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黒の魔王  作者: 菱影代理
第42章:飛竜狩り
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第875話 夢の一夜(2)

「いやぁ、マジで助かったよリリィ」

 しみじみと呟く。

 俺はすでに二人もの婚約者を抱える身として、最早口が裂けても恋愛経験ゼロとは言えない。

 リリィとフィオナは寝食を共にしてきた冒険者仲間として、そして十字軍との死闘を潜り抜け、さらには自分達で繰り広げた地獄の修羅場を乗り越えて今に至るのだ。恋愛経験としては、途轍もなく濃厚な体験を経てきたと言えよう。

 だがちょっと待って欲しい。これだけの経験をしたものの、だからと言って俺の女性への接し方、もてなし方、が上手くなったかといえば、全くそんなことはないだろう。

 要するに、素敵なデートをプロデュースする自信が、俺にはないのであった。

 情けない事この上ないが、言い訳させて欲しい。確かに、リリィとフィオナとはデートをしたことは何度もある。だがこの二人とは、良くも悪くも自然体で接することができていた。

 肩ひじ張ることもなく、お互いに好き勝手に言い合って、それで何の問題もなかった。良い意味で遠慮はなく、俺もまた遠慮をする必要もなかったのである。男女関係としては一つの理想形かもしれない。

 しかしながら、今回のお相手となるネルは別だ。

 彼女の気持ちは受け取った。そして、俺もそれを受け入れた。しかしだからと言って、今すぐに気の置けない間柄になれるのかと言われれば、それはまた別の問題であろう。

 少なくとも今までの俺は、ネルのことは大切な友人でありつつも、一人の女性として、またお姫様として、節度という名の一線を引いた関係に踏みとどまっていた。

 だが今日に至っては、その関係を前進せざるを得なくなったワケで。今回からはただの友人ではなく、一人の恋人として、ネルをデートに誘うこととなるのだ。

 となれば、ノープランの出たとこ勝負などもっての外。気合を入れて、自分に出来る精一杯のことをしてあげたいと思うのは当然ではないだろうか。

 男子ならば誰だってそうだ。可愛い彼女と初デートとなって、気合が入らないワケがない。

 すなわち、今の俺の心境はそんな感じで、肝心のデートプランをどうするかで酷く頭を悩ませていたのだった。

 そう、過去形である。

 今回ばかりは頼るまい、と思っていたが、リリィが「ディスティニーランドを」とオススメしてくれたお陰で、完璧にプランは決まった。

 言うまでもないことかもしれないが、日本で一番有名な千葉にある東京のランドは、デートコースとしては定番だろう。俺は子供の頃に家族旅行で一度行ったきりなのだが、もし異世界召喚などされなければ、白崎さんと二人で行くこともあったのかもしれな————

「……」

 サリエル、何故ここで俺を見つめているんだ。

 見送りに出てきているメイド姿のサリエルは、俺の考えていることは全てお見通しとばかりの視線を向けて来る。などと感じてしまうのは、俺の被害妄想だろうか。

 ともかくだ、かの千葉県にある東京のランドは、デートのド定番。定番すぎて安直とも言えるかもしれないが、だからこそ人生で一度は外せない王道なのではないだろうか。

 残念ながら、リリィとフィオナとはそういう考えのもとで気取ったデートをするような機会には恵まれなかったが、今がその時、だと俺は思うのだ。

「初デートをディスティニーランドで。そしてそのままランドのホテルで一夜を過ごす……完璧なプランではなかろうか」

 中高生が考えそうなプランだよね、と言うなかれ。そもそも遊園地が現存していないこの異世界ならば、このテのテーマパークは最先端のレジャーと言えるのではないだろうか。どの国の王侯貴族も経験したことのない、興奮と感動のアミューズメント体験を!

