第870話 試作兵器(1)
強烈な日差しが燦燦と降り注ぐアトラス大砂漠。広大な砂の海に浮かぶ巨大な砂漠船、その甲板に俺達はいる。
「ええー、皆さま、本日は魔導開発局の試作兵器実験にお集まりいただき、誠にありがとうございます。我々の研究成果の一端をお披露目させていただき、えー、これからの帝国を発展させる魔法技術の礎として————」
などと、若干の棒読みで堅苦しい挨拶を述べているのは、魔導開発局長を務めるシモンである。
帝国軍将校の正装である学ラン風の軍装に、白衣を羽織った格好。ここ最近はずっと目の下に隈を作っていたが、今日は人前に出るためか顔色は良い。ように見えるが、アレは化粧で誤魔化しているな。
シモンがそんな風に身だしなみを取り繕っているのも仕方がない。
この場には俺、つまりエルロード帝国皇帝が臨席するとあって、格式ばった公的なものとして扱われている。
俺の他にも、リリィ元帥閣下を始め、ジョセフ大将、ウィルハルト中将、以下帝国軍幹部が勢揃い。フィオナ含め『アンチクロス』メンバーも全員が揃っている。
他にも軍の将校達も大勢、出席しており、甲板上は結構な大所帯と化している。
帝国軍発足にあたり俺は自分で幹部を選抜したが、彼らの下につく者達までは選んでいない。そもそもパンデモニウムとなった時点で、俺一人の手に余る数の人材がいるのだ。素人の俺が的確な人事などできるはずもなく……基本的にはリリィ達が必要な人材をそれぞれ選び、最終的には皇帝である俺が承認するという形式的な過程を経て、彼らは帝国軍の将校へと任じられるのだ。
そういった者達が何十、何百といて、帝国軍という数万規模の組織が運営される。
そして人が集まれば自然と派閥も形成されるもので……帝国軍には四つの派閥がすでに出来上がっていた。
まずはリリィが育てたホムンクルスと、忠実に洗脳したカーラマーラ人の、パンデモニウム派閥。トップたるリリィがいるから当然だとしても、忠実無比なホムンクルスは魔王である俺の傍仕えから、第五階層の中枢区画やシャングリラの司令部といった帝国軍の最高機密がある場所での働きをほとんど独占しているため、彼らの階級そのものもかなり高い。魔王と女王に認められた、正にスーパーエリートと言っていいだろう。
そういった構成メンバーであるため、派閥としては最大級であり影響力も絶大。リリィの絶対的な支配力が如実に表れている。
次に出来たのは、同じくカーラマーラ人で構成されている、大公ジョセフを筆頭とした、カーラマーラ派閥。こちらはリリィの直接的な洗脳を逃れた外周区の者達であり、ゼノンガルトもこっちの扱いになるだろう。そりゃあ、リリィには恐ろしくて直訴なんぞできないが、元々は地元ギャングのボスであったジョセフの方を、まずは頼りにするだろうからな。
それから、ウィルハルトを筆頭としたスパーダ派閥。王城にいた首脳陣と首都の防備についてたスパーダ兵が丸ごとやって来たのだから、最初から組織力はあるのだ。そしてホムンクルス頼みが多いせいで人材不足な帝国軍を支えるために、スパーダ人にはそれなりの要職も割り振っている。単純に帝国兵となるスパーダ人も多いので、すでにして帝国軍で一定の影響力を持つ。
そして最後は、アトラス派閥。連合艦隊はリリィによってあえなく返り討ちにされたが、参加した全ての国を合わせれば大国であるスパーダにも匹敵するほどだ。一度は敵対した国々ではあるため、積極的に重用しているとは言い難いが、帝国の中心であるパンデモニウムがアトラス大砂漠にある以上、彼らの存在は無視できない。
そんなワケで、派閥というか、各自が元々所属していたグループによって自然とまとまりが出来ており、今回出席している将校は、リリィのパンデモニウム派閥以外の者達が中心である。
これから行う試作兵器の実験が、我がエルロード帝国において最先端の軍事技術の博覧会となるからだ。
最初は俺が個人的にシモンに頼んで、試作兵器どんな感じか見たいんだよね、と言ったらリリィやフィオナも集まって来て私も見て欲しいモノがある、とどんどん話が大きくなって……まぁ、こんな大きなイベントとなってしまった。
