表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒の魔王  作者: 菱影代理
第41章:アヴァロンに舞う翼
848/1047

第842話 レジスタンス(3)

「————なるほど、苦労したんだな」

「そうでずのぉ……私、悔しくて、悔しぐでぇ……くぅううう……」

 エレガントなレース入りハンカチを噛みしめて、さめざめと泣くクリス。凄い、本物のお嬢様って、ホントにハンカチ噛んで悔し泣きするんだな。

 古典的な表現に感心する一方で、彼女に対する同情心も湧かざるを得ない。

 実直に勤務を続けて来たのに、突然の解雇通告。お前は追放だ。こんなの、復讐するまで止まれないだろう。

「アヴァロンの他種族排斥が、そこまで進んでいるとは。想像以上にごり押ししているな」

「その通りですわぁ……私の他にも、騎士団を追放された方が次々と……」

 よよよ、と綺麗な青い目の淵に流れる涙をハンカチで拭いながら、クリスは騎士団での追放事情を語ってくれた。

 十字教を推し進めるなら、やはり自分の足元から固めるに決まっている。王宮と騎士団を人間のみで再編成するのは急務であろう。

「だが、そのお陰でレジスタンスがあっという間に拡大したワケだ」

 クビになった者は、消えてなくなるわけではない。

 社会的身分と収入を失った者ばかりが社会に溢れればどうなるか。治安が悪化するに決まっている。

 彼らは失った者達だ。すでに失っているから、これ以上、失うものはない。そして、かつての自分のようにいまだ持っている者を妬むし、何よりも、自分から奪った者達を、社会を、憎むようになる。

 ただの労働者でも、理不尽な首切りにあえばそうなるのだ。現役の騎士をそうしたら、どれほど強力な反乱勢力になるか、まさか分からんわけではあるまいが。

「恐らくは、あえて反乱を誘発させた上で、一掃する大義名分が欲しいのでしょう」

「今更、虐殺の汚名は被りたくないってか。妙なところを気にするもんだな」

 流石に「魔族は死ね!」でいきなり殺しにかかるのは無理だということか。

 ネオ・アヴァロンからすれば、最終的には魔族の殲滅を目指しているのだろうが……それに至るまでは、出来る限り楽な方が良い。ほどほどの追放に、ほどほどの不満、そしてほどほどの反抗勢力になってくれれば、まとめて処分ができ、その前例を上げてさらに魔族排斥の圧力を強めていくことができる。

 他種族の結束をコントロールしながら、労せず削り切っていけるような仕組みなのだろうが、そうはいくものか。奴らの思惑を超えて強固なレジスタンスを結成させるのも、俺達の役目だ。

