーに対抗心を燃やしていた黒竜ベルクローゼン待望の出番が、今夜ようやく巡って来た。
現在、俺はいつもの如く単騎で出撃しており、ベルに乗ってコナハト上空を夜闇に紛れて飛行中である。涼しい夜風を受けながら、ゆったりと大きな月の浮かんだ空を行くのは、なかなか優美で贅沢な時間だな。黒竜大好きラシード君に自慢したら、また発狂しそうである。
「それにコナハトを取り戻した後は、こっちが使うんだからな。本気のブレスで更地にするわけにはいかないだろ」
「ふぅむ、道理じゃな。妾の力を持ってすれば、かような田舎町など一息で消し炭となってしまうからのう!」
わっはっは、と幼い声で上機嫌な笑いが頭の中にテレパシーとして響く。釣られるようにヒツギもなんか笑っていて、非常にやかましい。まったく、俺じゃなければ呪いで頭がイカれるところだ。
「むっ、主様よ、始まったようじゃぞ」
コナハト奪還戦の始まりは、町の正面玄関である旧関門に向けて、エーテル弾頭の大砲とグレネード、そしてダークエルフの精霊魔法による釣る瓶打ちという、なかなか派手なものだ。
関門には当然ながら、最も多くの守備兵が割かれている。こちらもそれなりの火力を投射しなければ、奴らをその場に釘付けにできない。
本命はコナハトへ通じる各裏道から町へと潜入する第一突撃大隊とディラン率いる地元のダークエルフ達なのだが、もうこのまま自分達の攻撃だけで正面突破してやるという意気込みを感じるほどの、苛烈な砲火が叩き込まれている。
人数こそ少ないが、こっちは戦車に匹敵する古代兵器である『鉄蜘蛛』を筆頭に、『EMアヴァランチランチャー』を装備させた古代鎧『ハウンド』を駆る重騎兵隊がいる。指揮はいつも通り副官アインに丸投げだが、プリムがいつにも増して張り切っていたように思える。冷静沈着で理性的なホムンクルスだから、無理に突っ込む様な真似はしないと思うが、つい心配になってしまうのは、やはり見た目の幼さ故か。
いけない、あまり見た目で贔屓するような真似は。基本幼女のリリィを帝国一働かせている俺が言えた義理はないのだ。
ともかく、そんな重騎兵隊と共に攻撃を行うダークエルフの精霊術士も、ブリギットがモリガンから選抜してきた最高クラスの神官達が中心となっている。途中で合流したファーレン軍も加えて、魔術師部隊として再編制すればそれなりの規模にもなった。セントラルハイヴ攻略戦で見た時と同じように、各種属性を持つ様々な攻撃魔法が色とりどりに輝き、故郷を土足で踏みにじる侵略者へと炸裂する様は、古代兵器の砲撃にも見劣りしない。
「やっぱり大将はそのまま城館を利用しているな……だが兵舎はあの辺に集めているのか……冒険者ギルドもやはり大きな詰所として使っているようだな」
ぐっすり居眠りしていても一瞬で叩き起こされるような、ド派手な攻撃が始まったのだ。コナハトを占領する十字軍は即座に反応して動き出している。上空にいても、奴らが吹き鳴らすラッパの音色が届く。
慌ただしく、けれど整然と動き出す町の兵士達を確認してから、俺達も始めるとしよう。
「さぁ、行くぞベル。とりあえず城館から、あの辺に沿って軽く炙ってやれ」
「任せよ」
翼を折りたたむような体勢へと転じたベルは、そのまま一気に急降下を始める。眼下に捕らえた獲物を狙う隼が如く、空を切って急加速。瞬く間に地上へと近づき————寸前、轟々と真っ赤な火炎の渦を吐き出す。
「どっ、ドラゴンだぁあああああああ!?」
「なんでこんなところにドラゴンが!」
「上から来るぞ、気を付けろっ!!」
城館を守る兵士達が、突如として現れた巨大な黒竜を見て騒ぎ出す。その出現を認識した時には、すでに火炎放射を頭上から浴びせられている。