結果的に、俺へのお披露目という主目的と同時に、成り行きで帝国軍に所属することとなったホムンクルス以外の者達へ帝国軍の力の一端を示すという、アピールも兼ねることとなったのだった。
「まずご紹介いたしますのは、すでに皆様がお乗りになっているこの船。アトラス艦隊旗艦『ギュスターブ』です」
パンデモニウムに攻め込んで来たアトラス連合艦隊を指揮したジン・アトラス王国の提督シャーガイルは、その経歴と実力を見込んで、帝国でも大砂漠を守る艦隊を任せる少将に任じている。
そのシャーガイル少将が乗り込む砂漠戦艦が、この『ギュスターブ』。
命名したのは勿論、俺だ。
「なんかアフリカで三百人くらい人食い殺した伝説のワニいなかったっけ?」
「ギュスターブ」
とサリエルからあやふやな記憶を確かめて、伝説の人喰いワニから名前を頂戴した。シャーガイルはワニ型リザードマンだし、アトラス艦隊の精鋭は基本的にジン・アトラス王国の水兵となるので、ワニにちなんだ名前がいいなと思って。
三百人どころか、三千でも三万でも十字軍を食い殺して欲しいものだ。
「このギュスターブは大型の妖精通信機を備え、各艦とリアルタイムでの正確な情報通信により艦隊指揮をより正確かつ高速に実行するための、戦闘指揮所が増設されています」
ギュスターブは元々、シャーガイル自慢の乗艦であった『カイザークルール号』をパンデモニウムで大幅改修したものだ。
彼の先見の明により、テレパシー通信装置が設置されており、それによって従来の艦隊とは一線を画す指揮を行っていた。シャーガイル自身がすでに運用していたことで、より高度な妖精通信機の導入にもいち早く適応したようだ。
妖精のテレパシー通信の有用性は、すでにアヴァロン解放戦で証明されている。現代日本の知識を持つ俺とサリエルでなくても、あの戦いに参加した者は誰もが情報通信の重要性を理解しただろう。
「ただし、高度な情報通信は妖精の魔力依存となりますので、長時間の稼働には向きません。この戦闘指揮所だけでなく、帝国軍の情報通信を支えるテレパシー通信を妖精の力のみに頼らないよう改善してゆくのが、今後の大きな課題となっております」
デジタルな情報通信に匹敵する効果を妖精達は発揮してくれているが、根本的に彼女達の人力で回しているという問題がある。アヴァロン解放戦でも、首都攻略の最中はずーっと通信しっぱなしだったので、作戦に従事した妖精達は皆、疲れ果ててしまっていた。
お陰で、めちゃくちゃクレームがついて、彼女達のご機嫌をとるのにえらい苦労をすることに……と、妖精の酷使も抑えるためにも、テレパシー通信の改良は優先課題である。
妖精が一斉にストライキを起こせば、帝国軍は瓦解するからな。
「戦闘指揮所の内部はすでにご覧になったかと思うので、早速、ギュスターブの目玉である主砲の説明に入らせてもらいます」
シモンが手を向けた先には、甲板に鎮座する主砲がゴウンゴウンと唸りを上げて砲塔を旋回させ始めた。
大規模な攻撃魔法を放つための大砲のような兵器は、戦艦クラスの大型艦には搭載されている。その兵器の形状や仕組みは各国様々であるが、やはりこの世界において最も洗練されているのは、古代兵器の砲であろう。
「この第一主砲は第五階層の格納庫で保管されていた、天空戦艦の副砲の予備パーツを組み上げて搭載したものです。シャングリラにある副砲と同一のものとなります」
本来は副砲とはいえ、元々が超ド級の巨大戦艦に搭載されているものだ。それを丸ごと現代の砂漠戦艦に乗せれば、サイズ的には立派な主砲となる。
実際、副砲一門でも十全に稼働すれば現代ではそれだけで絶大な火力を誇るし、運用面においても一つ撃てるようにするだけが動力のエーテル供給の面でも限界に近い。
「まずは試射にて、威力のほどをご覧ください。シャーガイル提督、お願いします」
「うむ。第一主砲————撃ぇっ!!」
ドォン!
