第869話 ベルドリアの竜王子
アトラス大砂漠の最西端に、ベルドリアという小さな国がある。
西の端という立地から砂漠以外の国とも接するため、パンドラ西部からの交易品によって、それなりの貿易をアトラスの国々と行ってきた。
砂漠交易の動脈である流砂の流れがさほど太くないことから、ロックウェルなどに比べれば随分と見劣りする流通量。大陸西部からも交易路は陸路しかないので、取引量にも限界がある。
立地としては砂漠と西側を繋ぐ中継地点となるが、流通網に恵まれず目覚ましい発展は遂げられず、小国家と呼ばれる程度の規模にしかなりえなかった。
「————だが、それもここまでよ!」
大仰に両腕を広げ、力強く断言するのは一人の青年。
オレンジに近い明るい茶髪は綺麗に結い上げられた上に、上質なシルクのターバンを巻いている。
スラリと伸びた長身には、同じくシルクの衣服と、鮮やかな空色のローブを纏う。精悍な顔立ちに、緑の瞳が強い輝きを放つ。
堂々たる立ち姿と、覇気に溢れるその青年こそ、ベルドリアの次代を担う若き後継者、第一王子ラシード・マウザ・ベルドリアその人である。
「このラシードが、ベルドリアを必ずや大陸一の強国にまでしてくれよう!」
「はっはっは……頼もしいな、ラシードよ。ベルドリアはお前に任せれば安泰じゃ」
そんなラシードを眩しいものでも見るように目を細めて眺めるのは、ベルドリア国王である。
往年の勢いをすっかり失ってしまった、痩せ細った体。豊かに蓄えられた顎髭も今や萎びたようになってしまい、年齢以上に老け込んで見える。齢20となったばかりのラシードと並べば、親子というよりは祖父と孫のように見えるだろう。
だが、それも致し方ないこと。ベルドリア王の体は数年前より重い病に侵され、明日とも知れない命となっている。
「お任せあれ、父上!」
弱弱しい父親の姿に反して、ラシード王子は玉座の間に響き渡るように溌剌とした声を上げた。
今日は珍しく体調が良かったために、国王は久しぶりに玉座へついている。
玉座の間の中央には舞台の主役のようにラシードが立っているが、その傍らには国を支える大臣や将軍も勢揃いであった。
「国王陛下、どうぞあちらをご覧ください。ラシード殿下が成し遂げられた、素晴らしい成果をお見せいたしましょう」
大臣の一人がにこやかな笑みを浮かべて、玉座の間の壁面にある大きな水晶窓を示す。
窓の外に広がるのは薄っすらと白雲が棚引く青空。強烈な砂漠の日差しが照り付ける、晴れ渡った大空である。
そこに点々と影が浮かび上がったかと思えば、それはすぐに巨影となって飛来した。
「おお、あれは竜騎士か」
「その通り……だが、ただの竜騎士ではないぞ!」
ラシードが自信気に、綺麗な編隊飛行をする竜騎士の部隊を指す。
複数の部隊が次々と大空を縦横無尽に駆けてゆく様は、正しく空の覇者を示す勇壮なものだ。しかしながら、長年国王として君臨してきた男には、これまでの竜騎士との違いをすぐに見抜いた。
「ふむ……随分と立派な飛竜ばかりだな。よくぞ、あれほどの竜を集めたものだ」
ベルドリアにはワイバーンが多く住む巨大な渓谷、通称『飛竜谷』が広がっており、古来より竜騎士団を保有していた。小国家ながらも伝統と格式、そして何より強力無比な空中戦力である竜騎士は、ベルドリアの誇りであり象徴でもあった。
竜騎士団は国王直属の最精鋭部隊であり、当然、今代のベルドリア王も国の最高戦力である竜騎士達を間近で見てきた。
故に遠目で編隊飛行を眺めているだけで、すぐにでも気が付いたのだ。彼らが駆るワイバーンは、自分が知るものよりも大きい。それも隊長が駆る一騎だけでなく、全てが大柄な個体である。
通常よりも、明らかに一回り以上は大きい。これほどの体躯を誇る個体は、そうそういないはずだった。
「流石は父上、一目で見抜くとは。しかし、あのワイバーンは飛竜谷より狩って来たものではない」
「ほう、だがあの黒灰色の鱗は我らがベルドワイバーンに相違なかろう。他所から買ったわけではあるまいに」
