特別企画 『クラスチェンジ体験教室 ネル編』
2022年3月11日
今回は特別企画として『黒の魔王』の短編をお送りいたします。
知っている方はタイトルでお察しかと思いますが、かつて書籍版のオマケで書いた短編『クラスチェンジ体験教室』のネル版となります。細かいことは気にせず、お気軽に読んでいただければ幸いです。
イスキアでの戦いを終えて、勲章授与やら諸々を含め、ようやく平和な神学校生活が戻って来た。
そんなある日、授業を終えてオンボロ寮への帰り道を歩いていると、
「うわっ、またやってんのかアレ……」
思わずそう呟いてしまったのは、屋外演習場の入口にデカデカと掲げられた看板が目に入ったからである。
『クラスチェンジ体験教室・ダンジョン探索初級編』
そう書かれた看板を見て、俺の脳裏には俄かに苦い記憶が蘇る。
クラスチェンジ体験教室なんて面白そうだな、ちょっと『エレメントマスター』で挑んでみるか、と軽い気持ちでやったのが運の尽き。俺は『治癒術士』、リリィは『剣士』、フィオナは『射手』と見事に普段と違うクラスになりきってチャレンジしたのだが……惨憺たる結果に終わった。二度とやるかあんなクソゲー。
そう心に誓ったものの、後日、ウィルとシモンと組んで挑んだら驚くほどあっさりクリアできて、かえって怒りが増した。やはりクソゲー。
「つーか、ダンジョン探索初級編ってなんだよ」
前回もダンジョン探索風だったじゃないか。ただゴブリン的な雑魚敵が湧くだけの一本道だったが。
「クロノくん、クラスチェンジに興味があるんですか?」
「うおっ、ネル!?」
「はい、ネルですよー」
と、驚く俺のリアクションが可笑しかったのか、悪戯っぽい笑みを浮かべて手をひらひら振ってネルが挨拶をくれた。
「どうしたんだ、こんなところで。今日は魔法の授業はなかったはずだけど」
「通りがかりで姿を見かけたから……お邪魔、でしたか?」
「とんでもない。ちょうど暇していたところだ」
今日の授業は終わったし、リリィもフィオナも用事でそれぞれ今日はちょっと帰りが遅くなると言う。俺自身もこれといった用はない。
「そうですか! 実は、私もちょうど時間が空いてしまって」
なるほど、そうなのか。しかし、だからといって今から魔法の講義をしてくれよ、とは頼めないな。ネルにだって準備はいるだろうし。
「よろしければ、私とクラスチェンジ、体験してみますか?」
「えっ」
「熱心に眺めていましたし、クロノくんも気になっているんですよね」
「いや、まぁ、気になるというか……ネルはやってみたいのか?」
「私は幼い頃から、治癒術士一筋でしたから。イスキアでのこともありますし、やはりもっと色んな経験を積まなければ、より良い成長は望めないのではと実感したところですので」
うっ、ネルの気高い志が眩しい……クソゲーなどといって避けようとしていた自分が恥ずかしい。俺もそれくらいの向上心を持たねば、使徒には太刀打ちできないか。
「よし分かった。そういうことなら、是非とも挑戦しないとな」
「えっ、本当にいいんですか? その、私と……二人で、なんて……」
「ダメに決まってんでしょ!」
突如として、第三者による否定の言葉が挟み込む。
「あっ、お前は」
「シャル!? ど、どうしてここに?」
赤いツインテールとマントを翻し、小柄で平坦なスパーダ第三王女シャルロット・トリスタン・スパーダの姿がそこにあった。
「ふん、私にかかれば王城なんていつでも抜け出せるわよ」
「またそんな勝手なことを……絶対に怒られますよぉ?」
「もう充分怒られたんだから、これ以上は怒られないわ。今が最底辺だから、後は上げるだけ!」
いやその理屈はおかしくない? 新たに罪を重ねれば、当然、新たな罰が重なるだけなのでは。
とはいっても、俺の事をやたら敵視しているシャルロット姫に、正論など通じないだろう。
