第850話 反乱軍
初火の月1日。
アヴァロン王城、宰相の執務室は、ネオ・アヴァロンを取り仕切るハイネ・アン・アークライト公爵が利用している。
十二貴族による合議制が最高の意思決定機関であったアヴァロンにおいて、宰相の位はさほど大きな権限は有していなかった。しかし、十字教徒として地位と権力を保ち続けるためだけの隠れ蓑でしかなかった合議制を維持する理由は、最早存在しない。
由緒あるパンドラの十字教徒、その代表として認められているアークライト公爵は、名実ともに政務のトップである宰相としての権限を有すに至った。彼の上に立てるのは、君主たる聖王ネロただ一人のみであるが————ノックもなしに、不躾に執務室の扉が開かれた。
「おお、これは第十二使徒マリアベル卿。私に何か御用でしょうか」
現れたのは、長い金髪と碧眼の美少年。シンクレア貴族の正装に身を包んだ、王城にあっても見事な装いであるが、その中性的な美貌にはあからさまに不機嫌な表情が浮かんでいた。
無論、そんな分かりやすく示されたご機嫌に気づかないはずもないが、公爵は素知らぬ顔でそう問いかけた。
「この僕が、何も知らないとでも思っているのか?」
「はて、何のことでしょうか……マリアベル卿には、十分なご報告をさせていただいておりますが」
「反乱軍のことだ」
「ああ、そのことですか」
公爵は穏やかな微笑みを崩さずに、何てことのないように言い放つ。
「ご心配には及びません」
「ふん、僕は別にこんな国がどうなろうと知ったことではないけれど、それでもこれだけ派手に反乱勢力が騒いでいて、何とも思わないほどボケちゃいない」
ここ一週間ほどで、圧力をかけていた他種族系の貴族が次々と叛意を露わにした。
最初はヴィッセンドルフ辺境伯へ向かわせた、ミリアルド王の捜索とウインダムとの国境封鎖を任せた近衛騎士の中隊と連絡が途絶えたことから始まる。
それから数日と経たずに、スパイラルホーン男爵領のミスリル鉱山が襲われた。スパーダ人の奴隷が反乱を起こし、そのまま制圧され、男爵本人も救助された後に、再び領での権利を主張し始めた。
ヴィッセンドルフ辺境伯とスパイラルホーン男爵の叛意はすでに明らかだ。この時点で、両者に対して武力制圧をするべく部隊編成を始めたが————その間に、次々とアヴァロン各地で反乱行動が相次いだ。
「この魔族共は明らかに、互いに通じ合っている。分断して個別に潰して行く、当初の目論見はとうに崩れ去っているだろう」
「耳が痛いですな。全くもってその通りにございます」
「だが、一番の問題は各地を巡っている、高速かつ強力な精鋭部隊が存在していることだ。恐らくは一個大隊といったところだが……コイツらが向かった先々で、奴隷を解放し、魔族を説得して回っている」
反乱を起こした領を時系列準に並べれば、おおよそヴィッセンドルフ辺境伯領からスタートして、反時計回りにアヴァロン国内を巡るような配置になることが分かるだろう。
取り潰しが決まっている他種族系の貴族領には、多かれ少なかれ兵を送り込んでいる。首都から、あるいは近隣の人間の貴族から出された兵士達である。
王宮からの圧力と経済封鎖、そして実際に領地に侵入した武力によって、どの領地も大した抵抗もできずに屈するのは時間の問題であったが————領内に派遣された兵をことごとく潰して回っているのが、その大隊である。
強力無比な大隊は、行く先々で鎧袖一触に兵を蹴散らしていく。こちらが対応に回ろうと思えば、すでに別な領へ出現し、そこで暴れてゆく。非常に強力な精鋭で構成されていることは間違いなく、また、大隊とは思えない凄まじい機動力でアヴァロンを駆け抜けて行っている。
「この大隊を率いているのが、魔王クロノだというのは本当なのか」
「恐れながら、パンドラにおいてあまり軽々しく魔王の名を口にするのはお止めください。所詮は自称、クロノなど魔族を率いる頭目の一人に過ぎません」
「ふん、そんなことはどうでもいい。それより、本当にあの男なのか? 奴はカーラマーラだかいう大陸の端に籠っているのではなかったのか」
「そういった噂はありますな。真意のほどは定かではありませんが、それこそどうでもよい、些細な問題でしょう」
「なんだと?」