すぐに阿鼻叫喚の地獄絵図と化す————はずだった。
「流石は本丸、かなり強固な結界で守られているな」
門や城壁の上に陣取っていた兵の多くは火達磨と化して倒れたが、一分と経たずに城館は白く輝く大きな光の結界に包み込まれた。
ベルが吹いたファイアーブレスはいわゆる普通の火炎放射だが、サラマンダーと比べてもその出力は高い。生半可な結界や防御魔法など、これだけで容易く消し炭と化してしまうが、激しく明滅しながら光の結界は見事に竜の猛火を防いでいた。
「ふむ、固いが聖堂結界ではないな。もう少々、温度を上げてやれば焼けるぞ」
「いや、その必要はない。これで城館の奴らは下手に動けないからな。次は向こうの兵舎の方を焼くぞ」
「むぅ、これでは妾の威力が足りずに引き下がったようではないか」
「そう言うな、軽くちょっかいかけるだけでいいんだよ」
大きく翼を打って反転すると、城館の方からもこちらに目掛けて反撃が始まった。矢や魔法が飛んで来るが、そんなものを適当に撃った程度で黒竜を落とせるはずもないし、追い払うことすらできはしない。 だがもう用はないので、そのまま振り返ることなく上空で目星をつけておいた場所へとベルを飛ばす。
ドラゴンに乗って空を飛べば、コナハトの町などあっという間に端から端まで行き来ができる。城館が黒竜に襲われた、という情報が届くよりも先に、俺達は他の場所へと襲い掛かった。
「ぐわぁああああああああああああああ!!」
「おいっ、ドラゴンが襲ってきているぞ! 騎士団の連中は何をやってるんだ!」
「だが魔王軍が攻めてきているんだ、早く迎撃しなければ————」
「あんなデカいドラゴン放っておいたら、それだけで全滅しちまうだろうがっ!?」
「む、無理だろ……あれ、黒竜じゃねぇのか。野良のワイバーンとは、格が違う……」
「あひゃひゃひゃ! 死ぬぅ! 炎に巻かれて死ぬんだよぉ!!」
結界のない兵舎や詰所は、今度こそそのまま阿鼻叫喚の地獄絵図となってくれた。
空の上から高速で飛んできて、広範囲に火炎を吹いて行くのだ。魔術師部隊が整然と範囲防御でもしなければ、とても食い止めることは出来ない。
広場に張られた無数の天幕を灰燼に帰し、詰所として利用されている建物は念入りに炎を浴びせて全焼させる。兵士達が魔王軍の襲撃に対応するため関門へと向かうためのルートも、炎の壁を渦巻かせて封鎖。
四方を燃え盛る灼熱の火炎に囲まれて、多数の兵士達が行き場を失くしたままジリジリと焼き焦がされていく。
これでかなり町中にいる奴らを混乱させることが出来たと思うのだが……
「もしかして、このまま俺が降りて突っ込めば勝てるんじゃね?」
「今回は、それはしないという約束であろう」
「いや、でも……」
「まったく、どうして妾の方が止め役になっているのやら。真、主様は狂戦士じゃのう」
「そ、そんなつもりは……いや、ごめん、俺が悪かった」
今回は俺が自ら戦わなくても、十分に勝てる戦いだ。魔王らしく黒竜に乗って高みの見物をしてくれと、そう念を押されてコナハト奪還戦は計画されている。
俺はベルを今回は予備戦力だと言ったが、俺自身もまたそういう扱いなのだ。いっつも魔王だけ突っ込ませていたら、配下の魔王軍は何してんの、と言われてしまう。活躍の機会は、出来る限り皆に譲らなければ。
「おっ、見ろよベル。城館の方から、ペガサスが来たぞ」
流石は元々十万に達した大軍を率いていた伯爵だけある。天馬騎士部隊くらいは手元に抱えていたか。
けれど夜空に舞い上がって来た白い翼は、精々がアルザスの時と比べて倍あるかどうかという程度。もうお前らの相手は、時間制限に縛られたかつてのリリィじゃないんだぞ。