「シャルといえども、邪魔をするなら、私が怒りますよ」
「私も今は騒がれると困るし————しょうがないから、私も参加するわ、クラスチェンジ!」
「ええぇー」
と拗ねたような言い方をするネルが、いつにも増して子供っぽくて可愛らしい。
やはりシャルロット姫は気心の知れた幼馴染だけあって、素に近い接し方ができているせいだろう。僅かなやり取りで、二人の深い仲が窺い知れる。
ほら、今も顔を寄せ合って仲良くヒソヒソ話である。
「ダンジョン型の演習場は中が薄暗いし、あんな男と二人きりにさせたらナニされるか分かったものじゃないからね」
「そ、そんな、クロノくんと二人で、ナニも起こるはず、ないじゃないですかぁ……」
「まぁ、いいんじゃないか、三人でやれば。こういうのは、パーティ組んでこそだろうし」
ネルとシャルロット姫でゴニョゴニョしているようだが、別に俺としては構わない。
上手くいけば、シャルロット姫との関係性の改善ができるかもしれないし。
「ふふん、今回はアンタの存在を認めてあげるわ。さぁ、行くわよ、速攻で完全攻略してやる!!」
「えっと、それでは、よろしくお願いしますね、クロノくん」
「ああ、よろしくな」
意気揚々と体験教室会場へと突き進むシャルロット姫を、俺とネルは追いかけた。
というワケで、大人しく順番待ちをすることしばし。ようやくダンジョン演習場へ入場となる。
今回のクラスチェンジ体験教室も、以前に受けたのとルールは同じ。
自分とは異なるクラスを選択すること。
装備品と使用可能な魔法・武技はクラス毎に設定されたもののみ使用可能。
最大でもランク2程度の実力までしか発揮してはいけない。勿論、加護も固有魔法も禁止。
一定の強度を持つ光の防御魔法を体力代わりとして、これを破られたら攻略失敗。
パーティの場合は、一人でも死亡判定を貰えば攻略失敗。
上記のルールに違反する行動をした時も、同様に失敗扱いとなる。
とまぁ、ざっとこんなもんだ。要するに、装備もスペックも新人冒険者になり切って、ルールを守って楽しくプレイしてね、ということである。
「俺は『治癒術士』だ」
「わぁ、神官服も似合いますね、クロノくん!」
「あっはっは、完全に不良神官じゃない! 破門されてそぉー!」
キラキラした素敵な微笑みで褒め称えてくれるネルに対し、指をさして笑うシャルロット姫である。
「もう、笑うなんて失礼ですよ、シャル。それに、人を指さしてはいけません」
「ええぇ、だってー、ぷくく」
正直、シャルロット姫の反応の方が、正しいと思ってしまう。俺の顔で聖なる衣装着てたら、そりゃあ、ねぇ?
「俺のことは気にするな。それより、二人は何のクラスにするんだ?」
「私は『剣士』よ!」
「えっ、シャルって剣を持ったことあったのですか?」
「昔は私もアイク兄様と一緒に稽古をしたものよ。でも、あまりにも魔法の才に恵まれ過ぎたせいで、それからは雷魔術一筋ね」
えらく自信満々に言っているが、要するに剣術はチャンバラごっこで遊んだ子供と同レベルの経験値ということだ。絵に描いたような素人じゃないですか。
「むっ、なによアンタ、どうせ生粋の魔術師に剣なんて振れないと思ってるんでしょう。私のような儚げな美少女が剣を振る姿は想像できないって顔してるわね」
「いや、そこまでは思ってないが」
「思ってませんね。私のテレパシーでもそう感じます」
「今日のネルなんか私に冷たくない!?」
「だって邪魔しに来ているだけですし……」
ワーキャーと言い合う姿は、本当に仲が良いなと感じさせる。リリィとフィオナとも、また違った親友同士といった雰囲気だ。
「それで、ネルは何のクラスにするんだ?」
「えーっと、そうですねぇ……『盗賊』、なんてどうでしょうか」
「なるほど、『盗賊』か。いいんじゃないか、普段からは全く想像できないクラスだ」