轟音と震動を感じるが、甲板にいてもこの程度ならば発射音と衝撃はかなり緩和されているのだろう。流石は古代兵器、こんなところでも制御が行き届いている。こうでもなければ、甲板に大勢集まった状態で主砲をぶっ放したりはしない。
そうして咆哮を上げた第一主砲は、ターゲットである数キロ先に示された赤い煙を上げる岩場へと砲弾を放つ。
エーテルの輝きを帯びた砲弾は赤い光の尾を引いて————着弾。
ズドドド、と岩場を砕く爆炎を噴き上げた。見事、命中である。
「おおおぉ……」
「何という威力。上級攻撃魔法を軽く超えているのではないか」
「止まった的を狙ったとは言え、かなりの精度だろう」
「これが古代兵器の威力なのか」
非常に分かりやすいデモンストレーションを前に、古代兵器の力をまだ見たことがなかった者達は大きくざわめいた。
俺達からすれば、今更驚くようなポイントは何一つないが、それはそれとして、天空戦艦の副砲が現代の艦に搭載しても十全に稼働している、ということが確認できただけでも大きな成果と言えるだろう。
「続きまして、第二主砲の試射を行います」
ざわめきもほどほどに収まったところで、艦後方に搭載された第二主砲が放たれる。先よりも大きな音と衝撃を轟かせて、同じようにターゲットされた岩場へと放つ。
着弾と共に、濛々と粉塵が舞い上がる。
「さっきのよりも、爆発は小さいな」
「だが発射音は大きかったぞ」
「威力に劣るのは間違いない」
「うむ、違いは一目瞭然だな」
「いやしかし、従来の大砲と比べれば圧倒的な威力と射程ではあるだろう」
再度ざわめきが起こるのは、第一と第二、二つの主砲の威力の違いが明確に示されているからだ。
「第二主砲は、本物の古代兵器である第一主砲を模倣して造り出したものです。ご覧の通り、第一主砲と比べれば威力、射程、精度、全ての面で劣りますが、これは現代の技術で生産可能な兵器。つまり、増やすことができるのです」
古代兵器は強力無比だが、現代の魔法技術では再現不可能なものがあまりにも多い。入手手段は遺跡から発掘するより他はなく、発見したとしても稼働できるかどうかは分からない。
正しく冒険者が追い求める古代の財宝も同然。数を揃える安定供給など、絶対に無理な代物だ。
「素晴らしい。この第二主砲が帝国海軍の艦砲のスタンダードとなるだろう」
列席する将校の一人が、手を叩いて賞賛の声を上げるが、正しく彼の言う通り。
本物の劣化模倣品といえども、現代水準からすれば次世代型と呼んでも過言ではない性能を誇る。この威力を魔術師部隊だけで再現しようと思えば、どれほどの実力を求められるか。
少なくとも、鍛え抜いたエリート魔術師部隊を育てるより、模造主砲を生産する方が安上がりだろう。
「第一と第二、二つの主砲の威力をもう少しご覧に入れましょう。次は動く標的に対しての砲撃となります」
ドォン! ドォン!! と轟音を大砂漠に響かせて、主砲の試射が続く。
その優れた威力を目の当たりに、将校達は感嘆の息を漏らし、強大な兵器の完成に惜しみない賞賛を送った。
「えー、主砲の試射は次で最後となりますが……その前に、ご紹介します」
「フィオナ・ソレイユ。『エレメントマスター』の魔女です」
「フォオナさん、それ冒険者の紹介でしょ。ちゃんと帝国軍の階級とか言わないと」
「かい……きゅう……?」
「ええー、こちらは、フィオナ・ソレイユ特務大佐です。『アンチクロス』の序列第一位、帝国最強の魔女こそが、この方です」
などと、全力でシモンにフォローされながら、のこのこ前に出てきたフィオナを、俺は唖然とした表情で見守った。
何でここでフィオナが出てくるんだ。ついさっきまで、近くの席に座っていたはずなのに。せめて一声かけてから出てくれよ。
「実は私も、試し撃ちをしてみたいモノがありまして。この場を借りて、クロノさんに見てもらいたいと思います」
