第883話 天に輝く一番星(2)
「圧倒的ではないか、我が軍は」
圧倒しているのは一人だけなのだが、それでもついそんな台詞が漏れてしまった。
機甲鎧『ヴィーナス』に乗ったリリィの無双ぶりが、これでもかと前面モニターへと映し出されている。
「言うだけあって、上手くやっておるではないか」
出撃したリリィに代わって俺の膝の上を占領したベルが、腕を組んで上から目線で見守っていた。
実際、リリィの手によってベルドリアの竜騎士は次々と撃墜されている。しかも、騎士と竜をどちらも殺さずに。
「ちょっと無理をしてでも、『星屑の鉄槌』を用意しておいて良かった」
最も効力を発揮している新兵器が、この『星屑の鉄槌』と名付けられた光魔法式マイクロミサイルだ。
高性能な自動追尾能力が備わった攻撃魔法は、リリィの得意技である。正直、俺の『魔弾』の上位互換、と言っても過言ではないかもしれない。
しかしながら、高精度の追尾をさせるには、『星堕』のような大威力の攻撃魔法には向かない。基本的には『光矢』に、最大でも上級攻撃魔法一発を誘導するのが実戦で使える限度であった。
だが、その限界というのはあくまでリリィ本人のみでの場合であって、装備による威力や補正は換算されていないのである。
要するに、リリィには『光矢』程度の制御力で同時多数を操り、威力の方は武器そのもので補えば良いのだ。敵を正確に追尾し、大火力で炸裂する。すなわち、ミサイル。
本来ならただの爆弾にしかならないところ、リリィが操ることによって、ミサイルという現代の地球においても最先端を行く兵器へと至るのだ。
そうして作られた妖精専用誘導兵器『星屑の鉄槌』だが、構造自体は単純である。物凄く大雑把に言えば、『光矢』の先端に爆薬を括りつけただけの、爆発矢のようなもの。あるいは、魔法の杖をそのまま射出して使い捨ての攻撃にしている、といったところか。
『星屑の鉄槌』の外観は、如何にもミサイルらしい円筒形である。その中間部が筒状となっており、内部には本物の『光矢』を発動させているのだ。
筒の内側は光魔法用の杖などでよく用いられている、『光矢』を強化する術式が刻まれ、発動と維持がサポートされている。
後部は飛翔するための推進力を得るブースターだ。シモンの古代魔法の研究成果でもある、エーテルを燃料として動く推進機関である。これによって、ミサイルの本体重量を抱えながらも、通常の『光矢』を超える速度と飛距離が発揮されているのだ。
そして弾頭部分には、炸裂した際の威力が増すよう、光属性の魔石が詰められている。大迷宮の第四階層で、自由学園という名の監獄に収監されている囚人達が採掘した魔石だ。洗脳状態の彼らが、爽やかな汗を流して採掘された魔石が今、ベルドリアの空で大輪の花を咲かせている。
そして竜騎士がバタバタ落ちるのだ。弾頭には鋼鉄のベアリングも仕込んであるしな。厚い甲殻なら弾かれるかもしれないが、翼膜のような薄さなら容易く引き裂く。
リリィの正確無比な誘導によって、ピンポイントで翼にマイクロミサイルを叩き込まれれば、空の精鋭たる竜騎士も一発で落ちる。
出来る限りの簡易構造とはいえ、こっちもミサイル一発作るのに、それなりの魔法杖作るのと同等のコストをかけているのだ。これで一騎落とすのに何十発も必要になれば、割に合わない。
勿論、『ヴィーナス』に乗っているのはリリィだ。ただ操縦するだけのパイロットではない。『星屑の鉄槌』の他にも、強力な兵器を搭載している。
「————それにしても、何度見ても、どうしてアレが飛んでいるのか分からぬな」
はぁー、と呆れと感嘆の入り混じった溜息をベルが吐いている。
俺からしても、ジェットエンジンに星型オブジェをくっつけただけのハリボテみたいな機械の塊が、自由自在に高速飛行するのはなかなか信じがたい光景だ。航空力学とは一体。
だがそれにも増して、古代の生き証人たるベルクローゼンから見ても、リリィが『ヴィーナス』で飛ぶのは異様に見えるようだ。
「エーテルブースターにそのまま飛び乗っとるだけでもイカれておるのに、それを御しきっているのは信じ難い。狂人揃いの戦人機のエース共でも、こんな真似はせんぞ」
やはり最も恐るべき才能は、リリィの演算力と制御力なのだ。伊達に普段からパンデモニウム中の情報を脳内で処理していない。