「ええ、本当に全く経験のない素人ですよ。あっ、でもですね、遺跡系ダンジョンにある魔法式トラップやギミックの解除なんかは、ちょっとは自信あります」
「ネルが普段弄ってるような魔法の仕掛けなんて、こんな初心者向けの演習場にあるわけないけどねー」
今回はダンジョン探索初級編、と銘打たれているだけあって、探索要素もあるそうだ。多少は迷いやすい道に、落とし穴やトラップネット、仕掛け矢などといった初歩的な罠も仕掛けられているという。
逆に言えば、高度な罠は一切ない。
ネルもランク5パーティの一員として、それなりにダンジョン攻略をこなしてきている。単純に攻略数だけなら俺なんかよりもずっと多いだろう。なんだかんだで、ネルは冒険者としても十分に先輩なのである。
「それじゃあ、今回の道中は『盗賊』のネルに任せようじゃないか」
「はい、お任せください!」
「ネルに……道を……? クリアできるか急に不安になってきたわ」
「そういえば、ネルは方向音痴なんだっけ? でもまぁ、簡単な構造だし別に大丈夫だろ」
「そう、アンタはまだ知らないのね……ネルの方向音痴ぶりを……」
「もうっ、シャルは大袈裟なんですから。幾ら何でも、学校の演習場で迷うことなんてありませんよ」
それでは、女性陣はクラス用装備に着替えて来る、と一時退席。
前回は武器の貸与だけだったのに、今回は防具も揃えるとは。なかなか本格的である。
俺は制服の上から神官ローブ一枚羽織るだけだから、すでに完了している。
「……」
そうして俺は一人、演習場入口で待ちぼうけを喰らう。
いや、分かっているさ、女性の着替えには時間がかかるということは。伊達に女の子二人とパーティ組んではいない。
それでもリリィとフィオナは相当に早い方だと思うけど。なんなら、リリィは全裸でうろつくことあるし。
なので、これくらいが平均的な待ち時間なのだろう。あるいは、二人ともお姫様だから特別に時間がかかるのか……やっぱよく分かんねぇな。
そんなことをボンヤリ考えている内に、装いを新たにした二人がやって来た。
「お、お待たせしました……」
意気揚々と着替えに向かったのとは裏腹に、やけに恥ずかしそうにネルが戻って来た。
「おお、正に盗賊装備だ」
ポニーテールに黒髪を結ったネルは、目立たない灰色のマントを羽織っている。
タンクトップにホットパンツ、みたいな露出高めの軽装が恥ずかしがっている原因だろう。実際、はち切れんばかりに布地を押し上げている胸元に、真っ白い太ももが露わとなっていて、非常に目の毒だ。
しかしながら、手足の革鎧に、ベルトとチェストリグに収まる投げナイフやアイテムなどはしっかり装備されており、立派な盗賊の姿ではある。こういうオーソドックスな盗賊スタイルは、スーさんを思い出すな。
「ちょっと肌が出過ぎていて、少し恥ずかしいですね」
「確かに、注目の的になりそうな恰好だけど……でも似合ってるぞ」
そもそもネルほどの美少女かつスタイル良ければ、大体なに着ても似合うんだけどな。特に露出のある恰好なら、より一層に魅力が放たれる。
制服や治癒術士といった普段の恰好は露出控え目なものばかりだからこそ、かえって今の姿は新鮮かつ強烈な魅力を放っているように感じた。
俺に巨乳耐性がなければ、直視できないほどにキョドっていたに違いない。
「なーにが似合ってる、よ。下心が見え見えだわ」
「シャルロット姫も似合っていますよ。正に美少女剣士。隠し切れないロイヤルオーラがー」
「喧嘩売ってんのアンタァ!? スパーダ王家に喧嘩売ってんのかぁー!」
色気の欠片もない無難な剣士装備に身を固めたシャルロット姫もやって来たことで、ようやくパーティメンバーが勢揃い。
クラスチェンジ体験教室・ダンジョン攻略初級編、いざスタートだ。
「……なぁ、ネル」
「はい、大丈夫です! マッピングはちゃんと大丈夫ですからぁ!」