「ほう、この妾を黒竜と知っても尚、挑むか。見上げた根性だが……蛮勇じゃな」
次なる獲物を見つけて唸りを上げる黒竜に、俺はその闘争心を煽るように漆黒の鎖の手綱を引いた。
コナハトはそこかしこで激しい爆発音が上がり、戦火が夜闇を焦がす。突如として攻撃を仕掛けてきた魔王軍、と思われる敵戦力に対して待機していた騎士団は即座に出撃したのだが、相手の動きの方が早かった。
町の各所から敵の侵攻を受けているとの報告が入り乱れ、最寄りの地点へ急行しようと思えば、今度は空から黒竜が飛んできて散々に炎のブレスを撒き散らして行く。
こちらの対応が敵の動きに追いつかない。完全に後手に回っていると認識しながらも、目の前に現れた敵と戦うより他はなかった。
「ちいっ、強気に出て来やがって、ダークエルフ共。テメぇらはもう負けてんだよ。身の程を弁えて大人しく奴隷になってりゃあ、もう少し長生きできたってのになぁ!」
一人の騎士が、樹上に陣取っていたダークエルフの精霊術士と思しき敵を光魔法で撃ち殺し、うんざりしたように吐き捨てる。
首都ネヴァン攻略と比べれば、敵の数はずっと少ない。しかし元より少数のダークエルフが、その数を補うように繰り出してくるウッドゴーレムを代表として、様々な召喚獣が死を恐れずに突撃してくる。
ツリーハウスが立ち並ぶ森の住宅街で、暗い茂みの奥から次々と襲い掛かって来るウッドゴーレムの群れには、絶対にここで勝つという気迫を感じさせるような圧力があった。
「くそっ、ゾロゾロとそこら中から虫みてぇに湧いてきやがって……この町の防壁は穴だらけかよ!」
叫びながら、騎士は白銀の鎧から吹き上がるエーテルの輝きと共に、範囲攻撃魔法を茂みの向こうに撃ち込んだ。
彼が身に纏うのは十字軍総司令官アルス枢機卿より与えられた、シンクレアにおいても最新鋭の魔法装備『機甲鎧』である。これによって、彼は重騎士から機甲騎士へとクラスチェンジを果たすこととなった。
決して長いとはいえない僅かな訓練期間を経て装備しているが、それを補ってあまりある性能をこの鎧が発揮してくれることを、すでに理解できている。
与えられた五十機の内、十機を装着した機甲騎士は、ウェリントン伯爵の配下でも精鋭中の精鋭である。町の各所からこちらの警備を無視するかのように侵入してくる敵を、この機甲鎧の威力と機動力でもって、どうにか対応しているのだ。
押し寄せる数多の召喚獣を倒してこれ以上の侵攻は防いでいるが、肝心のダークエルフの術者はまだ数えるほどしか討ち取れていない。これ以上、奴らの相手をしているだけでは、精鋭部隊である自分達が半端な場所に釘付けにされるだけで、戦局としてはマイナスになりそうだ。
気が付けば、黒竜はコナハト上空で虎の子の空中戦力である天馬騎士部隊と戦いを繰り広げており、関門の方でもさらに激しい砲撃音が鳴り響く。激化してゆくコナハト防衛戦の中で、ここらで作戦目標を切り替えて戦局の打開を図らねば、と考えたところで更なる新手が現れる。
「気をつけろ、デカいのが来るぞっ!」
「うおおっ、なんだあの鉄の蜘蛛みてぇな奴は!?」
「新手の召喚獣か?」
「ルークスパイダーの亜種みてぇだな。絶対固いぞアレ、面倒臭ぇな」
茂みの奥から飛び出して来たのは、大きな鋼鉄のモンスター。四本脚だが、その外観と動きは蜘蛛のようである。
それらが三体、背中に備えられた砲から光弾を放ちながら勢いよく突撃してくる。
さらにその鉄の蜘蛛を盾とするかのように、ウッドゴーレムの群れが続く。
「アイツを町中まで突っ込ませるのはマズい! 絶対にここで仕留めろ!!」
「了解!」
ただの歩兵ではとても相手にならない。今ここにいるのが自分達で良かったと思いながら、騎士達は機甲鎧の力を存分に発揮して鋼の巨躯を迎え撃つ。