「じゃあ、行ってくる」

「はい、マスター」

「行ってらっしゃいませ、ご主人様」

 サリエルとプリムが揃って頭を下げる。

「何かあれば、即座に『暴君の鎧マクシミリアン』を通してご連絡を。ランドのホムンクルス一同、全力で対応いたします」

「ああ、万が一、事故った時だけ頼むよ」

 見送りはするが、ついて来ないとは言っていない。

 サリエルとプリムはそのまま俺の警護へと移行する。この二人の他にも、それなりの人数が俺の目には入らない場所で影ながらつくことになっている。

 デートの時くらい放っておいてくれ、というのはワガママが過ぎてしまう。立場上、仕方のない対応だと割り切っている。

 極力、気にすることなく、俺は待ち合わせ場所へと向かった。

 そもそもネルは俺達と同じく第五階層に居を構えているので、出発から一緒に行くことは出来るのだが……そこはデートらしく、待ち合わせから始めたいというこだわり、なのである。

 やって来た待ち合わせ場所は、パンデモニウムの中心に突き立つ巨塔テメンニグルの一階エントランス。

 元々、最初に発見された大迷宮の出入り口となる大きなモノリスのある場所だ。

 リリィが女王として君臨する今は、各地への転移ネットワークの中心点として、カーラマーラ時代よりも利用量は増大している。東京の通勤ラッシュを思わせるレベルの人通りが毎日あるのだが、今はシンと静まり返っていた。まるでダンジョン化でもしてしまったかのように。

 まぁ、リリィが気を利かせてくれたのだろう。

 そんな普段との賑わいとの対比で、いっそ不気味とも思えるほどの静寂に支配されたエントランスの中心に、一つの人影だけが立っていた。

 黒染めに輝くモノリスを背に、翻るのは純白の衣装と大きな翼。

「すまない、ネル。待たせたか?」

「いっ、いえっ! 今来たところでしゅ!」

 ぷしゅう、と湯気でも立ちそうなほどに、真っ赤な顔のネルがそこにいた。

 白い衣装は、流石に治癒術士のローブではない。シンプルで控え目、けれど上質な純白のワンピースを身に纏っている。雪のような白い肌と女性的な見事なプロポーション。そして何より、背中に広がる白翼が、やはり天使のようなと形容するより他はない美しさを体現しているが……

「ほっ、本日は、お日柄もよくぅ!?」

「そんなに緊張しなくても」

 多分、自分でもなに言ってんのか分からなくなっているほどのテンパり具合である。

 確かに、面と向かってデートというのは初めてだが、二人きりになるのは今まで何度もあったことだろうに。オンボロ寮で魔法の授業をしていた頃の方が、距離感近かったほどだ。

「ごめんなさい、私、その……」

「何も気にする必要はない。今日はただ一緒に楽しめれば、それでいい」

 自分にも言い聞かせるようにそう言って、俺はネルの手をとった。

「凄く綺麗だ。その服、よく似合ってる、ネル」

 いつもならば言わないような恥ずかしい台詞。だが、男には言わねばならない時がある。

 ああ、ちくしょう、緊張しているのは俺の方だよ。顔、赤くなったりしてないよな?

「はっ、はい……ありがとうございます、クロノくん」

 頬を朱に染めながらも、ネルは満天の星空みたいにキラキラした笑顔をくれた。

 そして、掌がギュっと強く握り返されて、ちょっ、これ、強すぎない……?

「それじゃあ、行こうか。今日は、是非ともネルを連れて行きたい場所があるんだ」

 絶対にこの手は離さん、とばかりにミシミシと硬く握りしめられながらも、俺は余裕ぶった微笑みを精一杯維持しながら、ネルをエスコートし始めた。




「もう朝、ですか……」

 おはようございます。ネルです。

 緊張のあまり、ほとんど眠れなかったネルです。

 一国の王女として、ランク5冒険者として、それ相応の経験を積んで来た私は、アヴァロン解放戦前夜でも、英気を養うためにスヤスヤ眠れるだけのメンタルがあるのですが、昨晩は全くダメでした。

 けれど、それも致し方ないことでしょう。

 今日この日、私はついにクロノくんと結ばれるのです!

 結ばれるのですっ!!

