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黒の魔王  作者: 菱影代理
第41章:アヴァロンに舞う翼
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第862話 黒竜(3)

 キョォオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア————


 巨大天使が甲高い金切り声で吠える。

 ゾロゾロと呼び出した手下共をあっけなくやられて憤慨しているのか。それとも、この天翔ける黒鉄の要塞が如き黒竜の存在に、警戒しているのか。

どちらにせよ、再び奴は明確に俺の方へ視線を向けるのが分かった。

「来るぞっ!」

「ふん、喰らうか!」

 額に輝く第三の眼から、太い光の柱と化した光線が降り注ぐ。

 垂直に上昇していたベルクローゼンは急転換し、ビームの射線から逃れる。

 しかしながら、天使の攻撃も一発だけでは終わらない。巨大な顔の周囲に幾つもの円形魔法陣が浮かび上がると共に、そこからもさらにビームを放ってくる。簡単に砲台を増やしやがって。

「主様よ、もう少し飛ばすぞ」

「ああ、行け」

 今の俺はただ乗っているだけの存在。契約者という奴が本気を出すために必要だというならば、そんなのはただの電池である。

 俺のことなど気にせず、全力で戦ってくれ。

 グンッ、と体にかかるGが増すと共に、ベルクローゼンはさらなる加速と急旋回を行う。

 本気でキレたリリィのように極太ビームを大量にバラ撒いて来る巨大天使の光線砲撃に対し、ベルクローゼンはその速度と巧みな空中機動によって潜り抜け、着実に間合いを詰めてゆく。

 奴の周囲をグルグルと時計回りに大回りしながら、徐々に高度を上げていく。そろそろ、ブレスの有効射程に届く頃だ。

「歪な天使の紛い物めが、虚像ごと焼き尽くしてくれる」

 ベルクローゼンの口から、ファイアーブレスが放たれる。瞬間的な威力と爆発力に優れた火球型だ。

 天を駆け上るように一直線に飛んだ火球は、狙い違わず天使の顔面に飛び込み、灼熱の威力を解放する。

 轟音を上げて大爆発が炸裂する。紅蓮の猛火が弾けると共に、激しい白い光が明滅していた。

 防がれたか。

「ちいっ、次元歪曲式の結界とは、面倒な技を」

「やはりアイツ自身も『聖堂結界サンクチュアリ』を使えるのか」

 天使の石膏像じみた顔には、ヒビどころか煤一つついていない。火球の熱も爆発も、どちらも展開された『聖堂結界サンクチュアリ』によって完全に防がれたようだ。

 しかし瞬間的に膨大な熱量を喰らったせいか、かなり激しく点滅して反応していた。無色透明の結界の全体像が、おぼろげながらに浮かび上がるほどに。

「致し方ない、本気で撃って飽和させるしかあるまいな」

「いや待て。火球をあの辺と、あの辺を狙って撃ってくれ。力業に頼るには、まだ早い」

「ふっ、妾を気遣ってくれるのかや?」

「当然だ、病み上がりだろう」

 圧倒的な力を発揮するベルクローゼンだが、使徒のように無限の魔力を得ているワケではない。ドラゴンに相応しい膨大な魔力量を誇ってはいるが、全力で戦えば必ず底を突く時はやって来る。