古代の人型ロボット兵器たる戦人機は、それを操縦するには魔法の才能も必要だそうだが、それでも基本的には様々な機体の演算処理はオートで行われていた。魔法式だろうが機械式だろうが、空も飛べる人型兵器を動かすともなれば精密かつ複雑な構造をしているに決まっている。普通の航空機だって、沢山の計器がついているし。パイロットが操縦に集中できて、初めてスムーズに機体を動かせるのだ。
しかし『ヴィーナス』にはソレがない。
心臓部であるエンジン、古代魔法と現代魔法の融合によって生み出された『プラネットリアクター』は、これを起動させるだけでも精密な魔力制御と演算力を要する。これに加えて、エーテルブースターの出力調整に機体制御、各種武装の展開。その他にも絶妙なバランスによって、初めて『ヴィーナス』は飛行を可能とする。
動かすだけなら俺でも出来るが、飛ばすだけで鼻血吹いて倒れるレベルの演算力を求められる。フィオナなら起動した瞬間に大爆発するだろう。
それほどの演算力を費やして、ようやく空を飛べるのだ。そして飛んだ先で竜騎士と正面きって戦うわけだが、実戦においてどれほど集中力を求められるかというのは、今更語るまでもないだろう。
高度な機体制御と高速の空中戦闘。これを両立できるのはリリィしかいない。『ヴィーナス』は彼女しか乗って戦うことが出来ない、真の意味で専用機である。
「これで変身してないんだからな」
本物の専用機となるほど途轍もない操縦難度を誇る代物だが、リリィの力を最大限発揮する変身状態ではなく、素の幼女状態でこれを操れることが一番凄いことだろう。けれど、リリィが掲げた当初の目的は見事に達成されている。
幼女リリィでの戦闘能力は各段に向上した。この『ヴィーナス』があれば、アルザスで戦った天馬騎士のたかだか一個小隊など、鎧袖一触であろう。彼女が今、一方的に蹂躙しているのは、あの時の天馬騎士部隊を遥かに超える空中戦闘力を誇る、竜騎士団の一個中隊なのだから。
「あっはっはっは! 待て、待てー!」
「うわぁああああああああ、来るな、来るなぁああああ!!」
鬼ごっこをして遊んでいるような声を上げてはしゃぐリリィに対し、狙われた竜騎士は半狂乱で絶叫を上げている。
屈強なワイバーンに乗っている竜騎士は、空の上で自分よりも速く強い者を相手にする経験は少ない。何せ自分達、竜騎士こそが空中戦力の最高峰なのだから。これを越えるとなれば、サラマンダーを筆頭とした強力な空のモンスターだけとなる。
だがリリィの『ヴィーナス』は最高速度も加速度も、さらに言えば機動性においてもワイバーンを遥かに凌駕する。一歩間違えれば大爆発するようなエーテルブースターを生身で抱えて飛んでいるのだ。それくらいの推進力がなければ割に合わない。
易々と逃げる竜騎士に追いついたリリィは、手にした星型ステッキ『スターリングプラチナ』を魔法少女のように華麗に振るう。
すると、備え付けの砲身が連動して稼働し、リリィが全開でぶん回している『プラネットリアクター』から供給されるエーテルと交じり合い、強化された光の攻撃魔法が放たれる。
「ばーん!」
赤い二筋の閃光が迸ると、ワイバーンの翼をそれぞれ焼き切る。
下級とはいえ、ドラゴンの系譜に連なるワイバーンはそれなり以上の耐熱性を持つ。光属性の中級攻撃魔法一発くらいなら耐えただろうが、強化されたビームは上級に匹敵する威力を誇る。
あえなく翼をズタズタに引き裂かれたワイバーンは、苦悶の声を上げながら落ちて行った。
これでリリィを狙っていた竜騎士部隊は、隊長騎であるサラマンダーに乗った奴だけとなった。
「リリィ、そのサラマンダーを落としたら戻ってくれ」
「いいの? まだリリィ、飛んでいられるよ」
「こっちもそろそろ、王城に着くからな」
リリィが無双している一方、我らが天空戦艦を奪うべく竜騎士が殺到してきている。全員でリリィに構うのは分が悪い、というか割に合わないと判断し、足止めに一個中隊を割いた判断は正しいだろう。虎の子のサラマンダー隊長まで投入しているのだから、リリィの戦力を侮ってもいない。
ラシードはあんな状況下でも冷静な判断を下したと評価できるが……お前はこの天空戦艦の対空防御を見誤ったな。
「ラシード殿下! これ以上は、もう————」
「ええい、諦めるな! 我らが王城はもうすぐ後ろにあるのだぞ!!」
増設した急造機銃による一斉射の隙間を縫うように飛び回りながら、ラシードの叫びが拾えた。リリィの活躍と別枠で表示されたラシードの顔は、冷や汗に塗れて非常に険しい表情を浮かべている。