 大事なことなので二回言いました。

 ええ、今日こそ、今回こそ、本当に結ばれます。今度は嘘じゃないです。

 決して邪魔など入りません。邪悪な妖精も魔女も、年齢詐欺の年増ドラゴンも、その他の有象無象、何者であろうとも今日の私とクロノくんの間には、割って入ることは許さない。

 これまで、彼と結ばれるチャンスは幾度かありました。その機会をことごとくふいにしてきた、ひとえに私の不徳と致すところは重々承知の上。

 無様な失敗と敗北の記憶は、強烈なトラウマとなって私の脳裏に刻み込まれていますが————今こそ、私は過去の自分を乗り越えるのです。さようなら、惨めな昔の私。こんにちは、薔薇色の未来。これから始まるクロノくんとのラブラブ新生活は桃色に輝いて前が見えません。

「————ハッ!?」

 と気づいた頃には、侍女によって身支度は整えられていました。

 幼少の頃から仕えており、アヴァロン王城で軟禁状態だった時も変わらずに世話を続けてくれた彼女達は、パンデモニウムにやって来た今でも傍に控えてくれている。

 今日が私の一世一代の大勝負であると、しかと心得ている侍女達はいつにもまして完璧な仕上がりにしていただきました。

「お綺麗でございます、ネル姫様」

「……本当に、これでいいのでしょうか。やはり、少し地味なのではないかしら」

「魔王陛下の好みのリサーチに基づいた、完璧なコーディネートにございます」

「あまり派手なのは好まれない傾向は間違いありません。シンプルに、姫様の清楚な美貌を引き立たせるのが、此度の戦において最上の策かと」

「そうですね。すみません、少し不安になってしまいました」

 今日のデートに臨むにあたって、どんな服装をするかは慎重に討議を重ねて決めたものです。

 メインである純白のワンピースは、正にシンプルイズベスト。自らの鍛え抜いた剣術の腕のみを信じ、愛剣一本を携えて戦場に向かう剣士の如き、正々堂々のストロングスタイルです。

「では、行って参ります」

「ネル姫様、ご武運を!」

 そうして、私は運命のデートへと向かいます。

 転移を通れば、待ち合わせ場所にはすぐに到着。時刻は予定の30分前。

 一時間でも二時間でも早く着きたい心持でしたが、それをすると相手に長く待たせてしまった申し訳なさを感じさせてしまうデメリットが上回ってしまうので、止めた方がいいと強く引き留められたので、そのようにしました。

「すぅ……はぁ……」

 まるで人気のないモノリスの前で、深呼吸して精神統一。

 ここから先は、一部の隙も許されない。クロノくんのお相手として相応しい、完璧な淑女の対応をもって今日のデートを完遂するのだ。

 邪魔が入らないということは、後はもう自分との勝負。貴方の前で、決して無様は晒しません!

 そして今夜を、永遠に記憶に残る素敵な一夜を過ごすのです……えへへ……

「すまない、ネル。待たせたか?」

「いっ、いえっ! 今来たところでしゅ!」

 えっ、今、私、なんて言った?

 クロノくん、なんでもういるの。まだ約束の30分前で、ちょっと待って、待ってください、まだ心の準備がですね————

「ほっ、本日は、お日柄もよくぅ!?」

「そんなに緊張しなくても」

 あ、終わった……

 苦笑いするクロノくんの顔を見て、私はあまりにも不甲斐ない自分の態度に、今にも倒れそうになってしまいました。

 どうして、どうしてこんなことに……

「ごめんなさい、私、その……」

「何も気にする必要はない。今日は、ただ一緒に楽しめれば、それでいい————凄く綺麗だ。その服、よく似合ってる、ネル」

 そっと手を握って、優しい微笑みを浮かべてそう言ってくれた彼に、ただただ目を、心を、奪われる。

 寸前まで胸中を支配していた失態の羞恥などあっという間に吹き飛んで、陽だまりのような温かい気持ちが満ちていく。温まりすぎて、奥底の方からマグマのように灼熱を放つ強烈な情動がドロドロと渦巻き始める。

「はっ、はい……ありがとうございます、クロノくん」

 ああ、好き、好き、大好きです。

 もう、貴方のことしか考えられない。

 握ったこの手を離さないで。絶対に離さない。離してなるものか。

「それじゃあ、行こうか。今日は、是非ともネルを連れて行きたい場所があるんだ」

 ええ、どこへでも連れて行って。

 だから早く、早く、早く、私を奪って。私の全てを、貴方の手で————ああ、夜まで、待ちきれそうもありません。




 恥ずかしそうに俯きながら頬を朱に染めているネルの初々しい姿にキュンとさせられながら、彼女の手を引いてやって来たのは、現状、魔王クロノ唯一の直轄領たるランク5ダンジョン『神滅領域アヴァロン』内にある一角。

