第871話 試作兵器(2)
アトラス大砂漠の大空にリリィが散った数日後。
俺は管理下にある第一階層『廃墟街』の隅の演習場へとやって来た。
目的は前回同様、試作兵器のお披露目である。
「見せてもらおうか、帝国の新型とやらを」
「何故そんな他人事みたいな言い方を。帝国は自分の国じゃん」
ただ言いたいだけの台詞にシモンからマジレス喰らって若干恥ずかしくなったが、今回は身内しかいないので、カッコつけなくていいので気楽なものだ。
「リリィのだって新型だもん」
「安全な稼働状態が確認できるまでは、アレに乗るのは禁止だからな」
ド派手に爆散したリリィはピンピンして戻って来た。『妖精結界』は伊達じゃない!
暴発したとはいえ、自分の魔法の一部みたいなものだから結界で防ぎやすい状態にあったようだ。
とはいえ、流石にあのレベルの爆発事故は危険に過ぎる。厳重注意だ。
元帥ともあろう者が大勢の前で失態を、とも思ったが、大爆発から無傷で生還したリリィを見てかえって畏怖は強まったようだった。そういうデモンストレーションじゃないんだが。
ともかく、ああいうのは二度と御免だ。肝が冷えた。
「シモンも、頼むぞ」
「そりゃあ出来る限りのことはするけどさぁ……」
あからさまに困った表情をしないでおくれ。リリィのワガママに手が余るようだったら、いつでも呼んでいいからさ。すぐ駆けつける。約束する。俺ら親友じゃん?
「とりあえず、今日のところはリリィも大人しくしてると思うから」
膝の上に座らせているからな。勝手にどっか行くことはないぞ。
「分かったよ。それじゃ早速、始めるよ。えーと、まずは————プリム機、発進」
すでに聞きなれたブーストダッシュの音を立てて、一騎の古代鎧が駆けて来る。
プリムの『ヘルハウンド』はスパーダ防衛戦とアヴァロン解放戦、二つの戦いを共にしたことで、そのスペックは俺もよく把握している。
だからこそ、ただ駆けて来る姿を見ただけでも、明らかに速度が上がっていることに気づいた。
土煙を上げて、あっという間にプリムは俺達の前までやって来た。
「これはまた、随分と改造したな」
その姿は、元の『ヘルハウンド』からかなり変化しており、全くの別機体のようであった。
漆黒の装甲に赤いラインが浮かぶのは同じだが、随所に真紅の追加装甲を纏っている。首元、胸元、腰、膝、肘、と要所が増設されており、以前よりも一回り大きく見えた。
特に目につく追加装甲は肩だ。『ヘルハウンド』の兜は狼のような形状をしているのだが、同型の兜を流用したのか、両肩にはそれぞれ狼の上顎が乗っている。
まるで三つの首がついているかのような姿は、
「プリム専用機『ケルベロス』。ただ『改』ってつけるよりは、いいでしょ?」
「正に、その通りだな」
名は体を表す。文句のつけようのないネーミングだ。
「ついこの間アヴァロンから戻って来たばかりだってのに、よくこんな短い間でここまで改造したな」
「スパーダにいた頃から『ヘルハウンド』はずっと弄ってたからね。慣れてるし、改修案は以前から考えてはいたよ。こっちに来てからは、使える材料も人員もあるし、設備も整ってるから、作る余裕もあったんだ」
だから、アヴァロンから戻って来た後は用意していた改造パーツを組み込むだけだったと。
そして、改造の成果を今ここで確かめようというのだろう。
「単純に出力が増大しているから、装甲を強化して重くなった分を補って余りあるスピードは出るし、武装の威力と容量も増大したよ」
「なるほど、攻撃、防御、速度、全て上昇していると」
「エーテルリアクターが強化できたことと、魔力回路もプリムが戦闘を積んで最適化されつつあること、っていうのがここまでスペックが上がった理由だと思うんだけど……」
「けど?」
「理論上より上昇値が上回ってるんだよね。もしかしてプリム、最近になって加護を得たりしてない?」
「えっ、いや、そんな話は聞いたことないが……」
とりあえず、本人が目の前にいるのだから、聞けばいいだろう。
「なぁ、プリム、神様から加護って授かったことあるのか?」
「ないです」
ただでさえ重厚な古代鎧が、改造によってさらにゴツくなった姿から、プリムの可愛らしい声で即答が飛んだ。