思ったよりもこっちの防御が硬く、乗り込むに乗り込めないといった状況が続いているのだ。そりゃあ焦りもする。
バリバリとエーテルの火花を散らして、設置した機関銃からは絶え間なく弾丸が吐き出され続けている。これが急造の限界か、幾つか動作不良を起こして止まっているのもあるが……そこは設置数でカバー。艦の防備に穴が開くような状態には至っていない。
弾幕薄いぞ、と俺が叫ぶ必要性もなく、十分な防衛力を発揮して、敵の竜騎士を寄せ付けていない。
「もう一度だ……もう一度だけ、突撃を敢行する」
「き、危険です! 敵の防御は厚く、容易に突破はできな————」
「無傷で突破できるなどと思うてか! この俺とブルーサンダーが盾となり、先鋒を務める。俺に続け、必ず道を切り開いてやる!」
「それだけはなりません! これ以上の危険に御身を晒すなど、ベルドリアの騎士として見過ごすわけには参りませんぞ!」
「この苛烈な攻撃を突破するには、ワイバーンでは無理なのだ! だが俺のブルーサンダーならば」
「いいえ、盾となるならば、私が務めます。この命に代えても、必ずや突破口を開き、殿下を魔王の喉元まで届かせてみせましょう!!」
明らかな葛藤を浮かべるラシード。その鋭い目が、大量の弾丸と攻撃魔法を雨霰と撃ち出す天空戦艦と、すでに肉眼で確認できるほどにまで近づいたベルドリア王城の間を往復した。
仕掛けるならば、最後のチャンスとなるだろう。そして、無謀な突撃の先鋒を任せれば、いかにサラマンダーを駆るとはいえ、副隊長の命はない。
そんな苦悩がまざまざと伝わるほどの、迫真の映像を眺めながら、俺は指示を飛ばす。
「クリス、サラマンダーの副隊長騎を先頭にして、最後の突撃を仕掛けて来る」
「了解ですわ。この私が来る前に止めて差し上げましょう」
「いいや、後甲板の守りに少しだけ穴を開けてやれ。誘い込む」
「うふふ、よろしくてよ」
俺の意図をすぐに察してくれたクリスが可憐な微笑みで応えた。
そうして、クリスの率いる竜騎士達は最後の突撃を目論むラシード達の猛攻を前に、思わず怯んでしまったかのように見せかけながら、それとなく引き下がる。実に自然な演技だ。
よし、これでラシードからすれば、最後のチャンスに賭けたくなるような、絶好な隙を晒したように見えるだろう。
「……すまない、頼んだ。我らの未来を掴むための道を、切り開いてくれ」
「ははっ! ベルドリアに栄光あれぇええええええええええええ!!」
やはりラシードは副隊長に先鋒を譲ったな。王子のお前が体を張るにはリスキーすぎるし、一緒にいるのは忠誠心も最大であろう、手塩にかけて育て上げた竜騎士なのだ。絶対に、命を賭けてでも主の無謀を阻止するだろう。
思った通り、サラマンダーの副隊長騎を先頭として、円錐型の突撃隊形を形成して奴らは突っ込んで来た。
「そこに来る、頼んだぞシャル」
「任せなさいよ!」
俺が突っ込んでくる副隊長騎の対応を任せたのは、艦の防備につかせた魔導士部隊を率いるシャルロット姫である。
彼女とは色々とあったが……それでも今は立派な帝国兵の一員だ。そして、ランク5にまで登り詰めた雷魔法の腕前は本物である。
「一応、バックアップにフィオナもつかせているから、安心してくれ」
「大丈夫だって言ってんでしょ!?」
「シャルー、頑張ってくださいねー」
これといって負傷者が発生していないお陰で、暇を持て余しているネルが医務室から親友の活躍を祈って、にこやかな笑顔で手を振っていた。
「ふふん、見てなさいよ、このシャルロット様の大活躍――轟け赤き雷鳴『赤雷侯ラインハルト』!」
自信満々の笑みを浮かべて後甲板のど真ん中に陣取るシャルロットは、授かった加護の発露と共に愛用の杖『真紅の遠雷』を振り上げる。
「ترى، البرق في السماء تشغيل(見よ、天空に奔る雷光を)
يرتجف، وهدير الرعد إلى الأرض(震えよ、大地に轟く雷鳴を)
ساطع يا مجد الأحمر(輝け、我が栄光の赤色)」――『雷紅刃』っ!」
赤色の雷が杖に収束してゆくと、空中に巨大な雷の剣が形成された。
その真紅の雷剣には、通常の雷属性攻撃魔法とは一線を画す威力を宿すことは、魔力の気配までは感じられない映像越しでも分かる。
やはり、加護を使った原初魔法は強力だな。