 威力に見合った魔力を消耗するだろう本気のドラゴンブレス、無駄撃ちさせるリスクは避けるべきだ。

「では、狙い撃つぞ、そらっ————」

 連続で火球が放たれる。

 夜空に咲き誇る紅蓮の花が、巨大天使の各部を白く輝かせていく。

 先と同じように、ブレスの威力に反応して、四角い結界の形が浮かび上がる。見た目は光が反射するガラス窓のようなのだが、割れる様子は全くない。

「背筋に沿って火炎放射を当てられるか?」

「ノロマのデカブツ相手じゃ、容易いな」

 巨大天使がシャワーのように浴びせかけて来るビームの束を置き去りに、黒竜が飛ぶ。

 間合いはかなり詰まっている。

 ビームを避けつつ、広がる巨大な翼の先端をかすめるように回り込み、ついに天使の背へと出る。

 見た目だけは細い少女のボディライン。だがサイズが百メートル級ともなれば、立派な怪物である。

「やっぱり、背中はがら空きってことはないか」

 眩い光を発するのは魔法陣ではなく、背中の肩甲骨の辺りから生える天使の翼だ。凶悪な白色魔力の気配を放った直後、白く輝く大きな羽根が弾丸の如く発射された。

 ビームよりも、光弾による対空砲火の方が高速飛行する黒竜には有効だと思ったのか。吹き荒ぶ吹雪の如き厚い弾幕が進路を埋め尽くす。

「この程度で、妾を止められると思うてか!」

 構わずに突っ込むベルクローゼンに、俺も覚悟を決めて『鋼の魔王オーバーギア』を発動する。丸出しの搭乗者が弱点になる、なんてのは御免だ。自分の身くらい、自分で守る。

 漆黒の竜鱗に次々と命中する羽根型の光弾が幾つも弾ける。フラッシュを連続で焚かれているような眩しさ。

 だが、眩しいだけでその威力は鱗を砕くには至らない。

 空を飛ぶタイプのモンスターは、軽めの体重に繊細な翼と、打たれ弱いものも多くいる。けれどドラゴンは別だ。

 頑強極まる鱗と甲殻に覆われた巨躯は、弓矢などものともしない防御力を発揮する。黒竜ともなれば、古代のマシンガンをぶっ放しても弾き返すだろう。

 その絶大な防御を存分に活かし、ベルクローゼンは天使の首元から腰へ向かって真っすぐ飛びながら、口より業火を吐き出す。

 火炎の渦が背筋をなぞる。

 やはり『聖堂結界サンクチュアリ』の輝きが天使の背中を守って発光を始めた。火球よりも瞬間的な火力に劣る放射を、ただ浴びせかけられるだけで破れる道理はない。

「けど、見えたぞ」

 ちょうど腰元の辺りで、『聖堂結界サンクチュアリ』が途切れた。

 ブレスを各部に撃ってもらったのは、展開される『聖堂結界サンクチュアリ』に隙間がないか確かめるためだ。

 基本的には無色透明のせいで、展開範囲は非常に視認しづらい。おまけに巨大天使そのものが白色魔力の強力な気配を放つせいで、結界だけを第六感で感じとるのも難しかった。

 だが攻撃を受けて発光すれば、その瞬間は見える。結界がどのような形状で、どこまで広がっているかを。

 見たところ、巨大天使が展開する結界は基本的に四角形をしていた。リリィの妖精結界オラクルフィールドのように全身を球形に包み込むでもなく、リィンフェルトのように箱型で覆うでもない。

 必要な個所に随時展開する、通常の防御魔法のような使い方をしていた。

 完全に全身を覆った無敵バリアーな状態ではないのなら、どこかに隙が、あるいは死角、せめて展開しにくい場所がないか。それをブレスの防ぎ方で探ったのだが————どうやら、致命的な隙があったようだな。