「やっぱないってさ」
「そっか。うーん、どう考えても、プリム自身の魔力量が増大したとしか思えないんだけど……まぁ、強くなってるならいっか」
ということで、次の紹介にシモンは移る。
「こっちは見慣れた『ヘルハウンド』だけど、ようやくまとまった数が揃ったよ」
登場してきたのは、総勢18機もの『ヘルハウンド』だ。
これだけの数が揃っているのは、俺も初めて見る。なかなかに壮観だな。
「これで俺の『重騎兵隊』全員が、古代鎧を装備したことになるな」
「イエス、マイロード。総員、『ヘルハウンド』拝領いたしました」
先頭に立つ副官アインが返事をくれる。
全員が同じ装備をしていて外見から見分けがつきにくい、と思ったが、生身でもホムンクルスは大体みんな似たような容姿のため、見分けがつかないのは元からだ。
これでも俺、頑張って自分の部隊くらいは顔だけで見分けられるようになったんだが。
「素晴らしい。これで部隊の機動力と打撃力は大幅に向上するだろう。今まで以上の無茶に付き合わせることになるから、覚悟しておいてくれ」
「はっ、地獄の底までついて行きます。無論、もうお一人で突出される必要もございません」
「いや、そこは気にしないでくれ」
部隊率いているくせに、クロノ一人で戦ってること多くない? とリリィをはじめ小言を貰ったりしている。
アヴァロンでも掩護だけさせて俺一人で王城からの増援部隊を食い止めたりとかしたけれど、そこはやっぱ個々の戦力には差があるから、それを踏まえての配置なんだけど……ともかく、全員が古代鎧を着込んでいれば、俺のすぐ傍で戦っても危険度は減るだろうから、少しは改善されると思う。
「ほんとぉ?」
「本当だって」
膝の上のリリィが、俺の考えを察して疑惑の眼差しを向けて来る。
本当に大丈夫だって。だからプリムやアインを責めたりはしないでくれよ。二人ともよく、俺のフォローをしてもらっているから。
「それから、今日の紹介は実はこれが本命だけど」
「ほう、これ以上にまだあるのか」
「うん、機甲鎧『黒鬼』、発進!」
現れたのは、『ヘルハウンド』と同じような黒い古代鎧————いや、違う。
エーテルの光を噴いて走る姿はよく似ているが、その出力は随分と低いし、漂ってくる魔力の気配も質が異なる。
この『黒鬼』は、発掘された古代鎧を復元したものではない。
「もしかして、古代鎧を新造したのか」
「そう、現代の魔法技術で造り出したから、古代鎧じゃなくて、機甲鎧……って、十字軍では呼んでるんでしょ?」
十字軍では、すでに古代鎧を元に新規開発した機甲鎧という新装備を完成させている。
騎兵の機動力に、重騎士の防御力、ついでに光魔法による遠距離攻撃も持つ、強力な兵装であった。
俺が奴らを見たのは、リリィと一緒にパルティアにクエストを受けに行った時だから、もう一年近く前の話だ。今ではさらに改良が進み、増産もしているはず。
「本物の古代鎧には及ばなくても、それに迫る性能を誇る機甲鎧を作れるなら、こっちも同じくらいのモノを作らないと対抗できないからね」
「そうだな。ネロの大遠征軍の出陣パレードでも、機甲鎧を着込んだ騎士団が目撃されている。ただの見掛け倒しとは思えないから、すでに実戦配備されているのは間違いないだろう」
「そうだよね。パルティアで倒した機甲鎧の残骸を解析して、大雑把な性能と構造は把握できたよ」
シモンの説明によれば。十字軍の機甲鎧も古代鎧と同じくエーテル、つまり白色魔力を動力源にしているという。
その白色魔力を供給する役目を持つのが、十字教司祭である。
「凄く上手い作りだと思う。機甲鎧を動かすためには、白色魔力を持つ司祭がいなければいけない。僕らの手に渡っても絶対に動かせないし、同じ十字軍でも貴族だけでは運用できない。必ず十字教の手を借りなければ使えない構造だから、普及すればするほど、教会の影響力は増すってことだね」
「なるほど。神の加護を授かる聖なる鎧、って感じで売り出しているんだろうな」
敵に利用されないだけでなく、味方に対しても運用面での優位性を確保できるとは。あくどいと言うべきか、商売上手と言うべきか。
「それで、この『黒鬼』はどうなんだ?」