「いやでも」
「右! 次は絶対に右で間違いありません!!」
「左に行かないとさっきのとこに逆戻りだぞ」
「わぁああああああああああああああ!!」
如何にも分かれ道といった、二股となった洞窟の前で、とうとうネルが泣き崩れた。
彼女を泣かせるなどとんでもないことだが、かつて料理の致命的な不味さを指摘した時のように、俺は心を鬼にして言った。
だって、もう15分はこの辺で無限ループしているのだ。
「ほら、だから言ったじゃない」
「あー、うん、そうですねぇ……」
ジト目で睨みつけて来るシャルロット姫に、俺は視線を逸らしつつ応える。
ごめん、安易にネルに任せるとか言って。でもさぁ、大丈夫だと思うじゃん、普通……
「それじゃあネル、後はこの私に任せて、いつも通りに後ろをついて来なさい!」
「ううっ……シャルだって、いつも後衛じゃあないですかぁ……」
涙目でせめてもの抵抗を試みるネルだったが、自信気な表情のシャルロット姫に鼻で笑われる。
「ふふん、今の私は『剣士』なんだから。黙ってついて来なさい!」
「まぁ、そこまで言うなら、素直に譲ってやろうじゃないか、ネル」
「クロノくんがそう言うなら……」
「さぁ、ここから一気にクリアまで突き進むわよぉ!!」
そうして意気揚々と、正しいルートである右の道へと迷わず突き進んだシャルロット姫は、そこから三歩先の落とし穴にかかって死んだ。
ゲームオーバー。
「————もう一回! もう一回やらせなさいよぉ!」
「アレはもう一回やったところで、結果は変わらんだろう」
「ええ、びっくりするほど足元がお留守でしたよ、シャル」
どうやらシャルロット姫には、罠の類を察知して回避するのは酷く苦手な模様。
こそっとネルに聞いたところ、基本的に罠や危険の察知はネロと、サフィールが行使する使い魔の役目らしい。生粋の剣士であるカイも鋭い直感を持つので、罠解除などの技能はなくとも、大抵のものは勘で見破れる。そして魔法の仕掛けなどは、申告通り得意なネルが受け持つ。
つまり、シャルロット姫は特に何もしていないのだ。
「人には向き不向きがあるからな」
「アンタの慰めてなんかいらないわよっ!」
「別に慰めてませんよ。事実を言っているだけで」
「今日のネル、ホントに冷たい!? もっとちゃんと親友を慰めてよ!」
「はいはい、無理して頑張らなくていいんですよ、シャルー」
「うううぅー、ネルぅー」
仕方のない子、とでも言いたげな母親染みた表情で、ネルはその大きな胸で涙目のシャルロット姫を抱きしめる。
何というか、こう、尊い光景だな……
「じゃあ、とりあえず俺が先頭を行くよ」
「不甲斐なくて、申し訳ありません……」
「しっかりやんなさいよっ!」
方向音痴の『盗賊』と危機察知ゼロの『剣士』を引き連れて、『治癒術士』の俺が先頭に立ってダンジョンへと挑む。
ちくしょう、もうすでにクラスのセオリーが崩壊した陣形になっちまった……
「はぁ、ようやく敵のお出ましか」
とっくに覚えてしまった正解ルートを進み、罠の類を避けたり、わざと発動させては防いだりしながら、ついに最初の広間へと辿り着いた。
そこで待っていたのは、前回と同じくモンスター役のゴーレム達である。
しかし、今回は虫型モンスターを想定しているのか、六本脚でシャカシャカ動くアリやクモのようなデザインをしていた。
「流石に、普通の戦闘で遅れは取らないな」
「あの、クロノくん、『治癒術士』が敵の前に立つのはちょっと……」
「ハッ!? しまった、ついクセで」
これ前回もやったな。やはり敵が現れると条件反射で前に出てしまう。
しかし、ネルの言う通り今の俺は一介の『治癒術士』である。すでにクラスを無視した働きをしてしまったが、せめて戦闘くらいはヒーラーらしくあろう。
「戦いは、私達にお任せください」
「そうよ、今日の私は『剣士』なんだからぁ!」