「————ようこそ! 夢と魔法の楽園、ディスティニーランドへ!!」

 いつかの時と同じように、着ぐるみ姿のマスコットキャラクター達がゾロゾロと現れ、ハッピーな感じでお出迎え。

 今回は初手グレネードで吹っ飛ばしたりなどはしない。今の彼らはリリィの罠などではなく、真っ当に遊園地の従業員、キャストって言うんだったか、そのために仕事を叩き込まれたホムンクルス達である。

「あの、クロノくん……ここって……」

「ああ、ディスティニーランドだ。ネルもここで、リリィと戦ったんだろ?」

 困惑と警戒が入り混じった怪訝な表情で、ネルは頷く。

 そういえば、俺は割とディスティニーランドの復興状態をちょくちょく確認していたので気にはならないが、ネルからしてみればリリィとの戦い以降、訪れたことはない。よって今でも死闘を繰り広げた因縁の場所という印象が強いだろう。

「……もしかして、ここでリリィさんを倒さないと、クロノくんとは正式に婚約できないとか、そういうことなのですか」

「いや全くそういうことはないです!」

 それとなく戦意を漲らせるネルに、慌てて俺は説明に入る。

「ここは古代の遊園地……まぁ、大勢の人が遊びに来る大きな娯楽施設だったんだ」

「なるほど、確かに楽し気な雰囲気はしますけれど、リリィさんの趣味なのだと思っていました」

「出来る限り、忠実に当時を再現させているだけだよ」

 眩しく輝くカラフルな照明に彩られ、どこからか陽気なBGMが流れて来る。雰囲気的にはバッチリ遊園地であり、ここからざっと見渡した限りでも、リリィとの戦いで崩れた痕跡は見当たらない。

 強いて言えば、神滅領域の邪悪な感じの赤い空が広がっていることだけが難点だが。まぁ、今更気にするまい。遊園地で遊ぶのに、加護は必要ないからな。

「ようやく、遊べるくらいには復旧したんだよ。だから俺達が、現代に蘇ったディスティニーランドの最初の客になるってわけだ」

「そういうことだったのですね」

「それに、俺の故郷では遊園地に誘うのはデートの定番で。俺もそういうのに、ちょっと憧れが……ともかく、きっとネルも楽しめると思うんだ」

「ありがとうございます、そこまで私の事を考えてもらえていたなんて」

 そう言ってはにかむネルに、もう警戒の気配はない。良かった、これで誤解は解けただろう。

 それじゃあ、後は目一杯ランドを楽しむとしよう。




 夢のような時間が、過ぎて行きました。

 ディスティニーランド。かつてリリィさんを相手に、無残にも敗れ去った因縁の場所。最初こそ警戒はしていましたが、クロノくんに手を引かれて園内を周り始めると、あっという間に夢中になってしまいました。

 御伽噺の絵本に描かれるような、カラフルでポップな建物が立ち並び、また別な一角では遺跡系ダンジョンのような光景が。そしてまた別な場所には美しい見事な庭園が広がっています。

 様々な景観を一つの敷地に集めた不思議な場所。けれど、いずれも好奇心と期待をワクワクと搔き立てる造りをしているように感じられました。

 ただ見ているだけでもそんな気持ちになるけれど、ここでの本当の遊び方は、アトラクションと呼ばれる各種の施設を利用することでした。

 それらは古代の魔法技術によって造られているけれど、ただ高速で走るだけ、回るだけ、落ちるだけ、と決まった動きを決まった場所でするものでした。

 巨大な船体を空に飛ばしたり、各地を転移で結んだりするような魔法技術を誇る古代にあって、何故こんな限定的で無意味な動きをするモノが作られるのかと、始めは疑問に思ったものですが……なるほど、実際に乗って、私は理解した。