「ふっ、この竜の国ベルドリアが、他国から竜を買うなど笑い話にもならん。あそこに飛んでいるのは全て、我が国の誇るベルドワイバーンに違いない————ただし、この俺が全て卵から育て上げたものだ!」
「なんと、まさかラシードよ、ワイバーンの完全な育成法を!?」
驚愕に目を見開く父親の反応に、ラシードは得意満面の笑みを浮かべて答えた。
「如何にも! 長年の研究の末、俺はついにワイバーンの育成法を確立した!! それも、ただ成体にまで育てるだけではない。より人の命に従う調教に、さらには通常よりも優れた体躯にまで成長させる方法を見つたのだ」
ワイバーンはドラゴンの中でも下級の種である。炎や雷などのブレスを吐くこともない。
だがしかし、猛獣を越える巨躯に、鋭い爪と牙、鱗と甲殻の硬い守り。そして何より大空を自由に舞う飛行能力。ドラゴンの系譜に連なるに相応しい、強力な身体能力を誇る。
故に、家畜や犬、馬、といった人が飼う動物のように、容易く飼いならすことはできない。
ベルドリアにおける一般的な竜騎士となる方法は、騎士として修練を重ねた後に、飛竜谷に赴き自らの力のみでワイバーンを捕らえる、というものだ。
狂暴な飛竜だからこそ、それに勝る力を見せつけなければ、決してその背に乗せるのをよしとはしない。そして、そういった関係性だからこそ、騎士と騎竜の絆もより強固なものとなる————だが、そんな従来通りの方法では、あまりにも竜騎士となれる人材が少なすぎる。
そこで自ら飛竜狩りをせずとも、竜騎士となれるようワイバーンを卵から育てて養殖し、雛の頃から調教をして人に慣れさせる、一連の育成法は昔から研究されてきた。
しかしそれが成果を出すことはなく、ワイバーンの育成は不可能と言われてきた。つまりラシードは、その不可能を可能としたのだ。
「おお、素晴らしい……素晴らしいぞ! ラシードは幼い頃よりドラゴンに夢中であったが、まさかワイバーンの育成法を確立するにまで至るとは。これはベルドリアの歴史に残る功績となろう。存分に誇るが良い」
「ああ、ドラゴンに対する熱意では誰にも負けぬ! だが、これも父上の深い理解と力添えがあってのこと。俺のワガママをずっと聞いてくれて……本当に、感謝している」
ワイバーンの育成法の研究は、誰にでも出来ることではない。
そもそも竜騎士団は国の最高戦力であり、その詳細は国家機密に近い。ただの学者や研究者が、申請すればすぐにでも見せてくれるようなものではない。
だが王太子ラシードとなれば、次代の竜騎士を従える王として、隠すことは何もない。幼い頃より間近で竜騎士団とその騎竜を観察できる立場であり、また国王から多大な直接支援による研究を行うこともできた。
ラシードのドラゴンに対する熱意と才能、そして押しも押されぬ第一王子という立場が、ついにワイバーン育成法を完成させるに至った。熱意、才能、環境、どれか一つ欠けても成し得なかった偉業である。
「————だが、驚くのはまだ早いぞ、父上」
「ほう、これ以上にまだ何かあるというのか」
「うむ、これを見よ!」
窓の外に広がる空には、竜騎士達が左右へ散開して離れてゆく姿が見えた。編隊飛行のお披露目は終了となったが、その代わりに現れたのが、さらに大きな影である。
通常のワイバーンが全長7メートルほどとすれば、ラシード自慢の育成個体は10メートルに迫る。しかし今、空に舞うのは10メートルどころではない。
大柄に育ったワイバーンと比べて、遥かに大きい。そのサイズは実に倍、いや三倍以上はある。
圧倒的な巨躯を誇る新たなドラゴンは、青い空と相反するような、真紅の色合いをしていた。
「あれは、まさか……サラマンダーではないか!?」
よもや王城の上空に火竜が現れるとは、前代未聞の一大事である。
思わず近衛と竜騎士団の緊急出撃を叫びそうになった国王だったが、その目は悠々と大空を舞うサラマンダーの姿を正確に捉えたことで、出撃命令は喉元で止まった。
いくら病に倒れようとも、まだ耄碌した覚えはない。見間違いでなければ、飛来するサラマンダーの背には、確かに人影が跨っていた。
「どうだ、父上。史上初の、サラマンダーの竜騎士は!」
「お、おお……本当に、あのサラマンダーを従えておるのか……」