「チクショウ、やっぱ固ぇなコイツ!」
「弱点ねぇのかよ」
「コイツは恐らく古代兵器だ。弱点剥き出しの兵器を、古代人が作るかよ」
「なら死ぬまでぶった切るだけだ。なぁに、いつものモンスター討伐と変わらんさ」
鉄蜘蛛は非常に硬い鋼鉄の装甲を誇り、砲の威力も直撃すれば危険。だがしかし、機動力では圧倒的に機甲騎士である自分達が上回っている。
鍛錬の賜物であるフォーメーションを崩すことなく、常に最適な位置取りで高度に連携する騎士団は、着実に鉄蜘蛛へダメージを与えていく。
このまま続ければ完封できるだろうと確信した矢先、
「————がっ」
一機の騎士が倒れた。
重騎士の全身鎧並みの分厚い装甲を誇る胴体部が弾け飛び、高速のブーストダッシュの勢いのまま、土煙と鮮血の帯を引いて激しく地面を転がった。
「くそっ、また新手かっ!!」
不意打ちの一撃だが、それで動揺することもなく騎士は即座に反応した。
しかし相手も、そのまま隠れ潜んで不意打ち狙いを続ける気はないようである。その姿を彼らの前に堂々と晒してやって来た。
「黒い機甲鎧……」
その姿に、思わず息を吞む。
機甲鎧の力をよく知っているからこそ、その禍々しい漆黒の鎧に警戒心が跳ね上がる。
兜と両肩が狂暴な狼のような形状で、さながら地獄の番犬と名高き三つ首の魔獣ケルベロスを彷彿とさせるデザインだ。刺々しく分厚い装甲に包まれ、自分達よりも一回り大きく見える鎧兜は、ただの見掛け倒しと笑うことはできない。
背中から吹き上がる真っ赤な燐光は、爆発的な推進力を得るエーテルブースターの輝きそのもの。漆黒の装甲に浮かび上がる真紅のラインは、十全にエーテルが行き渡っていることを示していた。
「アレが魔王軍の機甲騎士か」
「なるほどな、枢機卿が気前よく新兵器なんぞくれたと思ったが、すでに敵も機甲鎧を使ってるからってことかよ」
「気をつけろ、もしかしたら本物の古代鎧かもしれんぞ」
尋常ではない気配を放つ黒いケルベロスの機甲騎士に最大限の警戒を向けて、その対応の為に騎士が集結する。鉄蜘蛛の足止めに最低限の人数を割き、イレギュラーであるケルベロスを可能な限りの最大戦力で即撃破すべきという判断だ。
「だから何だってんだよ。強力な古代鎧の力に任せて、たった一人で乗り込んで来た自信過剰の馬鹿め」
「こっちも同じ機甲鎧を装備してんだ。なら、後はそのまま数の有利ってわけだろうが」
現れたケルベロスは一機のみ。
左右の手にはそれぞれ異なる形状の大砲のような武器を持ち、薄っすらと砲身から煙を漂わせる左の方が、不意打ちの一撃で騎士を葬ったのだろう。
直撃とはいえ、一撃で機甲鎧を破壊する強力な魔法武器。だがしかし、連射は効かない。ソレと分かって警戒していれば、十分に回避は可能。
そして何より、一機落とされてもこちらはまだ部隊として十全に機能するだけの数が揃っている。今度こそ横槍は入らない。
「雑魚を蹴散らして調子に乗った奴など、さっさと仕留めるぞ————突撃っ!」
隊長の号令と共に、一斉に騎士達が動き出す。
前衛は三騎。隊長を中央において、左右の騎士がやや先行するくの字のような形となって前進する。
相手はたったの一騎。正面を隊長が受け持ち、左右後方まで回り込んだ二騎が死角を突くフォーメーションである。単純な三人組の包囲だが、機甲鎧のスピードとエリート騎士の連携により、流れるように各自のポジションへとついて行く。
そう来ると分かっていても、何かしらの対応を許さないほどの素早さだ。
さらに二騎の後衛が掩護を行い、三騎が仕掛ける寸前まで相手の動きを牽制し続ける。
これらの攻勢にケルベロスがとった対応は、右手に構えた砲を撃ちまくることだけだった。