ネルは二本のナイフを構え、シャルロット姫は高々と長剣を掲げる。
「そうだな、よし、二人とも頑張ってくれ————『腕力強化』!」
怪我人が出ない内は、治癒術士の仕事は味方の強化、いわゆるバフかけがメインのお仕事となる。
とりあえず杖に設定されている強化魔法『腕力強化』を発動。近接戦闘を行う二人の攻撃力をサポートだ。
「ああ、クロノくんの魔力が伝わってきます……」
「杖だけで発動してるんだから、アイツの魔力はゼロじゃない」
「……シュッ!」
「ちょっと、ナイフ投げないでよ!? 事実! 事実を言ったまででしょーっ!!」
などと敵を前にしても仲良く騒ぐ二人である。
大丈夫なのか、と若干不安になったが、そこは流石にランク5冒険者というべきか。意外と戦闘は難なく終了した。
特にネルの活躍が著しい。
ナイフを使っての接近戦で、全く危なげがない立ち回り。むしろ、かなり上手い。
だがナイフの扱いそのものは、単純に突く、斬る、に終始していたので、やはり慣れた武器ではないのだろう。
恐らく、慣れているのは至近距離での格闘戦だ。
「凄いな、ネル。まさかこんなに、接近戦が強いとは」
「いえいえ、大したことはありませんよ。小さい頃に、格闘技を少々嗜んでいたので」
「なるほど、道理で」
恥ずかしそうにはにかんでいるネルだが、普通に大したことあるし、少し嗜むレベルを遥かに超えた動きであった。
謙虚に言っているだけで、実際はそれ相応の鍛錬を積んでいるに違いない。
「ちょっと、私の華麗な剣術にも、何か言うことあるでしょ!」
「あー、えーっと……とても豪快な剣捌きでした。シャルロット姫様らしい、激しい剣だっと思います」
「そーでしょ! あっはっは!」
俺は嘘吐くのは苦手な方ではあるが、物は言いようという言葉は知っている。
シャルロット姫の剣は、幼女リリィよりはマシというレベルの、素人らしい見事なお子様チャンバラ剣術でございました。
「クロノくん、あんまりシャルを甘やかさないでもらえますか……その、調子に乗りやすい子なので」
「いやぁ、俺には畏れ多くて、お姫様に批判意見なんてとても」
「私には、はっきり指摘してくれたのに?」
「それを言われると参るな……」
だがネルの料理が不味いと言ったことに、後悔はない。命かかってたし、多少はね?
ちゃんと努力の結果、タマゴサンドは作れるようになったんだし。後の犠牲者をなくすために、必要なことだったんだ。
「でも、やっぱり気にしてるのか?」
「いいえ。クロノくんが、私にだけ素直な気持ちを話してくれて、嬉しいです」
弾けるような笑顔が眩しい。
なんて純粋な笑顔なのだろうか。シャルトット姫は見習って。
「ほら、グズグズしてないで、さっさと次に行くわよー!」
「あっ、ちょっとシャル、勝手に先に行かないでくださない。また罠にかかって死んじゃいますよー」
そこから先は、ほとんど同じことの繰り返しであった。
俺が先行して道と罠を回避して、現れる雑魚敵は二人が片づける。悪くないペースで進み、段々とパーティとしての一体感も出てきたような気もする。
そんな気持ちが芽生えた頃には、ついにボス部屋へと辿り着いた。
「アイツがボスねっ!」
ホームラン宣言が如く剣先を向けた先にいるのは、大蜘蛛を模したゴーレム。
ボス蜘蛛の座す広間の奥には、ちゃんと巨大な蜘蛛の巣が張り巡らされる演出が。いや、ちゃんと巣を伝って壁や天井を移動したりもするのかも。
「とりあえず『腕力強化』!」
ついに登場したボスを前にテンション上がって、意気揚々と駆け出すシャルロット姫に間に合うよう、強化魔法を飛ばす。
「シャル、一人だけで突撃したら危ないですよ!」
「大丈夫よ、今までの戦いで私の剣は磨き抜かれて————」
ゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!