ランク4モンスターのサラマンダーは、最も有名なモンスターと呼んでも過言ではない。
鮮やかな赤い鱗。ワイバーンとは一線を画す巨大な体躯。そして口腔より吐き出す灼熱のファイアーブレス。モンスターといえば、ドラゴンといえば、多くの者はまずサラマンダーの姿を思い浮かべるだろう。
パンドラ大陸全域に渡る生息域の広さと、典型的なドラゴンの姿と特徴、そして圧倒的な強さから、モンスターの代名詞となるのも半ば当然。あまりにも有名であるからこそ、誰もが、ベルドリアの国王でさえも、飼いならそうなどとは思わない。
サラマンダーとは常に、冒険者や騎士によって討たれるべき強大な魔物。決して、その狂暴な竜の本能から、人に屈することは決してない……はずだった。
「流石に一筋縄ではいかなかったが、苦労と犠牲の甲斐はあったぞ。この俺はついに、サラマンダーの育成法をも編み出したのだ!」
野生のサラマンダーを調教するのは不可能であった。しかし卵から孵して雛から育てることで、ようやく可能性が生まれる。無論、極僅かな、完全に人に慣らすためには多大な労力をかけることになるが。
そのコストと育成の難しさは、ワイバーンの比ではない。
だがしかし、それだけの価値がサラマンダーにはある。
「如何でしょうか、父上。これこそが俺の成果……そして、過日のカーラマーラ侵攻に反対した理由である」
「うぅむ……」
思わず、と言ったように国王は唸る。
半年ほど前、ジン・アトラス王国の大々的な呼びかけによって結成された、アトラス連合艦隊。大砂漠の中心地として長らく栄華を享受し続けてきたカーラマーラを攻め落とす千載一遇の好機と見て、空前絶後の大艦隊が派遣された。
結果的に、ベルドリアもその連合艦隊の末席に連なることとなったが……参加するか否か、王宮を真っ二つに割るほどに意見が紛糾したという実情があった。
賛成派は砂漠海軍を統べる将軍を筆頭とした派閥が。理由は勿論、この戦いに参加しなければカーラマーラという巨大な利権をみすみす他国に明け渡すこととなってしまう。
ただでさえ小国家と軽んじられるベルドリアだ。ここで大きな活躍を遂げれば、必ずや多大な国益をもたらすであろう————と、あくまで勝利を前提とした意見である。
対する反対派は、ラシード王子を筆頭とした派閥である。誰の目にも明らかなほど竜騎士に執心し肩入れするラシードは、砂漠国家の主力たる海軍よりも、最強を名乗るが少数精鋭に過ぎない空軍を重要視しており、自然とそちら側の者と派閥を形成するに至っていた。
たとえカーラマーラ攻めが成功したとしても、それで海軍が功績を上げれば形成は決定的となる。派閥対立という理由だけで、反対するには十分だったが……ラシードには、絶対的な自信があったのだ。
「俺が確立した飛竜の育成法をもって、これよりベルドリアは竜騎士による空軍戦力の拡充を推し進める。そうだな、ひとまずは————竜騎士、千騎を揃えて見せよう」
「なんと、竜騎士を千も!」
「繁殖、孵化、育成、その全てにおいて抜かりはない! まだ正式に任命こそしていないが、すでに空を飛び戦えるだけの訓練を積んだ新たな竜騎士見習いが200人は揃っている」
ベルドリアの竜騎士団は伝統的に総勢50名前後である。少ない時は30人、どんなに多い時でも70人を超えることは一度もなかった。それが竜騎士にまで至れる人員の限界だったのだ。
しかし過酷な飛竜狩りをせずに、完璧な養殖と調教が可能となれば、その数が飛躍的に増えるのも当然であった。そしてラシードはすでに結果を出している。
「父上が認めてくれれば、俺は三年以内には必ず千騎の竜騎士を揃えて見せる! サラマンダーの竜騎士も、十騎は用意しよう。想像してくれ、千もの竜騎士が空を舞い、それを十のサラマンダーの将が率いる雄姿を!!」
少なくとも、千騎もの竜騎士を揃えている国はパンドラ大陸には存在しない。
最大の竜騎士を保有していると目されるラグナ公国でも、その半分の500騎がいいところ。アヴァロンも精強な竜騎士団を誇ることで有名だが、それでも総数は300を下回るだろう。