「サラマンダーなんて、ランク4に上がる時にとっくに倒してんのよ! ほらっ、落ちなさいっ!!」
バリバリと激しいスパークを伴って、『雷紅刃』が放たれた。
サラマンダーの巨躯を全て覆い尽くして全力展開されている防御魔法に守られた副隊長騎は、直上より迫り来ている。それを真っ向から迎え撃つように飛翔する『雷紅刃』は、さながら落雷を逆再生させたかのように、瞬く間に天へ向けて駆け登って行く。
目に眩しい鮮やかな真紅の軌跡を残して————大剣を模った雷が弾けた。
「こ、これほどの大魔法がっ、ぐわぁああああああああああああ!!」
腹の底に響くような雷鳴が大空に轟く。
防御魔法を打ち砕き、頑強な竜の甲殻を割り、その身に絶大な雷撃を叩きつけられ、ブスブスと黒煙を吹きながら飛行能力を失ったサラマンダーが落下してゆく。
「おのれ……おのれぇ! 退けるかぁ、ここまで来て、退いてなるものかぁああああああああ!!」
「げえっ、アンタも突っ込んで来んのっ!?」
サラマンダーを撃墜して。ドヤ顔でポーズを決めていたシャルが、鬼気迫る勢いで突撃を継続するラシードを前に焦っていた。
うーん、やっぱりフィオナのバックアップは必要だったか。そう思って頼もうとした矢先であった。
「ただいまー」
と呑気な声と共に、ドォン!! と極太のビームが飛んで来た。
「なっ、なにぃ!」
急降下している真っ最中だというのに、何とか身を捻ってビームの直撃を避け、かする程度に留めた腕前は見事の一言。
だが、ラシードにできる対応はそこまでだった。
「見て見てー、サラマンダー捕まえたのー!」
カブトムシ捕まえた、みたいな自慢げな感じで、無残に黒焦げとなったサラマンダーを曳航するリリィが帰って来た。
何本ものビーム砲を備えた『ヴィーナス』だが、他にも装備がある。その内の一つが、サラマンダーを絡め捕っている『魔手(バインドア-ツ)』のような黒い鎖だ。
見ての通りの捕獲用装備であり、帝国工廠で精製された暗黒物質合金で作られた鎖に、俺が丹精込めて黒化を施した一品である。
その黒い鎖に囚われたサラマンダーを、根本から切り離してゴロっと後甲板に転がす。
これで、リリィの捕らえたサラマンダーと、シャルロットが落としたサラマンダー。二体が仲良く並んだ。
「ふふっ、リリィ、その青いのも欲しいなぁ」
「うっ、あ、ああぁ……」
最強を自負するサラマンダーの竜騎士。自分含めて三騎となるが、その内の二騎がこうして無様に転がる姿を見せつけられたラシードの心中は如何ほどか。
どうする王子様。これ以上は、ただの無謀な特攻になるぞ。
「お逃げください、殿下ぁ!!」
「これ以上は無理です!」
「どうか、御身だけでも!」
土壇場で動ける、流石の忠義の士だな。
愕然とした表情で硬直していたラシードだが、最早これまでと即座に断じた竜騎士達が続々と彼を守る壁のように動き出した。
「お、お前達……だが……」
「早くお逃げください!」
「我々が何としてでも、あの星の怪物を食い止めて見せます!」
「ラシード殿下、どうかご無事で」
すでに捨て身の特攻といった雰囲気で、何騎もの竜騎士がリリィに立ち向かってゆく。
だがここは天空戦艦の防衛圏内。機銃は勿論、シャル達魔法部隊も即座に攻撃を再開し、次々と竜騎士を狙い撃ちにする。中途半端な位置で突撃が止まってしまった竜騎士団は、良い的となってしまった。
「ぐっ、く……ぬぅうぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
苦悶の雄叫びを上げたラシードは、ついにその場で騎首を翻して逃げ出した。
敵の大将を逃すまいと、執拗に攻撃が殺到するが、竜騎士が文字通りに我が身を盾にして守り切る。
そうして、ラシードだけは無事に天空戦艦の射程から脱して行った。
「ああー、青いの逃げちゃった!」
「リリィ、これ以上は追うな。そのまま着艦するんだ」
「ええー、でもぉ」
「ブースターが怪しい感じになってるぞ。ヴィーナスはこの辺が限界だろう」
「むぅ、はぁーい」
初めての実戦で暴れ過ぎたか。リアクターからグゥオオオオオ……と不吉な唸り声が上がっている。これ以上、飛ばし続けるのは危険な雰囲気が漂う。
リリィがゆっくりと開かれた発進口へ戻って行くのを見届けてから、俺は席を立った。
「行くぞ、ベル。ラシードは俺達が捕まえよう。追いつけるな?」
「ふふん、無論じゃ、主様」