「奴は空間を割って現れておる。故に、至近で次元歪曲の技を使うのは避けたのじゃろう。下手に干渉すれば、入口が閉じかねんからな」

「なんだ、分かっていたなら教えてくれれば良かったのに」

「知ってて試したのかと思うたが……まぁ、良いであろう。狙い目は見つかったな、主様よ」

 違いない。

 これで攻略の算段はついた。

「聞いたな、フィオナ。腰を狙う。俺に続け」

「了解です————」

 朧げながらもテレパシーが通じ、作戦が決まる。非常に大雑把であるが、黒竜とフィオナの二大火力が揃えば十分だ。

「今こそ本気のドラゴンブレスを使う時だ、ベルクローゼン」

「うむ、黒竜の真なる力、しかと見届けよ!」

 大きく旋回し、再び突撃の構えをとるベルクローゼン。

 こちらの意図を察してか、それとも着実に発揮できる力を増しているのか、先よりも激しい光線と光弾の弾幕が迎え撃つ。

 最低限、ダメージになりそうな太いビームのみを避け、残りは竜鱗の守りで強引に押し切り、距離を詰めてゆく。


 コォオオオオ————


 深く、大きな呼吸音。

 莫大な量の大気と、そこに含まれる魔力も取り込んでいるのだろう。ファイアーブレスの時とは比べ物にならない力が、彼女の中で渦巻いてゆくのを感じる。

 それは乗っている俺でも危機感を覚えるほど。

 ベルクローゼンの全身から薄っすらと炎のようなオーラが立ち昇って行く。さらには、バチバチと赤いスパークが弾ける音も混じる。

 竜の体内で圧縮された力が今、臨界を迎えようとしていた。

 彼我の距離、およそ300メートル。互いに途轍もない巨躯を誇る、竜と巨人である。殴り合いができるほどの至近距離と言ってもいいだろう。

 そんな間合いに飛び込んだベルクローゼン。目いっぱいに口を開いた目の前は、奴の真後ろ、無防備な腰のくびれが晒される。

「グォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 高らかな咆哮と共に放たれたのは、破壊の閃光。

 赤黒く輝く奔流は、どこまでも禍々しく天使の白い光に反して輝く。

 僅か300メートルの距離を一瞬で駆け抜け、解き放たれたドラゴンブレスが直撃する。

 刹那、凄まじい閃光と熱量が駆け抜けてゆく。


 ァアアアアアアアアアアア————


 流石に痛いか。悲鳴のような声を天使が叫びながら、大きく身をよじる。

 だが空間を割って上半身だけ覗かせている状態の奴に、逃げ場などない。

 ドラゴンブレスは『聖堂結界サンクチュアリ』の守りに防がれることなく、真っ白い天使の腰を吹き飛ばす。

 大穴。いや、巨大な亀裂と呼ぶべきだろうか。

 貫通したドラゴンブレスが、腰の中心から右の脇腹にかけてえぐり取るように天使の肉体を消し飛ばしていた。

 鮮血の代わりか、大きな傷跡からは青白い魔力の粒子が滝のように溢れ出る。奴の体内には、やはり血肉が詰まっているわけではないようで、傷口の断面は割れた陶器のように無機質で、白色魔力の輝きに彩られていた。

 膨大な体内魔力を振り撒く巨大天使はしかし、いまだ息絶えるには至らない。

 腹をぶち抜かれていよいよキレたか、守るようにマリアベルを包み込んでいた掌の一方、右手を離してこちらへと腕を伸ばす。

 魔法攻撃を止めて、直接殴りかかろうってのか? 馬鹿め、本気になったって今更もう遅いんだよ。

「離脱するぞ、ベルクローゼン」

「むっ、追撃はよいのか?」

「後はウチのエースが決めてくれるからな」




「————むっ、これは私も負けてられませんね」

 黒竜のドラゴンブレス。

 その圧倒的な破壊力を目の当たりにして、乏しいフィオナの闘争心に少しだけ火がついた。『エレメントマスター』の最大火力。その肩書を他の者に譲る気は、まだない。

「サリエル、このまま真っ直ぐに」

「はい」

 ブレスによって腹部を大きく抉られた巨大天使は、完全に黒竜を脅威と見て注意がそちらに集中している。

 お陰で、激しい迎撃の光線は飛んできていない。流石にあれほどの反撃を受ければ、サリエルとてペガサス二人乗りでは近づけない。

 ヘイトが逸れたのを幸いに、最短距離を最高速度で駆け抜けてゆく。真っ直ぐに天を上るようにペガサスが飛翔し、ついに巨大天使が出現している空間の亀裂よりも上の高度にまで到達した。