「たとえクロノ本人であったとしましょう。ですが、それが何だというのです。ここは我らがネオ・アヴァロン。対して、武勇に任せて極少数で我が国に乗り込んできて、一体どこまで戦えるものでしょうか」
ネロがクロノを強く敵視しているのは、所詮は個人的な感情に過ぎない。
それを抜きにしたとしても、クロノの脅威はこちらの手が届かぬ最果ての地で、魔族を集めて戦力を蓄えていること。この一点に尽きる。
この期に及んでは、十字教がパンドラ大陸を制するのは時間の問題だが……クロノが巨大な城塞都市を構えて徹底抗戦を続けたならば、それなりには手を焼かされるだろう。教義として、魔族が蔓延る悪の巣窟を放置することは許されない。どれほど強大な拠点に籠ろうとも、これを攻略し殲滅しなければならない。
「ロクに兵も揃えず、敵中に飛び込んだ時点で、奴の進退は極まっています。我々は十分な戦力を有しており、さらには使徒であられるマリアベル卿、貴方まで首都の守りについているのです。一体、何を恐れることがありましょう」
「僕はあの男のことなど、恐れてなどいない! ただ、あんな奴が好き勝手に暴れ回っているという現状を問題視しているのだ」
事実、反乱を起こされた、というだけで大きな不手際だと言える。
ましてアークライト公爵は聖王ネロから直々に国の守りを任されて残っているのだ。その結果、反乱が起きて国が荒れたとなれば、その信用を大きく失ってもおかしくない。
「それについては、どうぞご安心なされよ。ある程度まとまった規模で残党貴族共が決起することは、始めから織り込み済みです。ネロ陛下ご自身からも、その際に一網打尽にせよとの仰せです」
ネロとて、全てが順調に進むとは思わなかったようだ。あるいは、自分がその場にいないからこそ、多少の問題は発生するだろうと考えたのか。
ともかく、追い詰められれば勝ち目がなくとも抵抗することは容易に想像がつく。ましてこちら側は十字教として、魔族相手に慈悲は勿論、譲歩することもありえない。
死力を尽くして戦うより他に道は無いと悟れば、悪足掻きもするだろう。
「……そこまで言うからには、反乱軍を倒す算段はついているのだな?」
「無論です。反乱軍はヴィッセンドルフ辺境伯を盟主として団結し、ちょうど首都を東西から挟み込んで進撃してくるようですな。今はまだ、各地から兵力をかき集めている段階ですが……こちらはすでに、兵の準備も整っております」
「首都まで引き込んで倒すつもりか?」
「まさか、首都を戦場にするとはとんでもない。予定としては、ちょうどこの辺りで真っ向からの会戦となるでしょう」
机の上にアヴァロンの地図を広げ、中心にある首都から、東西それぞれ数十キロ離れた地点を示す。東側には開けた小さな平野が、西側にはなだらかな丘陵地帯が広がっている。
各貴族が団結した反乱軍だが、すでにアヴァロンを支配する正規軍たるネオ・アヴァロンの方が兵力数は大きく勝っている。ならば、堂々と真正面から蹴散らせばよい。
十分な戦力があるならば、正攻法は何にも勝る必勝の戦術である。敵に地の利を与えず、大軍の展開に向いた開けた場所を戦場にできれば、まず勝利は盤石だ。
「ですから、どうぞマリアベル卿はこのまま王城にてごゆっくりとしていただければ」
「僕としても、お前達の内輪揉めに首を突っ込む気はない。問題なく対処できるならば、それでいいだろう。くれぐれも、この僕の手を煩わせないでくれよ」
これ以上は、マリアベルとしてもケチをつける必要はないと踏んだ。
アヴァロン軍は魔族の騎士も兵も追放したことで、単純な兵数こそ減っているが、それを補うように十字軍から十分な装備品の供与も受けている。大遠征に戦力の大半を割いたとはいえ、それでも寄せ集めの反乱軍如きに遅れはとらない十分な防衛戦力が残っていることは、マリアベルも把握している。
油断もせず、順当に反乱軍の迎撃準備が出来ているのなら、自分が出る幕もないだろうと納得した。
「そういえば、グレゴリウスは何をしている? 最近、顔を見ないが」
「聖杯同盟はすでに、近隣都市国家の加盟を終えましたので。グレゴリウス司教はより遠くの国々へと足を延ばし始めたところです。確か、今は西に向かったと」
「まったく、口を開けば調子のいいことばかり言うくせに、肝心の報告もできないとは」
「まぁ、そう仰らずに。マリアベル卿には、地道な布教活動の進捗報告など、煩わしいだけと彼なりに気を回したのでしょう」