「勿論、動力は黒色魔力の方のエーテルだよ」
「黒色魔力を扱える術者は、かなり少なくないか?」
「闇魔術師とか一部の神官とか、相当に限られるよ。だから十字教方式で司祭に補給を任せるような体制はできないね」
「じゃあ、どうするんだ?」
「エーテル充填したバッテリーを用意するしかないよ」
幸い、エーテルの補給は天空戦艦シャングリラを始め、フュージョンリアクターなどの設備があれば供給することが可能だ。
エーテルを供給できる古代遺跡の設備がある場所で、機甲鎧用のバッテリーを生産するという形になる。
「司祭に任せるのと、どっちが効率的なんだろうか」
「何とも言えないね。十字軍だってバッテリーを教会が独占販売ってことにすれば、同じやり方ができるワケだし。司祭さえいれば現地で補給できるだけ、向こうの方が有利な気はするよ」
「そうなると、こっちはバッテリーの性能と補給次第ってことだな」
補給体制に関しては、国をまたいだ同盟だと難しいだろうが、我がエルロード帝国軍のみ限っていえば、そう難しい話ではないだろう。圧倒的な独裁体制の強みである。
製造面においても、最初から共通規格化して作れる。色んなとこが勝手に独自バッテリーを製造して市場で多様な規格が乱立してしまったら、統一するのは困難だ。パっと見で同じように見えるけど規格が違うので使えません……なんて戦場で起れば冗談では済まない。
「それで、性能の方は」
「流石に『ヘルハウンド』よりは劣るけど、どこまで食い下がれるか、これから見てもらうよ」
なるほど、それもそうだ。そのための実験である。
「ちなみに、『黒鬼』はサリエルさんと配下の歩兵部隊の皆さんにお願いしたから」
「えっ、もしかしてアレがサリエルなの」
「はい、マスター。サリエルです」
先頭の一騎が、手を振って応える。
全員同じ装備で、十字槍も持っていないからマジで分からんかった。でもテストパイロットとしては、この上ない人選だろう。
サリエルは身体能力の高さは勿論、その精密な力の制御が凄まじい。力が有り余って壊す、なんて無様な真似はせず、限界ギリギリまで性能を引き出してくれるだろう。
「それじゃあ、適当にダンジョン回って実戦試験しよう」
「間近で見たい。俺も同行するぞ」
「リリィも行くー!」
「リリィはアンデッドに対して強すぎるから、見てるだけだぞ」
「お兄さんだってゾンビなんて相手にならないんだから、見ているだけにしてよね」
おっと、久しぶりにダンジョン潜れると思ったら、つい自分も戦う前提で話してしまった。
「……これ終わったら、『エレメントマスター』でダンジョン攻略してぇな、久しぶりに」
「いやダメでしょ。次の仕事が詰まってるんでしょ、魔王陛下」
ジト目のシモンに諫められて、肩が落ちる。
最近、お休みが欲しい魔王クロノである。
新たに配備された『ヘルハウンド』と『黒鬼』の実戦試験は、つつがなく終了した。
どちらもシモンの申告通りの性能を発揮、つまり今すぐ実戦投入できるほどに完成されたものとなっていることが確認できた。
すでにプリムによって運用実績が重ねられている『ヘルハウンド』は言わずもがなであるが、『黒鬼』の方もなかなかのものだった。
ブーストダッシュの速度に、エーテルを巡らせることでただの鉄板を越える堅牢さを誇る装甲。騎兵の機動力と重騎士の防御力をきちんと両立できていた。基礎骨格に合わせて備えた人工筋肉によって、パワーアシストも機能している。
バッテリーから供給される黒色魔力が持つ限りは、これらのパワー、スピード、タフネスは保障される。
逆に言えば、バッテリーが切れてしまえば自前で黒色魔力を補給できない大多数の兵士にとっては、重たいだけの鎧になってしまう。エネルギー残量に注意するのは当然として、エーテルを無駄遣いしないような工夫も必要だ。
その内の一つが、攻撃魔法を放つ武装を持たない点だろう。
十字教の機甲鎧は『連弾』という光の魔弾みたいな攻撃魔法を、腕と一体化したアームガンからバシバシ撃ちまくっていた。
やろうと思えば似たような武装は出来るだろうが、これを使うには絶対にエーテルを消費することとなる。
よって『黒鬼』の主武装は銃とされた。