と、ボス蜘蛛は口から派手な火炎放射をぶっ放した。
糸じゃなくて、火を噴くのかよ。
でもよく見れば、甲殻には赤いラインが走っているし、色合い的にはちゃんと火属性アピールはされているんだよな。
なんて、呑気に観察している場合じゃない。
「ようやくヒーラーらしい仕事ができるな。聖なる癒しの輝きよ————」
「————『応急回復』っ!!」
パァアアア! と聖なる癒しの輝きが、炎を浴びたシャルロット姫を包み込んだ。
勿論、その強力な治癒の煌めきは、俺が杖依存で放った治癒魔法ではない。
「……ネル」
「あっ!?」
ダメージを受けた仲間に対して、無詠唱の治癒魔法をかける条件反射での対応は、正しくランク5『治癒術士』に相応しい行動。
だがしかし、今この状況において、それは許されない行いであった。
設定したクラスを越えた能力の行使はルール違反で、一発退場。
ゲームオーバー。
「うぅ……ごめんなさい……」
「い、いいのよ、攻撃を喰らった私が悪いから」
ガチで落ち込んでるネルに対して、流石のシャルロット姫も自らの非を大々的に認めつつ慰めている。
「ああ、馬鹿みたいに突っ込んで敵の大技を真正面から喰らったシャルロット姫のせいだよな」
「アンタは黙ってなさいよ!!」
えー、なんだよ、正論じゃん……
「私、やっぱりダメな子なんでしょうか……治癒魔法しか能がない、羽の生えたポーションなんですね、私って……」
「ヤバい、これはかなりヤバい落ち込み方よ! ちょっとアンタ、なんとかしなさいよ!!」
「な、なんとかって言われても……幼馴染の親友がなんとかしてくれよ」
「こういう時、女の子を慰めるのは男の役目でしょうが!」
「こういう時だけ異性の役目を押し付けるのズルくない……?」
思いつつも、ズーンと擬音がしそうなほどに暗いオーラを発するネルを放っておくわけにはいかない。
「えーと、ネル、気にするな。攻略こそ失敗したけど、決して悪手を打って失敗したわけじゃない。ネルのヒーラーとしての適性が高すぎたが故の悲劇だろう」
「く、クロノくん……でもぉ……」
「もう一回、挑めばいいだけじゃないか。クリアできるまで、俺は幾らでも付き合うぞ」
「そうよ、一回失敗したくらいなんだって言うの! ほら、気持ちを切り替えて、次に行くわよ次に!」
「そう、ですよね……ありがとうございます。私、頑張ります!」
よしよし、何とかネルが復活してくれたな。
だがしかし、さっきと同じように挑めば、どうせまたシャルロット姫がピンチになって、ネルの条件反射回復が発動してしまうかもしれない。
あの火炎ボス蜘蛛を攻略するためには、作戦が必要だな。
「俺に作戦がある。けど、そのためにはネルに一番頑張ってもらわないとならないのだが……どうだ?」
「はいっ! 是非とも、よろしくお願いします!!」
「しょうがないわね、ここはネルの顔を立ててあげるわ」
ネルの強い意思と、シャルロット姫が退いてくれたお陰で、無事に俺の作戦は採用された。
待ってろよ、次こそクリアしてやるからな。
「頑張れ、ネル! 頑張れ!!」
「ネルぅー、頑張れぇー!」
轟々と炎を噴き散らすボス蜘蛛を相手に、ネルは一人で大立ち回りを繰り広げている。
ポニーテールとマントを翻し、火炎放射の範囲攻撃と蜘蛛脚による連続攻撃を、ネルは最低限のスピードで、紙一重の回避を成功させ続けた。
このボス蜘蛛の強さは、ランク1程度のスペックでは単独で勝てないくらいに設定されている。最低三人以上のパーティで組み、それぞれの役割を果たさなければ安定して倒すことはできない、といった絶妙な強さに調整されていると見た。
だが、そんなマルチプレイ前提のボスを、ネルはソロで相手していた。
俺達の役目は、果敢に戦うネルの応援と、
「あっ、子蜘蛛が湧いたわよ!」
「よし、行くぞ!」
たまーに湧いて来る雑魚敵の子蜘蛛ゴーレムを叩き潰すことだけ。
「ネルの邪魔はさせないわ、でりゃーっ!!」
「駆除完了!」
そして子蜘蛛を処理し終わったら、再び応援に戻る。
コレの繰り返しであった。
一見すると、ネルだけにボスを押し付けてサボっているだけに思えるが……しかし、これがこのパーティでの最適解なのである。
ぶっちゃけ、シャルロット姫をボス戦に投入すると、下手糞な剣術でピンチに陥るのは目に見えている。ネルが条件反射してしまえば一発アウトだし、かといって俺の不慣れなヒーラーでは回復もサポートも間に合わない可能性が高い。
じゃあ、お荷物のシャルロット姫は下がっててもらおうと。