「ふん、どうだかな。グレゴリウスはパンドラの十字教徒と随分と仲が良いようだ。あまりそちら側に肩入れするようなら————」
その時、強く執務室の扉がノックされた。
「公爵閣下、緊急の報告にございます」
続いて告げられた要件に、公爵はグレゴリウスへの不信を口にしていたマリアベルをちらと一瞥する。伝令では仕方がないと、マリアベルは小さく溜息を吐いて、頷いた。
「うむ、入れ」
「失礼いたします————むっ、これは、第十二使徒マリアベル卿。いらしていたのですね」
「僕のことは気にするな」
「マリアベル卿がそう仰られているのだ。このまま報告を聞かせてくれたまえ」
部屋へ現れた官吏は使徒と公爵を前に平伏しながら、緊急と銘打つ情報を端的に伝えた。
「本日未明、セレーネ沖にて、ルーン海軍と思われる艦隊が姿を現したとのことにございます————」
すでに日課と化していた、『聖堂結界』破りの鍛錬を終えて、庭から自室へとネルが戻って来た、ちょうどそんなタイミングである。
「ネル姫様、素敵な贈り物が届いておりますわよ」
今日も今日とて上機嫌に、世話役兼監視役のヘレンが堂々と王女の自室へとやって来た。
「贈り物、ですか?」
怪訝な顔で、ネルは問う。
囚われの姫といえばロマンチックな響きだが、実質、正気を失い暴走した兄によって軟禁されているだけの状態。そんな自分に対して今更、誰が贈り物などしようというのか。
「ええ、聖王ネロ陛下から」
「……お兄様が」
「どうやら、パルティア侵攻は順調に進んでいるようですわね。すでに首都バビロニカの占領も果たしたとか————失礼、あまり血生臭い話はよしましょう。ネロ陛下は愛する妹君のために、こうして戦地から贈られたのですわ」
痛ましい、とでも言うようにネルは眉をひそめた。
侵略した戦地から贈られたものだ。それは当然、戦利品ということになるだろう。
パルティアはかつて、現在の都市国家アヴァロンが成立する以前の聖アヴァロン王国が攻め込んだこともあるが、こちらとしては何の遺恨もない。あるとしても、かつて侵略されたパルティア側だけだろう。
大遠征などという、ネロの狂気によって起こされた侵略行為、その結果の一つが目の前に現れてしまった。果たして、占領されたパルティア首都バビロニカはどのような惨状と化しているのだろうか。
想像するだけで、ネルの心優しい胸の内は大いに痛む。
そんな胸中を知ってか知らずか、ヘレンは嬉々としてネロからの贈り物を運び込む用侍女に命じた。
「随分と、大きいですね」
「ええ、一体何なのでしょうか、楽しみでございますねぇ」
部屋に運ばれたのは、侍女が二人で抱えた大きな箱型。赤色の厚い幕がかけられており、中身は伺い知れない。
ネルとしては、そんなもの見たくもないという気持ちだが、余計なワガママを言ったところでどうにもならない。素直に受け取るだけ受け取っておけばいいと、そんな気分でさしたる興味もなく、床に置かれた贈り物とやらを眺めた。
そうして、侍女がサっと覆われていた赤い幕を取り払う。その名から現れたのは、
「ニャァーン……」
純白の毛並みをもつ、子猫だった。
フワフワとした真っ白い柔らかな毛並みに、クリクリとした大きなスカイブルーの瞳。ただでさえ可愛い子猫だが、この子猫は綺麗な色艶と一点の染みもない純白の毛を持つ、理想的な姿をしていた。
しかし、最も目を引くのは子猫の完璧な愛らしさではない。
羽だ。その背中からは、小さいながらも、確かに白い羽毛の生え揃った、翼が生えていたのだ。
「こちらはパルティア王宮にて捕獲された、世にも珍しい純白の羽猫でございます」
「かっ、か、かわ……きゃわわわ……」
「キャァーッ! なにコレ、可愛い! 可愛すぎますわぁ!?」
一瞬で魅了された。恐るべき子猫の魔力である。
侍女の説明など全く耳に入らないが、羽の生えた猫の姿だけで、全てが理解できるだろう。
寸前まで興味の欠片も抱かなかったネルだが、今は体を震わせながら羽猫を注視している。
気を利かせたのか、そこで侍女がカラカラと羽猫を入れていた檻を開いた。
「ニャァアン……ンナァー」
恐る恐る、といった様子で檻から出てきた子猫は、目の前に立つネルをジっと見つめた。