「申し訳ありません、少々、立ち話が過ぎましたわね。ここの主が待っておりますので、ご案内いたしますわ」

 クリスの身の上話がついつい盛り上がってしまって忘れそうになったが、そもそも俺達がやって来たのは、この商会に用があったからだ。

 彼女の案内で、監獄のような見た目とは裏腹に、高級ホテルみたいに派手で煌びやかな内装のエントランスを横切り、奥へと案内されていく。

 こちらでございます、と示された部屋へ、俺はセリスとアハトの二人だけを連れて入った。

「ようこそ、おいでくださいました。私が『メイクラヴ・エンタープライズ』の店主、プルリエルと申します」

 妖艶、という言葉がこれほど似合う女性は、ダークエルフのブリギットに次いで二人目だ。

 グラマラスな体を露出度高めのドレスに包み、派手目な化粧、漂う甘ったるい香り、全てが男を誘惑するための完全武装である。

 鮮やかな紫色の長い髪に、瞳、おまけにリップまで同じ色。この美貌じゃなければ許されない配色だな。

「魔王陛下、とお呼びしてもよろしいでしょうか」

 これみよがしに大きな胸の谷間を強調しながら、恭しく頭を下げる女店主プルリエル。

「クロノでいい。今はまだ、な」

「お心遣い、ありがとうございます。それでは、クロノ様とお呼びさせていただきますわ」

 にっこりと、見惚れるような華やかな笑顔でプルリエルは言った。

 凄い女性だ。

 その顔、その姿、声に香り、そしてこの部屋を照らす灯り。その全てが彼女の『魅了チャーム』を強化させる魔法的効果を発揮している。

 それと知らなければ、いや、たとえ知っていたとしても、無防備な普通の男なら、こうして彼女に笑いかけられた時点でコロっと落ちるだろう。

「気にするな、そのままでいい。無礼なんて言わないさ。商売柄、こんな演出も必要なのだろう」

「————誠に、痛み入ります。ここまで申していただいたお方は、初めてございます」

「多少、慣れているだけだ。こういう仕掛けも、テレパシーで先読みされるのもな」

 一瞬だけ驚いたような表情から、彼女は参ったとばかりに苦笑を浮かべた。

 魅了が全く通じない者も、それなりには出会ってきただろう。だが仕掛けを見抜いた、とテレパシーで察したことまで指摘されたのは、流石に初めてといったところか。

 俺もリリィと一緒じゃなければ、こんなの絶対分からなかったけどな。

 素の状態で発せられているナチュラル魅了に加えて、今のリリィは『白の秘跡』を凌駕するほどの大規模洗脳施設を運用している。俺は嫌でも、このテの仕掛けに詳しくなるというものだ。ラストローズの催眠って、凄い優しかったんだなと……

「それでは、何なりとお申し付けくださいませ」

「レジスタンスに全面的に協力する用意がある。資金も、戦力も、両方だ」

 この奴隷商『メイクラヴ・エンタープライズ』が、首都アヴァロンで最も大きなレジスタンスの拠点となっていることは、アハトとセリス、両名の報告で聞いている。その上さらにクリスまで身を寄せているのだから、噂は本物、と言うよりそれ以上と見ていいだろう。

 奴隷商という性質上、多人数を置いておける広い敷地と設備が整っている。奴隷の逃走防止を名分に、堅牢な壁と建物で、外から中を伺うこともできない。

 そして何より、この場所に沢山の他種族がいても、十字教でも文句はつけられないことだ。奴隷として売り払われるのも、奴らとしては望むところである。

 完全な魔族の根絶を心から願っているのは過激な原理主義者くらいで、貴族や商人などからすれば、奴隷として扱う方が遥かにメリットがあるのだ。エルフを筆頭とした見目麗しい男女は勿論、オークなどの屈強な肉体の種族は過酷な重労働にも耐えきれる。ゴブリン一人とっても、農作業でも小間使いでも十分な働きをするだろう。

 故に、『メイクラヴ・エンタープライズ』は単純に他種族の奴隷売買で表向きにも商売繁盛である。毎日、大量に売り買いされては首都から出入りしていくのだ。

 その中に本物の奴隷として扱われる者と、レジスタンスとして牙を研いでいる者の違いなど、十字教徒には分かりはしない。どれだけ反逆者を匿っても、怪しまれることはない。

 そもそも女店主プルリエルが人間ではなく、淫魔サキュバスだということさえ、見抜けていないのだ。これからも『メイクラヴ・エンタープライズ』は、奴隷売買の優良店として十字教徒に重宝されるのだろう。

「はい、伺っております。大変、ありがたい申し出でございます」

「プルリエルには情報と、レジスタンスの組織運営を任せたい」

「うふふ、一介の女店主如きには、少々、荷が重いかと存じますが」

「君が管理するのは首都に潜伏している者達だけでいい。俺は他の貴族領からアヴァロン解放をするに足る戦力を集めて来る」

「まぁ、それは頼もしいことですわね」

「セリス」

「はっ」

「見せてやれ」

 秘書の如くすぐ隣で立っていたセリスが、懐から一枚の書状を取り出し、テーブルへと広げた。

 それを一瞥し、プルリエルのこれまで話半分程度だった目の色が、ようやく真剣なものに変わった。

「アヴァロン国王ミリアルドの檄文だ。彼の身柄は、我がエルロード帝国が保護している」

「なるほど……なるほど、貴族を動かすに足る大義名分は、すでにご用意できているということですわね」

「これ一枚だけで信用できるか?」

「国王陛下の直筆に違いありませんわ。そして何より、アークライト公爵令嬢から差し出されたとあれば、信じざるを得ませんわね」

「私のことをご存じで?」

「ミリアルド陛下を攫った大逆人。今、アヴァロンで貴女のお顔を知らぬ者はいないでしょう。公爵閣下も血眼となって探しておられますよ」

「そうか、近い内に顔を出すことになるだろう」

 セリスはすまし顔でそう答えた。すでに実の父親が相手となることに、悩みや迷いなどないと言わんばかりの覚悟が伝わって来る。

「どうだプルリエル、反逆する覚悟はできたか?」

「やはり、魔王陛下とお呼びさせていただきますわ。私は、いいえ、私達は貴方様のようなお方を、心よりお待ち申しておりました————どうか、私達の自由と未来を、アヴァロンに取り戻していただきたく」