「ドラゴンこそ最強。そして、そのドラゴンを従える竜騎士が最強の戦力にして、空を統べる者こそが覇者となるのだ!」
夢物語としか思えないラシードの口上だが、それを肯定するかのように窓の外には続々と竜騎士が飛来してくる。
本来の竜騎士に加えて、見習いまで動員しているのだろう。ベルドリアの空に、いまだかつて見たことがないほどの竜騎士達が飛び交う。
「パンデモニウムの女王リリィ、と言ったか。寄せ集めの烏合の衆に過ぎん連合艦隊を、古代遺跡の力で返り討ちにした程度で、随分と調子に乗っているそうではないか。確かに、砂漠の流砂を操る力は、この大砂漠に生きる者にとっては、女神アトラスの御業が如き強大なものに映るだろう————だが、空を征くドラゴンには関係がない」
国王のみならず、集った者達も「おお」とざわめく。
ベルドリアにもパンデモニウムからの使者が、降伏勧告にやって来ていた。連合艦隊に参加した海軍戦力を丸ごと拿捕され、素直に下るべきでは、と弱気な発言をする者も少なくはない。
リリィ女王は本当に流砂を操る力を持っている。これに対抗する術など、アトラス大砂漠の住人にはとても思いつかないであろう。
「空を飛ぶ巨大な古代兵器もあるとの噂だが、それも俺の作る最強の竜騎士団の敵ではない。どれほど大きな船が飛ぼうが、千の飛竜と十の火竜に集られれば、すぐにでも沈んで……いや、そのまま乗り込んで、奪ってしまうのがいいだろう。うん、それがいい、空飛ぶ船があれば、竜達を載せることもできそうだしな! ふはは、夢が広がるぞぉ!!」
酒でも飲んだかのようにテンションを上げていくラシードだが、その姿に冷めた視線を送る者は一人もいない。
彼が整えつつある圧倒的な空中戦力が、ただの世迷言ではなく現実に可能な話として受け入れられてゆく。
「どうだ、父上。連合艦隊なんぞに一騎も竜騎士を載せなくて良かっただろう。焦って他国と競争など、する必要はないのだ。このベルドリアが最強の竜騎士団を結成した時こそ、アトラスの覇権を握る時となる!」
「うむ、これも運命というものか。ラシード、我が自慢の息子よ。ベルドリアの未来を、お前に賭けようぞ————近い内に、王位を譲ろう」
「おお、父上!」
「竜騎士団の拡充、存分に行うが良い。余は最後の仕事として……聖杯同盟へと加わろう。これよりパンドラには白き神の教えが取り戻される。我ら十字教徒の悲願が成される時。ラシードよ、この新たな時代に大いに羽ばたくがよい」
ベルドリア王は、もう思い残すことなど何もないと言わんばかりに穏やかな顔で、愛息子へとそう語るのだった。
「————というワケで、ベルドリアにはいっぱいワイバーンがいるの」
お馴染みの司令室にて、リリィがホログラムの資料と共にプレゼンをしてくれている。
ベルドリアは、連合艦隊参加国の内でパンデモニウムに下らなかった唯一の国だ。
この国自体はさしたる脅威にはならないが、十字教勢力に与しているのは明らかであり、ネロの大遠征軍がパンデモニウムを攻める際には橋頭保の役割を果たすだろうと推測される。これは俺達がアヴァロン解放に挑むよりも前に分かり切っていたことであり、何もなければベルドリア制圧を優先していただろう。
無事にアヴァロン解放を完遂したことで、こちらに目を向ける余裕が出来たわけだが、
「なるほど、ワイバーンの育成法か。大したもんだな」
飛竜谷と呼ばれるワイバーンの産地があるベルドリアは、小国家ながらも古来より竜騎士団を保有していた。
しかし現代になって、ベルドリアの若き王太子ラシードが不可能と思われたワイバーンの育成法を確立した。これによって、急速に竜騎士団の拡大が図られているとのことだ。
「すでに西側の十字教勢力から、随分と援助も受けているそうよ」
「西側の国か……聖杯同盟はそっちの方まで及んでいるのか」
「ごめんなさい、こっちはまだあまり情報が集まっていないから詳しいことは分からないわ。けれど、それなりの規模で十字教勢力が潜伏しているのは間違いないわね」
パンドラ大陸の西側には、これまで全く関りがなかったので、その情勢には疎い。