同じ白い翼を持つ者同士として、惹かれ合ったのだろうか。子猫はトコトコ歩いてネルへと近寄る。ネルもまた、吸い寄せられるようにしゃがみ込んで、そっと手を伸ばした。
子猫は逃げることなく、その手を受け入れる。
指先に触れる、柔らかで滑らかな毛皮の感触。温かい。こんなに小さいのに、確かに生きているという実感を与えてくれる。
もう我慢できない。ネルは両手で子猫を抱え上げ、その大きな胸に抱きしめた。
「きゃっ、きゃわわわわー」
「ああーっ、ズルいですわネル姫様! 私にも、どうか私にも子猫ちゃんを抱っこさせてくださいませ!」
「ダメダメ、ダメです。ヘレン、貴女はもう少しお待ちなさい」
「そんなぁ、良いではないですか、良いではないですかぁー!」
わー、きゃー、と普段の態度はどこへやら。ネルとヘレンはしばらくの間、年齢相応の少女らしく黄色い声を上げて、羽猫の一挙一動に騒いだのだった。
そうして、遊び疲れたのかベッドの隅で丸まって子猫が眠った後、ようやく二人とも理性を取り戻した。
「……ええと、実はもう一つ、贈り物が届いておりまして」
「そ、そうなのですか……」
今更ながら、立場を忘れてはしゃいでしまったのを双方ともに恥ずかし気にしながら、話が再開する。
「そちらも、お兄様が?」
「いえ、こちらは献上品、と言うべきでしょうね。送り主は『メイクラヴ・エンタープライズ』、と」
「有名な奴隷商ですね。そんなところが、何故」
「ネル姫様が王城にて静養なさっている、とのことは周知の事実ですから。御身を慮って、多少なりとも無聊の慰めとなれば、とのことですわ」
随分と持って回った言い方である。
言葉通りの意味にとれないこともないが、わざわざ一奴隷商が、影響力を失った姫に取り入るような真似をするとは考え難い。
何より、ネル個人に『メイクラヴ・エンタープライズ』という奴隷商との関係性は全くない。奴隷を買ったことなど一度もないし、これからも買うことなどないだろう。こんなタイミングで献上品を寄越す理由など、全く心当たりはなかった。
「分かりました」
訝しんだところで、仕方がない。先と同じく、受け取りだけはすることに。
ここまで運ばれた以上は、自分に与えたところで何の問題もないと判断されてのことだろう。拒否した方が手間となるだけである。
「それでは、お持ちになって」
「はい、こちらにございます」
運ばれてきたのは、同じく赤い幕がかけられていた。ただし今回は箱型ではなく、円筒形のようだ。
鳥籠だろうか。今度は世にも珍しい不死鳥の雛でも入っているのかと視線を向ける中、幕が取り払われた。
「————初めまして、ネル姫様。私、カレンと申します。」
鳥籠の中にいたのは、雛でも小鳥でもなく、妖精であった。
本物の妖精だ。身長は30センチほどの、正しく人形のようなサイズ。可愛らしく愛らしい幼い少女の容姿に、微笑みを浮かべて、礼儀正しく挨拶をする。
沢山のリボンとフリルをあしらったドレスを着用し、一国の姫君を前にしても恥ずかしくないよう着飾られていた。
「どうやら、妖精の奴隷を献上したようですね。確かに、これは珍しいですわ」
ペットとしてはちょうどいい、とヘレンは笑って鳥籠の中の妖精を眺めた。
「……貴女は、どうして私の下へ」
「アヴァロンのお姫様にお会いできると、とても楽しみにしておりました。是非とも、煌びやかな王宮での暮らしや、ランク5冒険者の武勇、そして————秘密の恋のお話、なんかもお聞かせくださると、嬉しいです」
そう妖精カレンが口にした瞬間、ネルは察した。
もしかすれば、この妖精は……
「ええ、喜んで。ちょうど話し相手が欲しかったところです。楽しくお話しましょう、カレンさん」
そうして、ネルは一目で彼女のことが気に入った、とでも言うように優しい微笑みを浮かべて、鳥籠を自らの手で開いた。
「————どうやら、全て上手く行ったようですな」
ほっと安堵の息をつきながら言うヴィッセンドルフ辺境伯に、俺は大きく頷いた。
「ああ、リリィが上手くやってくれた。流石だよ」
ルーンとの同盟締結————待ちに待った情報が、ついに届いた。
正直、こんだけ暴れ回った上に、各地の貴族を焚きつけた手前、ここでルーン同盟不成立だから帰ります、なんて言い出せないからなぁ……マジで上手く行って良かったよ。流石はリリィ。伊達に女王様で帝国元帥もやってない。リリィに権力集中しすぎぃ!