「では、行ってきます」

「行ってらっしゃいませ、フィオナ様」

 玄関から出ていくようなやり取りだけを経て、フィオナはそのまま虚空にその身を躍らせた。

「————『悪魔の存在証明ノワールタブー』」

 魔人化、発動。

 瞬時に生える角と、長く伸びた水色の髪。

 自由落下の加速度と、高高度に吹く強風によって長い髪と魔女のローブが激しく靡く。

 しかしギラギラと黄金に輝く目はしかとターゲットを見据え、握った長杖『ワルプルギス』には全力で魔力を流し、満開まで解放済み。

「يمكنني إنشاء حرق(愛を燃やして創り出す)」

 空中で紡がれる、大魔法の詠唱。

「يتصاعد من الزنجفر الشرق(湧き上がる蒼い欲望のままに)」

 掲げた杖の先に、暗黒の火が灯る。

「فوة الغربية الموت(果つる底なき黒き器を満たせ)」

 ロウソクのような小さな黒い火は、次の瞬間には松明のような大きさに。

「فوة الغربية الموت(魔性の黄金が深淵に浮かぶ)」

 目に見えて大きく燃え上がって行く、黒い炎。

「الشعلة الخالدة إلى الأصلي(喰らえ、喰らえ、喰らえ)」

 それはついに、術者であるフィオナよりも大きなサイズの黒炎の火球と化す。

「ان ملتهب، الشعلة الزرقاء، وعلى ضوء الأبيض، مع كل حريق كبير الذهبي(その純血を、情愛を、嫉妬を、心の全てを暗黒の炉に沈めて)」

 ドラゴンブレスに引けを取らない、その熱量と魔力の気配に、巨大天使が振り向く。

「هنا، مع خلق الشمس في اسمي(ここに、二つの名を持つ太陽を創り出す)――

暗黒太陽クロノ・ソレイユ』」

 フィオナ渾身の一撃が、大きくひび割れの走る天使の腹部、辛うじて残っていたへそに目掛けて飛んで行く。

 ブレスよりも発射速度がかなり遅い『暗黒太陽クロノ・ソレイユ』。単独の使徒を相手にすれば常に回避のリスクがあるのでおいそれと撃てるものではないが、相手は空に固定された巨大な化け物。

 避けられる心配がなければ、その絶大な破壊力の全てをぶつけることができる。

 そうして暗黒に燃える巨大火球は、砕けかけた天使の腰元で炸裂。

 漆黒の業火が爆ぜる、巨大な爆発。アヴァロンの夜空を焼き焦がさんばかりの熱風が駆け抜ける。

 自由落下の速度でもって、そのまま爆発範囲から逃れたフィオナだが、吹き荒ぶ余波によって、風に揺れる木の葉のように大きく煽られる。

 そこへ白い流星のように、ペガサスを駆るサリエルが飛び込んで行く。

「おかえりなさいませ、フィオナ様」

「ん……流石に、目が回りましたね」

 ややぐったりとしながら、素の状態に戻ったフィオナがサリエルの背中に寄りかかる。

 急速な魔力の消耗で普段以上にぼんやりした表情で、フィオナは自分が与えた攻撃の成果を見上げる。


 キァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!


 絶叫を上げながら、天使が落ちる。

 ドラゴンブレスと『暗黒太陽クロノ・ソレイユ』の直撃を受け、ついに腰回りが全て砕け散り、空中に留まるその支えを失った。

 そのまま夜を開けさせるつもりかと言うほどに、莫大な量の青白い輝きが空を照らす。

 空間の亀裂と、そこに残された下半身の断面から噴き出す白色魔力が眩い光となって盛大に輝いていた。

 そして、同様に青白い光を撒き散らしながら、分断された天使の上半身が落下してゆく。所詮、背中の翼など見せかけだけの紛い物。

 あっけなく重力の軛に囚われ、真っ逆さまに墜落してゆく。

 その姿はどこか、現実感のない神話のようで。光り輝く巨大な天使が落ちる様を、地上に残された誰もが、反乱軍と十字教徒の区別なく、ただ茫然と見上げる。

 けれど、この光景が示す意味を誰もが理解する。

 天使は地に落ち、魔王の駆る黒竜が天に座す。

 我こそが、アヴァロンの支配者————高らかに響く黒竜の咆哮が、何よりもそう物語っていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] クロノ婿入りで草
[良い点] 天使撃墜!!ベルちゃんの初陣完勝で良かったな。攻撃力、防御力、機動力、すべてにおいて黒竜の圧倒的な性能が素晴らしい。これで多分まだまだ本気ではないんだろうな。ドラゴンブレスを全力で撃っただ…
[一言] 天使意外とあっけなかったですね
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