 これらは言うなれば、巨大な遊具なのだ。大きな樹から吊り下げたブランコのように、ただ乗って遊ぶためだけの存在。

 これらのアトラクションが、どれだけ高速で走って回って落ちたりしたとしても、ランク5冒険者に相応しい身体能力と武技を治めていれば、それ以上の速度で駆け抜け、跳躍することはできるでしょう。

 けれど、そうではない。そういうことではないのです。

 ただこの巨大な遊具が動くままに身を任せるのが、面白いのだ。

 乗れば分かる。コースターの存在意義が分からない私に、クロノくんがそう言った意味が分かりました。これは確かに、何というか、乗らないと分からない楽しさですね。

 そうして、体で感じる数々のアトラクションの魅力と、世界で一番大好きな人と一緒に体験する興奮で、私はすぐに夢中になって遊び回ってしまいました。

 因縁の地であるランドも、そこにいる四頭身の獣人みたいな恰好をしたホムンクルス達も、今では気にならない。ああ、確かにこの場所は、人々を楽しませるためだけの造りをしている。

 クロノくんと手を繋いで駆け回るここは、まるで夢の国へと迷い込んでしまったかのよう。

 だからこそ、そんな夢のように楽しい時間はあっという間に過ぎ去ってしまった。

「————ネル、今夜は俺の城に招待する。来てくれるか?」

「はい、喜んで」

 素敵なディナーの後、ランドの中央で象徴的に聳え立つ白亜の城————魔王城へのお誘いが、ついに来た。来てしまいました。

「私、今夜は帰りませんから……」

「ああ、分かってる」

 浮足立つ私の心を見透かしたように、クロノくんは優しく微笑んで、手をとりエスコートを始めてくれる。

 一歩、また一歩と城へと近づく度に、心臓の鼓動が高鳴って行く。

 今日こそ、今夜こそ、私はついに彼と結ばれる。誰の邪魔も入らないし、誰にも邪魔はさせない。

 そんな固い覚悟を嘲笑うかのように、本当に何の邪魔も入ることなく、私は————ベッドの上にまで、辿り着いてしまいました。

 さようなら、純粋無垢な少女の私。

 これから私は、本当の愛を知った大人の女性となるのです。

「ネル……」

「クロノくん……愛しています」

 こうして、私は念願のクロノくんと愛を交わし————




「————ハッ!?」

 目が覚める。

 それはまるで、戦いの最中に一瞬気を失っていたことを、目覚めた直後に気づいたような感覚でした。

 ジワリ、と冷や汗が体を伝う。

 大粒の汗が額から垂れ落ち、首筋から流れた汗が胸の谷間へと流れてゆくのを、いやにハッキリと感じる。

 自分が裸で、ベッドに寝転がっていたことを、ようやく認識した。

「あ、朝ぁ……?」

 チュンチュン、とどこからともなく聞こえてくる小鳥達のさえずり。

 大きな窓にかけられた厚いカーテンは、朝日が透けて薄っすらとした光を室内に通している。

「おはよう、ネル」

 すぐ隣から聞こえたその声に、私は弾かれたように振り返る。

 そこには、私と同じように一糸纏わぬ姿で横たわる、クロノくんがいました。

「あっ……あ、あの、私……」

 声が震える。雪山のダンジョンを彷徨い、凍え切ったように。

 けれど、それ以上に暗く冷たい絶望感が、私の胸の中に重く圧し掛かり始めていた。

 それに気づいたら、終わる。

 でも、確かめずにはいられない。

 私は勇気を振り絞り、いいえ、ただ恐怖で鈍った頭で、後先考えずに聞いてしまった。

「私、昨日の夜は————」

「ネル」

 まるで幼い娘に言い聞かせる父親のように、優しい呼びかけ。

 そして、クロノくんは聖人のような慈愛を感じさせる笑みを浮かべて続けた。

「何も、気にするな。初めてのことなら、誰にでも失敗はあるさ」

 失敗した。

 失敗した……失敗、した……

 失敗したぁああああああああああああああああああああっ!!??

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― 新着の感想 ―
リリィサンの愛の魔王が効いていた時点で…サリエルが耐えられたのは、おそらく人体改造の影響で肉体的な快楽に強くなったからだろうし…
[一言] 話の流れから、こうなることは予想できていました。
[一言] サリエルともイチャイチャして欲しい…
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