「ああ、任せろ。アヴァロンを必ず解放して見せよう」

 そのために、まずは情報が必要だ。首都だけではない、この国全土の最新情報だ。

 それによって、俺の行動の優先順位は変わって来る。

「詳細情報は後程、文書にまとめて提出いたします。まずは口頭で軽くご説明させていただきます」

「頼む」

「最初はヴィッセンドルフ辺境伯の下を訪ねるのがよろしいかと」

「やはり、そうか」

「はい。他種族の貴族として最大の領地と兵力を抱えているのが辺境伯閣下でございます」

 ミリアルド王も最初に逃げ込んだのがその領地である。

 しかし近衛による捜査の手がそこまで及んだせいで、これ以上は匿い切れなくなり、一か八かでパンデモニウムへの亡命に賭けたという。

「当然、最大の反乱勢力になる可能性が高い辺境伯領には、経済封鎖などの締め付けに加え、数々の罪状による強制捜査も近く行われる予定です。いずれは、如何に辺境伯閣下といえども、耐えきれなくなるものと……」

「だが、今ならまだ間に合うということだな」

 ネロの大遠征によって、十字教側の手勢は大半が不在になっている。弾圧される全ての他種族系貴族が結びつき反乱を起こされるのは、留守を任されたアークライト公爵は絶対に避けたいはずだ。

 まずは同盟を組まれないための分断を徹底するだろう。そうして弱いところから潰して回り、いずれは辺境伯のような大貴族も陥れるという流れ。

 今は経済封鎖などの搦め手で弱らせるのに加えて、濡れ衣を着せていつか来る討伐に向けての口実作りといったところ。

 アヴァロンで反乱勢力を形成するなら、ヴィッセンドルフ辺境伯を置いて盟主となれる者はいないだろう。十二貴族に名を連ねてはいないが、アスベル山脈全域の守護を任される大貴族である。