「陛下をさん付けで……」
「あれは魔王陛下の威厳に関わるのではないか?」
「しかし、あの少女は魔王陛下のアレなのだろう。多少の無礼は咎められぬ」
「余計なことは言わぬに限る」
「うむ、リリィ女王も何も言わぬのだから、これで良いのだろう」
「それにしても、彼女が噂の帝国最強の魔女なのか。なんとも可憐な少女にしか見えないが」
「馬鹿者、あの尋常ならざる魔力の気配が分からんのか……紛うことなく、化け物よあの方は」
ああー、何か嫌なざわめき方してるぅ……
大勢の将校達が立ち並ぶ公の場においても、フィオナは相変わらずの態度であった。好奇の視線が殺到していても、フィオナは俺の方を向くだけで全く緊張した様子はない。
恐らく、本当に俺に対してだけ話しているのであって、ここにいる他の人は野菜が並んでいるかの如く気にも留めていないのだろう。
「静まれ。俺とフィオナは苦楽を共にした冒険者時代からの仲間であり、いずれ伴侶となる者である。俺は彼女に、堅苦しい礼儀などは求めていない。皆もそのように取り計らえ」
「ははっ! 魔王陛下の仰せのままに!!」
誰よりも早く平伏したのは、カーラマーラ大公にして帝国軍大将ジョセフ・ロドリゲスである。
弱小ギャングのボスだった頃から、リリィの無茶ぶりに振り回されてきただけある。流石の対応力だ。
「ははぁーっ!」
リリィに次ぐ帝国軍のトップが速攻で頭を下げたことで、他の者達も即座に追従し、ひとまずフィオナ登場によるざわめきは収まった。
「おおー、クロノさん、今のちょっと王様っぽかったです」
まったく、誰のせいでそんな慣れない真似をする羽目になったと……
「そんなことよりフィオナ、何を試し撃ちするのか、早く見せてくれよ」
「はい」
いそいそといつもの魔女帽子を漁って、フィオナは両手で抱えるように大きな————砲弾を取り出した。
「この砲弾は、私の工房で作ったモノです。こちらの主砲用エーテル砲弾とは異なる、別の術式を刻み込んでいます」
「なるほど。ということは、エーテル砲弾よりも優れた威力を出す自信がある、ということですね、フィオナさん」
「はい。理論上、『黄金太陽』と同等の威力となるでしょう」
マジですか。フィオナ、いつの間にそんなモノを。
秘密の魔女工房をパンデモニウムのどこかに作った、という話は聞いていたし、フラっといなくなることもあるから、そういう時に研究開発をしていたのだと思うが……
「とは言え、試作段階なので威力はまだ半分ほどに————あっ」
ゴトン! と音を立ててフィオナの手から砲弾が滑り落ち、甲板に叩きつけられた。
そして流砂の流れでゆったりと動く船上は緩い傾斜がつき、ゴロゴロと転がってゆく————俺達が並ぶ、こっちへ向かって。
「うわぁああああああああああああっ!?」
俄かに悲鳴を上げる将校達。
うん、そりゃあ今さっきとんでもない威力が炸裂するのを目の当たりにしたのだ。それを越える威力を叩き出すと豪語する新砲弾が転がって来たら、そりゃ命の危機を感じるよな。
「————『魔手』」
俺は影から一本の触手を伸ばし、転がった砲弾を拾い上げる。
「ほら、フィオナ。あんまり重たいモノを、無理して持つな」
「すみません」
グルグル巻きにして回収した砲弾を、フィオナの元へと運んで返す。
「皆、落ち着け。その砲弾は形だけのもので、爆発したりはしない。そうだよな、フィオナ?」
「ええ、本物の砲弾は第一主砲に装填されていますので。こっちの砲弾には術式は刻んでいませんから————あっ」
「……今のあっ、はなに?」
「それでは、試射を始めたいと思います」
今の「あっ」は何なんだよ!?
転がった砲弾がホントにガワだけなのなのかどうなのかは知らんが、こうでも言わなきゃ大事になると思って咄嗟に口にしたが……まさか、本当に爆発の危険性があったヤツなんじゃないのか?