ちょうど最近開発が完了した重機関銃『ファイアフライ』。コイツを持たせている。
普通は設置して使う重量だが、機甲鎧なら取り回しできるパワーがある。俺もゲームでは、パワードスーツ着込んでミニガン振り回したりしたことあるから、まぁ大体あんな感じだ。
重い機関銃に、大量の弾薬を背負った『黒鬼』は、それだけで十分な火力を発揮してくれるだろう。少なくとも、ゾンビの群れ程度は一網打尽であった。
まだアサルトライフルは開発中であり、連発できる銃はどうしても大型の機関銃しかない。しかしながら、ボルトアクション式のライフルでも、『黒鬼』ならより大口径の威力を上げた大型ライフルを持たせてもいいだろう。
あるいは十字教の機甲騎士と同じように、ハルバードに大盾といった近接武器をメインでもいい。武器の扱いと武技に自信がある者ならば、下手に銃を使わせるよりも近接仕様の方が扱いやすく、実力を発揮してくれるかもしれない。
ベースとなる『黒鬼』そのものはすでに完成されているので、後は戦況や個人の資質に合わせたバリエーションがあればいいだろう————と話したら、シモンが張り切っていた。やっぱり、そういう専用装備や追加武装ってロマンだよね。沢山ありすぎると絶対、現場は面倒くさいけど。
「これで奴らの機甲鎧に対抗できる、機甲騎士団を編成できそうだ」
ひとまずは、すでに判明している敵の脅威の一つに対抗できる目途が立った。
しかしながら、『黒鬼』を装備した機甲騎士団は今までにない新設の部隊となる。運用実績は皆無。強いて言えば、俺の『重騎兵隊』が似たような感じといえるくらいで、それもまだ十分な戦歴があるとも言えない。
上手く効率的な部隊運用ができるのかという問題。
それから当然、補給と整備の問題もある。
『黒鬼』は古代鎧ではないが、現代の魔法技術の粋を集めた最新兵器だ。そこらの町の鍛冶師や魔術師が、おいそれと弄れるものではない。
乗り手となる騎士は勿論のこと、整備士など専門の技術職も育成しなければ。
「折角、直近でベルドリア攻めが控えているからな……何とか間に合わせて、実験的にでも機甲騎士団を投入したい」
うーん、これはまたシモンに無理を押し付けることになるかもしれん。
エルロード帝国皇帝である魔王クロノは、ヒトモノカネは融通できても、納期という名の時間を延ばすことはできない。誰か、自由自在に時を操れる系の能力者の方はおりませんか。帝国軍はいつでも募集中です。
「間に合わなかったら、重騎兵隊だけでもいいか……」
『ヘルハウンド』の頭数が揃った、というだけでも十分に凄いことだからな。野心のある王様だったらこれだけで、「もしかして余、大陸統一できるんじゃね!?」と勘違いしそうなくらい強力かつ万能な戦力となる。
俺の直下となる重騎兵隊員は、一刻も早く『ヘルハウンド』の操縦に習熟すべく、日夜厳しい訓練に明け暮れているようだ。ダキアの田舎村で暇を持て余した時のように、俺ももう少し時間を空けて彼らに古代鎧の戦闘の稽古を直接つけてやりたい。
ここでブーストをバーっと吹くんだよ! とか、今度は言わないよう気を付けたい。あんまり俺も、フィオナのこと言えないんだよな。
「それにしても……プリムの成長は著しかったな」
シモンが気にしていたように、プリムの魔力量が明らかに上昇していた。
古代鎧はバッテリー式ではなく、装着者の魔力をそのまま使う方式だ。よって本人の魔力量がダイレクトに出力に反映される。
改良が施され、新たに専用機となった『ケルベロス』は、『ヘルハウンド』に比べてエーテル消費も激しくなっている。その分、大幅な出力上昇にも繋がっているのだが……今日の試験でプリムは、その上がった性能を遺憾なく発揮していた。
終了後も、特に消耗したようには見えなかったし、どう考えても以前よりも遥かに魔力量が上昇したとしか考えられない。
これは確かに、加護でも授かったか、と考えるのも無理はないな。
「でも、いきなり伸びることもあるし」
なんだか受け答えも怪しかった最初の頃とは違い、二度の戦争を経験したことで、プリムも大きく成長したのだな、とちょっと感動。
今こそ彼女の成長期。これからも重騎兵隊のエースとして頑張ってもらいたい。