「効くかよ、そんなもんがぁ!!」
重騎士が扱う大盾は、さらに機甲鎧専用装備としてエーテルを流すことで堅牢無比と化している。人間が生身で喰らえばひき肉になるような弾丸の嵐に見舞われても、エーテル強化状態の盾を翳せば雨粒がぶつかるのとそう変わりはない。
この感じならば、左の大砲を撃たれても盾で受ければ耐えられる。
そう確信してさらに強気に踏み込んで行く。もう一秒もしない内に、手にしたハルバードの間合いへと入るだろう。
前衛組みの連携攻撃に合わせてタイミングよく、後衛の掩護射撃も止まる。
だがその瞬間を待っていたかのように、ケルベロスが動き出す。進む方向は、逃げるように後ろへ————ではなく、前。
「この俺が、正面突破なんざさせるかよぉ!」
真正面を抜けば包囲を脱し、そのまま後衛にまで襲い掛かることができる。だが、そう簡単に突破など許さないよう、要である正面は隊長である自らが担っているのだ。
騎士団員は何れ劣らぬ精鋭達であると自負しているが、そんな猛者達を率いる隊長として部下よりも一回り上の実力を保つよう努力し続けている。事実、隊長の腕前は機甲鎧の扱い含めてトップの座を保っていた。
自ら間合いへと飛び込んでくるケルベロスに向けて、すでにハルバードを構えていた右手に力が籠る。
エーテルによる機甲鎧のアシストパワーに加えて、不断の努力で鍛え上げた腕力と、磨き抜いたテクニクックによって、今まさに渾身の達人級武技が放たれようとしていた。
仰々しいケルベロスの機甲鎧を纏った魔王軍の騎士など、一刀両断にしてくれる————その強烈な気迫を込めて繰り出した瞬間、
「なにぃ!?」
自分よりもさらに大柄で重工なケルベロスが、飛んだ。
炎の魔法が炸裂したかと思うほどに、真っ赤なエーテル光が大きく弾ける。
左右への回避を許さぬために振るった横薙ぎの一閃が、虚しく赤い残光と黒い残像だけを薙ぎ払ってゆく。
次の瞬間に襲ってきたのは、強力な武技を放った後の技後硬直の感触ではなく、強烈に肩を踏みつけられたインパクト。
「俺を踏み台、にぃ!!」
振り返るよりも前に耳へと届いた、ドォン! という大砲の咆哮が隊長の感じた最後の感覚となった。
莫大な推進力と加速力にものを言わせた高速機動によって、ケルベロスは武技を避けながら隊長機の肩を踏んでさらに上へと飛びあがり、そのまま宙返りして左の砲身を向けたのだ。
確かに、盾で受ければ防げただろう。だが兜しか守りのない後頭部では、この一撃は受けきれない。
放たれたエーテル弾頭は真っ赤なマズルフラッシュと共に、隊長の頭を吹っ飛ばした。
「もっと……」
華麗なヘッドショットを決めて着地したケルベロスは、その凶悪な外観からは想像できないほど可愛らしい少女の声音で呟いた。
「もっと強い敵を、もっと沢山殺さないと……ご主人様に、褒めてもらえません」
ケルベロスの兜が、本物の魔獣が如くギラリと真紅の双眸を輝かせる。
殺意と欲望が入り混じったケダモノの目が、幸いにしてまだあと八騎も残っている機甲鎧の群れを睨みつけた。
2022年10月28日
祝900話、達成です!
話はまったくキリの良いところでも何でもありませんが、これまでも100話区切りでキリが良かったこともなかったですね。
上手く話数で区切れるほど緻密なプロットは組んでいませんが……それでも、いよいよ1000話の大台も見えて来たと思います。十年以上に及ぶ連載期間の積み重ねの果てに、とうとうここまで辿り着きました。出来れば1000話達成の時は、ソレらしい話にしたいですね。
これまでお付き合いいただいた読者の方に心からの感謝を。そして、どうぞこれからもよろしくお願いいたします!