後は、格闘技を嗜んでいるお陰で接近戦がやたら強いネルに、お任せすれば全て上手くいくじゃん、というのが俺の作戦だ。
「あっ、弱点が見えたわよ!」
「今だ、ネル、行けぇー!」
「はぁああああ————『双烈』っ!!」
ひっくり返って無防備に腹の下にあるコアが晒されたところで、『盗賊』に許された唯一の攻撃武技、ナイフによる二連撃の『双烈』が炸裂する。
お手本通りのような、綺麗な武技のフォームでもって、ネルは見事に赤く輝くコアを切り裂いた。
グォオオオオオ……
重低音の唸りを上げて、ボス蜘蛛は沈黙。
ピクピク脚を痙攣させながら、丸まっていく様は無駄に本物らしいリアリティのあるモーションである。
そんなボス討伐の演出を背景に、ネルは満面の笑みを浮かべて、こちらに手を振った。
「クロノくん、シャル、やりました!!」
二度の失敗を経て、ついにクラスチェンジ体験教室・ダンジョン探索初級編、クリアである。
「ふふん、やったわね、私達!」
「ああ、やったな。これで無事に攻略完了だ」
「ありがとうございます、二人のお陰で、私ここまで来れました」
「いや、ネルが頑張ってくれたからだよ」
本当に、冗談抜きに。道にさえ迷わなければ、ネル一人で攻略余裕だし。
「はい、私……頑張りましたっ!」
正直、こんなお遊びみたいなものをクリアしたところで、何になるんだと言えなくもない。報酬があるわけでもないし、俺達にとってそこまで有益な経験になるわけでもない。
けれど、ネルのこんなに喜んだ顔が見れたこと。なにより、その喜びをこの場で共有できていること。
それこそが、何よりも得難い特別な報酬だと俺には思えた。
アヴァロンのお姫様は、本当に魅力的だからな。
如何だったでしょうか。
さて、今回の短編は、とあるネルファンの方のために書き下ろしたものです。
以前にあとがきで報告させていただきました、その方から『黒の魔王』の同人誌をいただいたことがありました。一冊ではなく、なんとさらにバージョンアップした二冊目まで送っていただきました。その際に、是非とも私のサイン本が欲しい、とお願いされ、初めて国際郵便を利用して無事にお届けするには至ったのですが……わざわざ同人誌まで作ってくれた方に、ただサイン本渡してお終いでは、十分なお返しにはならないと思いました。
そこで、一番推していただいているネルをメインとした短編を書こうと思い、せめてものお返しとさせていただきました。感謝の言葉を並べるよりも、短いながらも一つの作品として返すのが、作者としてできる一番のファンサービスかと。
そういうワケで、その方のためだけに書き上げた短編でしたが・・・折角、これだけ文字数かけて書いて、短編として完成したからそのままお蔵入りは・・・ストックのこともあるし・・・という個人的な事情でもって、こうして公開することとなりました。勿論、第41章が終わり次第、投稿します、とちゃんと断ってありますので。
それから、今回のプチ解説。
一応、書籍版の短編含めて、正史というつもりで書いています。時系列としては、イスキアの戦いが終わってから、ラストローズ討伐に向かうまでの間に起こった出来事となります。この期間って実は一ヶ月か二ヶ月くらい空いていて、恐らく純粋にクロノが平穏な学園生活を送れたタイミングですね。ラストローズ討伐から戻ってすぐに、ガラハド戦争ですので。
そういう隙間期間を見つけてねじ込んだのですが、それでも矛盾を発見した場合は、どうかお目こぼししていただければ幸いです。クロノとシャルロットの関係含めて、ですね。この短編を経ていたら、もっと早くに和解できていたと言われると・・・でもこの話には足を引っ張っては騒いでくれるシャルの存在が必要不可欠だったのです。
ネルを『盗賊』に選んだのは、ビジュアルイメージ優先でした。巨乳化スーさんの再来。お返しに、イラストもいただきました。その節は、どうもありがとうございました。
あとは魔法に関わることは、ネルは割と器用な方、というか普通に優秀ですので、魔法系トラップ解除とかしてましたよ、という細かい設定なんかも明かすことができましたね。活動期間こそ短いですが、なんだかんだでランク5まで登り詰めたパーティの一員だけあります。料理下手だったり方向音痴だったり、苦手なところはとことん苦手なタイプということにもなりますが。
それにしても、41章終わってから、この頃のネルを書くと、綺麗すぎて若干の違和感がありますね。彼女の成長を実感してもらえればと思います。
少々長くなりましたが、この辺で。
来週は通常通りの更新に戻ります。新章をどうぞお楽しみに!