「辺境伯閣下と渡りがついた後は、スパイラルホーン男爵領を解放されるのがよろしいでしょう」

「私の領地ですわっ!!」

 うん、知ってるから。ちょっと落ち着け、クリス。

「辺境伯領とは隣接しているから、向かいやすくはあるが……理由はそれだけじゃないんだろう?」

「かの男爵領が誇るアヴァロン最大のミスリル鉱山には、ガラハド要塞で下した大量の捕虜が送られているとのことです」

「なるほどな。そいつは、早いところ助けてやらないと」

 ドワーフの男爵を廃することで、自前で採掘しなければならないから、大量の鉱山奴隷を動員しようといった魂胆か。

 すでに働いている鉱夫もいるだろうに、欲をかいて乱開発、あるいは単純に捕虜の行き場にちょうど良かった、という理由もありそうだ。

 何にせよ、わざわざ大量の援軍をアヴァロンまで連れて来てくれたことはありがたい。存分に活用させてもらおう。

「そこから先は、流石に大きく情勢が変化するかと思いますので、現段階では仮定のお話しかできませんわね」

「いや、十分だ。おおよその道筋は立ったからな」

 俺達が解放に動くことで、どのタイミングでネオ・アヴァロン軍が本腰入れて動き出すか、といったところが問題だ。

 如何に早く、奴らに相対できるだけの戦力を揃えられるかが重要。全く、いっつも時間の問題じゃあないか。少しはノンビリさせてくれよ。

「それから、辺境伯領へ向かうよりも先に、抑えておくと良いオススメの場所がありますわ————『バクスター総会』という店はご存知でしょうか」

「ああ、アヴァロンではかなり大手の奴隷商だろう」

 俺は別に奴隷商に詳しくもなんともないが、ここだけは知っている。

 スパーダにやって来たレキとウルスラを攫って、奴隷にしたところがここだ。まさか、こんな時に聞くことになるとは。

「ちょうど通りを挟んで一本向こう側に本店があるのですが、明日の夜、そこで大規模なオークションが実施される予定ですの」

「何が売られるんだ?」

「スパーダの最精鋭、第一隊『ブレイブハート』の騎士達、ですわ」




 そこは明るい光魔法に照らし出された、大きな舞台であった。

 詰めかけるのは正装姿の紳士淑女。テーブルには遠く異国より取り寄せた珍味と、年代物の銘酒の数々。

 熱気と興奮とに彩られたこの場所は、さながら劇場かパーティ会場の如き様相を呈しているが、そのどちらでもない。

 ここはアヴァロン有数の奴隷商、バクスター総会の本店。

 眩い光に照らされ、観客達の熱視線を受けるのは、舞台上の役者ではなく、商品の数々。

 鍛え上げられた屈強な肉体。連綿と受け継がれた戦闘技術を叩き込まれ、気高き騎士の誇りを抱く、正に歴戦の勇士達。

 かの剣王レオンハルト率いる、スパーダ軍第一隊『ブレイブハート』に所属する、最強の重装歩兵達である。

「どうですかぁ、この逞しい肉体! 精悍な面構え! コレが『ブレイブハート』の戦士達にございます!」

「おおおっ、いい! いいぞぉ!」

「流石は本物のエリート騎士だな、そこらの力自慢とは気配が違う」

「やだ、あの子ちょっと可愛くない?」

「んほぉー、この肉体美たまんねぇ……」

 本日の目玉商品、満を持してのご登場に会場の熱気は一段と増して行く。

 まず並ばされるのは、『ブレイブハート』に入って日も浅い若輩達。隊の中では最年少とはいえ、十分な従軍経験、そして何より類まれな戦いの才能を持つ選び抜かれた精鋭である。

 彼らの首と手足には、奴隷の象徴たる鋼鉄の枷がかけられ、白いシャツと下着のみを身に着けた格好で晒されている。

 シャツは厚い胸板と腹筋ではち切れんばかりに膨れ、隆々とした肩や腿は丸出し。惜しげもなく、彼らの鍛えた自慢の体が曝け出されている。

「もったいぶってねぇで、さっさと脱げぇーっ!」

「アソコの先まで確認させなさいよぉ!」

「剝けてるか被っているかで、値段は大きく違ってきますからねぇ」

「早く脱げよぉ、スパーダ人!」

「脱ぅーげ! 脱ぅーげ!」

「勿論、お客様には包み隠さず、商品の隅々までお見せいたしましょう! 我がバクスター総会はお客様の信頼第一ですから!」

 奴隷を裸に剥くのは、定番の見世物だ。もっとも、薄汚い安物奴隷の裸などは、わざわざ拝む価値はない。

 だがしかし、敗戦国から買い上げた現役の騎士や爵位持ちなどといった、確かな身分の者達はその限りではない。誇り高き者ほど、それを汚された時の屈辱は大きい。だからこそ見世物として成立する。

「それではぁ、まずは500万クランから始めさせていただきまぁーっす!!」

 オークションは過熱していく。

 スパーダの『ブレイブハート』隊員という、アヴァロンにもその武勇を轟かせるような人材が売りに出されることなど、滅多にない。それもこれほどの大量入荷による安値の販売となれば、大きな勝ち戦でもなければ実施されないだろう。

 百万単位は端金。一千万単位の高値で飛ぶように売れていく。

 そうして加速してゆくオークションは、いよいよ億に届くほどにまでに至る。

「最後にご紹介するのは、『ブレイブハート』でも中隊長を務めた、正に精鋭中の精鋭でございます!」

「おおっ、中隊長だと!?」

「中隊長クラスが生き残っているとは」

「これは激レアですぞ」

 ざわめく客の反応に気をよくした司会の男は、隠すことのない笑みを浮かべて更なるセールストークを続ける。

「この男は先の第五次ガラハド戦争にて、敵中に孤立しながらも見事に生還を果たした強者でもございます! その体力、魔力、精神力、全てが並みの隊員を越えているぅ! 『ブレイブハート』でも随一の騎士、その名は————エリウッド・メイトリクス!!」

 ただ一人で、舞台上に上げられたエルフの大男に、客達は揃って感嘆の息を吐いた。

 これまで見てきた隊員達も、普段目にする護衛の兵士や傭兵よりも、ずっと屈強であると目に見えて分かるほどだ。

 古傷の浮かぶ肉体は逞しいだけでなく、魔力の気配が滲み出ているかのような凄みを感じさせる。多少なりとも第六感のある者なら、実際に彼の魔力量が並みの隊員を越えていることを容易く感じ取れるだろう。