俺が最初にいたダイダロスは大陸中部の最東端に位置する国で、ガラハド山脈を越えた先のスパーダも、立地としてはかなり東寄りとなっている。アヴァロンまで行くと、中央寄りである。
アヴァロンの西側には複数の小国家が点々と散らばり、人の住めない大森林や山脈などもあり、大きく発展した国は近くにはない。アヴァロンから西は辺境と呼ぶべき地域となる。
大陸中央を横断するように走るレムリア海に浮かぶルーンは、大陸のほぼ中央でやや北寄り、くらいの立地だ。
ルーンからレムリア海を西へと進めば、この内海は徐々に広がりを見せて、多くの発展した海洋国家と面することになる。
スパーダとアヴァロンが大陸東側を代表する大国とすれば、これに匹敵する大国が西側にもまた存在している。それらが果たして、十字教勢力なのかどうかは未知数だ。少なくとも、何れも人種構成は人間が過半を越えているので、どちらであってもおかしくない。
アヴァロンで長らく諜報活動に従事していたアハトからの情報によれば、アリア修道会を仕切る黒幕であるグレゴリウスは、西側諸国を聖杯同盟へ引き込むために、レムリア海を渡り西へと向かった……という報告もある。
最悪の場合、西側全てが十字教勢力と化してしまうことも想定しておかなければ。
「大陸南西部で大きな国といえば、ラグナ公国とヴェーダ法国ね」
「この二国が十字教になることはないだろうが、どちらも素直に協力するとは思えないからな」
黒竜大公と呼ばれる黒竜族が支配するラグナ公国は、ヴァルナ森海を西に越えた先にある。そういえば、極狼会のオルエンがここ出身だったか。
竜王ガーヴィナルと同じ、圧倒的な力を誇る黒竜が治めているが、ダイダロスとの違いは、黒竜族が複数いることだ。第七使徒サリエルと真っ向勝負で瀕死に追い込めるガーヴィナル級の奴らが何人もいるとか……勝てるかそんなん。パンドラ最強国家、との呼び声があるのも頷ける。
あまりに黒竜の脅威が有名なため、喧嘩を売る国は歴史上で見てもそうそうなく、実際にどの程度の戦力を保有しているのかは未知数な部分が多い。
同じ黒竜であるベルクローゼンのように、上手く話し合いで同盟でも結べればいいのだが……今はまだ、そこまで手出しはできない。
もう一方のヴェーダ法国は、非常に独特な文化と宗教を持っているらしい。十字教とは似ても似つかない、この独自の宗教があるため奴らに寝返ることがまずありえないのは安心だが、どうも武を尊ぶ文化のようで、良くも悪くも我が強い。
ラグナ公国がなければ、ヴェーダ法国は大陸統一に乗り出している、と長年に渡って噂されるほど血の気の多い国である。こちらはラグナと違い、周辺に接する国々とは年中、小競り合いを続けているそうだ。
「西側に対する備えのためにも、ベルドリアは早いところ抑えておかないとな」
他国の支援を受けて強大な竜騎士団を結成されれば厄介だし、これを機に西側の国々が十字教勢力としてまとまってしまうのも困る。
ラグナ公国より南側、ベルドリアから西側、にあたる大陸南西部の隅の方は多くの小国家が入り乱れる地域となっている。争いも絶えないようで、毎年どこからしらが攻めたり、攻め込まれたりしているそうで、国家の入れ替わりも激しいそうだ。
だがアヴァロンに潜伏していたアークライト公爵のような十字教徒を思うと、そういった紛争も単なるブラフの可能性も出て来る。聖杯同盟によって、相争っていたように見えた国々が突如として十字教の名の下に結束してもおかしくない。
事実、そういう国々が出てきているから、ベルドリアへの支援も始めたのだろう。
「とうとう俺も、他国を侵略する側になるのか」
「うん、頑張ろうね、クロノ!」
これぞ無邪気な残酷さか。リリィの眩しい笑顔は純粋そのものである。
「リリィ、ちょうどワイバーンが欲しかったの」
「そうなのか。なんで?」
「シャングリラに、もっとイッパイ載せるの!」
なるほど、折角の天空戦艦だ。艦載機も大量に配備すれば、一端の航空戦力として運用できる。
天空戦艦は強力無比だが、その分、制約も多い。それを補うためにも、竜騎士団を揃えるのは有効的だ。
「そうだな、じゃあベルドリアで飛竜狩りと行こう」