「すでにルーンは海軍を動かし、セレーネを威嚇してくれるそうだ」
「なんと、よもやそこまで素早く動いてくれるとは」
「向こうも、それだけネオ・アヴァロンを警戒していたようだな」
なんでも、太陽信仰という独自の宗教があるらしく、十字教とは絶対に相容れないとルーンは当初から分かっていたらしい。
人間中心の人口構成と聞くと、つい潜伏した十字教徒の影響力と、十字軍の布教活動でコロっといってしまう印象が先行するが、最初から違う宗教を強く信仰していればつけ入る隙がないのはもっともなことだ。そういった国にはこれまで縁がなかったので、全く考えていなかったな。やはり、パンドラは広い。いろんな国があるのだ。
「これでレムリア海側を気にする必要はなくなった」
逆に奴らは港町セレーネを守るのに兵力を割かねばならなくなったわけだ。ただの威嚇目的で、戦う気などないと分かっていても、沖に艦隊が見えれば決して無視できない。
前のガラハド戦争の際に、裏切ったアヴァロン軍が国境まで出張って来たのと、やっていることは同じだな。
というか、リリィも来るなら威嚇じゃなくてそのまま攻め込んできそうだが。いや、流石にルーン海軍もそこまでリスクのある行動は避けるか。
「ウインダムの方はどうだ?」
「随分ともったいぶった態度だったそうですが……結局、すぐに飛びつきましたよ。そうでもなければ、我が領地を切り売りした甲斐はありませんからな」
俺が推した作戦通り、ウインダムはアスベル村付近の領地割譲を迷うことなく受けたようだ。
話がまとまった翌日には、ウインダムの騎士団が、アスベル村へと進駐を開始したらしい。村民の移住には時間も費用もかかるので、ひとまずはそのまま。正式に割譲するのは、こちらがアヴァロンを取り戻してからとなるが……向こうはどちらに転んでも、もうこの地を譲る気はないだろう。
精々、大切に守ってくれよな。スパーダの十字軍に対する防波堤として、彼らの奮戦に期待する。
「お陰様で、増援も支援物資も大盤振る舞いでしたよ」
「この短期間で、よく2000も兵を出せたな」
「国境から一人残らずかき集めたのでしょう。今頃、アスベルの山の上は大騒ぎでしょうな」
ウインダムからの増援部隊2000人が、辺境伯領には早くも集結している。物資もじゃんじゃん運ばれており、ケチるつもりはないようだ。
こちらのアヴァロン解放作戦は時間との勝負である。ごく短時間で、これだけの兵士と支援を行ったウインダムは期待に応えてくれたわけだな。
「これで、全ての準備は整った」
アヴァロンを駆け回って奴隷を解放し、貴族を説得し、立派な反乱軍が揃った。ウインダムからは支援を引き出し、ルーンとは同盟を結び後顧の憂いを断つだけでなく、作戦にも協力してくれる状況だ。リリィと交わした、アヴァロン解放のための条件は全てクリアした。
「あとは使徒を殺し、聖杯をぶっ壊してやるだけだ」
それが最大の目的である。アヴァロンの解放も、ネルの救出も、それが成功すれば後からついて来る結果にすぎない。
ようやくここまで来た。後はもう、ゴールまで突っ走るだけ。
「それでは、クロノ魔王陛下、どうかご武運を」
「ああ、辺境伯もな」
「オール・フォー・エルロード!」
最初にリリィが言い出した忠誠の言葉を叫んで、ヴィッセンドルフ辺境伯は俺の前から姿を消した。
通信終了。
「それじゃあ、始めるとしよう————首都アヴァロン解放戦だ」
首都の貴族街に建つ『メイクラヴ・エンタープライズ』本館の窓からは、アヴァロンの象徴たる白亜の王城が、朝日に照らされて輝かんばかりの威容を誇っているのがよく見えた。
今日にでも、その天辺に翻っている十字の旗を、我がエルロードの黒龍旗に変えてくれよう。