フィオナ、次はサプライズとかいらないから、綿密な打ち合わせをしような。
何事もなかったかのように、例の砲弾を帽子に仕舞いこみ、フィオナは第一主砲のターゲットを示す。
そこは最初に撃ちこんだ岩場のすぐ隣の辺りだ。赤い煙が噴き出す目印に向かって、
「————撃ぇっ!!」
ズドドドドォ————
吹き上がる黄金に輝く爆炎。次いで巻き上がる分厚い黒煙の渦。
あの爆発の仕方は、確かに『黄金太陽』とよく似ている。
自らの詠唱ナシに、砲弾に刻み込んで再現した、ということだろうか。自分自身の原初魔法だから、いいや、だからこそそう簡単に術者たる自分以外で発動させるのは難しいはずだ。
一体どんな方法で、砲弾にこれほどの大魔法を込めることができたのかは分からないが、
「流石はフィオナだ。このソレイユ弾頭は敵を焼き尽くす必殺の一撃となるだろう」
「ソレイユ弾頭、ですか。とりあえず、完成と量産体制が確立できるよう、頑張りますので」
「ああ、頼んだぞ」
そう俺が満足気に頷くと、パチパチと拍手が上がった。
エーテル砲弾、と呼ばれる通常の砲弾との威力の差は歴然だ。爆発力と熱量が、明らかに違う。
岩場を砕いた砲弾に対し、ソレイユ弾頭は高熱によって溶岩化したクレーターが広がっている。ざっと見ても、その威力は倍以上あるだろう。
「むぅ、まさかこんなにあっさりと越えて来るなんて……やっぱりフィオナさん、魔法の天才なんだな」
シモンは眉根を寄せた難しい表情で、赤熱化した着弾点を見つめていた。
いいな、こうしてお互い切磋琢磨することで、より優れたモノが生まれてゆくのだろう。
「はーい、次はリリィの番だよー!」
「あっ、リリィさん、ちょっと勝手に……」
司会進行役のはずの魔導開発局長シモンを無視して、幼女リリィが現れた。
フィオナ同様、いつの間にか俺の隣を離れての登場。なんなんだ、俺に黙ってサプライズが流行りなのか。
「リリィも凄いの作ったんだから! 見ててね、クロノ!」
「ああー、えーっと、予定を変更しまして、リリィ元帥閣下が是非にということで、先にご紹介させていただきます」
フィオナに触発されたのか、ヤル気に満ちたリリィがふんす、と鼻息荒く、俺に向かってポーズをとる。うん、可愛い。
なんてしている内に、ガラガラとデカい台車に乗ってリリィの試作兵器が運ばれてきた。
「こちらは、閣下が直々に開発に携わった新兵器……というよりは、専用装備です」
「な、なんなんだアレは?」
「ふぅむ、古代の遺物ですかな」
「かの天空戦艦で、似たような部分を見た気がするぞ」
「私にはどのような代物か、全く想像がつかん」
フィオナの時とは、また違ったざわめきが起こっている。
それも仕方がない事か。登場した試作兵器は、その見た目からは全く用途が分からない。特に古代魔法に詳しくない者ならば、尚更だ。
俺がそれを見た感想は、作りかけのエンジン、といったところ。
複雑にパーツが絡み合った大きな金属の塊。何本ものケーブルが這い、剥き出しの金属部品が鈍い輝きを発している。
「もしかして、ブースターか?」
「これは格納庫にあった古代の主力兵器、戦人機のモノと思われる推進器の一部です」
やはりそうか。エンジンのような箱型の真後ろには、俺の『暴君の鎧』の背面メインブースターと似た形の噴射口がある。ロケットみたいな丸い形状ではなく、四角、というより菱形のノズルだ。
「これでリリィも、ビューンって飛べるんだよ!」
「この装備はリリィ閣下が子供の状態でも、十分な空戦能力を発揮するために開発されたものです」
なるほど、だから幼女状態で登場しているのか。
リリィは帝国の主柱と言える存在だが、唯一の弱点は変身時間に制限があることだ。幼女リリィも決して弱くない、むしろ相当に強い方になるのだが……恐らく、リリィもまた覚えているのだ。俺と同じく、アルザスでの苦い経験を。
あの時、敵の天馬騎士の襲撃を一人で抑え込んだのがリリィである。しかし変身時間に制限があることを見破られ、あからさまな遅滞戦術をとられることで二度目の戦いでは戦果を挙げることができなかった。
だからこそ、リリィは欲したのだろう。幼女のままで、天馬騎士部隊を一人で殲滅できるだけの空中戦闘能力を。
「天空戦艦の推進器と基本構造は同じで、エーテルを噴射することで高速で飛行できる強力な推進力を得ます。動力となるエーテルと、飛行の制御は全てリリィ閣下自身が行います。これは妖精の中でも類まれな力を持つリリィ閣下でなければ、操ることは不可能です」
シモンの説明が響く中で、リリィはブースターを背負うように配置についた。まるで先端にリリィが括りつけられているだけ、のように見える非常に不安な姿だ。
本当に大丈夫なのか、コレ。
「リリィ、行きまーす!」
勇ましくも愛らしい掛け声と共に、ブースターにエーテルの火が灯る。
リリィ自身の魔力がエーテルに変換され、ブースターから光り輝く赤い粒子が噴き出す。
クォオオオオオオオオオオオン————
機械音というより、モンスターの甲高い鳴き声のような不気味な音を響かせて、さらに激しく燐光を噴く————次の瞬間、凄まじい加速度でもってリリィは甲板を滑るように飛び出した。
「おおっ、飛んだ!」
その姿は、さながら空母から発艦するジェット戦闘機の如く。
晴れ渡る青い大空に、鮮やかな真紅の軌跡を描きながら、リリィはグングンと高度を上げてゆき、
ズドォオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!
爆散した。