 それでいて年齢を感じさせる中年だが、エルフの美貌は遺憾なく発揮されており、ダンディズム溢れる顔立ち。容姿だけでも十二分に価値がある。

 そして何より、これほど強い男が枷をかけられ、裸同然で晒上げられ、それでも折れぬ闘志に燃えた目で睨みつけることしかできない————この優越感が、堪らない。

「うぉおおおおおっ、いいぞぉ! 欲しいぃ!!」

「素晴らしい、是非ともウチで買い取らせていただこう!」

「いやいや、こんな上物、とても譲れませんなぁ」

「んっほぉーっ! イケオジガチムチエルフ堪んねぇえええーっ!!」

 卓越した戦闘能力を誇るエリート部隊の中隊長。ボディガードにしても良し、荒事専門の汚れ仕事を任せても良し。単に自慢のコレクションとしても価値があるし、強く逞しい男が大好きな者には我慢ならない魅力にも溢れている。

 集った客の中でも、特に資金力のある上客達が、早くも競り合いを始めていた。

 その一方で、流石に手が出ない者達も、この最高クラスの商品に目一杯に煽りの言葉を叫ぶ。

「おい、早く脱がせろよぉ!」

「ぎゃはは、そのデケぇケツを振って脱げよ!」

「負け犬のスパーダ人がぁ!」

「大好きな剣闘奴隷になれて、本望でしょう?」

「なぁにがスパーダ最強の部隊だよ。ここまで落ちぶれて恥ずかしくねぇーのかぁ!?」

 最高の盛り上がりを見せる会場に、上機嫌に鼻を鳴らして、視界の男は一番の目玉商品の競りの開始を宣言する。

「5000万クランからのスタートとさせていただきまぁ————って、おい、誰だお前! こら、勝手に舞台に上がるんじゃあない!?」

 一人の男が、突如として舞台に上がり込んだ。黒いローブを纏い、深くフードを被って顔を隠した、絵に描いたような不審者である。

 あまりにも堂々とした様子から、客達は何かの仕込みかとざわめくが、司会の男はこんな乱入者の演出などないと分かり切っている。

 こういった場では予想外のトラブルは珍しくないものの、最高の客が集った大一番でのやらかしとくれば、堪ったものではない。一体、警備は何をしているんだと怒りながらも、まずは自分が謎の乱入者を止めようと一歩を踏み出し、そこで彼の意識は途切れた。

 舞台上に立つエリウッドは、司会の男が怒声を上げて歩み寄ろうとした瞬間に、床から生え出した黒い触手に巻かれて、一瞬の内に引きずり倒されたのを横目で見ていた。

 だが最も注目すべきは、目の前に現れた黒衣の男である。

 一体、何者だ。

 そう問いかけるより先に、男は口を開いた。

「エリナが心配していた。早く帰って、彼女を安心させて欲しいな、エリウッドさん」

 聞き覚えのある声。フードの奥に覗く顔にも、見覚えがある。

 そして、手にした黒いロングソードで繰り出される鋭い太刀筋にも、見覚えがあった。

 気が付けば、手足の枷は切り裂かれ、繋がれた首輪の鎖も断ち切られていた。

「とりあえず、早くここを出ようと思うんだが、戦えるか?」

 そうして、自分が使った黒い剣をエリウッドへと差し出した。

「無論だ。心より感謝する、クロノ君」

 何故、どうして、この男がここに。そんな疑問は些細なことと頭の片隅に追いやり、エリウッドは差し出された黒い剣の柄を、力強く握りしめた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 所々笑える描写もあって、最後はクロノくんが最高に主人公してて好き エリウッドさん再登場も嬉しい [一言] >ラストローズの催眠って、凄い優しかったんだなと…… あの時は妖精さんがラストロー…
[良い点]  漸くクロノとヴィッセンドルフ辺境伯が対面する事になるのか。 [一言]  最終的な戦力は、質も数もかなりのものになりそうですね。
[良い点] お疲れさまでした。 おお、クロノはここの奴隷商から奴隷を解放しつつ壊滅させる気ですね。 わざわざ売りに出す程ですからね。 かなりの戦力と成るでしょうね(戦奴・剣闘士行きは戦力成るけど危…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